魔術師 チュウリィ・9 二次試験
二次試験の当日、会場に向かう。
この日の試験は、王城内では行われない。都の端を流れる、水路の近く。何もない荒れ地に、僕たちは集まるよう指定されていた。
会場の入り口では、チーリンが面白くなさそうな顔でぶらぶらしていた。
「何だ、お前さんか」
と、僕の顔を見るなりますます仏頂面になるチーリン。
「来たのか。来なきゃよかったのに」
ウルサイ。僕は一次試験に受かった受験者なのに、何でそんなことを言われなきゃならないんだ。
チーリンは僕の反応など無視して、手に持った名簿らしきものを繰る。
「五百十五番、チュウリィ・フォング、欠席により棄権……と」
本気で僕の名前に朱線を引こうとする。コイツの場合、冗談じゃないからコワイ。
「よせ、やめろ。僕はここに来てるだろ。いくら主催者側の人間だからって、そこまで無理が通ると思うなよ。父上に言いつけるぞ」
「ハイハイ。末っ子の嫡子様は、親父殿の覚えもめでたくていらっしゃいますからねえ」
チーリンはわざとらしく肩をすくめた。
「俺は好意でやってやっているのに。後から、あの時七兄様の言うとおりにしておけば良かった、なんて泣いても知らないぞ、チュウリィ」
どんな好意だ。ふざけるな。
とにかく、参加者としての正式の名簿に記載され、全ての手続きが済むまで僕はチーリンを見張った。そうでもしていないと、何をしでかすか分からないのだ、この男は。
そもそも、何でこんなヤツが受付係をやってるんだ。今みたいに、独断で受験者を落第にしかねないぞ。
「チュウリィ」
会場でしばらく突っ立っていると、涼やかな声がした。シュラハが戦士装束で僕の方へ走ってくる。
「シュラハ」
僕は彼女を出迎えた。さすがに、ここではいつものように彼女を抱きしめられない。
それに。
シュラハは、一人ではなかった。後ろに、若い男を連れている。
年はチーリンくらいだろうか。僕たちより年上で、なよっとした感じのヤツだ。
顔立ちは蛮族っぽいが、シュラハと同じ部族の人間なのだろうか。蛮族の男は、騎馬で移動するため足にぴったりしたズボンを穿き、胴衣は短く、代わりに長いマントを羽織る、というのが通常の服装だけれど。
ソイツは、マントこそ羽織っているものの、着ている服は僕たち定住する民族のものに近かった。
まあ、古そうだし薄汚れてるし、流行遅れでイケてないけどな。
僕が後ろの男を見ているのに気付いて、シュラハは一言、
「補助者」
と言った。
ああ、補助者なのか。
この実技試験には、受験者が一人の補助者を使うことが許されている。
補助者は受験者が選ぶものだから、資格は問われない。ただし、補助者となる人間が受験者の代わりに課題を解いてしまっては試験の意味がないから、そういうことを防ぐための措置は取られる。王城側の術者によって、補助者となる人間は『受験者の命によって動くだけの人形』に変えられるのだ。自分の意志で言葉を発することも、受験者の命に反して動くことも出来ないよう術をかけられる。
この場合、術をかけるのはチーリンだろうし、僕はチーリンに何であれ術をかけられるなんて御免だ。
この男がどんなヤツなのかは知らないが、進んでアイツに術をかけられるなんて、とんだマヌケに違いない。
けれど、気になる。シュラハがわざわざ補助者を連れて来るなんて、コイツはいったいシュラハの何なんだ。
だけど、この会場でそんなことを聞くわけにもいかないし。
その男は、僕のことが見えているのか見えていないのか、無表情に立っているだけだ。
シュラハの兄か何かかもしれない。そんなことは一言も聞いたことがないけれど。
イヤ、そんなこともこんなことも、僕は何も彼女から聞きだせないでいるんだ。
彼女は本当に簡単なことしか話せないんだから。だから、婚約者のことも僕は、聞けなくて、ああ。
また、イライラしてきた。
これから試験だっていうのに。シュラハ、僕を落そうと企んでるのか。
そのまま会場で一時間ほど待った。
僕はあまり話さなかった。
シュラハは何度か僕に話しかけてきたけど、長く会話は続かなかった。
試験のことと、シュラハのことで。思いはズタズタで。
彼女は僕が緊張してるからだと思ったみたいだけど、違うよシュラハ。僕をこんな風にしてるのは君の言動のせいだ。
彼女の僕への思いやりのなさには、憎らしささえ感じる。
