女子高生 玄倉新・6 偶然の一致?
一時間ほど後。
私は、もう一度桐野くんの病室の扉をノックする。
「入っていいぞ」
と桐野くんの声。
私が桐野くんの病室を離れていたのは。別段、診察や検査が入ったからとか、桐野くんが着替えてたとか、そういう理由ではない。
もっとくだらない理由。
でももしかしたら、重大な理由。
厳粛に見つめ合う私たち二人。
「ちゃんと書いてきたか?」
と問いかける桐野くん。
「桐野くんこそ」
私も問い返す。
もう一度相手を見つめ合う。
「せーの、で出すぞ。せーの、な」
せーの、と来たか。桐野くん、意外に子供っぽいことを言う。
まあ、それはともかく。
私たちは声をそろえて、
「せーの!」
で、ノートの開いたページを互いに見せ合う。
そこに書いてあるのは。
お互いの夢の内容。
どうやら、私と桐野くんの夢はリンクしているらしい……ということになって。それでも、そんなこと、私たちはにわかには信じられなかった。
私の夢に出てくる「チュウリィ」という名前に、桐野くんは聞き覚えがある。
桐野くんは、私も忘れていた夢の中の「私」の名前を、言い当てた。
だけど、もしかしたらそれもみんな偶然かもしれないし。
どちらかがどちらかの話に、合わせているだけかもしれないし。
だから私たちは。一時間別々に行動し。
桐野くんは病室で。
私は一階のロビーで。
それぞれ、夢の中で見たものをノートに書いてくることにしたのだ。
もし、その中に共通する項目があれば、私たちの夢がシンクロしてるっていう間違いのない証拠になる。
といっても、私が覚えていることは大したことはなくて。
続いているからヘンな夢だなあ、とは思っていたけれど。元々、そういうことにあんまり興味がないから、詳しくは覚えていなくて。
書いたのは、シュラハ、という夢の中の女の子の身の回りのことや生い立ち。その他には、一攫千金を目当てに多額の賞金が出る魔術大会に参加していること。その中でチュウリィに会った、ということくらい。
一応、チュウリィと話したことや、一緒にいる時にあった出来事も書いてみたけど。
(キスしたとか、胸触られた、とかはさすがに書きにくかったからゴマカしたけど)
いったい、意味があるのか、この作業。
単なる夢だとしたら、一致しない可能性の方が高いわけで。
それが一致するかも、なんて思ってこんなことをしている私たちは、実際問題かなりイタイ人たちなのではないだろうか、とも思ったり。
一致しなくて当然のことを、さも一致しているかのように騒ぎ立て。
でも。もし、本当に一致してしまったら。
その時、私たちはどうすれば良いのだろう?
「ちょっと待て。一攫千金の魔術大会ってナンだ。そんなもの、僕知らないぞ」
と、眉を顰める桐野くん。ほらね、やっぱり一致しない。
「あるのよ。なんか、世界中から術者が集まって、一位になったら賞金たんまり、みたいな大会が。だから、一獲千金を狙って私……というか、夢の中のシュラハって子は」
「何だ、その宝くじみたいな雑な大会。知らないよ、そんなの」
「知らない?」
「ああ知らない」
うん、これでいい。これでいいはずだ。夢が一致してる、って考えの方がバカバカしくて。
それでも、私の目は桐野くんが書いて差し出した紙の上を見てしまって。
「魔術師登用試験?」
「ああ、そう」
桐野くんはうなずく。
桐野くんのメモは細かい。ノートが真っ黒になるくらいびっしり書いてある。
私よりずっと、夢の内容をよく覚えているみたい。ヒマなんだな、きっと。
