二月の重要イベント編
〈幻想郷〉……そこは人と人ならざる者達が共存する結界に閉ざされた小さな世界である。 その〈幻想郷〉にある不気味な紅い色の洋館、〈紅魔館〉という名のその屋敷には”永遠に紅く幼い月”と呼ばれる恐ろしい吸血鬼の少女が住んでいた。
「…………????」
自室の椅子に腰掛け、背後に銀髪のメイドを控えさせたその少女は一瞬怪訝な顔になるが、すぐに何もなかったかのようにサイド・テーブルの上にある紅い紅茶の入った白いティーカップを手に取るとそれを優雅な仕草で口元へと運ぶ。
人間でいえば十代前半の幼い容姿で青みがかった銀髪と紅い瞳を持つこの少女こそこの屋敷の頂点に立つ恐るべき吸血鬼、ツッコミリア・スカーレットなのだ。
「ぶふぁぁぁあああああっっっ!!!!?」
次の瞬間に、ツッコミリアは口に含んだ紅茶を盛大に吐き出したのに、彼女の背後のメイドが驚きの表情になる。
「お、お嬢様っ!?」
しかし、彼女はそのメイドに対してではなく何故か天井を見上げて、実際獣の咆哮めいた声を上げた。
「誰がツッコミリアじゃぁぁあああああああっっっ!!!!! 私はレミリアだぁぁあああああああっっっ!!!! つか、微妙に語呂がいいのが余計に腹立つわぁぁぁあああああああああああっっっ!!!!!!!!」
キューケツキ肺活量の限界まで叫んだレミリアは、顔を真っ赤にし「……ゼェゼェ……」と息を切らしてしまうその背後で、「……ツッコミリア?」とメイドの少女が首を傾げていた。
十六夜咲夜という名の彼女は、この〈紅魔館〉で唯一の人間にして”完璧で瀟洒なメイド”の二つ名を持つ、実際完璧なメイド=サンなのである。
「……こ、こいつ……!!」
ようやく呼吸が整ったレミリアが握り締めた右の拳をワナワナと振るわせるが、やがて「……言うだけ無駄か……」と諦めきったような溜息を吐き拳を下ろした。
それから、ふとある事を思い出した。
「そういえばさ、咲夜。 ここ数日フランがまともに部屋から出てきてないみたいだけど?」
実際のところ概ねは見当が付くのだが、念のために咲夜に尋ねてみた。
「妹様ですか? 妹様……いえ、フランドール提督殿は”冬イベ”に全力出撃の真っ最中ですので心配はいらないかと……」
ゲームの事などさっぱりなレミリアだったが、”提督”という言い方でそのタイトルに思い至る。
「……………艦こ○?」
「はい、艦○れですわ」
レミリアの部屋をしばらく微妙な空気の沈黙が支配し、それから「……ったく、あのゲーム・オタクは……」と盛大に呆れた溜息を吐くオジョー=サマであった。
その頃のフランドール・スカーレットは、愛用のデスク・トップのパソコンのモニターに向かい「よっしゃ~~E-2突破! ”初月”ゲットよ~~~♪」と喜びの声を上げていたのであった。
「……バレンタインかぁ……」
マエリベリー・ハーンが何となくそんな事を呟いたのは、友人である宇佐見蓮子との待ち合わせ場所の喫茶店の中であった。 四人用の席に一人座っていれば、何となく他の席に座るカップルが気になるのは、こういう日だからだろうかと思う。
左手に巻いた腕時計を見れば約束の時間からすでに十分が過ぎているが、それはいつもの事であるが、だからといって許容する気もなくやってきたら文句は当然言うつもりである。
しかし、もしもこれが男女のカップルなら「ごめん! 待った?」「ううん、今来たとこだよ?」という風な会話で仲が良さそうに笑いあうのかと思いついて、少しだけ空しい気分になった。
「まぁ……あの子といるのも楽しいからいいけどね」
どこかいいわけがましいかと思いながらも、それが偽りのない真実なのは確信していた。
〈人里〉にある貸本屋の〈鈴奈庵〉の暖簾を潜りチリン♪という心地よい音を響かせた稗田阿求を出迎えたのは、「……あ! 阿求、ハッピーバレンタイン~」という本居小鈴の明るい声であった。
「…………はい?」
阿求が資料を求めて通うこの店の娘であり友人でもある少女の、予想していなかった歓迎のされ方に思わずキョトンとなってしまう。
「……バレンタイン……?」
「そう、今日は二月十四日のバレンタインよ?」
「……いや……知ってるけど……?」
この阿求の反応は小鈴の予想通りのものだった、彼女を驚かしてやろうと思いそれが成功した事に愉快な気分になる”判読眼のビブロフィリア”の少女である。
その小鈴は「……て事で。 はい、これ!」と片手で持てるくらいの小さな箱を両手で持ち阿求に差し出した。
「これって……?」
