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魔術師 チュウリィ・6 僕のために

 ハッとして飛び起きた。


 寝台の上。まだ、夜は明けていない。

 激しく息をつく。心臓が脈打っている。


 それは、半分は不穏な夢のせいであり、半分は。

 夢の中で、夢の中の僕……セイタが腕に抱いていた、シュラハの。

 いや違う、クロクラの。

 やわらかくしっとりとした躰の、感触のせいでもある。


 シュラハにそっくりなクロクラは、僕の夢の中。僕の手の動きに、甘い息を吐いて。

 そのやわらかい感触も、反応も全部シュラハにそっくりで、興奮した僕はますます彼女の体や、その反応を愉しんで。


 けど。夢の中の僕は、足にひどいケガをしているから、ろくに動けなくて。それ以上のことは出来ないから、悶々として体が燃えるようで。ついでに、あんまり興奮すると足の痛みもヒドクなるというオマケつきで。

 結局、中途半端なまま、足の痛みに耐えきれず目を覚ましたわけだけど。


 僕は、黙ったまま僕の右脚をさすってみる。


 何ともない。フツウの、まっすぐな脚だ。

 夢の中のように添え木みたいな、ギプス……とかいうもので固定されているわけでもない。四六時中痛んで、僕を苛々させるわけでもない。


 耐えられないほど痛んだ、と思ったのもただの夢。今はもう、なんともない。


 それよりも今は、夢の中で抱きしめていたクロクラの躰の感触の方が、僕の身を焦がす。


 それはまるで、昼間のシュラハの躰の感触をそのまま再現したような生々しさで。

 服越しに伝わる体温。乱れる息遣い。

 声を上げそうになるのを、彼女は精一杯押さえつける。

 部屋の外には、たくさんの人が普通に活動しているからだ。

 そんな彼女が可愛くて。僕はますます体を彼女に押しつけて。 


 そのうち、僕は。というかセイタは。ガマンしきれなくなって彼女の下半身に手を伸ばす。

 夢の中の世界では、女たちは膝の出るような短いスカートをはいていて、ひどくそそられる。その中に手を入れて、弾力のある太ももをなで上げて、それから。


 って。思い出すと、生々しすぎていろいろヤバい。ちょっと落ち着こう。


 セイタは足の痛みのせいでそれ以上のことは出来なかったけれど。僕にはそういう縛りはないし、今度シュラハが来たら、何とかこの寝台の上に乗せて、それで……。


 じゃなくて。そっちから思考をそらせ僕。あんまり真に迫った夢を見るのも考えものだ、まったく調子が狂ってる。


 そう、考えなきゃいけないことがある。今は、そっちを考えるんだ。


 今日の夢の中で、僕は。夢の中の僕とシュラハ、つまりセイタとクロクラは。

 自分たちが、僕たちの。僕、チュウリィとシュラハの夢を二人とも見ていることを知った。


 夢の中の僕たちが現実の僕たちの夢を見る。

 なんだか、とてもややこしいけれど。


 その中で、ショック、なことが。


 クロクラは、シュラハについて知っているいろいろなことを帳面に書きつけていたけれど。そして、その中には僕がまだ知らないこともいろいろあったけれども。

 その中に一つ、書いてあった言葉が。僕の胸に突き刺さる。


 シュラハの周りの人間関係を書いた表の中に、あった言葉。父親、母親。師匠。その中に一つ。

「婚約者」という言葉があった。


 セイタはそれを深く追求しなかったけれども。帳面の上にそれをチラリと見て、軽くクロクラに尋ねて。

 それですぐに。答えさえ聞かずに、そのことから目をそらして。

 そうしてクロクラを自分のモノにしようと、あんな風にからみついて。離すまいとするように。


 自分のモノだけを、しっかり摑まえて。僕のシュラハについては、知らないフリをしたんだ。


 アイツ、セイタ。なんてズルくて小心なヤツだろう。婚約者っていうのが何なのか、クロクラに問いただすことさえしなかった。

 あんな卑怯者、断じて僕じゃない。僕はあんな男じゃない。たまたま、アイツの視点を借りて向こうの世界を覗いているけど、僕とアイツは同じ存在じゃない。


 アイツはそれでいいかもしれないよ。婚約者がいる、のはクロクラのことじゃなくてシュラハのことだ。二人がどんなに似ていても別人、と思えば。シュラハの婚約者のことなんて他人事だ。


