魔術師 チュウリィ・7 夢のお告げ
目を覚ます。辺りはもう明るい。
ここは。宿屋の僕の部屋で。僕は、この広大なる王国の大臣の息子、チュウリィ・フォングで。
僕は魔術師試験を受けるためにここにいて。その二次試験は、二日後に迫っていて。
よし。間違いない、僕はチュウリィ・フォングだ。
けど。でも。しかし。
待てよ、ちょっと待て。今の夢の内容はいったいなんだ。
何やってるんだよ、セイタ。
僕はクロクラから、シュラハの婚約者についての情報を聞きだせって言ったはずだよな。
そして、お前もそれをちゃんと覚えてた。
そのくせ。
それを聞きだすどころか、クロクラと仲違い、ってどういうことだよ。
どれだけ使えないんだ、セイタ、この野郎。
お前が悪い。何があったか理解しがたかったけど、とにかく、お前が悪い。
お前から頭を下げてあやまって、クロクラに許してもらえよ。
そして、シュラハの情報を今度こそ手に入れるんだ。
まあ、お前の気持ちも分からなくはないよ。僕だって、あのクロクラが急にあんなことを言いだすとは思わなかったから。
彼女はいつでも、たったひとりお前の傍にいて、根気よくお前の相手をして。とっても、献身的だったものな。
そして。九割方、自分のモノにした、って思ってた矢先にアレだもの。まあ、僕だったらショックだよ、やっぱり。
シュラハはそんなことはしないと思うけどさ。
お前が思ってる程、お前は愛されてなかった、ってことだな。気の毒だったよ。
けれど、それはお前の人徳だよ。だから、もう一度言うけど、おとなしくクロクラに謝って許してもらえ。それで、僕のために情報を集めろ。
お前の存在価値なんて、その程度のものなんだよ。
セイタの記憶を探っていく。その中に、気にかかるモノを見つける。
なんだって。僕がシュラハに、クロクラの気持ちをきく? 彼女がどうしてあんなことを言ったのか、って?
よく、そんなことを考えついたものだね、セイタ。お前はまだ、僕のために何の役にも立っていない。そんなお前が、どうして僕に何かしてもらえると思うんだい?
そんなことを考えていると、宿の使用人がやってきた。僕に客が来ていると言う。
「いつもの方です。野蛮な蛮族の衣装で、チュウリィ様を訪ねてくる」
シュラハだ!
僕は慌てて寝台から飛び出し、身支度を整えて彼女のところへ向かった。
彼女はいつも通り、客用の椅子のひとつに腰かけて僕を待っていて。僕の顔を見ると、嬉しそうに微笑んだ。
「シュラハ。おはよう」
僕は鷹揚に言って彼女に近付き、抱きしめた。
彼女の体は僕の腕の中にすっぽりとはまりこんで。まるでそのために作り上げられたみたいで。
「チュウリィ、怒っていない?」
彼女は僕の両頬に手を当てて、そんなことを聞いた。
どうして、僕が彼女を怒るなんて。
わけを尋ねると、彼女は困ったように。
「私、夢を見た。チュウリィ、すごく怒って、私、悲しかった。だから、ここまで、急いで来た」
ドキリとした。
その夢って、もしかして。
「シュラハ」
僕は注意深く言った。
「僕の夢を見たって?」
シュラハはうなずいた。
「チュウリィ、怪我してた。夢のお告げ。怪我しないよう、気を付ける」
やっぱり。
それは、僕が見ているのと同じ、あの夢じゃないのか。
セイタとクロクラのように、僕とシュラハも同じ夢を見てる。
そういうことなんじゃないのか。
「シュラハ。その夢を見たのは初めてかい?」
僕は訊ねた。
「もしかして、もう何度もその夢を見ているんじゃないのか。その夢の中で、君と僕の名前は違ってるんじゃないのか」
シュラハは困ったように僕を見た。それから、首を横に振り、
「言葉、難しい」
と言った。
ああ、もう。これだから。
万事につけて、セイタがクロクラに聞いたほうがいいんだよ。
二人は同じ言葉をしゃべる同じ民族で、コミュニケーションには何の障害もなくて。
それに比べたら僕たちの間には、ただ愛を語るだけでも大きすぎる溝がうがたれていて。
僕は少し考えた挙句、シュラハを指して、
「クロクラ」
と言ってみた。
それから、自分を指して、
「セイタ」
と言う。
シュラハは少し考え込んで、
「セイタ、誰」
と問い返した。
それから、早口で、
「クロクラ、私、名前、夢、言葉、あなた、言う」
と、単語を並べた。
何か伝えたいことがありそうだが、うまく形になっていない。ああ、イライラする。
「チュウリィ、心配」
結局、シュラハはそれだけを言って僕を抱きしめた。
夢の中の僕がケガをしていたことが心配なのか、他に心配なわけがあるのか。
僕には理解できないまま。
僕たちはただ、抱き合っていた。
こうして、互いの温かみを感じていればいるほど。
そして、シュラハがいつも通りであればあるほど。
夢の中でクロクラが書いて見せた、婚約者の文字が僕を鞭打つ。
彼女に婚約者、ってどういうことだよ。
こうしている瞬間も、彼女は僕を裏切っているのか。
聞きたい。カッコ悪くたっていい、彼女に聞いてしまいたい。
だけど。
「シュラハ。婚約者、って分かるか」
勇気を出して聞いてみても、彼女はただきょとんとするばかりで。
僕の傷だけが深くなっていく。
僕は。
以前、思っていた以上に、彼女のことを愛しているって、初めて気が付いた。