思わず小鈴の顔を見つめると、彼女は「うふふふふ~♪」と楽しそうに笑っていたのに、そういう事かと分かった。 この娘の事だから常連客すべてに義理チョコを配るようなマメな事をするとは思わない、だから友人としての日頃の感謝の贈り物だという事と分かるのに、それが嬉しいことだと思えた。
「ありがとうね、小鈴」
だから、この言葉は社交辞令ではなく心からの感謝のものだ。
それが分かっているのかいないのかは不明だが、「いえいえ、どういたしまして~」と笑う小鈴の笑顔は無邪気なものである。 そんな友人の少女を見ながら、自分もバレンタインの贈り物を用意すればよかったと後悔しつつ、せめてホワイトデーにはきちんとお返しをしないとねと決めていた。
その直後に、阿求はカウンターのテーブルの上に自分が受け取ったのと同じ箱がもうひとつあるのに気がついて「……あれは?」と尋ねた。
「……?……ああ、あれは別の人にあげるの」
「別の? 男の人かしら?」
まさかと思いつつもそんな事を言ってみる。
心当たりとしては博麗霊夢や霧雨魔理沙もあるのだが、小鈴ならば両者の分を用意するはずだ、どちらか片方だけに贈るとは思えない。
「まさか~そんな事はないわよ」
冗談言わないでという風に手を振り笑いで答えると、次の瞬間に少し真面目な表情になる小鈴。
「あれはね、あたしの憧れの人にあげるのよ」
「……憧れの……?」
誰の事だろうと自分の知る小鈴の知り合いの顔を思い浮かべてみるが、【一度見たものを忘れない程度の能力】を持つ阿求に思い当たる人物はいなかった。
小鈴には小鈴の付き合いがあるのだからそれも当然だろうとは理解するが、その一方で自分の知らない人に彼女が憧れを抱いているということにどこか複雑なものを感じていた。
しかし、どうしてそう感じるかという理由までは分からない。 ましてや、その憧れのヒトが〈鈴奈庵〉の屋根の上で「……やれやれ、わしは何をしておるんじゃろうな?」とぼやいているとは想像もしない。
その人物――”捕らぬ狸にディスガイザー”の二つ岩マミゾウは、右手に持った小さな包みを弄んでいる。
「バレンタインなど人間達の戯れに過ぎぬというのに……まあ、〈鈴奈庵〉にはちょくちょく小銭を稼がせて貰っておるからのぉ……」
マミゾウはタダで入手すると〈鈴奈庵〉に持ち込んでは買い取ってもらっているのである、もちろんそれは店の側……というよりは小鈴にも益のある事ではある。
「……偶にはこれくらいはしても、まぁ……バチも当たらぬか」
それを考慮してもそんな風に思う化け狸の妖怪は、自分が来る直前に店に入って行った阿求が帰るまでもうしばらくここで待っている事にした。
〈外界〉の適当な店の屋根の上で特に意味もなく行き交う人々を眺めていた”境界の妖怪”こと八雲紫は、その中に見知った顔を見つけてギョッとなる。
「蓮子……?」
そんなに人通りは多くはない歩道を慌てた様子で駆けて行く理由は、彼女との待ち合わせに遅刻しているからだと紫には分かる。
「……あの子も一応は気にしてはいたのねぇ……」
いつも一応は謝りはするが特に悪びれた様子もないのに呆れていたが、内心では悪いとは思っていたようだと、相棒だった少女のそんな一面を今更ながらに知った事に苦笑する。
「友人であっても……それが例え家族であったとしてもヒトが他人のすべてを知ることなど出来ない、出来るのは分かった振りをして付き合っていくだけと分かってはいるけど……」
それでもどこかもどかしい気持ちに紫はなり、右手でそっと自分の胸に触れた。
しかし、次の瞬間にはどこか愉快そうに口元を歪めたのは、そう考える自分こそが他者に”何を考えてるのかよく分からない”と言われるような妖怪だと思い出したからであった。
ふと気がつけばかつて親友であった黒髪の少女の姿はどこかへ消えていた、どこに行ったのだろうかと思い出そうとしてみたが、すでに忘却の彼方にあるような日常の一コマを思い出すのは紫であっても無理であった。
「ヒトが他者のすべてを理解するなんて不可能……でも、そうしたいと願うこともやめて、そうしたいと努力する事もしないでいいはずもない。 そしてそのヒトの良い所も悪い所も受けいれられるようになる……そうなった時にやっと初めて”親友”や”恋人”と呼べるんじゃないかしらねぇ?」
言いながら周囲を見渡した彼女の表情は、その金色の瞳に写る景色の中にいる人々の愚かさを、時には隣人の顔をすら興味も持たない人間達の他者への興味の薄さや揉め事を嫌い何でもなぁなぁで済ませようとする人間関係の希薄さを実際嘲笑っているかのようであった。




