紅魔館にキリト?襲来編
夜の闇が支配する〈幻想郷〉、に月明かりに照らされた不気味な紅い色の洋館である〈紅魔館〉がある。 そこは”ノーカリスマ・クィーン”と呼ばれる邪悪で恐ろしい吸血鬼のレミリア・スカーレット=サンとその仲間達の住まう屋敷であった。
「ザッケンナコラ~~!!!! 全然まったくさっぱり邪悪だの恐ろしそうに聞えんわぁぁああああああっっっ!!!!! スッゾオラ~~~!!!!!!」
その屋敷に主人である少女のヤクザ・スラングを交えたツッコミが唐突に響き渡るのは、もはや日常茶飯事というのがこの小説の〈紅魔館〉なのである。
そして、そのレミリアが何をしているかというと、自室の椅子に腰掛けてテレビを視聴中であった。 そんな彼女の背後に立つ銀髪のサイドを編んだメイド服の少女は、”完璧で瀟洒なメイド”の十六夜咲夜である。
「……お嬢様が呼吸をするようにツッコミをなさる”ツッコミ系ヴァンパイア”なのはよく理解しておりますが、すこしは周りの者……と言いますか私の事も考えたボリュームにして頂きたいのですが……」
その咲夜が顔をしかめさせながらそう言ったのに、レミリアは「……は?」と僅かな時間キョトンとなった後に……。
「……ってっ!!! 誰が”ツッコミ系ヴァンパイアじゃぁぁああああああっっっ!!!!!!!」
……と、椅子から勢いよく立ち上がって絶叫したのであった。
その同時刻の地下では、レミリアの妹である”悪魔の妹”ことフランドール・スカーレットはデスクトップのパソコンのモニターに向かいながらカタカタと音を立ててキーボードを叩いていた。
ティガ:まだ始めたばかり? フランさんしては珍しいですね?
フラン:いや~~、E-5のラスダンで手こずっちゃってさ~~w
ダイナ:あーフランさんはハンターでもあり提督でしたね、そういえば
フラン:そうなのよー、こういうのが重なるときっついわw
ガイア:では、今日はフランさんの装備強化のための素材集めといきますかね?
フラン:おっけ~~じゃー楽しい楽しい狩りの開始よ~~☆
チャットで話しているのは狩りゲームの仲間である、もちろん全員がハンドル・ネームであるので、どこかで聞いたような名前であってもいちいち気にするような問題では絶対にない。
そんなこんなで、今日も〈紅魔館〉の夜はいつも通りに更けていくのであった……と思われたのだが……。
「ところがぎっちょんっ!! そうは問屋が下ろさないわっ?」
月の明かりに照らされた〈紅魔館〉を腕を組み不敵な顔で眺めながら叫んだ少女……が誰なのかは実際どうでもいい事である。
「いいわけあるかぁぁあああああっ!!!!! この鬼人正邪をどうでもいいとか言うんじゃねぞぉぉぉおおおおおおおっっっ!!!!!!」
奇人正邪と名乗った黒髪に赤のメッシュをいれた少女は、天に向かい怒りの咆哮を上げたのは、はたから見れば実際意味不明な行動であろう。
「己がさせてんだろがっ!!!! つか奇人言うんじゃねぇぇええええっスッゾオラ~~~~~~!!!!!」
叫び終えた天邪鬼の妖怪が酸素不足に顔を赤くし「……ぜぇ~ぜぇ~~……」と呼吸を荒くしたのは、インガオホーだ。
「…………く! もう言うだけ体力と時間の無駄か……」
流石にこれ以上は付き合っていられないと判断する正邪である。
「ふふふふ、ここからはあんたの仕事よ?」
〈紅魔館〉を見据えながら言った正邪に「はい、ヨロコンデ~~」と答えるいう男の声がしたのは、彼女の背後の暗闇からであった。
”中華華人”の紅美鈴がそいつに気が付いたのは、自分からおよそ十五メートルという距離まで接近された時であった。 暗闇とはいえモンバン暗視力で見える範囲に入るまで気配にまったく気がつかなかった事に驚きながらも、パン!と合掌する。
「ドーモ、門番の紅美鈴です。 どちら様でしょうか?」
「ドーモ、美鈴=サン。 キリトです……よくも【気配消し】のスキルを見破ったな?」
「……はい?……いや、気配が消えてても姿が消えてるわけじゃないし……てか、キリト=サン……?」
美鈴が相手に名乗った名前に思わず怪訝な顔になったのは、パチュリーに半ば強制的に連れられてコミケに行っているからである。 別にソードでアートなオンラインに興味はなくても、人気作であれば否応なしに見聞きするものである。
もっとも、このキリトの風貌は美鈴の知るそれとは似ても似つかない。 剣士というよりは武闘家の道着のような衣装を纏い、髪の色も白髪であった。
「そうだ、我が名はキリト。 転生チート戦士だ!」
「……あー、もしかして自分のやってたゲームのキャラに転生とかいうパターンの?」
「うむ、そうだ」
キリトが頷くのに美鈴はようやく合点がいったという顔になる、オンライン・ゲームに限らずゲーム・キャラに名前を付けるときにその時に流行っているアニメなんかの主人公の名前を安易に付ける人間も多いとは、フランドールから聞いた話である。
おそらくは目の前の男もそうなのだろう。
「じゃあ、納得したのでさっさと勝負を始めましょう!」
「……はぁ?」
キリトに美鈴の心の内の思考は理解出来ない、そして言いながらとった構えが彼女の得意とするはずの中国拳法のそれとは違うという事にも気が付かない。
「……まあ、いいが……」
キリトも目の前の赤毛の少女を迎え撃つべく構えた、それがおそらくは何かの流派に属する物ではなくケンカなど身に付いた自己流のものだと美鈴には見えた。
