紅魔館連続殺人事件?編
輝く太陽が照らす〈幻想郷〉は、今日も今日とて平穏な時間が流れている。
しかし、〈紅魔館〉のレミリア・スカーレットに仕える”吸血鬼のメイド”の十六夜咲夜は、主人である少女の部屋でまるでこの世の終わりがやってきたかのような驚愕の表情をしていた。
「……こ、これは……?」
口元に手を当てて呻く咲夜の視線の先には豪華な天蓋付きのベッドがあり、その上にはピンク色の服を来た十代前半くらいの少女が横たわっているが、苦しそうな表情で見開いた焦点の定まっていない紅い瞳を見れば、どうみても眠っているのではないと分かる。
ましてや、数多く命のやり取りを経験してきた咲夜には、間違いなく実際死んでいると判断出来てしまった。
「……お嬢様……どうしてこんな……?」
昼食の支度が出来た事を知らせに来ただけなのに、こんな事になり激しく動揺する一方で、彼女の中の冷静な部分がレミリアの死因を調べるべく遺体に近寄らせまじまじと観察させた。
見たところこれといった外傷は見当たらないが、口に何かを咥えているのが不自然に思えた咲夜は、それが何なのか調べようと顔を近づける。
「……これは!?」
咥えているというより口から生えていると言った方がしっくりくるそれは、実際間違いなく豚の足――豚足であった、その瞬間に咲夜のメイド推理力は閃いた。
「……つまり。 お嬢様は急いで豚足を食べようとして喉に詰まらせて窒息死した……!!」
どこも怪しくない、何ら疑う要素もない事故死である。 そう咲夜が判断した直後に、レミリアの紅く塗られた長く鋭い爪を持つ白い指がピクリと動き……。
「んなわけあるくぁぁぁあああああああああっっっ!!!!!!!」
……という絶叫と共に勢いよく起き上がったのである。
突然のことに呆気にとられ「……お、お嬢様?」と呟く銀髪のメイド長のブーツを穿いた足元で、レミリアの口から吐き出された豚足がコロコロと転がる。
「ザッケンナコラ~~~~~誰がどう考えても不自然極まりないでしょうがぁぁあああああああああああああああっっっ!!!!!!!」
すぐに状況が理解出来ずにキョトンとして咲夜は、しかしやがて合点がいったような顔になりパン!と手を叩いた。
「死してなおツッコミのためなら蘇るとは……流石ですわ、オジョー=サマ!!」
メイド長である人間の少女の顔は、そんな実際主人を尊敬していると絶対に分かるものであったが、レミリアは全身を小刻みにワナワナと震わせると更に怒鳴り声を上げた。
「どやかましわぁぁぁあああああああああああっっっスッゾオラ~~~~~~~~~!!!!!!」
「……はぁ? 黒い影?」
〈紅魔館〉の地下にある〈大図書館〉の主である”知識と日陰の少女”のパチュリー・ノーレッジが”レミリア殺人事件?”の事を従者である小悪魔のツカサから聞かされたのは、彼女が三時のおやつを運んでいた時であった。
咲夜の作ったクッキーと紅茶の乗ったお盆をパチュリーが読書をしている机の上に置くと、「はい、黒い影です」と繰り返した。
パチュリーは読んでいた《東方鈴奈庵》の五巻を閉じると机の上に置いてからクッキーをひとつ摘まんだ。
「……レミィがちゃんと正体を見れなかったのか、本当に黒い影だったのか……」
どちらにせよ黒幕は分かりきっている、このセカイ……というか、〈紅魔館〉に毎度毎度”転生チート戦士”で嫌がらせをする別世界の霊夢――ダーク・レイムの仕業であろう。
「咲夜さんは次に誰が襲われるかも分からないので注意して下さいと……」
この小説ではツカサの名前を付けられた赤く長い髪の小悪魔の言い方は、あまり深刻そうではなかった。
「……そうね、注意はしておくわ」
ティーカップに手を伸ばそうとしていたパチュリーの表情も、どちらかといえばあまり関心もない風である。 確かに面倒には違いないのだが、脅威となるような事は実際ないと考えているからである。
ダーク・レイム本人はともかく、彼女の送り込んでくる転生チート戦士などは所詮はその器に見合わない力を与えられただけの弱い存在で、他のではともかくここではそんなニンゲンが活躍出来る程に甘い小説ではない。
だから、来たら来たで油断させし過ぎなければ退屈が紛れていいくらいに思うパチュリーである。
同じ頃、自室のパソコンに向っている”悪魔の妹”ことフランドール・スカーレットは、後ろを振り返る事もせずのに「はいはい! 分かったわよ!」と鬱陶しげな声を上げていた。
彼女のおやつを運ぶついでのメイド長からの伝言を伝えた妖精メイドのフェア・リーメイドは、「これは……全然分かっていませんねぇ……」と長い髪の毛を掻きながら苦笑した。
「用が済んだらとっとと出て行く! あたしは春イベで忙しいのっ!!」
実際不機嫌そうな金髪の吸血鬼少女の声に、これはゲームに苦戦しているんだなと経験的に分かるフェアである。 もしもこんな時に襲撃者が現れても瞬時にしてネギトロよりひでぇ状態にされるのがオチであろう。
