フランドールの外出編
九月にもなっても残暑はやや厳しいが、夕方にもなればだいぶ過ごしやすい気温になってきた〈幻想郷〉ではあるが、エアコン完備な地下室に引き篭もりっぱなしののフランドール・スカーレットには実感が出来るようなものではない。
その”悪魔の妹”とも呼ばれる金髪の吸血鬼少女は、今日も今日で愛用のデスク・トップのパソコンに向かい擬人化された艦船をこれくしょんするゲームを楽しんでいた。
「よし! 本日のオリョクル完了~~♪」
夏のイベントも終わり資源やバケツを大量に消耗たフランドール提督の鎮守府なので、現在はデイリー任務などをこなしつつそれらの補充に励んでいた。
「油断してると秋イベなんてあっという間だしね」
そう言いながらパソコンの電源を落とすと、キーボードの脇に置いてあったスマート・フォンを手に取る。 それは誰が見ても買ったばかりの新品と分かるであろうものであった。
「……さて、行きましょ~~♪」
実際遊園地にでも出かけるかのような楽しそうな笑顔で立ち上がった。
〈人里〉にある貸本屋の〈鈴奈庵〉では、店の娘である本居小鈴が入り口の暖簾から顔だけをだして空を見上げていた。
「……さてと、今日はもう店じまいね」
暗くなり一番星が輝いているのを見て呟くと、暖簾を外そうと外に出た。
「……え? フランが外へ出かけているの?」
〈紅魔館〉の主である吸血鬼の少女、”濃霧のマナイタ”のレミリア・スカーレットがそんな事を従者から聞いたのは、夕食後の紅茶を味わっていた時だ。
その従者、”完璧で瀟洒なメイド”の十六夜咲夜は「はい、ここのところ毎日のようにですわ」と付け加えた。
「どういう風の吹き回しかしら…………つか! またマナイタ言いやがったんこの書き手がぁぁぁあああああああっっっ!!!!!」
いつも通りに唐突に目を吊り上げて咆哮する主人に対して咲夜が穏やかな顔で見守るのも、これまたいつも通りの光景である。
「……まぁ、いいわ……それよりもよ、もしかしてあれ?」
レミリアは紅茶を一口啜って気持ちを落ち着けると後ろに立つ咲夜を見上げて尋ねたのは、先日フランドールからスマート・フォンを買ってほしいとせがまれて買ってあげたのを思い出したからだ。
余談だが、その時に咲夜が「何だかんだで妹様に甘いんですから……」と苦笑していたのは、レミリアは気がついていない事である。
「……あれ、とは?」
「最近流行ってる…………そう! ポケモンG○だっけ? あれかしら?」
外を歩き回りモンスターを探すというのは、あの百年単位で引き篭もりなフランドールに不向きとも思えるが、ことゲームに関してはレミリアも感心するくらいの情熱と行動力を発揮するのもまた彼女なのである。
もしそうであるなら、ゲームとはいえ外出するようになるのは少しはいい傾向であると姉として思えた。
「少し違いますわお嬢様。 妹様がやっていらっしゃるのは”ニンサツGO”というゲームです」
メイド長の口から出てきた奇抜なゲーム・タイトルに「……はい?」と目を点にしてしまうレミリア。
「簡単に説明しますと、外を歩き回りニンジャを探して見つけしだい殺すという実際子供向けのゲームですわ」
右手の人差し指を立てる仕草をしながらさわやかな笑顔を向ける咲夜が、冗談で自分をからかっているわけではないのは長い付き合いで分かってしまう。
「……つか、そんなサツバツとしたのが今の子供向けなの……?」
確かにフラン向けではあるが、子供向けとは違うんじゃないかな……と思うレミリアは、咲夜が不意に明後日の方を向き……というか、実際カメラ目線になって「もちろん、あなた方のセカイに実在するゲームではありませんので、あしからず」と言ったのはこの際どうでもよかった。
「…………はぁ~~」
もはやツッコミをする気にもならず盛大に溜息を吐くしかないレミリア=サンであった。
