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夏が終わって秋になってもお嬢様はいつも通りだね編


 九月にもなり暑さも収まってきた〈幻想郷〉の、湖の傍に建つ〈紅魔館〉という名の紅い色の洋館では、今日も今日とて平穏な時間が流れていた。


 「……お昼ご飯の後は眠くなってきますねぇ……」


 招かれざる客を拒むかのような頑丈な鉄格子の門の前に立つ緑色の中華民族風の服を纏った”中華華人”こと紅美鈴が良く晴れた青い空を見上げながらそんな事を呟いている時、館の主人たる”紅色のノクターナルデビル”のレミリア・スカーレットは、リビングのソファーに座りテレビを視ながら寛いでいた。


 「……お嬢様、どうか致しましたか?」


 脇に控える”吸血鬼のメイド”の十六夜咲夜は、主人である幼い容姿の少女が唐突に顔をしかめたのに怪訝な顔をした。 

 レミリアは「……何でもないわ」とメイド長の立場にある銀髪の少女に答えながら、視ていた大河ドラマの再放送に視線を戻しながら、今回はどういう風の吹き回し?と思った。 


 「それにしても、やっと涼しくなってきたわね?」

 「はい、お嬢様。 妖精メイド達も仕事がしやすくなったと喜んでいますわ」


 〈紅魔館〉といえどもすべての場所が冷暖房完備ではない、暑い中での家事作業というものは、妖精だから好き好んでしたいというものでもない。


 「それは良かったわ。 でも、すぐに冬になって寒くなるのだから気を緩めないで体調管理をしておくように言っておきなさいよ?」


 それから咲夜の顔をチラリと見ながら、「もちろん、あなたもよ?」と付け加えた。


 「はい、承知致しました」


 主人の気遣いに感謝の意を示すように頭を下げた咲夜の表情は、少し嬉しそうに笑みを浮かべていたのは、すぐに視線をテレビに戻したレミリアは見えていない。 しかし、そうだろうとは容易に想像しているのは、彼女との付き合いの長さ故である。

 やれやれね……と心の中で苦笑しながら、”ノーカリスマ・クィーン”の吸血鬼少女はソファーにもたれ掛って寛いでいたのであった…………と思いきや、直後に勢い良く立ち上がった。


 「だぁぁああああっそうきたかぁぁああああああっ!!!! 誰が”ノーカリスマ・クィーンじゃぁぁああああああああああああああっっっ!!!!!!」


 文字通りに〈紅魔館〉を実際振るわせる大音量でレミリアが叫んだ声は、門まで届いていた。 

 ちょうどその頃にウトウトとし始めていた美鈴は、その声に「……はっ!?」となった後に慌てて周囲を見渡してみて、レミリアがやって来てるわけではない事にほっと胸を撫で下ろしていたのであった。





 〈人里〉の大通りを”蓬莱の人の形”こと藤原妹紅が歩いていたが、その彼女が不意に足を止めたのは、彼女の眼前の少女のせいであった。 

 黒く長い髪を持つ小柄な少女としばらく睨み合っていたが、やがてパン!という音を立てて手を合わせオジギをした。


 「……ドーモ、輝夜=サン、妹紅です……ここで会ったが百年目だ!」


 それに対して輝夜と呼ばれた少女も合掌しオジギをする。


 「ドーモ、妹紅=サン、輝夜です……それはこっちのセリフよっ!」


 アイサツを交わす二人の殺気は、周囲を歩いていた一般市民でも感じ取れた。 本能的に危険を感じて彼女らか距離は取るが、好奇心からか逃げ出そうとまではせずに成り行きを見守っていた。

 もっとも、そんなギャラリーの様子など数メートルの間隔を開けて対峙する両者には見えてはいない、互いに鋭い目で相手の出方を窺っている。 少しでも隙を見せたらその瞬間にる!……そんなサツバツとした空気が周囲を満たしていた。

 だが、次の瞬間にバギッ!!という鈍い音と「アイエェッ!?」という妹紅の悲鳴が響き彼女の身体がバタリと地に倒れる、それと同時に「はわっ!?」という力の抜ける声と共に輝夜の身体もまた崩れ落ちた。


 「……まったく! 天下の往来で何をしているんだ!?」


 強烈な頭突きを食らい後頭部に大きなタンコブを作った親友を見下ろしている”堅苦しい歴史家”の上白沢慧音と……。


 「……〈人里〉で騒ぎを起こしてはいけませんと、あれほど申しましたでしょうに!」


 手に空になった注射器を持ち、呆れ顔で溜息を吐く”蓬莱の薬屋”、八意永淋である。

 しばらくの静寂はギャラリーの皆さんがすぐに状況を把握出来なかったからだ、だが誰かが「おお!」という声と共に拍手をすると、すぐにそれが大合唱となり響き渡った。

 そんなギャラリーの一人で「……まぁ、インガオホーじゃな」と小さく呟いたのが、人間に化けている”捕らぬ狸のディスガイザー”の二ッ岩マミゾウとは、誰も気が付いてはいなかった。





