めげるな、お嬢様編
結界により外界と隔離された〈幻想郷〉は、正月も終わりすっかり普段の日常の光景となっていた。
その〈幻想郷〉の中に湖の畔に建つ真っ赤な洋館があり、そこには”ツッコミ色の世界”の二つ名を持つツッコミ系吸血鬼少女のレミリア・スカーレットが家族や従者とともに暮らしている。
「ツッコミ色じゃなくて”紅色の世界”だぁぁああああっ!!!! つか、ツッコミ色って何色じゃいぃぃいいいいいいいいいっっっ!!!!?」
食堂のテーブルで昼食後の紅茶に口を付けようとしていた主人が唐突にそんな叫びを上げたのに、食器を載せて片付けていた”吸血鬼のメイド”こと十六夜咲夜は、「……はぁ? ツッコミ色……?」と怪訝そうに首を傾げた。
「……コホン。 何でもないわ」
「……はぁ……?」
誤魔化すように咳払いをするとどこかわざとらしい優雅な仕草で紅茶を一口だけ啜ったレミリアは、その心の内では「……ち! 新年になっても進歩のない書き手ね」と罵っていた。
「……あ! そう言えばお嬢様」
咲夜が何かを思い出した風な顔をして言ったのにレミリアは顔をしかめた、その理由は去年の年末からこの銀髪のメイド長がこういう様子で口を開くとろくな事を言っていないからだった。
だから、「……何よ?」と聞き返す声は多少険悪なものになっていた。
「はい、実はこの小説にある方から感想を頂きまして……」
レミリアが「感想?」と怪訝な表情をしている間に、咲夜はメイド服のスカートの中にスッと手を突っ込んでハガキ・サイズの白い紙を取り出した。
「こんなへっぽこ小説に感想なんて来ない……でもなかったようだけど……?」
それにしても随分と前の話である、何で今更と不思議に思った。
「いえ、なろうの感想欄ではなく別の筋からなのですが……読みますわね」
そこから一呼吸の間を開けて、咲夜は書かれた文章を声に出して読み上げた。
「”次回作にも期待していますよ、メインヒロイン咲夜さんの活躍”……だそうです」
到ってシンプルな文章だったのだが、レミリアはすぐに内容が理解出来ずに「……は?」となってしまう。
「こんな二次創作小説の私達ですけれど、応援してくれる方もちゃんといらしたんですねぇ……あ、もちろんネタのための創作ではなくノン・フィクションですわ」
そんな主人の様子など気がついていないかのように、少し感慨深げに言うこの屋敷で唯一の人間の少女であった。
しばらく唖然としていた”永遠に紅く幼いツッコミ”の少女であったが、徐々にその意味を理解しワナワナと身体を振るわせ始める。
「……って!! 何んじゃいそりゃぁぁぁあああああああっ!!!?」
「……はい?」
唐突なその絶叫めいたツッコミの意味が分からずにキョトンとなるのは、実際悪意のかけらもない天然ボケ系のメイドというふうな咲夜=サンである。。
「メインヒロインの咲夜さんっ!!? ドユコトッ!!!? 私だって主人公の一人で咲夜の主人でゲームのラスボスなのよぉぉぉおおおおおおおおおっ!!!?」
小さな少女の身体から発せられたその音量はすさまじく、誇張表現抜きに〈紅魔館〉を実際振動させてガラスの窓にカタカタと音をたてさせた。
そのすさまじさに咲夜は、耳栓のスキルなしでモンスターの咆哮を食らったハンターめいて両手で耳を塞ぎその場にしゃがみ込んだのであった。
「……ん?」
外で門番をしている”中華華人”の紅美鈴はそんな振動とオジョー=サマの怒鳴り声に驚く事もなく、「今日も〈紅魔館〉はテンカ・タイヘーですねぇ……」と呑気そうな声で言っていた。
その頃、地下にある”悪魔の妹”のフランドール・スカーレットはパソコンの前で携帯ゲームをしていた。 それはモンスターをハントするゲームのオンライン・モードをパソコンのチャットを使いプレイしているのである。
今現在開始したクエストは、砂漠のフィールドで緑色の火竜を三体倒すというものであったのだが……。
「しまった!! クーラーなドリンクを忘れた!?」
クーラーなドリンクとは砂漠などの暑さからキャラを守るアイテムである、これがないと徐々に体力ゲージが減っていくのだ。 幸いにしてプレイヤーキャラ”・フラン”がいる場所はまだその場所ではないのだが、記憶によればモンスターの出現場所も行動範囲もドリンクの必要な場所であったはずだ。
すかさずパソコンのキーボードを使い『フラン:お願い~ドリンク分けて~~!!!!』とタイプするが……。
アレルヤ:ごめん! 僕も忘れた!
