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猛暑襲来? 熱中症には気をつけよう編


 

 真夏の激しい太陽の光が照らす〈幻想郷〉にある人ならざるアヤカシ達の住まう紅の館である〈紅魔館〉では、主人である吸血鬼の少女が苛立ちげな表情で自室の椅子に腰掛けていた。


 「…………」

 炎天下の真夏日にあってこの外見は十歳程度の少女が汗ひとつかいていないのは、この部屋はエアコンが効いているからだ。 故に彼女の苛立ちの原因はそれではない。


 「……どうなっているのかしら?」


 自分の背後に控えるメイド服を纏った銀髪の少女に言う、十六夜咲夜という名を持つこの化け物の屋敷で唯一の人間は、”紅色のノクターナルツッコミ”の二つ名を持つ主人の問いに困ったような顔をした。


 「だからノクターナルツッコミじゃないっちゅうねん~~~~~!!!!!」


 その咲夜が答えるより先に”永遠に紅く幼いツッコミ”のレミリア・スカーレットのツッコミの叫びが響いた。


 「しつこいわっ!!!! この書き手どあほぉぉぉおおおおおおっっっ!!!!!!!!」


 間髪いれず更に響くツッコミに流石の咲夜もキョトンとなって「お、お嬢様……?」と心配そうに声をかけたのに気が付いたレミリアは、誤魔化すように咳払いをし「気にしないでいいわよ、咲夜」と言った。

 その主人の態度に、考えてみればいつもの事ですし気にする事もなかったですわねと咲夜が思ったとは、吸血鬼でありサトリの妖怪ではないレミリアが気づく事は出来ない。


 「……それよりもよ。 問題なのはこの外の暑さよ、咲夜?」


 レミリアの顔が真顔に戻ったので、咲夜も真剣な表情で「はい、お嬢様」と頷く。

 「外気温はすでに四十度を上回り、あの美鈴も熱中症で倒れてしまいました……」

 ”中華小娘”の名を持つ紅美鈴は戦闘も得意とする妖怪であり、更にこの小説セカイではパチュリー・ノーレッジに小悪魔と共にコミケなるイベントにも連れて行かれて鍛え上げられているのである。

 その彼女が倒れるというのは普通ではないと、レミリアも咲夜も考えている。


 「そして、妖精メイドの何人かも……」

 「…………咲夜、あの子らにはくれぐれも無理をしないように伝えなさい。 十分な休憩と水分補給を怠らないようにね、もちろん、あなたもよ咲夜?」


 レミリアがそう言うのは、従者に対する主人としての責任である。 しかし、それだけがすべてでないと分かっている咲夜は、少し嬉しそうに口元を歪めながら「はい、承知致しましたわ」と恭しくオジギをした。


 「……とは言え、流石にこれは異常よね?」

 「はい、そう思いますわ」


 外の世界では地球温暖化などの影響で異常ともいえる猛暑なのは、レミリアも知っている事ではあるが、その影響が”博麗大結界”の内にある〈幻想郷〉にあるはずもないのも分かっていた。

 その直後にレミリアはある可能性を思い付き顔をしかめた。 それは十分にありえる事ではあったが同時にそうであってほしいとは思わない事だったのは、確実に面倒な事態になるだろうからである。

 だが、この後に彼女は自分の予感が当たっていた事を知る事になる。





 〈紅魔館〉から見渡せる湖の畔は、まるきゅ~……もとい、氷の妖精のチルノの絶好の遊び場であったが、さしのも彼女もこの炎天下でははしゃごうという気になれない。 しかし、それはチルノが氷の妖精である事とはあまり関係はない。


 「あぢ~~~~脳が溶ける~~~~~」


 湖の水面スレスレを飛行しながらそんな事をぼやく。

 その隣を飛行する大妖精は、溶けるほどの脳みそがチルノちゃんにあるのかな?なんて事をつい思ってしまい、慌ててその考えを頭から追い出した。





 「はぁ? この異常な暑さは〈紅魔館うち〉の周辺だけ?」

 「はい、そのようです、お嬢様……」


 この炎天下では庭でティータイムをする気にならないレミリアは、クーラーの効いた涼しい自室で熱い紅茶を飲もうというのはクーラーが効き過ぎてアイスティーという気分でないからだが、それはどこか奇妙な状況である。


