気に食わない!
『サヤちゃん、ちょっと仕事の依頼があるの。セントラルの大聖堂まで来てくれない?』
それが、事の始まりだった。
私の生涯で決して忘れる事の出来ない事件の始まり。
「依頼だったら電話とかメールでも良いのに何でわざわざセントラルまで出ないといけないのよ……」
私はサヤ・イヴェルス。
この世界ファーニアーの北の森でイヴェルス堂と言う万屋を営んでいる。
あらゆる物品の売買や道具の修理。
更には、依頼を受けてそれをこなす何でも屋も行っている。
良心価格で人殺し以外ならどんな仕事も引き受ける。んだけど……
「はぁ、手数料でも要求しようかしら」
しばらく私の愛車YAMAHA Vmaxの「ファリア」を走らせると、セントラルの町並みが見えてきた。
セントラルはこの世界唯一の人型種族が住まう都市で、天空を穿つ巨大な塔が印象的だ。
建物も、無機質で丈夫な高層建築物から、優雅で独特な雰囲気を持つレンガ造りなど様々。
私はこういう賑やかな街は苦手なので街からかなり外れた北の森に店を開いている。
さて今回、私の目的地はそのセントラルのほぼ中心。
神子の塔と呼ばれる、この世界を中心から貫く柱のふもと、神子の長が住む大聖堂だ。
ああ、神子と言うのは神に仕える一族でこの世界の事実上の支配権力層だ。
白き神子と黒き神子の二種族が存在する。
今回、私に仕事を依頼してきたのは白き神子の長、ロワー・ウェルエルさんだ。
私は大聖堂に向かおうと真っ直ぐな道をファリアで走っていた。
ふと、セントラルに人気が全く無い事に気付く。
此処らへんは確かにまだまだ郊外で人などは少ないだろうが、全く人を見かけないと言う事は無い。
時間帯もお昼頃で、外食に出る人々の姿が見えてもおかしくは無い。
疑問に思いながらも、しばらくファリアを走らせた所で、奇妙な一団の姿を見咎めた。
その一団は、全員黒い戦闘服を着用し、手には思い思いの武器を持っていた。
明らかに危険な匂いがする集団。
挙句、その集団が取り囲んでいるのはまだ年端も行かぬ少女だった。
「何なの――アレ……」
怯えた様子の少女。
それに構うことなく、黒服の一人が銃を少女に向けた。
「え――、ちょっとアンタ達!!」
流石に見かね、デバイスを起動。
ショートカットで加速形態へと入り、少女と男達の間に入る。
デバイスとは私が持っている特殊な機器だ。
私の体全体を守る魔導的な鎧を作り出す事が出来、さらに3つの形態へとその能力を変貌させる。
私が使ったのはその3つの内の1つ、加速。
名前の通り、私の体を加速させ、目にも留まらぬ速さで移動出来る形態だ。
体力的な消耗が激しいのであまり使いたくは無いのだが……
一瞬で目の前に私が現れた事に驚きを見せる黒服。
「シュターベンか!?」
「い、いえ……人間、です」
「シュターベン? シュターベンって何のこ――」
私が皆まで言い終わる前に、背後で不気味な音が響いた。
何とも形容しがたい、何かが変質する音……
「――え?」
恐る恐る背後を振り返ってみると、少女がいたその場には体の大きさは少女のままで虫を思わせる外骨格の奇妙な怪物の姿があった。
『グキュ――――』
怪物は不気味な声を発すると、鋭い刃物のようになったてを振り上げ私を襲おうと飛び上がる。
私は咄嗟に腕を交差させる。
その鋭い爪が私の腕を切り裂く直前、
ズドン!
低く重々しい音が鳴り響く。
私の傍を大きな風の唸りが横切り、あの怪物を貫いたような感覚がした。
私がガードを解くと、目の前には直径10cmくらいの杭のような物で貫かれた怪物の姿があった。
『ク――ゥゥゥウウ』
だが、まだ息はあるようで苦しげに呻く姿が目に入る。
混乱する私を差し置いて、何処からか声が響く。
「そこの女性、すぐにシュターベン――その怪物から離れてください」
声がした方を振り向くと、黒い長髪に生真面目そうな表情をした眼鏡を掛けた女性が立っていた。
筒のような物を手にしている。恐らく、あの怪物を貫いた杭を発射する為の武器だろう。
「さぁ、はやく!」
眼鏡の女性の態度に少し怒りを覚えたものの、仕様が無く怪物の傍から飛びのく。
すると、女性は手を宙に掲げ、
「シュターベンの始末を」
そう告げると、黒服達はそれぞれ「諒解」と答え、弱った怪物に止めを刺した。
静かにその光景を見つめる私の元に女性が近づいてくる。
私は女性に問いかける。
「何なの、コレ」
すると女性は真顔で、でもどこか私をバカにしたような雰囲気で言い放った。
「あの怪物はシュターベン。私達はシュターベンを含めこの世界に害をなす存在を倒す組織ファーニアー魔導事件対策実行部隊。そして私は隊長の時渡ルミナよ」
毅然とした態度で私にそう説明するルミナと名乗った女性。
「シュテアベンを知らないなんて何処の田舎者か知りませんが、今度から私たちの邪魔はしないでくださいね」
そう告げるとルミナと名乗った女性は黒服達のもとへと向かっていったのだった。
「何、アイツ――ムカツク」
ふと今のでかなりの時間を食ってしまった事に私は思い立つ。
色々と言ってやりたい事はあったが、一先ず怒りを“持ち越して”大聖堂へと向かう事にしたのだった。