「言っておくがな、俺はケンカは百戦錬磨でこのゲームキャラキリトも最強キャラだかたな。 ”所詮は中国”のお前如きが勝てると思うなよ?」
キリトの挑発的な言葉に美鈴は特に起こることはなかった、「はいはい、そうですか」とでも言いたげな顔で見返しているだけである。
「ご心配なく、私だって最近は〈人里〉に出来たカラテのドージョーに通って鍛えていますからね」
「空手の道場? そんな程度で!」
キリトが鼻で笑いながら先制攻撃を仕掛けたのを美鈴は余裕を持って回避した、思い切りもよい悪くない動きだが、彼女のモンバン動体視力と格闘家としての経験を持ってすれば読みやすい部類の攻撃だった。
「そんな程度ではありませんよ!」
「小手調べの攻撃を避けたくらいで!」
美鈴は「イヤー!」という掛け声と共にキリトの腹に拳を叩き込んだ、その威力は素人なら堪えられずに蹲ってしまったであろうが、彼は「グワー!?」と呻き声を上げながらも堪えてみせた。
しかし、反撃に転じる事も出来なかった。 彼女がその気で一旦後ろへ下がる事がなければ一方的に攻撃されていただろう。
「転生チート戦士とはいえ無益な殺生はしたくはありません、これで帰るなら見逃しますよ?」
間違いなく咲夜からお説教を受ける行為ではあったが、美鈴にはそれは弱い者いじめをする理由にはならない。 善人を気取るつもりはなくても、自分の主義に反する事はしたくないのである。
未熟者が過ぎた力を手にすればその力に溺れとにかく力ですべでを解決したがる、その結果で恨みや憎しみの連鎖を起こしてしまう事を想像も出来ず、しても敵をすべて殺してしまえば解決というような愚作し思いつくことが出来ない。
「偉そうに上から目線で!」
美鈴の言葉にカッとなったキリトの鉄拳は、容易く彼女の掌で受け止められた。
「確かに私もまだ未熟者でしょうが……あなたはもっと未熟だと分かりなさい! 力も精神もですっ!!」
「俺はケンカでも負けたことはない!」
キリトは怒り任せに攻撃を繰り出していくのを、美鈴はただ受け止めているだった。
「ゲームのランキングだって常に上位だったんだぞっ!! 何が未熟者かっ!!?」
「どうせ、自分より弱そうな相手としかケンカをしてないんでしょうっ! 強そうな相手のケンカは自分に言い訳を考えてのらりくらりと避けてきたんじゃないんですか!?」
「黙れよっ!!!」
半ばハッタリにようなものだったが、その表情が図星を指された者の顔だと美鈴には分かった。
「ゲームだって実戦に比べれば所詮は遊びですよ! そんなもので満足していたいなら本当の命のやり取りに手を出すものではないですよっ!!」
「黙れと言っているっ!」
「弱い者にしか力を振るわない! ちっぽけなゲームの世界に浸る程度で満足している男が弱虫の未熟者以外の何だと言うんですかっ!!?」
ここで美鈴がようやく反撃に出た、相手の拳を勢いよく蹴り上げたのである。
「グワッ!?」
そこからは美鈴の一方的な攻撃になった、彼女が相手を別に甚振ろうとは思っていなくてもゲーム・キャラの持つ耐久力が容易に彼を楽にしてくれない。 そしてその精神は身体のその苦痛に耐えられる程に強くはなかった。
ケンカでもゲームでも弱者を一方的に甚振るのが当然だった彼には、自分が同じ立場になった時に堪えるだけの強い心を持てるはずもなかった。
「ぐぎゃ!?……ちょ……やめ……!!」
「もう駄目です! 退けるチャンスに退かなかった、その結果です!!」
無用な殺生は好まなくても、一線を越えた明確な敵には容赦しないのが美鈴の門番としての、何よりレミリア・スカーレットの従者としての責任感だった。
「もしもまた転生したならば…………」
キリトの身体がボロボロになり完全に戦意喪失し動きが完全に止まったところへ、トドメとなる渾身の一撃を見舞う。
「本当の意味で強くなれるように努力をしなさいっ!!!!」
気合を込めた拳はキリトの身体を十メートルは吹っ飛ばした、そして死体めいて地に倒れて動かないその身体が発光して爆発四散したのだった。
「……ふぅ……インガオホーですからね?」
戦いが終わり安堵の息をもらす、その上空を「ナムアミダブツな~のだ~~♪」と通り過ぎた金髪に赤いリボンを結んだ少女は、”常闇の妖怪”であるルーミア=サンであった。
「……という事が昨晩あったらしいですわ、お嬢様」
「ふ~~ん……」
翌朝、朝食の席で咲夜から事の顛末の報告を受けたレミリアの反応はそっけないものだった、どこか面白くなそう顔をしていると咲夜には思えた。
だから、「どうかしたのですか?」と問う。
慣れた手つきで箸を使い卵焼きを一切れ口に入れてよく噛んでから飲み込むと、レミリアはぼやくように従者に答えた。
「あのさ、この小説のヒロインかつ〈紅魔館〉の主人たる私が冒頭からギャグ・キャラやってて、従者がシリアス・バトルってどうよ?」
「はぁ……オジョー=サマですし別に問題はないかと……」
何でもない事のように言ったメイド長の少女の言葉に、味噌汁のお椀に伸ばそうとした手を止めてしばし呆然となってしまった。
「……って! なんじゃそりゃぁぁぁあああああああああっっっ!!!!!!」
今日も今日とて朝からレミリアの絶叫が響き渡るのが聞こえた妖精メイドのフェア・リーメイドは、「……今朝もいつも通りの平和な朝ですねぇ……」と廊下を歩く足を止めてつぶやいていたのであった。




