平和な秋に化け狸の正体見たり!編
すっかり木々の葉が赤や黄色に染まってすっかり秋らしくなった〈幻想郷〉にある〈妖怪の山〉では、緑色の髪の少女が山道を散策していた。 脇を露出させたちょっと変わった巫女服の少女の名は東風谷早苗という。
「今日も平穏な日で何よりですね」
白い雲のゆっくり流れる青空を見上げながら誰にともなく呟く、外の世界の日本では何やら大変な出来事ばかりというのは、テレビのニュースで見聞きした情報だ。 それに比べれば、今の〈幻想郷〉は異変もなく平和なものである。
そして、〈幻想郷〉が平穏であれば”紅色のノクターナルツッコミ”のレミリア・スカーレットの住居である〈紅魔館〉も平和そのものであった。
「そのネタいい加減にしつこいわぁぁあああああっ!!!!!!」
静かな時間の流れる紅い色の屋敷に主人のそんなツッコミの叫びが響いても、それがもはや日常の一コマとなっていれば、「お嬢様は今日も元気ですねぇ……」というのが、フェア・リーメイドを始めとする妖精メイド全員の感想だった。
その彼女らの上に立つメイド長の”完璧で瀟洒なメイド”の十六夜咲夜は、厨房の冷蔵庫の中身を確認し買い足す必要のある食材等をメモに取っていた。
「…………バターももう残り少ないですわねぇ……まぁ、こんなところですか」
冷蔵庫の扉を閉めてからもう一度メモ帳を確認し、早急に補充する必要のある物は今日の午後にでも買い出しに行こうと決める。 それから時間があれば〈鈴奈庵〉に寄って行こうかと思ったのは、そろそろデザートのレパートリーを増やしたいと考えていたからである。
本居小鈴という名の少女が店番をしているその貸本屋には、〈幻想郷〉だけでなく〈外界〉の本も多く揃っているのだ。
そんな風に思いながら、ふと壁掛けの時計を見ればもう少ししたら昼食の支度をしなければいけない時刻だった。
「さてと、昼食は何を用意しましょうか……」
〈鈴奈庵〉の娘である小鈴は、お客が来ない時であっても暇を持て余している事がないのは、店に置いてある本を読んで過ごしているからである。 そんな小鈴が今読んでいるのは可愛らしい飴色の髪の少女が描かれた表紙の本であった。
「……そ、そんな……!?」
椅子に腰掛けて読書をしていた小鈴が、驚愕の表情で顔を上げた直後に、チリンと来客を知られる鈴の音が響いてはっ!?」となる。
「邪魔するぞい」
黄緑色の羽織を着た茶色い髪の女性が愛想の良い笑い顔で入って来るが、自分を見つける少女の顔がいつもの人懐っこい笑顔ではなく愕然としたものだった事を怪訝に思う。
「……どうしたんじゃい?」
「……いえ……その……あなたは…………」
言おうか言うまいかしばらく迷っていた様子の小鈴であったが、意を決して口を開いた。
「あなたは……マミゾウさんですね? 狸の妖怪の……」
「……む!?」
今度は女性の顔が驚き変わる番だった、どうしてそれを?と言おうとして、小鈴の手にしている本が”東方鈴奈庵”の第一巻だったと気が付いて合点がいくのであった。
東方キャラが東方の書籍を読むという非常識な光景も、この”紅魔のお嬢様とメイドさん物語”のセカイにあっては何らおかしくない事であった。 寧ろ、これまでに小鈴が東方鈴奈庵のコミックを読む事のなかった事の方がおかしかったのだ。
「うむ、そうじゃ。 わしは二ッ岩マミゾウ、化け狸じゃ」
そういう事ならシラを切るつもりもないし、またこの少女を騙していた事に対する罪悪感もない、それが化け狸という存在であり〈幻想郷〉における人間と妖怪のありようなのであるから。
「……それは、私を騙していたという事ですよね?」
「うむ、そうじゃな」
マミゾウが悪びれや様子もなく頷くと、小鈴は「そうですか……」と俯いた。
しかし、次に顔を上げた時の彼女の表情が悪戯っぽい笑顔に変わったのを”捕らぬ狸のディスガイザー”は不思議に思った。
それから、右の人差し指を突きつけて「それはつまり! 私があなたの正体を見破ったという事ですよね!?」と喜んだ様子で声を上げたのに、キョトンとってしまう。
「そうなんですよね?」
「……うむ……まぁ、そうであるが……」
この場合は見破ったというのかという疑問も浮かんだが、雰囲気的にそんなツッコミは出来なかった。
「うふふふ……やったわ~~~~♪」
両手を挙げてこれ以上はないというくらいの喜びの声を上げる少女にマミゾウは呆気に取られながらも、娘の大声を不審に思った彼女の両親が店の奥から出てこないかとヒヤヒヤとしていた。
「……何がそんなに嬉しいんじゃ?」
「それは……秘密ですよ~? うふふふ♪」
