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幻想郷の春と働く少女達編

 幻想郷の春と、働く人達のちょっとした日常シーンです。


 

 「……春もすぐそこか」

 自宅の庭の桜の木につぼみが目立ち始めたのを縁側に腰掛けて眺めていた八雲紫は誰にともなく呟くと、手に持っていた湯飲みの中の緑茶を飲み干した。  今日は天気も良く暖かい日でふらりと散歩にでも出かけたいという気分にもなってくる。

 外界がどれ程の異常気象を起こしていてもこの〈幻想郷〉には何の影響もない、今までもこれからも四季は〈幻想郷〉を順にめぐりその景色を見せていく。 それが永遠不朽のものなのかは紫にも分からない、大宇宙でさせそうであるように何事にも終わりはやってくるのであろうから。

 「……この〈幻想郷〉にもいずれはそんな時がやってくるのかこないのか……ねえ幽々子?」

 いつの間にか庭に立っていた和服をアレンジした様な青い衣装を纏ったピンクの髪の少女は、「あらら……」といたずらっぽく笑う。 一見するとおっとりとしてあどけない表情の少女ではあるが彼女は冥界の管理人として永き時を過ごしいる亡霊であり紫に旧友でもあった。

 「生きているものにはいつか死が、形ある物にはいつか崩壊が……それは必ずやってくるわ紫」

 穏やかな口調で言いながら桜に木に芽吹き始めたつぼみを見上げる幽々子は、この友人が今日は少しセンチな気分になっているのかしらと思う、その理由をおそらくはまた外界で何かを見てきたのだろうとは想像出来る。

 「〈幻想郷〉の時間はゆっくりと進んでいるけど……それは決して止まっているわけでないという事ね」

 幽々子を見ず青い空を見上げながら言う紫の態度に怒る事もなく彼女は頷く。

 そう時は止まらない、〈紅魔館〉のメイド長の十六夜咲夜の【時を操る程度の能力】で一時的に止まる事はあってもやがては動き出さねばならない、そして過ぎ去った時間は絶対に戻る事はない。

 例えば幽々子の目の前にある桜の木、春に花を咲かせ夏になる前に枯れても翌年にはまた花を咲かせる……同じ事を繰り返しているように見えても同じ花は二度と咲かない、今年と同じ景色を来年になってまた見せる事はありえない。

 それが〈幻想郷〉であってもその世界の絶対的なルールには逆らえない、〈幻想郷〉は隔離された世界であっても決して楽園ではないのだから。




 〈博麗神社〉の屋根の上にだらしなく寝そべっている博麗霊夢は「……お腹空いたわねぇ」と呟いた、太陽が真南に昇れば昼なのはこの〈幻想郷〉も外界も変わらない。 暖かくなってきた陽気のせいか今日は妙にけだるく自分で昼ごはんを作ろうという気にならない霊夢は三十分程前に人里のラーメン屋に電話し出前を頼んでいた。

 「……もうこのままず~~とこうしていたいわねぇ」

 異変もないこの幻想曲物語ではストレス発散も出来ずに苛立ち気味だった彼女も今この瞬間は心からそう思っていた、外界では働いたら負けという言葉があるらしいと聞いたがその気持ちが今の霊夢には理解出来る。

 「……いい若い者がだらしないな博麗霊夢!」

 突然の声にぎょっとなった霊夢は、しかし面倒そうに顔だけ起こして見ると呆れた顔の藤原妹紅が霊夢の傍に着地したとこだった。 赤い線の入ったリボンに白いカッターシャツといういつものスタイルだが、”南斗聖軒”と書かれた岡持ちを手にしているのに不思議そうな顔をしたが、最近の彼女が上白沢慧音の勧めでバイトに勤しんでいるらしいと風の噂で聞いた事があったのを思い出す。

 それはバイトをする事で里の人間達との交流を持ってほしいという事と、自らの生きがいを永遠亭の蓬莱山輝夜と殺し合いに求めるより真面目な労働活動に感じてほしいという願いであろう。

 「仕方ないでしょう? 博麗の巫女ったて異変がなければこういうものよ」 

 「異変がなくても巫女としての仕事はいくらでもあるとは思うけどな……まあ、いいけどさ」

 巫女として日々奮闘している〈守矢神社〉の東風谷早苗の顔を思い浮かべながらそう言ってはみるが、相手が霊夢では無駄だろうとも思う妹紅はさっさと仕事を済ましてしまおうと考えた。