「何年かに一回しか開かれない、難しい試験だけど、受かれば国王の側近として働く魔術師になれる。高い地位も収入も約束されるし、何より栄誉なんだ。世界中から集まる魔術師の中で選ばれるのはたった数人。生まれも身分も問われることなく栄達できるし。チュウリィの異母兄の何人かもその試験に受かってるから、チュウリィは何が何でもそいつに受かりたいと思ってる」
桐野くんの語る夢の世界は、私の夢の世界と違う。違っているのに。
「一次試験を受ける前の迷宮で、初めて口をきくのよね」
世界中から魔術師が集まる大きな大会。城門から一次試験の会場までは迷宮。そこで、偶然出会ってチュウリィとシュラハは話をするようになる。
書き方は違うのに。
そこは私と桐野くん、二人が同じことを書いている。
舞台設定は違うのに、ディティールだけは一致している。何、この中途半端さ。
私は桐野くんのノートを、桐野くんは私のノートを見つめ、お互いに顔をしかめる。
「チュウリィは大臣の息子。私、王子様だとずっと思ってた」
呟く私。だって、チュウリィはいつも、高そうな立派な衣装をキチンと着て、物腰も上品で。おとぎ話に出てくる西洋風のコスチュームではないけれど、それでもきっと王子様なんだろうな、って、なんとなく。
「戦士の誓いってナニ。お前のノート、断片的すぎて分かんない。もっとちゃんと書けよ。授業のノートは詳しくとってくるくせに。なに、シュラハってやっぱり女戦士なの?」
桐野くんが前髪をかき上げる。
だって、シュラハを囲む掟と、部族の制度はややこしすぎて、きちんと説明しようと思ったら紙が何枚あっても足りないし。
「あの、合格通知を配って歩いてた人、チュウリィのお兄さんだったの?! 私、闇の暗殺人かと思って、師匠にもそう言っちゃったよ?!」
「婚約者ってナンだ。きちんと説明しろ、きちんと。ここだけ玄倉の妄想じゃないの?!」
世界観はズレていて、ひとつひとつ認識が異なって、お互いに知らないことも山ほどあって。
違っている。それで、いいはずなのに。
だけど、それなのに私たちの語る世界は。
確かに、何かがシンクロしていて。
不安になる。
「ひとつだけ、完全に一致している項目があるね」
私は言った。
桐野くんがうなずく。
「チュウリィはシュラハの言葉が、シュラハはチュウリィの言葉が満足に分からない。片言程度でしかコミュニケーションできてない」
そう。
他は、合っているような、違っているような、微妙な感じで、モヤモヤっとするけれども。
その一点だけは、間違えようがない。
夢の中の私たちは、互いに互いの言葉が分からず、満足に互いを知ることも出来ずにいる。
「もう一つある。玄倉、気付かない?」
桐野くんが言った。
「夢の中の僕たちは、どっちも『こっちの僕たち』のことを知っている。僕たちがこうやって、チュウリィやシュラハのことを話せるみたいに、あっちの二人も」
ああ、そうか。
私はうなずいた。
「シュラハはチュウリィを初めて見て、桐野くんに似てるって思ったし、チュウリィは最初私……ええと、この私じゃない、ややこしいなあ。シュラハに向かって、『玄倉』って」
「うん。チュウリィも、シュラハのことを玄倉に似てる、って思ったんだ」
そのことは、互いのノートにハッキリと書いてある。
試験前日の、夕方近い午後の陽射しの中の。チュウリィとシュラハの初めての出会い。
「そして、迷宮の中で再会して、友だちになって」
「あの建物自体が迷宮なんじゃないと思うよ。魔術的な仕掛けがしてあったんだ」
と言う桐野くん。というか、『魔術』なんてフツウに言われると、現実感が揺らぐ。
私の目の前にいる人は桐野くんなの? それともチュウリィ?