人差し指を自分の唇に当てる仕草をしながら笑ってみせる小鈴に、マミゾウは「やれやれ……」と少し安心したというに息を吐いた。 理由はよく分からないが、どうやらこの少女は自分が妖怪であったとしても気にはしてないようである。
しかし、それも良く考えれば当然だと思えた。 東方鈴奈庵コミック本編でもだんだんと妖怪に理解を示してきているし、何よりもそういう方面も結構適当であるのがこの小説なのであるから。
もっとも、だからといってまったくの何でもありでもない。 現に原作で小鈴がマミゾウの正体を知っていないからこの小説でも同様であったように、ある程度の制約が存在はするのである。
「やれやれじゃ。 いつか盛大に驚くであろうお主の顔を楽しみにしておったのじゃがなぁ……」
冗談めかした顔と口調で言ったその理由が本当なのか嘘なのかは、本人以外には真実を確認する術がない事のであった。
とある法案の反対運動のために集結した人々は、目の前にある政治の中核である白い建物の屋根の上から自分達を冷ややかな目で見下ろしている女性がいるのに気が付いていない。
「……平和を叫ぶのはいいけど……」
長い金髪の端を結んだ女性が思い浮かべていたのは、テレビのニュースでみた「自分の子供が戦地へ行って殺されるのも、人を殺すなんて堪えられません」という趣旨の言葉であった。
その言葉が母親のものとしては決して間違いではないのは、彼女も理解する。
「……でも、自分の子供以外が殺され、人殺しをするのはいいのかしら?」
この国以外の場所では、そういう事が実際に起こっているという現実を、あのインタヴューに答えていた母親はきちんと認識していたのだろうかと思う。
「まぁ、どうでもいいけど……」
またくだらない事を考えたわねとそんな自分に呆れたが、何となくすっきりしないので最後まで言葉にし口にした。
「あなた達は自分だけが平和ならそれでいいのかしら? こんな目前の問題ではなくて、もっと大局的な目で平和を語るべきじゃないのかしらねぇ?」
その問いかけが聞こえたわけではないが、群衆の中の一人がふと建物の屋根を見上げたが、当然そこに誰かがいる事はなかった。
「うふふふふ~」
自室の布団の中で小鈴が嬉しそうに笑っていたのは、昼間の出来事を思い出したからである。 その凄さに驚かされていた憧れのヒトの正体を見破り、逆に驚かせてあげたいう事はこの少女には実際とても愉快で嬉しい事だった。
店のお得意様であり憧れの女性だったヒトが妖怪だった事には驚いたが、今の小鈴にはそれはたいした問題はなくなっていた。 今の彼女にとって妖怪とは恐れるものではなくなってきていて、寧ろ妖怪や妖怪の世界をもっともっと知りたいとすら思うようになってきていた。
それが〈人里〉の人間としては異端であり非常に危うい事であるのは、友人である稗田阿求から警告をされてはいても、内から沸いてくる好奇心は抑えられないでいた。
「……まあ、仕方ないよね。 そう思えちゃうんだからさ」
誰にともなく言ってから、もう寝ようと思い行灯の火を消せば室内は暗闇に包まれた。
夜の暗闇の中に小さい明かりはランプを手にを歩く十六夜咲夜のものであった。
その彼女は窓の外に浮かぶ三分の一くらい欠けた月を何気なく足を止めて見つめて「……もう遅いですわ」とぼやいた。 その理由は、今年はレミリアの提案で〈紅魔館〉……というか、〈博麗神社〉でお月見の宴会を企画したものの雨天中止となったというものであった。
自然相手では仕方ないと分かってはいてもつい愚痴ってしまった自分を、少し子供っぽいかしら?とクスリ心の中で笑う。
「まぁ、この調子では明日の天気も良さそうですね」
そんな事を言って再び歩きだす咲夜の足音が、静寂の中にある〈紅魔館〉の廊下に響いていく……が、その静寂を「だぁぁあああああっ!!!! 今回私の! このレミリア・スカーレットの出番なさすぎじゃねぇぇえええええええっっっ!!!!?」という叫び声が打ち破った。
「しょ~がないのだ~~~」
そして、そのレミリアの部屋の窓の外をルーミアがそんな事を言いながら通り過ぎて行ったのに、天蓋付きのベッドの上で上体だけ起こした姿勢の金髪の吸血鬼少女は一瞬だけ愕然とした表情になった後……。
「しょーがなとか言うなぁぁああああああっ!!!!!」
……と、再び叫ぶのである。
こんな風にして、この日の夜も更けていくのであった……。
そろそろ説明しないとヤバイかなと思うので。
今までもですが、時事ネタは時事ネタとしてそれっぽく書いてる以外の意味はありませんので。