そんな想像に安心しつつ、自分がそんな目に会うのはいやなフェアは「はい、承知しました」と恭しくオジギをしてそそくさと退室していった。
外はすっかり暗くなった時刻の〈紅魔館〉のメイド用の浴場の、曇りガラスの扉の向こうからシャワーの音が聞こえる脱衣所に怪しげな影があった。
白目の部分以外はすべて真っ黒であり体格から成人男性に見えるくらいしか分からない、実際影人間であった。
それは竹で編んだ籠の中に綺麗に折りたたまれたメイド服があるのを確認して、ニヤリとイヤラシイ笑みを浮かべた。 笑ったと分かるには鼻や唇といったパーツが実際判別出来た。
影男はゆっくりと気配を押し殺しながら扉へ近づいていく……。
彼に与えらたチート能力は気配を……いや、その存在を他者から完全に隠せる能力である。 それゆえにあのレミリアもアンブッシュを許し殺されてしまったのだ、そう彼女を殺したのもこの男なのである。
彼がシャワー中であろうターゲットを狙うのは丸腰であるところをという考えもないではないが、実際殺す前に彼女のシャワー・シーンを覗こうというスケベ心の方が大きかった。
ドアの取っ手に触れながら、「お前の死因はシャワー中の転倒死だよ! 咲夜=サンッ!!!!!」と心の中で叫びながら扉を一気に開く。 そして彼の目に飛び込んできたのは一糸纏わぬ肌色の少女……ではなく、白いワンピースの水着姿の咲夜であった。
「……何っ!!?」
予想外の自体に思わず動きを止めてしまった影男に気が付いた咲夜は一瞬驚きはしたものの、すぐに不審者である男を睨みながら構えた。
一度だけ許されるアンブッシュに失敗し「……ちっ!」と舌打ちした男が次にとりうる選択肢はひとつしかない。
「……ドーモ、咲夜=サン。 シャドー・マンです……何故水着っ!?」
「ドーモ、シャドー・マン=サン。 咲夜です……このくらいの事は予測済みですからね」
メイド推理力で無防備な入浴中を狙う可能性を考えた咲夜が用心のため水着着用をしたのは、犯人にも読み手にも自分の生まれたままの姿を見せるようなサービス精神などないからである。
「そうかい!」
シャドー・マンの右腕が剣の形へと変わり、そこから間髪入れずに床の白いタイルを蹴って斬りかかった。 実際ホテルの大浴場めいた広さを持つこの空間なら、濡れて滑り易い床に気をつければ格闘戦も充分に出来る。
「そうです!」
咲夜は慌てる事なく水着の胸元に手を突っ込み、後ろへ跳んで斬撃をかわすと同時に水着の中から取り出した”それ”を慈悲なく投擲する。 シャドー・マンが、それが白い色をしているという事以外を認識する間もなく彼の胸部に深々と突き刺さる。
「ぐわぁぁぁああああああっ!!!?」
「あなたの死因は、謎の凶器による刺殺ですわっ!!」
この一撃が実際十分な致命傷であると判断した咲夜は、左手の人差し指を突きつけながら、トドメを刺すべく再び水着の胸元から武器を取り出す。 それを見たシャドー・マンの目が驚きに見開かれた。
「な……イカ!? イカってナンデェッ!!!?」
それ実際十数センチのイカであった、しかもまるで冷凍庫から取り出したばかりのようにカチンコチンに凍っていて、その三角形の頭部は実際鋭い刃物めいてはいる。
余談だがこの時……
「だからって投擲で人体に突き刺さるかぁっ!? つか、シャワー浴びてた人間の水着のしたから冷凍イカとかおかしいでしょうがぁぁああああああっっっ!!!?」
……というようなツッコミを自室で刑事ドラマを視聴中のレミリア=サンが叫んだのは、風呂場の彼女ら知るはずもないが、咲夜が口元をニヤリと歪めたのはまるでそれが聞こえていたようであった。
「……ぐ……こんな……」
苦しそうな声で呻く男の黒い胸から流れる紅い液体で突き刺さった白いイカも染めながらも、彼にはまだ自分が死の淵にあとは受けいれられない。 前世では屑みたいなマケグミ人生を送り、転生してチートを貰ってカチグミになるはずだった自分がこんな情けない死に方をするのは認められるものではない。
しかし、そんな彼に送られるのは、咲夜の死神めいた冷たい言葉だった。
「さあ、ハイクを読みなさい! シャドー・マン=サンっ!!!」
そして慈悲なく投げられた冷凍イカに眉間を貫かれたシャドー・マンは、「サヨナラ~~~~~!!」とあえなく爆発四散した……。
かくして今回も転生チート戦士の襲撃を難なく切り抜けた〈紅魔館〉は、何事もなく平穏な朝を迎える。
「……ふ~ん……そんな事があったの……」
「はい、左様です。 オジョー=サマ」
朝食の席に着くレミリアは、背後に控え悪意のまったく感じられない微笑みを浮かべている咲夜から昨晩の報告を聞きながら、目の前に出されているイカのフライを実際疑惑の篭った紅い瞳で見つめていたのだった。