 「放っておいて頂戴!」

 「はい……?」

 「……気にしなくていいわよ。 それより、どういう事なのか説明しなさい」


 唐突で脈絡不明な言葉ではあったが、それもいつもの事と言えばいつもの事なので言われるまでもなく気にはしない咲夜だ。 


 「はい、用事で〈人里〉へ行かせたチャウ・ネーンの話だと、確かに暑い事は暑かったらしいのですが普段の年とそう変わる程でもなかったと……」

 「…………」


 普通の東方のセカイであれば妖怪の起こした異変を疑うところだが、この小説のセカイにおいては、少なくとも〈紅魔館〉をピンポイントで狙ってくるよな輩は一人しかレミリアには思いつかなかった。

 そして、咲夜の表情を見れば同じ事を考えているだろう事は、容易く知る事が出来たレミリアは、「はぁ~……」と大きく溜息を吐いた。

 「咲夜、動ける妖精メイドと一緒に〈紅魔館〉の周囲を大至急、捜索しない」

 主人の指令に”吸血鬼のメイド”の少女は、承知していますという風に頷く。


 「お任せ下さい、お嬢様」



 

 そんな騒動になっていると、〈紅魔館〉の地下にある〈大図書館〉の主であるパチュリー・ノーレッジは従者である小悪魔のツカサから聞きはしたが、自分から行動を起こすつもりはまったくなかった。


 「……まぁ、この暑いのに外へなんて出たくないしね」


 クーラーの良く効く図書館でそんな事を妹紅と輝夜の描かれた表紙の薄い本を眺めながら言っていたものである。 しかし、そんな彼女も数週間先にある夏コミという名の戦場には躊躇うことなくその身を投じるのを知っているツカサは、すっかり呆れ返っていたものである。

 もっとも、ツカサはツカサで主人パチュリーから命令でもされない限りは動く気もないのではあるが。

 その理由は薄情というよりも、あの二人の送り込んで来る者達など面倒ではあっても脅威になるような存在ではないと思っているからであった。




 一時間後、咲夜の姿は〈紅魔館〉の屋根の上にあった。 そして彼女の青い瞳が見据える先には一人の男がいる。 その数歩後ろにいるレミリアが白い日傘を差しているのは太陽光の苦手な吸血鬼だからである。 

 炎天下だというのに暑苦しい赤いローブで全身を覆ったその男は、フードの隙間からのぞく口元を愉快げに歪めている。


 「あなたが……この暑さの原因ですか?」


 咲夜の声は少し辛そうに聞こえた、顔など肌を露出しているところからはものすごい量の汗を噴出しているのが見えた。 それに対して男は涼しいとでも様子で「そうだ」と答えた後にパンと両手を合わせた。


 「ドーモ、はじめまして。 転生チート戦士の魔術師モーショ・ガネイです」


 そう言ってオジギをしる、そのすっかりお約束となったアイサツにレミリアがやれやれねと思った直後に、咲夜が「……うっ!?」と呻き声を出し屋根の上に膝を突いた。


 「咲夜っ!!?」


 予想外の事態に驚きの声を上げたレミリアは、すぐにそれが熱中症だと分かった。 いかに並の者を上回る身体能力は有していても、あくまでも彼女の肉体は人間のそれである事をレミリアは失念していたのである。

 このままでは戦闘が出来ないどころではない、すぐに涼しい場所へ行き十分な水分と休息を取らねば命にも関わるかも知れない。

 それは咲夜自身も分かっているはずだったが、彼女は苦しそうな表情で呼吸を荒くしながらも気力を振り絞って立ち上がってみせた。 それは、レミリアには最後の力を振り絞っても、己の命を危険にさらしても主人に仇名す敵を打ち倒さんとする戦士に見えた。


 「……ド……ドーモ……モーショ・ガネイ=サン…………さ、さく……やです……」

 「……へ?」


 両手を合わせてオジギをした咲夜が顔を上げた、その表情はひどく苦しそうでありながらも満足そうな笑いを浮かべていた。 そして糸の切れたマリオネットめいて崩れ落ち意識を失う。


 「…………って! なんじゃいそりゃぁぁぁああああああっっっ!!!!?」

 どんな理由があってもアイサツされてアイサツを返さないのはシツレイにアタイするのである、そしてメイドたるもの敵であっても決して礼儀はおろそかに出来ないのも古事記に書かれている。


 「書かれているかぁぁぁああああああああっ!!!!!!」


 真夏の青空の下に響くレミリアのツッコミ。 そう、彼女は彼女でどんな理由があっても決してツッコミは疎かにはしない、それが”永遠に紅く幼いツッコミ”のレミリア・スカーレット=サンなのである。