それなのに、畜生、好きだ。シュラハが他の誰かの腕に抱かれるなんて想像すると、はらわたが煮える。
シュラハはやっぱり、僕のそんな気持ちになんかおかまいなく。青い空を見上げたり、川面に映る雲を数えたり。
元々、シュラハはそんなところがあるんだ。つかみどころのない感じ。
僕は彼女を何度も抱きしめたし、キスしたけど。
その時は、彼女はいつも僕の腕の中で、おとなしく抱かれていて。遠慮がちにだけれど反応はしてるから、嫌がってるんじゃないと思うけど。
だけど、躰を離すと。もうそのまま離れていっちゃいそうな。
別れたら、二度と会えないような。
他の女とは違う、距離感があって。
初めは、すぐに抱いて自分のモノにしてしまうつもりだったけど。
夢の中のクロクラが、セイタと離れてしまって、怖くなった。
もう何日も、僕の夢の中にはクロクラは出ていない。
強引にことを進めて、もしシュラハがあんな風に僕から離れてしまったら。
それが怖くて、僕は今以上の関係に進めないでいる。
ああ、バカみたいだ。魔術師試験に挑戦しようっていう魔術師が、夢なんかに惑わされて。
女一人も抱けないなんて。
ああ、いや。今は試験だ。試験に集中しないと。
不意に、銅鑼が大きく鳴らされて、僕はビクリとした。
「何」
シュラハも驚いたように辺りを見回している。
「あ、あれ」
彼女が指さした。
離れたところに、珍妙な一団がいた。
銅鑼たたきを先頭に、楽団が踊りながら歩いている。その後ろに、色とりどりの服を着かざった女官たち。独特の形に髪を結っているから、宮廷につかえる女官に間違いがないが、なぜそんなヤツらがこの試験会場に? 場違いなことこの上ない。
踊る楽団はおどけた仕草をしながら、荒れ地を一周した。その間に、女官たちは敷地の端にしつらえられた観覧席に陣取った。
なんなんだ、いったい。と思っていると。
女官たちの中に、ひとり肥った男がいて、楽団の踊りに合わせて不様に踊っていた。
本当になんだ、あれ。
と、反対側で鋭い音が鳴った。
振り返ると、チーリンが相変わらずのつまらなそうな顔で、警笛を持って立っている。
「えー、受験者の皆さんは、こちらにお集まりいただくよう。長官より、今日の試験課題の発表があります」
もう始まるのか。
僕の記憶では、シュラハが最後の受験者で、受験番号が七百三十一番。一次試験の時には、それだけの人数がいたのだ。
けれど、今この荒れ地に集まっている人間は五十人余り。あの一次試験で、大半の人間が振り落とされたことになる。
さすが僕。難関を無事くぐり抜けたんだな。
いくらチーリンが嫉妬して、足を引っ張ろうとしたって、僕の才能は止められないぜ。
そんなことを考えながら見ていると、人垣の中から黒々としたひげをたくわえた、初老の男がゆっくりとした足取りでやってきて、チーリンの傍に立った。
柔和な顔立ちで、目は青い。蛮族の血が入っているのだ。
「皆さん。よくおいでいただいた」
その人物は、よく通る声で言った。
チーリンは長官、と言った。それではコイツが、魔術庁長官のドゥルドク・ザカハンか。
希代の魔術師と名高いその男は、目の前で見るとただの平凡な男にしか見えない。
威厳は僕の父の方があるし、威圧感でいったらタイスーの方があるだろう。
ザカハンからは、何の凄みも感じない。
ソイツは、笑顔のまま話を続けた。
「君たちは、難関を突破した精鋭ぞろいだ。前の試験では、君たちの魔術に対する知識を披露していただいた。次は、それぞれに術を披露してもらい、その腕を見させてもらおう。こちらの審査のため、課題は統一する」
僕たちは耳を澄ます。
広場に緊張がみなぎる。
「課題は」
ザカハンは言った。
「炎を以って、美しく人を楽しませるものを作り上げよ。以上」
え。
一瞬、受験者たちは完全に静まり返る。それから、ざわめきが広がる。
文句を言いたい気持ちは分かる。
炎で人を楽しませるものを作れ、ってそんな。
そんなの、火薬を扱う技術さえあれば凡人でも出来るじゃないか。
僕たちの技は、もっと。
天地を動かし、川道や潮の干満さえ自在にするような。そんな国家魔術師を目指して、鍛え上げ、練り上げてきた僕たちの技は。
そんな、娯楽を提供するためのものじゃ、ないのに。
僕は、納得がいかず。
不満が、胸に凝った。




