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少女達の空腹編


 秋真っ只中の〈幻想郷〉空の下を二人の少女が飛んでいる、銀髪のサイドを編んだ十代半ばに見える少女の方は十六夜咲夜、その身に纏うメイド服が示している通りの”吸血鬼のメイド”=サンである。

 そしてその隣をムスッとした顔で飛ぶのは、咲夜より少し年下という外見である。 両手に重そうな買い物袋を持つ彼女の名はレミリア・スカーレットという名前の吸血鬼の少女である。


 「…………」

 「……お嬢様?」


 咲夜がお嬢様と呼んだとおり、レミリアは彼女の主人にして〈紅魔館〉という紅い屋敷の頂点に君臨する少女である。 その地位に相応しい”紅色のノクターナルツッコミ”という二つ名を持つ彼女が従者であるメイドとそうしている理由は、単に暇を持て余していたので買い物の荷物持ちをやらされているのである。

 それは”立っている者はオジョー=サマでも使え”というコトワザに則った事だ、古事記にも書かれている。 だから、レミリアも「ヨロコンデ~」と二つ返事で引き受けた。


 「書かれているくぁぁあああああああああっ!!!! 何でもかんでも古事記って言やいいってもんかねえぞぉぉおおおおおおっ!!!!! てか、そんなへっぽこな二つ名が相応しいかっっっ!!!!! つか、喜んで引き受けてもないわいぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!!!!!!!」


 不機嫌そうに黙っていたかたと思えば唐突に絶叫ツッコミをするオジョー=サマに咲夜は微笑ましそうな顔を向けた、その表情からは「今日もツッコミが冴え渡ってますね、さすがです、オジョー=サマ」と思っているのがはっきりと見てとれた。


 「何とかの劣等性の妹みたいな事考えてんじゃないわっ! この天然ボケボケメイドぉぉおおおおっ!!!!!」

 「私は何も言っていないのに……やはりさすがです!」

 「肯定するんかいぃぃいいいいいいいいっ!!!!!」


 透き通るような白い肌を真っ赤にして絶叫ツッコミをしていたレミリアは、次の瞬間にガクッと力尽きたかのようにうなだれ、そしてその高度を下げていくと思えば、直後にいその速度が一気に増した、早い話が墜落である。

 その原因はキューケツキ肺活量の限度を超えたツッコミによる酸欠であった、要するにインガオホーだ。


 「お嬢様っ!!?」


 両手に重そうな買い物袋を持った咲夜が顔色を変えて声を上げたが、時すでに遅くレミリアの身体は勢いよく大地に叩きつけられた、そして陸に揚げられた深海魚めいて身体を痙攣させていた。

 その光景を唖然とした様子で見下ろしていたメイド少女は、やがて「ふぅ……」と小さく息を吐くと、両手の荷物を交互に見やった。


 「……まぁ、大事なお嬢様のお夕食の食材を死守出来ただけで良しとしましょう……」


 咄嗟に【時間を操る程度の能力】を使っていたのである、その従者の声はちょっとしたビルめいた高度から落下しながらも、キューケツキ耐久力で即座の気絶を免れやレミリアのキューケツキ聴力で聞こえていた。


 「…………それ……優先順位……おかしくね?……てか……キューケツキ何たらとか……やめろ……ぐふっ……」


 最後の力を振り絞ったツッコミを残してレミリアは意識を失ったのであった…………ナムアミダブツ。





 〈人里〉の貸本屋〈鈴奈庵〉の娘である本居小鈴は、今日も今日とて店番をしながら売り物の本を眺めていた。 

 不意に聞こえたぐ~~という力の抜ける音は、小鈴のお腹の虫の音である。


 「……ふ~」


 名前を暗示するかのように小さな鈴の髪飾りを付けた”判読眼のビブロフィリア”の少女は、顔を上げて読みかけの本をカウンターの上に置いた。


 「……本を読んでお腹が膨れればいいのになぁ……」


 そんな事を本気で思う小鈴であった。

 同じ頃、亡者の住まう〈冥界〉にある〈白玉楼〉では、冷蔵庫にあったはずの食材がごっそりと消えていた事に愕然となった少女がいた、半人半霊の魂魄妖夢である。


 「幽々子様~~~!!!! 私の留守中につまみ食いはやめて下さいって、あれ程言ったでしょう~~~~~~~~~!!!!!!」


 その妖夢の叫びは〈白玉楼〉全体に響き渡ったが、お腹が満たされて気持ちよくなり、ちゃぶ台に突っ伏した状態で実際ぐっすり眠っていた主人である亡霊の少女に聞こえてはいなかった。

 



 〈迷いの竹林〉の中にある〈永遠亭〉では時に人間の急患を受けいれる事がある、そんな時に彼らを道案内するのが藤原妹紅であった。 

 妹紅死すべし慈悲はないがモットーの〈永遠亭〉の主である蓬莱山輝夜も、さすがにその場合は自重した。 だからといってあえて顔を合わせようとはしないし、それは妹紅も同じであった。

