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七夕と従者の短冊編



 七月六日の〈博麗神社〉では、”楽園の素敵なシャーマン”こと博麗霊夢がいつものごとく境内を竹箒で掃除していた。 しかし、その霊夢の目つきが掃除をしているだけにしては険しいのは、ある連中を警戒しての事である。


 「……明日は七月七日の七夕、〈紅魔館〉の連中は絶対に仕掛けてくるはず……」


 呟きながら周囲を見渡してみるが、何者かが近くに潜んでいるような気配はない。

 〈紅魔館〉の吸血鬼少女のレミリア・スカーレットは何がしかのイベントがあれば、この〈博麗神社〉で宴会を開くのは、霊夢に対する嫌がらせの意味合いもあるのである。 だからこそ、今度という今度こそ阻止してみせようという霊夢であるのだ。


 「……ん?」 


 ふと空で何かがキラリと光ったのに気が付き、それが何かと目を凝らして凝視してみれば、その光はハチドリめいた動きでこちらへと急接近してきた。 だから、霊夢がその正体を知るのに時間は掛からない。


 「あれは……ニンジャ!? ニンジャナンデっ!? アイェェエエエエエエエッ!!?」


 それは間違いなくニンジャであった、光の正体は背中にバック・パックを背負ったニンジャのジェット噴射だったのである。 そのニンジャは着地するでもなく霊夢の頭上を旋回しながら、両の掌を合わせた。


 「ドーモ、霊夢=サン、クラウドなバスターです!」

 「……なっ!?……ド、ドーモ、クラウドなバスター=サン、霊夢です……」


 流石にニンジャの襲撃は想定しておらず驚愕に目を見開く霊夢であっても、アイサツはしっかり返すのである。 

 次の瞬間に、ニンジャが握っていたのは十手のような武器だった。 霊夢のミコ動体視力でもかろうじて武器を取りだす動きは見えたが、動きは見えてもミコ反射神経ではニンジャの動きに対応するのは無理であった。


 「インダストリッ!!!!」

 「ちょ……アイェェエエエエエエエエエッ!!!?」


 掛け声とともに打ち込まれた十手は霊夢の身体をバシッ!とスパークさせた。 そう、このニンジャの武器は《電磁十手〉》だったのである。

 霊夢のミコ耐久力は、残念ながらこの一撃に耐えれる程に強靭ではなかった……。

 




 そして七月七日の七夕の日の夜に、レミリア主催の七夕のパーティーは今年も行われていた。 境内に置かれたいくつかのテーブルに料理や飲み物が並ぶこの立食パーティーには、〈幻想郷〉に住まう妖怪の少女らが集まっている。

 彼女らが思い思いに食事や談笑を楽しんでいる中をせわしなく動き回り給仕にあたっているのが〈紅魔館〉の妖精メイドなのは、身に纏うメイド服が教えてくれた。


 「……しかし、何ともまぁ……天下の博麗の巫女も本物・・のニンジャには勝てないのねぇ……」


 レミリアがパーティー会場を見渡しながらそんな事を言ったのに、「はい、そのようですわ」と答えたのは”吸血鬼のメイド”の十六夜咲夜である。 〈紅魔館〉で唯一の人間でメイド長である咲夜は、妖精メイドとは違い常に主人の傍に控えていた。


 「ちっくしょぉぉおおおっ!!! 来年……いえ、次のイベントこそわっ!!!!!」


 その彼女がチラリと青い瞳を向けた先には、すっかりヤケになった声を上げる霊夢とその彼女の様子を呆れ顔で眺めている”極めて普通のマジシャン”こと霧雨魔理沙の姿。 妖怪退治の専門家である彼女らが妖怪主催の宴会に混じっていても違和感をまったく感じないのは、〈幻想郷〉では当たり前の事である。


 「パチュリー様が魔法で召喚されたニンジャ、弱小クランのレッサー・ニンジャと聞きましたが……やるものですわね、お嬢様」

 「今更ながらだけど……ほんと、やることがシッチャカメッチャカよねこの小説……」


 中身を飲み干して空になったグラスをテーブルの上に置きながら、呆れ顔で言うレミリアは、少しはなれた場所で稗田阿求と話をしている親友の方を見た。 およそ接点があるとは思えない魔女と人間の転生者だが、薄い本の書き手と収集家という妙な縁があるのは、この小説が二次創作のセカイゆえである。


 「稗田阿求がいるのも珍しいと言えば珍しいですわね」


 少なくともゲーム本編では絶対にありえないであろうとは思う咲夜である。


 「……何でも、最近薄い本のネタに詰まり気味らしいって聞いたパチェが気分転換にって誘ったそうよ……」 

 「成程、それなら納得ですわね」


 それで納得できるのもどうなんだろうと思うが、気にしても仕方ない事であるのも十分に理解していたレミリアである。 だから、テーブルの上にある咲夜の用意した赤い液体の入ったグラスを手に取ると、一気に飲み干した。


