最終章は突然に……編
この日、”捕らぬタヌキのディスガイザー”こと二つ岩マミゾウが〈人里〉にある貸本屋の〈鈴奈案〉にやって来たのは、偶然に入手した《外来本》を売ろうというつもりだった。
店の娘で店番をしていた”判読眼のビブロフィリア”の本居小鈴はちょうど昼食にしようとしたそのタイミングで、来客を知らせる入口の鈴の音が響いたのに少し不機嫌にもなったが、それが憧れのヒトだと分かると「あ! いらっしゃいませ~」と上機嫌になって歓迎したものである。
「もう昼食時というのに悪いのぉ、本の買い取りを頼みたいぞい」
「いえいえ~、あなたならいつでも大歓迎ですよ」
こんなやり取りは原作コミックにもよくありそうな光景だが、原作と違うのはすでにマミゾウが妖怪だと小鈴にばれている事であろう。 それでも以前と特に変わったという事はないのがこの二人の関係であった。
無論、〈人里〉では人間に化ける事は忘れはしない。
椅子に腰かけている小鈴の前にあるカウンターの机の上にマミゾウが置いた本は古そうなコミックの単行本であった。 中年の警察官が表紙に描かれたその漫画を小鈴も知っている、派出所に勤務する破天荒な巡査を主人公にしたドタバタ劇だ。
「これはまた年季の入ってますね……一巻ですか……」
「うむ、それでいくらくらいになるかの?」
すぐには答えずにまずは状態などを確かめる始める小鈴、外見はやや幼く小動物めいた印象の少女だが商売に関しては決していい加減な事をしない。 マミゾウもそれが分かっているので、やがて小鈴が提示した金額が思ったよりは安くても、それが妥当な値段なのだろうと納得する。
「そういえばこの漫画も終わったそうですねぇ……」
「ん? ああ。そうじゃったな。 まぁ、四十年も続けばたいしたもであろう」
しかも四十年間で一度も休載なしである、これにはマミゾウも心から感服していた。 それに人気が衰えたわけではなくとも、節目の時期に身を引ける作者の潔さにもである。
いきおいで書き始めて途中で書くのをやめてしまったり、人気が出たからかいつまでもダラダラと意味のない展開を書き続けている連中には見習ってほしいものだとこの化け狸の妖怪は思う。
どんな物語であっても終わりは必ず訪れる、 それはこの”紅魔のお嬢様とメイドさん物語”の小説も同じである。
「まぁ……あのへっぽこだし、どんな形であれ最後まで書ききれば御の字であろうな?」
不意にそんな事を言って可笑しそうな笑みを浮かべたのに、「……はい?」と怪訝な顔で首を傾げる小鈴。
「ん? ああ、何でもない。 独り言じゃて気にするでないぞ」
吸血鬼の姉妹が友人やメイドと共に住まう紅い館、〈紅魔館〉の地下にあるフランドール・スカーレットの部屋。 そこに設置されているデスク・トップのパソコンの前に座るのは、今日は”悪魔の妹”とも呼ばれる部屋の主ではなく”知識と日陰の少女”のパチュリー・ノーレッジだった。
「……どう?」
パチュリーの後ろに立ちマウスやキーボードを使ったその作業の様子を見守っていたフランドールが少し不安そうに尋ねると、「……これはどうしようもないわね」と淡々とした口調で答えが返ってきた。
「……ハード・ディスクが劣化してるわ、これは完全に寿命だし直しようがないわ」
このままこのパソコンを使っていればいつデータが吹っ飛ぶか分からないとパチュリーは言う。
それを聞いて「ああ……そうなの……」と残念そうにするフランドール。
先日から頻繁に出るようになった警告メッセージがどうやっても止まらないのでパチュリーに相談したのだ。 フランドールも初歩的な事は理解しているがパソコンの知識に関してはパチュリーには及ばない……というよりゲームをするのに必要なもの以外は覚える気もなかったのだ。
「……バック・アップを取ってハード・ディスクだけ交換って手もないこともないけど……どうせなら性能のいい新型に買い替えた方がいいと思うわよ?」
フランドールはもう十年近くは使っている愛用のパソコンを見つめる、確かに性能の限界を感じ始めてはいたのだが愛着もあって買い替えには踏み切れなかった。 しかしこうなっては仕方なかった、これもいい機会なのだと思う。
「そうね、お姉様に頼んで新しいのを買ってもらうわ」
そのお姉様は、今日も今日とていつもと変わらない平穏な日常の時間の流れる二階にあるテラスで午後のティータイムを満喫していた。
人間でいえば十にも満たないくらいの幼い外見を持つレミリア・スカーレットという名のその少女は、”永遠に紅く幼いツッコミ”という二つ名で〈幻想郷〉に暮らす人間達から恐れられていた。
「つーか、この書き手もいい加減に飽きんものか……」
ここまでくると流石にツッコミよりも呆れかえってしまうレミリアは、手にしていた白いティーカップをテーブルの上に置く。
空には少し厚い雲が増えてきてはいてがそれでもまだ太陽が顔を覗かせ輝いているが、大きな白い日傘の下にあるこのテーブルはいい具合に日陰になっているので吸血鬼でも気にはならないのである。
いつもは彼女の後ろに控えている事も多いメイド長の十六夜咲夜も今日は〈人里〉へと買い物で不在で、その代わりに紅茶を用意した妖精メイドのフェア・リーメイドも別の仕事があるのでこの場にはレミリア一人であった。
「……で? いい加減に出てくれば?」
レミリアが少し離れた石の床に向かって言うと、それに応える「……くくくく、流石に気が付いていたか……」という不気味な男の声がした。