 ”境界の妖怪”の八雲紫が「……またくだらない事を……」と呆れ顔になったのは、自宅のテレビで見ていたニュースで、オリンピックのエンブレムの問題を見てだった。

 しかし、盗作疑惑の真偽などは幻想郷きっての大妖怪の彼女には実際どうでもいい事である、くだらないと思うのは、そんな事で騒ぐ大衆の事であった。

 わざわざエンブレム作者の他の作品も調べ上げて、あれに似ているこれに似ているだのインター・ネットで議論する事に何の意味があるというのだろうか。 刺激に飢えた暇人がごっこ遊びでちっぽけな自己満足に浸る……それ以上のものがあるとは紫には思えない。

 だが、そうであれば彼女・・と共ににやっていたあれ・・も意味のない自己満足のためのくだらない事かと思い付き、無意識に自虐的な笑いを口元に浮かべていしまってた。


 「……まぁ、ニンゲンなんて所詮はくだらない事しかしないイキモノか……」


 そんな事を口にしながらも、両者は一緒には出来ない事であると確信している。 彼女のくだらない事は、今はもう紫の心の奥底に仕舞われていても大事な思い出であり時間であったが、で騒いでいる連中は、数週間もすれば飽きて忘れ去り次の刺激を探しているだろう。


 「……ふうっ……」


 ちゃぶ台の上のリモコンを取りテレビの電源を切ると立ち上がった、それから詰まらなそうな表情で吐き捨てた。


 「……本当に、くだらないわ」

 





 日が沈み暗闇が世界を支配する時間である。 ヒトは家に篭もりじきに眠りに付き朝を待ち、ヒトならざる妖怪達が闊歩する……そんな時間である。


 「……ニンゲンでありながら妖怪の時間に生きる私は、果たしてどちらなんでしょう?」


 涼しげな秋の虫の声が静かに響く中、ちょっと外で涼もうとランプ片手に庭園に佇む咲夜が呟いたのは誰に対しての問いなのかは、本人も分かってはいない。

 何気なく空を見上げてみれば、中秋の名月にはまだ日にちがいるであろう欠けた月が浮かんでいる、純粋だった子供の頃はあの月に兎がいると信じ、成長と共にそれが迷信であると気が付き、そして〈幻想郷〉に来て月に兎は本当にいると知った。

 そういえば、子供の頃は御伽噺の登場人物でしかなかったカグヤ姫も、〈幻想郷〉でひっそりと暮らしているのである。

 幻想であったものが実在していると知り、いつの間にかそれが当然となって疑問も持たなくなっていくというのは、奇妙なものであるとは思う。


 「ヒトの常識などその程度のものなのかも知れませんね……」


 思わず呟いた言葉に、また私らしくない事を考えていましたね……と気が付いた。    直後に「そ~なのだ~~」という声が頭上から聞こえ、再び空を見上げてみれば金髪に赤いリボンを付けた”常闇の妖怪”のルーミアが飛び去っていくのが見えた。

 あの子の声を聞いたのも随分と久しぶりだと思いながら、そういえば〈紅魔館〉の上空を許可なく飛ぶのは領空侵犯ではないのか?などと、そんな事を思いついてクスリと可笑しそうに笑う。


 「まぁ、お嬢様が何も言わなければ、メイドの私如きがどうこう言うものでもないですけれど」


 そのお嬢様ことレミリア=サンが、自室の木製の椅子に腰掛けてムスッとした顔をしているのに、「……お嬢様? どうしたのですか?」と妖精メイドのフェア・リーメイドが声をかけた。


 「…………私と咲夜のこの格差……本当に理不尽よねぇ……」

 「……はぁ?」


 フェアは主人がボソッと言った言葉の意味が理解出来ずに思わず首を傾げた、それに気が付いているのかいないのか、「……私の方が主人でラスボスで年上なのに……」と続けた。

 何のこっちゃ?と思うフェアだが、オジョー=サマだし別におかしい事じゃないかと、たいして気にする事はしなかった。

 そんなこんなで、今日もまた”ノーカリスマ・クィーン”の少女の夜は更けていくのであった……。


 「だぁぁああああああっ!!!!! ノーカリスマ言うなぁぁあああああああああああっっっ私は”ノーライフ・クィーン”だっちゅうねんっ!!!!!」

 

 静かな秋の夜空の下に、レミリアの怒りの雄叫びが響き渡るのであった……。

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