「やっぱり……偶然、と言うには一致点がありすぎる」
もう一度、私のノートを見る桐野くん。
「ちゃんと見てみろよ、玄倉。世界観に多少のズレはあるけれど、チュウリィとシュラハの出会いから、恋人になるまでの動きはシンクロしてるよ」
そうなのだ。
背景は違えど、役者の動きは変わらない、と言おうか。
桐野くんのノートに書いてあることと。私が自分でノートに書いたこと。
二冊のノートに書かれたチュウリィとシュラハのデートの経緯は、ほとんど一致してる。
「ひとつだけ、僕、書いてないことがあるんだけど」
桐野くんは言った。
そして、私のノートの端の白いところに素早く何か書いて、てのひらで隠した。
うわ、さすがバスケ部。桐野くん、女の子みたいな顔してるくせに手は大きいんだ。
……じゃ、なくて。
この顔は、なにかたくらんでるカオだよ、きっと。
「答えてくれないかなあ、玄倉」
粘っこい口調で、桐野くんは言った。
「チーリンが僕……じゃない、チュウリィに合格通知を持ってきた後、二人は恋人同士になったんだよね。玄倉のノートには、『なんか恋人っぽく進展』としか書いてないけど。これ、具体的に何があったのかなあ? 僕の答えはここに書いてあるよ。玄倉、言ってくれない?」
「い、言ってって」
私は躊躇う。赤くなるのが分かる。
だって、あの時。
「試験に受かった」って言いながら、チュウリィは不意に私を抱きしめて。
いきなり、キスした。
予告してくれただけ、桐野くんの方が紳士的だったかも。
突然唇を重ねられて、私はビックリして、混乱して。体が熱くなって。
抵抗しようとあがいたけれど、力で押さえられて。
「どうしたの。早く言ってよ、玄倉」
目の前では、夢の中の男と同じ顔で笑っている桐野くん。
まちがいない、これ新手のセクハラだ。
だけど、なんて言ったらいい? あの時の、チュウリィの唇の感触、背中に回された腕の強さ、ほのかに薫る香の匂い。そんなの全部、現実みたいにはっきりと思い出される。
更にそれは、ついさっきの、桐野くんとした現実のキスの記憶と一緒になって余計に私の五感を混乱させる。
そして、キスしながらチュウリィは。
私の、いやシュラハの上着のボタンをゆっくりとはずして、その中に手を。差し入れて来て。
服の中にすべりこんでくるチュウリィの手の感触。そのまま、わしづかみに胸を揉まれて。
マズイ。その時の感覚が、夢とは思えないほどリアルに体によみがえる。
私は思わず、胸を服の上から押さえる。
い、言えるか。口に出せるか、そんなこと。
「……チュ、チュウリィが、シュラハにキスした」
私は蚊の鳴くような声でそう言った。
桐野くんはうなずいて手の平を少し動かす。
そこには、「チュウリィがシュラハにキスした」とハッキリと書いてある。
そうなのだ。告白の言葉とか一切なしでキスされただけ。それで恋人同士とか、フザケテる。だから、私は「恋人っぽく」としか書けなくて。
「それだけ? それで終わりかなあ」
なんて、笑みを浮かべている桐野くん。コイツは悪魔か。
私は、終わりともそうでないとも言い切れず、黙り込む。
桐野くんがベッドの中で身を動かして、私の方に近付いてくる。
「玄倉?」
ああ、もう!
「胸、さわられた」
私は横を向いて、更に小さな声で言う。私の背中に桐野くんの胸がピッタリと張りつく。
「ホント? さわったって、どっちの胸をどんな風に?」
知るか、と言いたい。同じ夢を見ていると言うなら、自分の記憶にきいてくれ。
「こんな風だったかな?」
後ろから回された桐野くんの右手が、もう一度私の胸の谷間あたりに触れる。指先が、ブラウスのボタンにかかる。
「や、桐野くん、ズルい」
私は身じろぎして、抗議した。
「紙に書いてあるんでしょ。見せて」
「ああ、そうだったね」
桐野くんは笑って、左手をベッドの上に置いたノートから動かした。
そこには、チュウリィがシュラハにキスしたってこと以外、一言も書いてない。
やられた。完全にしてやられてる。
そう思った瞬間に、ボタンが外されて、桐野くんの右手がするりとブラウスの中に入ってきた。
声を上げる間もなく、指先がブラジャーの内側に差し入れられる。
そうして。チュウリィがシュラハにした通りに手のひらで胸全体を包み込んで、ゆっくりともみしだいた。
「どう。こんな感じだったかな」
耳元で囁く桐野くん。私はもう、返事とか出来なくて。
「こうしたら、シュラハはもっと反応したよ」
桐野くんの指先が。私のブラジャーの中でうごめいて。
私はビクリと身を震わせて。思わず、吐息をついてしまう。
「あはは、同じだ。気持ちいい? 玄倉」
桐野くんが笑ってる。
私は。
桐野くんのケガが全快したら、いつか。
一度この男を投げ飛ばしてやる、と心に決めながら。
この、接続してしまった夢と夢を、どう理解したらいいのかどうか考えつつ。
私の躰をもてあそんでいる桐野くんの動きに、身を任せてしまっていた。