ハレルヤ:俺もだぜ……
フラン:え~~~!?
アレルヤ:どうする? クエストをリタイアするかい?
ハレルヤ:十五分経ったら支給品が届くんだ、何とかなるだろうさ!
くどいようだがフランドールと会話している二人の名前はあくまでハンドル・ネームであり、間違っても本名ではない。
ともあれ、そんな流れでクエストは続行となったのだが……三人がかりとはいえ自然に体力ゲージが減っていくというハンデはいかんともしがたく、十五分経つ前に三乙してクエスト失敗となってしまった……インガオホーである。
この日、ハンターたるもの無理と思ったら退く勇気も大事なのだと学んだフランドールであったとさ。
”境界の妖怪”こと八雲紫は、ちゃぶ台の上に置かれている夕食の中にメンチ・カツがあるのに気がついて「ねえ、これって”例のあれ”じゃないわよね?」と冗談めかした様子で式の女性に尋ねる。
「当然です! 何を言っているんですか紫様!」
紫の式である八雲藍が心外そうに言い返してきたのに、冗談の通じない子ねぇ……と心の中でぼやく。
「まぁ……もっとも、別にそうだとしても構わないけどね? 別に死にはしないしね」
「はぁ……?」
言いながら畳の上の座布団に行儀よく正座する主人に九尾の狐の使い魔は不思議しそうな顔をした。
「わざわざ毒入りのものなんて口に入れようとも思わないけし、安全であればそれに越したこともないけど……それがいきすぎて食べ物を無駄にしているという現実もあるんじゃないかしらね?」
言われれば、そういう一面もあるのだろうとは分かる。
「まぁ、捨てろって言われた物を売ったりとかして人間になんて同情の余地はないわよ、もちろん?」
商売上の約束を破ったのであれば、それは当然の如く裁かれねばいけない悪ではある。 それが自らの利益のためであろうが食べ物を無駄にしたくないという気持ちからであろうがだ。
「そうですね、実際その業者は批判されているようです」
ニュースでインタビューされていた人々の声を思い出していう藍、流石にそれらには彼女も同意はする。
「そうね、ただ……」
次に瞬間に自分に向ける紫の金色の瞳に冷たいものが光が射したのに、藍は少しだけギョッとなった。
「それは少しくらい食べ物を捨てても困らない日本人だから言えるのではないかしらねぇ……うふふふ」
世界には少しくらいのリスクがあっても、それでも必死で食べ物を求める人間達などいくらでもいるだろう、あるいは毒入りと分かっていても手を出さざるを得なうくらいに飢えた者達、そういう現実を日本人は理解しているのかしらと思う。
「もしも輸入のストップなんかで日本から食べ物が不足しても、それでもその連中は同じ事を言うのかしらね?」
言いながらも、どうせまだ食べられるのに廃棄するなんてとんでもない事だと手の平を返して批判するだろうと確信している、そういう身勝手な事を恥ずかしげもなく出来るのが人間という生き物なのであるから。
「まぁ……詰まらない話はここまでにして食事にしましょう」
そう言って紫は料理に向って手を合わせて「いただきます」とお辞儀をした。
丸い月が天高く上った空の下、〈紅魔館〉の時計台の上に立つレミリア・スカーレット……。
その足元で時を刻む時計の短針と長針が間も無く頂点で重なろうかというまさにその時に、彼女は大きく息を吸い込み、そして……。
「私だってこの小説のメイン・ヒロインなんだよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!!!」
……と叫んだ少女の咆哮は、時計台の先に広がる湖の湖面に大きな波紋を実際立たせ、”淡水に棲む人魚”のわかさぎ姫が何事かと驚いて水面に顔を出した程だ。
しかし、彼女の従者達である咲夜以下の〈紅魔館〉住人たちは音量に多少は驚きはしたものの、「オジョー=サマは夜でも元気ですねぇ……」くらいにしか実際思わなかった。
そのやり場のない怒りを天にぶつけるかのような魂の絶叫をしてなお、息を切らしたレミリアの顔にはまだ不満が有り余っているという風であった。 その彼女の事情を「そ~な~なのかぁ~~~~?」と通り過ぎたのは、毎度のことであるが”常闇の妖怪”のルーミアだった。
”永遠に紅く幼いツッコミ・ヒロイン”の少女は、「……なっ……!!?」という表情で頭上を見上げ、そこにはもう声の主がいないにもかかわらず再び怒りの咆哮を上げた。
「そぉぉおおおなぁぁぁああああのぉぉぉおおおおだぁぁぁあああああああああああああっっっ!!!!! つか!! ドサクサにまぎれてまた変な二つ名作るんじゃねぇぇぇぇええええええっっっスッゾオラ~~~~~~~!!!!!!!!」