その同時刻、「……ツッコミをしないお姉様なんて、チートのない”なろう主人公”じゃないのよ~~!」と〈紅魔館〉からかなり離れた某所で呆れた顔になったのはフランドールである。
要約すると何の価値もない存在であるという事で、流石にレミリアの引き合いに出すには失礼すぎる例えではあった。
周囲は完全にまっくらで明かりといえば彼女の手に持ったスマフォの画面くらいだが、キューケツキ暗視力を持つこの少女にとってはまったく問題にならない事である。
その画面の中では石の灯篭の間で『ま、まて! 貴様の要求に応える!』と命乞いをする、実際サンシタっぽいニンジャが映っていて、更に二つの選択肢が表示されていた。
「うふふふふ~♪」
フランドールは実際残忍な笑みを浮かべた後に、その選択肢の一つをタッチした、それはもちろん……。
「『慈悲はない』♪」
……である。
直後に血の色めいた線状のエフェクトと共にザシュッ!という妙にリアルな肉を斬る効果音が流れた、そして頭を斬り跳ばされたニンジャの首からやはりリアルな血飛沫が舞い『さよなら~~』と爆発した……。
「うふふふふ~♪ ニンジャ死すべすねぇ…………にしてもさぁ……」
言葉の最後には直前までとは変わり呆れかえったという風な顔になり溜息を吐くと、周囲をぐるりと見渡した。
「……こんなサンシタのニンジャしか出現しないとか、やっぱ〈博麗神社〉はしけてるわねぇ……」
独り言のつもりだったが、「……悪かったわね!」という不機嫌そうな少女の声が返ってきたのにギョッとなって振り返ると、そこには両手を腰に当てて自分を睨みつける脇巫女装束の少女が立っていた。
フランドールはしばし呆気にとられたが、はっ!?と我に返ると両手を合わせてオジギをした。
「ドーモ、霊夢=サン。 フランドールです」
「ドーモ、フランドール=サン。 霊夢です……てか、しけた神社で悪かったわねっ!!!!」
実際ハンニャめいた形相で怒鳴る霊夢に肩を竦めてみせながら「まったくよ……〈守矢神社〉じゃ”真空波=サン”とかレアキャラなのにねぇ……」と平然と言えるあたりはフランドールらしい。
「まぁ~こんな神社じゃお賽銭入れるヒトもいなくて当たり前よね~~♪」
ワナワナと肩を震わせながら拳を強く握り締める霊夢など気にしないで愉快そうに笑う金髪の吸血鬼少女には、さしもの霊夢もカンニンブクロが破裂した。
「だかましいわ~~~~~!!!!!」
どこからともなく《お払い棒》を取り出すと躊躇無く【霊気弾】を撃った、フランドールは白く光るソフトボール程の光弾を「……わっ!?」と驚きながらも回避した。
「だったらとっとと帰れぇぇえええええっ!!!! つか、二度と来んじゃねぇぇえええええっっっ!!!!!!」
「わわっ!!?……ととっ!!?」
実際ものすごい剣幕で【霊気弾】を連射されるのには、さしものフランドールもあわてて退散するしかなかったのであった。
洗い物を済ませて厨房から出てきた咲夜は、扉を閉めた後に歩きだそうとしたがふと何かを思いついたような顔で天井を見上げた。
「ゲームで外を出歩くのも良いですけど、人間であるあなた方は夜の外出は控えた方がいいでしょうね……」
口調は穏やかではあったが、咲夜の表情はここにはいない誰かを嘲笑うかのように冷たいものだ。 この屋敷で唯一の人間である彼女だが、もはや自分は人間でありながらも人ならざる闇の世界の住人であると自覚していたからこその言い方である。
「夜は闇の支配する人ならざる者達の時間、人間にはとても危険な時間でしょう。 まあ、何があっても私の知った事ではありませんけどね?」
言ってから今度はくだらない事を言ってしまったとでもいう風に自嘲気味に笑うと、顔を下ろしてゆっくりと歩き出した……。