 「ほら、ご注文の醤油ラーメンだよ霊夢」

 「あーーはいはい」

 霊夢は霊夢で妹紅からうるさく説教を食らうのも嫌なのでとっととお引取り願おうと懐か財布を取り出すと代金を支払うのだった。




 東方のゲーム本編では役立たずと言われている妖精メイドも幻想曲物語こっちでは比較的仕事をこなしてくれるので十六夜咲夜としては助かっていた、こういうとこは二次創作の利点だと書き手あのアホに感謝したいと思う唯一の事かも知れない。

 「……偶には私も休暇を取ろうかしらね」

 〈紅魔館〉の広く長い廊下を掃除している妖精メイド達の仕事ぶりを眺めながらそんな事を呟いてみるのはこれが初めてではない、だがなんだかんだで結局は仕事をしてしまっている自分が案外ワーカー・ホリックなのかしらねと思い苦笑していた。

 そんな彼女の顔を見たフェア・リーメイドが「どうしたんですか、メイド長?」と聞いてきたので咲夜は「なんでもないわよ」と微笑しながら返した、そんな上司を少し不思議そうな顔で見ていたフェアだがすぐに仕事に戻る。

 〈幻想郷〉といえどもだらだらと遊んでいて生きていける甘い世界ではない、もし出来たとしてもそんな堕落した生き方を咲夜はしたいとも思わない。 咲夜の主人たるレミリア・スカーレットは一見するとそんな堕落した人間……と言うか妖怪にも見えるかも知れないが彼女は彼女でスカーレット家の当主としての自覚と責任を持ち日々を過ごしているのを咲夜は知っている。

 安定した収入と住居や食事に釣られてメイドになった彼女であっても、そうでなければこうも仕えていようとは思わないだろう。 金銭だけでなく仕えても良いと思う相手の元以外で働く気はないと思う程度にはプライドは持っているつもりだ。

 咲夜がそんな事を思っている頃、〈紅魔館〉の門番たる紅美鈴は門の鉄柵に寄りかかってウトウトと舟を漕いでいた、熱血そうな印象を与えるこの炎の様な赤髪を持つ割りには元より居眠りしがちな門番だが今日のこの春の陽気は余計に彼女の眠気を誘っているのだろう。 

 美鈴とて門番という仕事をいい加減に考えているつもりはない、レミリア・スカーレットから与えられ任されているこの任務に誇りだって持っているつもりではいても眠いものは眠いのであるから仕方ないというのは、以前に大妖精に漏らした言葉であった。

 「……むにゃむにゃ……もう食べられません……」

 幸せそうな顔で涎を垂らしながらそんなお約束的な寝言を呟いているの目撃して「年頃の女の子がだらしないなぁー……」と呆れた声を出すのは魂魄妖夢、西行字幽々子あるじの依頼で〈紅魔館〉に来たのである。

 その依頼というのは今年の〈博麗神社〉で行う花見の宴会の計画の相談である、クリスマスにお正月の霊夢の様子を鑑みて花見の宴会も全力で阻止に掛かるだろうと予想しレミリアと幽々子は念のために対策を練っておこうというのである。 妖夢にしてみれば何もそこまでして〈博麗神社〉に拘らなくてもいいのではとも思う、無論〈西行妖〉を咲かせてしようとは言わないが〈幻想郷〉には他に花見をするのにいい場所はいくらでもあるはずなのにだ。

 「……まあ、妖怪が花見をするのに〈博麗神社〉が一番適任な場所なのは認めますけど……」

 思わず口に出してみてから、妖怪退治をする巫女の神社が一番適任だという事実もどうなんだろうと思い付く妖夢は大きく溜息を吐いてから、気持ちよさそうに眠っている美鈴をこのまま起こさぬように入るか、それとも後で怒られるのも気の毒なので起こしてから行くべきかしばらく思案するのだった。


 


 彼岸花が咲き乱れるで赤い髪を小さくツインテールにした着物の少女がごろりと寝そべっていた、三途の川の船頭を勤める死神の小野塚小町である。 今日の仕事は終わったと勝手に決めてサボっているのではあるが、最近はそれで支障が出るほどの死者が多いわけではない。 

 それでも四季映姫に見つかれば怒涛のお説教を食らうんだろうとは分かっていてもサボるのをやめないのは性格なんだろうなと思う。

 「……ん?」

 白いふわふわしたものが近寄ってくるのに気が付いた小町はそれが人間の幽霊だと分かるが、本来はこんな場所にいるはずはない、だからすぐに間違って迷い込んできたのだろうとも分かる。