 だけど、それじゃ僕はどうなるんだよ。

 僕の好きな女の子に。

 僕が、妻にしてもいいと思った女の子に。

 他に婚約者がいるかもしれないっていうのに、その情報の真偽すら分からないまま放っておかれて。


 今日の夢で確信した。これは、ただの夢なんかじゃない。

 あれは、僕たちの住む世界とは違う、実在する世界だ。

 本来なら、別々に存在して交わることのない二つの世界。

 それがなぜか、混線している。


 セイタは、異なる時空に存在する数多の世界の存在も。

 因果への干渉も、物質の根本存在原理も、妖物の取り扱いも、何ひとつ知りはしない。

 魔術の基本すら知らないセイタが、こちらの世界に働きかけたとは思えない。

 もちろん、僕の方からも何もやってはいないから、考えられるのは。


 あの、事故。

 セイタが鉄の怪物に脚をへし折られた、あの事故。


 多くの血が流れるところ。命が失われるところ。そんなところでは、世界の垣根が揺らぐから。

 あの事故で、ケガをしたのはセイタひとりじゃないんじゃなかったか?

 僕は、夢の中の記憶を探る。自分の事故に関する情報を、セイタはいろいろ集めていた。

 テレビとかいうおかしな機械を、何度も何度も眺めてた。

 その画面を思い出す。そして、確信する。

 死んだヤツもいた、確かそうだ。


 あの時、僕とセイタが。シュラハとクロクラが。きっとつながった。

 つながりは細く、今にも切れそうな脆いものだけど。

 二つの世界のつながりが生む力は、とても大きい。

 

 だってあの夢が。僕とシュラハの運命も、セイタとクロクラの運命もきっと変えている。

 因果への干渉。運命の書き換え。  

 そのつながりによって、僕とセイタは。シュラハとクロクラは。 

 互いに相関性のある人物に作り替えられた。


 だから、あの夢で見たことは、きっとみんな本当のこと。

 夢を通して僕は、僕の、僕自身の運命を別の角度から眺めてる。


 だから、だから僕は何としても。シュラハの婚約者ってヤツのことをつきとめなくちゃいけなくて。

 でも、だけど。


 シュラハにどうやって聞く?

 彼女は、僕たちの言葉を上手く話せない。婚約者、って言葉だって知らないかもしれない。


 それに。

 僕たちは、セイタたちみたいにこの夢を互いが共有してるってことをまだ確認し合っていない。


 「僕たちの夢を見ているセイタとクロクラが、同じ夢を共有していることに気が付いた」という夢を、僕が見たっていうだけのことだ。

 シュラハは、そんな夢なんか見ていないかもしれない。


 僕はあの夢が本当のことを語ってる、って確信してるけど。

 彼女はそうじゃなかったら?

 シュラハは蛮族だし。

 魔術の知識だって、僕のものほど精妙じゃないかもしれない。

 もし彼女があの夢を、ただの夢だと思っていたら?


 もしそうだったら、あの夢に意味なんか、なくなる。


 夢なんてそんなもの。

 頼りないもの。

 実体のないもの。


「同じ夢」っていうつながりを得たセイタとクロクラは、幸せ者だ。

 こちらの世界には、そんなものどこにもない。


 そして、そんな夢の中のクロクラの一言を頼りにして、僕がシュラハに婚約者について弁明を求めたりしたら。

 彼女は、僕がおかしくなったかと思うかもしれない。

 そうだ、婚約者なんてただの夢かも。僕の妄想かもしれない。


 どこからが夢で、どこからが真実なのか分からない。

 僕は本当だと確信してるけど、証する術がない。


 夢が現実なのではないかと思い始めた瞬間。

 現実が夢との境界を失い、曖昧に溶けていく。


 ダメだ、そんなこと聞けない。

 何の根拠もないことは聞けない。

 みっともないじゃないか、夢の中のことなんかにこだわって。

 まるで、僕がシュラハのことしか考えてないみたいで。

 彼女に他の男が目を向けるのさえ嫌がる小心者みたいでさ。



 セイタがやればいいんだよ。セイタとクロクラは、遊び気分で僕たちのことを話してる。

 それに、所詮セイタには他人事なんだから、軽い気持ちで聞けるだろ。

 クロクラだって、きっと簡単に答えてくれる。

 二人にとっては、ただの夢の中の出来事なんだから。


 そうだよ。もし、この僕の記憶を全部引き継いでるっていうんなら。


 セイタ、お前がクロクラからシュラハの婚約者の話を、全部聞きだせ。

 それまで僕は、安心して眠れないぞ。


 

 僕はもう一度寝台に横になってみる。

 セイタのことを考える。動かない足と一緒に、一日中寝台の上にいる僕の分身。


 アイツになるのは辛気臭くてイヤだけど。

 今は、一つでも情報が欲しい。

 だから、仕方ないから。

 無理にでも眠って、お前になってやるからさ。

 お前が僕の半分でも抜け目なくて有能だっていうなら、やってみろよ。

 僕のために情報を引き出せ。


 頼むぞ、セイタ。 

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