女子高生 玄倉新・9 細い糸
「そういうわけだから、悪いけど」
ナースステーションで、来客名簿に名前を書いていた私は。看護師さんにそう、やわらかく告げられる。
そういうわけってどういうわけなのかというと。つまり、桐野くんはこれ以上、私の顔を見たくないのだそうだ。病室に立ち入って来ても欲しくないのだそうだ。
私が来ても、病室に入れないように看護師さんにキッパリ言った。そういうことなのだ。
玄倉新、面会拒否される。
桐野くんのバカ。だったら、他の人を呼べばいい。
他のみんなを許して、面会に来てもらいなよ。そうすれば、私は安心できるのに。
私、知ってるよ。篠田さんも、他の女子たちも。クラスの男子も、男バスの人たちも、誰も桐野くんと連絡を取っていない。
あの、初めてのお見舞いの日以来、桐野くんは全ての人を拒絶して。
先生が来たって、ろくにしゃべらないんでしょ。
今、桐野くんに関すること、全部私のところに話がくるようになってるんだから。分かってるんだから。
私が気に入らないなら、他の人に来てもらってよ。
桐野くんの面倒を看る人がちゃんといる、って分かったなら。私はお望みのとおり、あなたの視界から消える。
私は、別に困らない。元々ひとりだったんだし。ずっとひとりだったんだし。いつまでもひとりでいるつもりだったんだし。
でも、桐野くんはそうじゃないでしょ。桐野くんは、周りに人にいてほしいタイプでしょ。
そのくせに、どうして。
自分からひとりになろうとするの。
そんな風に、何もかも投げ出して。癇癪を起した子供みたいに、人を切り捨てようとしたって、何も。
何も、いい方にはいかないよ。
こんなじゃ。後味悪すぎて、中途半端すぎて、手を引けない。
桐野くんは、王子様でいてよ。みんなに囲まれて、笑っていてよ。
私はため息をつき、持ってきた授業のノートを看護師さんに差し出した。これを、彼に手渡してほしいと、頭を下げて頼んだ。
それから、何か買って来た方がいいものはないか。洗濯物はないのか。それを確かめてきて貰うよう、頼み込む。
看護師さんは初め断っていたが、私があんまりしつこいので、諦めた。
断り続けるより、私の言うことを聞いた方が話が早いと判断したのだろう。忙しいのに、ごめんなさい。
病室に行った看護師さんは、五分ほどで帰って来た。
手にはスーパーのレジ袋を持っている。
「これ。多分、洗濯して欲しいんだと思う。頼める?」
私はうなずいて、荷物をつかむ。
コインランドリーで開いてみると、パジャマの上下だった。下着の類はない。
本当は、そっちもあるのだと思うけど。まあ、私も彼の立場だったら、男子生徒に下着の洗濯は頼みにくいだろう。
今までは、私が車椅子を押して、このコインランドリーまで二人で来て、桐野くんが自分で洗濯をしていた。
重い車椅子に比べたら、パジャマの入ったレジ袋は軽すぎて。
コインランドリーはだだっ広く、やけに静かに感じられて。
何だか、寂しい。
パジャマを洗濯機に入れ、洗剤を入れ、ふたを閉めてから洗濯→乾燥のボタンを押す。それで、後は出来上がるのを待つだけ。
今までは、二人で寄り添って座って、意味のないおしゃべりで時間を潰していた。
今日の私は、英単語の暗記で時間を潰す。明日、単語テストだし。
テスト勉強は、やらなきゃいけないことで。部活もせずに、ここで勉強する時間が出来たことは僥倖で。
だけど。
つまらない、な。
私は、ランドリー室の天井を見上げる。
蛍光灯が光っているだけ。
桐野くんが傍にいた時は、面会時間が終わる八時までの四時間弱なんて、あっという間で。ずっとずっと話が続いて。退屈なんてしなかった。
ずっと、喋っていてくれたんだな。
私は、お喋りが上手な方じゃないから、そんなに長いこと話が続いたのは私の力じゃなくて。