 「……やれやれ、しょうがないなぁ……」

 面倒ではあるが放っても置けない、今日はもうひと仕事するしかないと息を吐きつつ「よっ!」と身体を起こすと脇においてあった《死神の鎌》を拾い上げると、幽霊は怯えたように身体を震わせた。

 「……んん?……ああ、大丈夫だよ、あたいは別にそういう死神じゃないのさ」

 そう言って笑う小町は頼もしい姉御肌という雰囲気をかもし出していた、だから幽霊も安心したようで小町に更に近寄っていく。 その幽霊に「じゃあ、行くかい?」と目配せしながら小町は三途の川の渡し場に向かって歩き出した。




 〈紅魔館〉のテラスで湖の水面が太陽の光に照らさせる光景を眺めながらティー・タイム中のレミリア・スカーレットが春の陽気にあくびをしたくなるのをぐっと堪えるのは、後ろに控える妖精メイドにそんな少しだらしない様を見られたくないからである。

 もっとも日ごろから〈紅魔館〉に突っ込みの怒声を響かせている事を思えばその程度など今更ではあるのだが……。

 「どぅあれのせいよぉぉぉおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」

 「お、お嬢様!?」

 いきなりの意味不明なレミリアの大声に妖精メイドのラーカ・イラムの困惑した声にはっとなったレミリアは「……こほん」と咳払いをすると紅茶を一口啜る。 数秒前までの白い日傘の下の丸テーブルで優雅なティー・タイムを満喫中のご令嬢という光景がすっかり台無しである。

 そんな事に憤る反面、心のどこかでは何か満たされるような感覚も覚えるのは前回の”メイドさん達のホワイトデー編”でまともに突っ込みをしていなかったからなのかとも思う。

 「んな事思うかぁぁぁあああああああああああああっっっ!!!!!」

 今度は立ち上がり叫ぶレミリアは書き手このアホに【スピア・ザ・グングニル】を投げつけてやりたい衝動に駆られつつも何とか堪えながら、自分が何か粗相でもしたのではと怯えるラーカに気が付いて「別にあなたに言ってるんじゃないわよ」と声を和らげいて言う。

 苛立ってもこの程度では特に非もないメイドに八つ当たりをするという考えはない、少しずれたピンクのナイトキャップを直しながら着席した。

 「……はぁ……用があればまた呼ぶから、あなたはもう下がっていいわよラーカ・イラム」

 「……は、はい……畏まりました、お嬢様」

 多少不安げな表情ながらも主人の命令なのでラーカは素直に従い一礼してからテラスを出て行くの見送りながら、そういえばそろそろ魂魄妖夢が来る時間だと気が付いた。 

 〈冥界〉にある幽々子の屋敷である〈白玉楼〉を実質一人で切り盛りしているあの半霊の少女剣士の苦労も並大抵ではないだろう、彼女自身はそれに不満はないようにも思うがそれにしても幽々子は他に使用人を雇うとか思わないのだろうかとも考える。

 メイドなどに対し家族的な愛情を持ってはいないが自分が楽をするための手足か道具に過ぎないという考えまでは流石にしないレミリア、それは高貴で誇り高い存在であるからこそ自らを慕い仕えようという者に対し責任を持ちその存在を尊重すべきであると考えるからであるが、理屈ではない感情的な部分もないではない。

 どっちにしろ力と恐怖で支配された〈紅魔館〉より今の〈紅魔館〉を満たす騒がしくも穏やかな空気の方が性に合っているとは自覚していた、少なくとも幻想曲物語このカケラ自分レミリアはである。

 「…………?」

 そんな事を考えていたレミリアの視界をふと白いものが過ぎった、白というより薄いピンク色の服を纏ったその小さな少女が春を告げる妖精のリリー・ホワイトだと気がついた時には、その妖精はいずこかへと消えていた。

 「……〈紅魔館わがや〉にも春が来た……という事ね」

 呟いてクスリと笑うレミリア。 後数週間もすれば〈博霊神社〉にも春が訪れて絶好の花見日和になるだろう、美しき桜の花とそこに集う妖怪達のにぎやかな喧騒、そしてそれを怨めしげに眺めているしかないあの紅白の巫女の顔はレミリアにとっては愉快な酒の肴になる。

 今年はもしかしたらクリスマスの時のように一騒動あるかも知れないが、だからこそその後の霊夢がどんな悔しそうな顔をするかと想像し愉快になるレミリアには、自分達が負けて花見の宴会が中止になるかもという発想はまったくない。

 「さて、行きましょうかね」

 ティーカップに残っていたすっかり冷め切っていた紅茶を飲み干すとゆっくりと立ち上がり、テラスを後にするのだった……。

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