 どちらから言い出して決めた事ではないが、自然とそういう風にしていたのだ。 


 「……腹が減ったな……まあ、もうそろそろ終わる頃か」


 門の前で腕を組み壁に寄りかかっている妹紅がすっかり暗くなった空を見上げて呟く、治療は二、三時間で終わって里へ帰せるだろうと八意永淋から説明を受ければ、一度帰ってまた迎えに来るのも面倒な時間だった。

 人間には難病であっても彼女にすればそうでもないという事実は、里の医療レベルが低いのかそれとも彼女のレベルが高すぎるのかは、素人の妹紅には分からない事である。

 送り届けて後は知ったことじゃないという無責任はしない、しかし退屈と空腹は彼女にも厄介な敵である。

 背後にある屋敷の住人に言えば何か分けて貰えるだろうが、それは輝夜の施しを受けるようで嫌であった、そういう意地があるのは蓬莱人で不老不死の存在であっても、彼女が心なき魔物ではなく生身のニンゲンだからだ。

 ライバルのそんな意地を輝夜が理解出来るのは、彼女もまた同様であったからだ。


 「……妹紅は何か食べているの?」


 だから、自室に夕餉を運んで来た鈴仙・優曇華印・イナバにそう問いながも、答えは半ば分かっていた。


 「いいえ、特に何も口にはしてないようです」

 「……でしょうね、あいつも変な事で意地を張るから……」


 しかし、自分も立場が逆ならそうするだろうとは思えたのを、偶に永淋に言われるように妹紅と似た者同士だからとは考えたくはない。 身長も髪の長さも色も性格もまったく違うのに何が似た者同士なのかと言い返しても、いつも可笑しそうに笑って答えを言わないのが彼女であった。

 御伽噺の中に登場するカグヤ姫本人である彼女は、出された美味しそうな食事を前に空腹の我慢しきれなくなってきたが、何となくモヤモヤした気持ちになって箸にすら手を付けずにいた。

 妹紅が患者を連れて帰ったと聞いてやっと食べ始めた時には、せっかくのご飯や味噌汁や秋刀魚の塩焼きもすっかり冷めてしまっていたが、輝夜の保護者であり師匠でもある”永遠亭の薬師”はそれを怒る事はしなかった。

 



 

 時計の長針と短針がじきに頂点で重なる時刻に、咲夜が厨房にやってくるとそこには先客がいた。


 「ラーカ……どうしたの?」


 声をかけるとその妖精メイドのラーカ・イラムは「アイエェッ!?……メ、メイド長っ!? メイド長ナンデッ!!?」とギョッとした様子で振り返った、それでだいたい察しが付いたのは彼女が冷蔵庫の前にいたからというのもある。


 「……あなたも小腹が空いて?」

 「は、はい……って、あなたも?」


 ラーカが怪訝な顔で聞き返してくるのに咲夜は悪戯っぽく笑う。


 「そういう事よ、だからそんなに怯えなくてもいいわよ?」


 小さい子供をあやすかのような上司の口調に、ラーカはほっと胸を撫で下ろした。 摘まみ食いがどちらかといえば悪い事という認識は、〈紅魔館〉のメイドにもある。


 「この際だから、あなたの分も作ってあげるわ」

 「本当ですか!?」


 思ってもいなかった事に喜ぶラーカに対し咲夜は「ただし……」と人差し指を立てて唇に当てる仕草をして続けた。


 「……お嬢様には内緒ですよ?」

 「はい、もちろんです!」


 同時刻、天蓋付きのベッドの上でふと目を覚ましていたレミリアはなかなか再び寝付けないたが、それは問題ではない。 問題なのは彼女をどういうわけか空腹感が襲っていた事であった、それは普段はほとんどない事である。


 「咲夜に何か軽い物でも作ってもらおうかしら……」


 そんな思い付きも、流石に彼女も寝ているかしらねと思えば実行しようとは思えなかったが、次に思い浮かんだ一人で厨房に行って適当に何か探そうというのはもっとありえなかった。


 「この私が……レミリア・スカーレットとあろう者が夜中に摘み食いなんてみっともなさ過ぎるわ……」


 ならばさっさと眠りの世界へといきたいのだが、まったく眠気が襲ってこないのである。


 「う~~~……お腹は空いた……けど摘まみ食いはかっこ悪いし……咲夜を起こすのも可哀そうだし……」


 料理は咲夜が作るものというのが当たり前になりすぎた彼女には、夜勤の妖精メイドに作らせるという発想がまったくなかったのである。 かくして紅魔のお嬢様のそんな空腹と葛藤はしばらく続いたのであった。

 ちなみに、レミリアがそうすれば良かった事を思いついたのは、翌朝に目を覚ましてからの事であっとさた…………。


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