そして床に丸い円形の影が出現し、それが盛り上がり人の形をとっていく。
「ドーモ、レミリア=サン。 私はトーホ・マッポです」
日本の警察官の制服を纏い”東・警”というメンポを付けた男がアイサツをすれば、「ドーモ、トーホ・マッポ=サン。 レミリアです」とアイサツを返すのがこの〈幻想郷〉の礼儀であった。
「……てか、トーホ・マッポって何よ?」
どうせまた転生チート戦士の類とは思うのだが、それにしては漂うアトモスフィアが多少違うようにも感じられた。
「詳しくは言えないが、東方プロジェクトの二次創作を監視する存在だと言っておこうか」
「ふ~ん? それでそんな連中がこのセカイに何の用なのかしら?」
特に関心もなさそうな様子で尋ねながら椅子から立ち上がったレミリアは、更に数歩移動し男と三メートル程の距離で対峙した。
「目的か? このくだらない二次小説を消し去るためだ」
当然であろうという風に答えたその目的は、レミリアの予想の範疇内ではあった。
おそらくこいつは原作至上主義者とでも言うべきか、そういう類の存在の意思が実体化したものだろう。 原作を忠実に再現したものならまだしも、それを崩壊させるようなにわかの作った二次創作など認めぬというところなのだろう。
「まったく……あの書き手が書くこんな小説なんて、あんた達みたいのが目くじら立てる程に大層なもんでもないでしょう?」
口調はまだ穏やかであったが、トーホ・マッポを見据える紅い瞳には明確な敵意があった。
「そういう問題ではない、どんなにくだらぬものでも許せんものは許せんのだよ」
それは例えば目の前にいるレミリア・スカーレットもそうだ、東方の原作ゲームもやった事もないにわかがネットで調べた知識のみで構築した”レミリア”など、彼にすればレミリアではなかった。
「器の小さい奴ねぇ……まあ、いいわ」
溜息を吐き肩をすくめたレミリアの目は、次の瞬間には鋭くなった。
そして「私の敵なら排除するだけ!」と床を蹴って跳び出すと、一気に接敵し紅く塗られた鋭い爪で男の胸を貫こうとしたが、彼は横に大きく跳ぶ事でその攻撃を回避してみせた。
「避けた!?」
「私をダーク・レイムの転生チート戦士ごときと一緒にするなよ?」
トーホ・マッポは《サーベル》を出現させると切っ先をレミリアに向けた、それがただの金属の塊ではなく禍々しい気を放っているのを感じ取って、一瞬だがひやりとするレミリア。
「この小説の事はもう完全に調査済みってわけね?」
トーホ・マッポが「そういう事だ!」と答えながら斬りかかってきたのを、レミリアも回避したが、その早い動きは確かにこれまでの敵とは段違いだった。 油断をすればその瞬間にはやられているだろうと、そう思わせるくらいのものだった。
「まったくもってくだらん二次創作だ!」
再び《サーベル》で攻撃してくるが、レミリアは慌てる事はせずに敵の動きを見極めて回避し、「はっきり言うわね!」と手刀で喉を掻き切ろうとしたが、彼女の白く小さい手は空を切っただけだった。
「言うさ!」
更に《サーベル》を振るおうとしたトーホ・マッポが不意に後ろと跳んだのを妙だと思ったレミリアは、直後に数本の《銀のナイフ》が彼のいた場所に突き刺さったのでその理由を理解する。
「……はて? こんなお客が来るとは私は聞いていませんでしたが?」
まるで瞬間移動でもしたかのように咲夜が主人の横に立っていたのは、彼女の【時間を操る程度の能力】のためだった。 青いメイド服を着た人間の少女は殺気すら込めた青い瞳で狼藉者を睨み付ける。
「私も招いた覚えないんだけどね?」
不敵な笑みを浮かべながら従者に答えるが、内心では咲夜が来てくれた事に安堵している。
一方のトーホ・マッポは忌々し気に援軍のメイド少女を睨む、二次創作の紛い物とはいえ”レミリア”と”咲夜”の二人を同時に相手にするのは、最後の調査のつもりで何の準備もなくやって来た今日ではきついと判断するしかなかった。
「……仕方なしか」
自分に言い聞かせるように小さく呟くと《サーベル》を消した、その事を不審に思ったレミリアと咲夜の前で彼の姿が黒い影へと変化し、そして溶けて吸い込まれるように床へと消えて行った。
しばらくは油断なく周囲の気配を探っていた咲夜だったが、やがて「……逃げたのでしょうか?」と問いかけた。
「……みたいね」
男の気配が完全に消失しているのを確認してレミリアは判断したが、これで終わったとも考えていない。 次は本気で仕掛けて来るだろう、どのような手段を使うのかまでは分からないが、この小説を完全に消し去るために必ずだ。
ふと空を見上げてみると、いつの間にかどこか不気味さを感じさせる黒い雲が空を覆い始めていた……。
その時、咲夜が「……あ!」と声を上げたので何かと視線をそちらに戻すと、彼女は実際深刻そうに何かを思いついたという風な顔をしていた。
「どうしたの?」
「……はい、実は……今回はオジョー=サマが一度もツッコミをしていらっしゃらないと思いまして!」
深刻な表情を崩さないままでそんな事を言ったのに、最初はその意味が分からずに「……は?」と聞き返してしまうレミリアだったが、直後にはワナワナと身体を振るわせ始め……。
「そんなん別にどーだってええわぁぁあああああああっ!!!!」
……と、実際上空の暗雲を吹き飛ばしかねない勢いで咆哮をしたのであった。
※『トーホ・マッポ』は噂で聞いた『東方警察』を元ネタにした架空の存在です、念のため。