 これもまた古事記に書かれている。


 「書かれてるわきゃねぇえぇええっ!!!! スッゾオラ~~~~~~~!!!!!」


 ついには天に向かいヤクザ・スラングで吠えるレミリアは、それでも白い日傘は手放したりはしない。 その光景を眺めたいたモーショは愉快な見世物でも見ているかのように「くくくくく!」と嗤う。

 その嗤いは、レミリアの癇に障った。


 「こうなったら、この私が直々に相手をしてあげるわ!」


 モーショを睨みながら前へと進み出るのを、彼が「ふっ!」と鼻で嗤う。


 「はったりを、吸血鬼がこの真夏の太陽の下で満足に戦えるわけもない」

 「あの黒い巫女から力を与えられただけの人間風情が! このレミリア・スカーレットを甘く見ない事ね!」


 人間の身体など簡単に貫ける自身の鋭い爪を見せつけ威嚇しながらも、内心で舌打ちをレミリアがしたのは、モーショの言った事が間違いないからである。

 もちろん、この状況でも並の人間ならば束になっても返り討ちには出来ようが、目の前のこの男は並大抵ではないだろう。 いかにベースとなった人間が情けない人間であろうとも、この男に力を与えた暗黒の脇巫女のダーク・レイムの力をレミリアは過小評価はしていなかった。

 しかし、それは勝てない相手と思っての事でもなかった。


 「時間も惜しいし、瞬殺してあげるわ!」


 倒れている従者の少女をチラリと見やってから言うと、無造作に日傘を投げ捨てた。 そして間髪いれずに屋根を蹴り踏み込む。


 「むっ!?」


 モーショはやや意表を突かれながらも、右の掌から火球を撃ち出した。 しかし、レミリアのキューケツキ動体視力を持ってすれば回避は容易い。 更にもう一発撃ち出されるのも回避した上に「キューケツキ動体視力ってなんじゃぁぁああああああっ!!!!」とツッコミをいれる余裕さえあった。

 最初は不安もないではなかったが、戦ってみればこんな程度の相手かと知って内心で安堵する。 もちろん、敵にそんなそぶりはまったく見せる事はなく、不敵で残酷な笑顔をレミリアはしてみせている。 


 「あんた、運がいいわよ?」

 「な……ぐはっ!?」


 更に火球を放とうとした男の腹に蹴りを見舞い、それから「私の〈紅魔館〉にこんな事をした割には、楽に死ねるんだしねぇ!」という冷徹な口調の言葉と共に右腕を繰り出しモー

ショの胸を貫いた。


 「ぐぎゃぁぁあああああああああっ!!!?」


 慈悲もなく急所を貫かれたモーショ・ガネイは、レミリアが血に塗れて紅く染まった腕を引き抜いた直後に、爆発四散したのであった。

 



 「……まぁ、こんなもんだろうな?」

 「ええ、こんなものでしょうね?」


 〈幻想郷〉の某所にある〈黒博麗神社〉の居間では、嫌がらせ目的でモーショを送り込んだ張本人であるブラック・マリサとダーク・レイムがちゃぶ台を挟んで座布団に座りカキ氷を食べていた。

 今回、奇人正邪が同行しなかったのは、夏風邪でダウンしてたからである。

 その正邪の寝ている部屋の方から「奇人って言うなぁぁあああっ!!……ガクッ……」という声が聞こえてきたのは、二人の黒い少女には実際どうでもよい事である。

 



 咲夜が気が付いたのは自室のベッドの上であった、「はっ!?」と目を開き勢い良く上体を起こせば、彼女を眩暈が襲い「うっ!?」と呻き声を上げた。

 仕方なく、しばらくじっとしていれば、落ち着く頃には記憶も蘇ってくる。


 「……やれやれ、私とした事が不覚ですわね」


 自嘲するような呟きの後で、自分のメイド服に紅い血が付着しているのに気が付き怪訝な顔をして、更に今度はベッド・サイドにある置手紙にも気が付いた。 奇妙に思いながらも文章を読み、驚きに目を丸くした咲夜。


  ”咲夜、後の事はこっちで何とかするから、あなたは今日はもう休んでいなさい”


 「あら……本当に不覚でしたわね」


 丁寧な字で書かれたその文章が誰のものなのかは、考えるまでもない事であった。


   

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