話が続くように、盛り下がらないように。ずっと気を遣っていてくれたんだ。
ちょっと強引すぎたりもしたけれど。でも、それは確かなことであって。
人に話しかけるのって、勇気がいる。拒絶されるかもしれないし、嫌がられるかもしれない。
だって、私派勇気が出ない。
篠田さんには、あやまりさえすれば桐野くんは許してくれるよ、なんて軽く言っておいて。
自分の立場になったら、同じことが出来ない。
だって、怖いもの。他の人にはそうでも、私にだけは別かもしれないもの。
桐野くんは、私なんかもう必要としていないかもしれないし。
元々、私なんか必要じゃなかったかもしれないし。
そんな弱さとは無縁に。誰にでも笑顔で話しかける桐野くんの強さを、私は初めて思い知って。
そして、バカみたいに。
涙なんか浮かべたりして。
自分から壊しておいて、何を被害者ぶって。
だって、こんなことになると思わなかった。私はただ、ほんの少し息をつきたかっただけで。
私は、ずっとひとりで生きていくつもりだった。
両親に捨てられて、社会の厳しさを思い知らされて。
友だちとか恋人とか。みんなが、学生時代に楽しんでること全部、自分とは縁がないものだと思って。
ただ、学校という場にいられることだけでもありがたいと思って。
部活で成果を出すことだけに全てをかけて。
機械になったつもりで。
だけど、ほんの数日、桐野くんの傍にいただけで。
友だちの温かさを、思い出してしまったよ。
昔の友だちは、親が破産して、施設に映って、転校した時にみんな音信不通になってしまった。
だから、友情の儚さも知ってる。
だけど、それでもやっぱり。
身を寄せ合う温かさは、心地よくて。
いつまでもそうしていたくって。
それで私は、すっかり贅沢になって。
私のためにケガをしたのかもしれない桐野くんのため、何をしてあげられるかじゃなく。
あの温かい時間をどうすれば取り戻せるのかなんて。
貪欲に考えている。
それはただ、人恋しいだけで。
桐野くんでなくても、いいのかもしれない。
他の誰かでも、かまわないのかもしれない。
だけど、今確かに、私は。
ひとりが寂しくてたまらない。
私は、ズルい。
私は、ヒドい。
人に愛される価値も、大事にされる価値もない、最低な人間だ。
ごめんね。私の何が、あなたを傷付けたのか。
どうして、そんなに頑なに自分を鎧うのか。
私は、彼のために何か出来るんだろうか。
してしまったことを償えるんだろうか。
もらったものを、返すことができるのか。
洗濯機の中で回っている、桐野くんのパジャマ。ただ、それだけの細いつながり。
だけど、まだ完全に切れてはいない。
夢だって、まだ見続けている。
今朝の夢では、シュラハは二回目の試練に向かったよ。桐野くんの夢では、二人はどうなっている?
シュラハ。彼女は多分、本当にチュウリィが好きで。
だけどどこか、彼のことをあきらめているようでもいて。
チュウリィはどうなのかな。シュラハのこと、好き?
私たち、いろんなことを話したけど。そういうことは一度も話さなかったね。
チュウリィがどうしたとか、シュラハが何をやったとか、そんなことはいっぱい話したけど。
その時彼が何を考えていたとか、彼女が何を思ったとか。そんなことは一言も。
話していれば、何かが違ったかもしれないのに。
自分の気持ちも、話さなかった。
彼の気持ちも、聞かなかった。
私たちは大切なことは何も話さずに、ただ、身を寄せ合って。
細い細いつながり。でも、まだ切れてはいないんだ。
私は英単語の本を閉じる。
私には、多分。まだできることがあるはずで。
私たちに足りなかったもの、それを。欠けたピースを、埋めるための行動を。
それを求めて。
私は、何かを始める。