 「……って! トマトジュースかいぃぃいいいいいいいいいいいっっっ!!!!!」


 僅かな沈黙の後に、レミリア=サンのツッコミが夜の〈博麗神社〉に響き渡った。






 西行寺幽々子が暮らす〈冥界〉の〈白玉楼〉の庭に七夕の飾り付けがされた笹があるのは、彼女のちょっとした気まぐれで従者の魂魄妖夢に用意させたものであった。

 だから、「あらあら?」と少し驚いた表情になったのはその笹の存在ではなく、そこに吊るされた一枚の短冊に気が付いたからであった。


 「あの子も……妖夢もこういう事をするのね……」


 薄い紫色の寝巻きを身に纏った亡霊の少女はクスクスと可笑しそうに笑う、彼女の紫の瞳が見つめる短冊には『一人前の剣士になりたい』と書かれていた。 願い事を書いた短冊を吊るすという七夕の風習をあの半霊の少女が知っている事は不思議ではないが、実際に自分でやってみるというのは意外に思えた。

 同時に、主人である自分に内緒でするというのはあの子らしいとも思う。 

 昼間に飾り付けが終わった直後の笹を眺めた時には気が付かなかったから、その後にもう幽々子様が見る事はないだろうと付けたに違いない。 そしてその考え方は間違ってはいない、所詮は気まぐれで用意させたものは、夜中に何となく寝付けなくて気まぐれでこの庭にこなければもう見てみようとは思わなかっただろう。


 「さてと、どうしたものかしら?」


 そう言って悪戯っぽい笑いを浮かべた幽々子。

 この事をネタに妖夢をからかってみようか、それとも見ていない振りをしてあげるのかである。 恥ずかしさに顔を赤くして慌てふためく彼女の姿を思い浮かべ、それは面白いかとも思うし、少し可哀そうかとも思うのである。

 少し考えてから、それは明日の朝の気分しだいで決めようかなと思った幽々子であった。 




 〈外界〉の都会では絶対に見られないであろう満天の星空を、紅美鈴が見上げている場所は〈紅魔館〉の門の前なのは、それが門番の仕事だからである。

 このような時に代役をしてくれるバイトの門番の大魔王モンバーンは、今夜は別の仕事が入っていたので美鈴は七夕の宴会へは行けなかったのだが、彼女だけが一人で留守番ではない。

 彼女の背後に建つ〈紅魔館〉の窓のいくつかに明かりがあるのは、留守番をしている妖精メイドが仕事をしているからであり、地下にある部屋にはフランドール・スカーレットが宴会には行かずにゲーム中である。


 「……ふぁ~~~」


 時間が時間だけに襲撃者ではなく眠気との戦いである、もう少ししたら戻って来るであろうレミリア達に眠りこけてしまっている姿を見せるわけにはいかないのは、門番としての矜持もないではないが、どちらかと言えば咲夜のお説教と減給が怖いというのが本音である。

 「ドーモ、お疲れ様です。 美鈴=サン」

 「ドーモ、フェア・リーメイド=サン。 どうしましたか?」


 そこへやって来た妖精メイドの一人とアイサツを交わしながら、妖精メイド三人衆も今日は居残り組でしたねと思い出した美鈴。 ちなみに、何故に忍殺風なアイサツなのかは気にしてはいけない事である。


 「はい、差し入れです」


 フェアが差し出したのはブラックの缶コーヒーだった。 主人格はどちらかといえば紅茶派の〈紅魔館〉であっても缶コーヒーがあるのは、従者達にそれを押し付ける気がレミリアにはないというだけの事だ。

 とはいっても、妖精メイドも大半は紅茶派というのも事実であるが。


 「あら、ありがとう、フェアさん」


 お礼を言いながら受け取ると、さっそくプルタブを開けて中身に口を付ける。 砂糖もクリープも入っていないコーヒーの苦味が、眠気に対抗するのにいい刺激であった。 紅茶派のフェアが美鈴の眠気覚ましにコーヒーを持って来たのだろうとは分かる。


 「……そういえば、これって明日には片付けるんですよね?」

 「……ん? ええ、そうですよ」


 フェアが指差したのは門の前に飾ってあった七夕の笹であった、どうせならと咲夜が用意し飾り付けをしたのではあるが、願い事を書いた短冊を吊るそうとまではしていない。

 その笹が、暗闇の中のランプの光に照らされた光景はどこか寂しげにフェアには見えていた。


 「せっかくメイド長が綺麗に飾り付けをしたのにねぇ……」

 「七夕の飾りは七夕の日だけ楽しむものですよ、だからこそいいんです」


 そんな事を言いながらも、美鈴もちょっと残念だなと思うのは、どこか殺風景な〈紅魔館〉の門にもこういう飾りはあっても悪くはないと思うからだ。 明るい時間には、子供の背丈くらいのそれがちょっとしたアクセントにはなっていた。


 「…まぁ、また来年って事ですよ?」


 美鈴が笑顔で言うのに頷いてから、ふと思い付いたフェアは「一年後までこの小説が続いていれば……ですけどねぇ……」と苦笑したのだった。


 




 翌日の朝、門の前の七夕の笹の片づけようとした咲夜は、自分が飾った覚えのない短冊が一つあるのに気が付き怪訝な顔をした。 

 そして、その短冊に『紅魔館のみんなが幸せでありますよう』と書かれてたのに、一瞬だけキョトンとなったが、すぐに「ふふふ……」可笑しそうな笑いを浮かべた。 それから、今はこの場にはいない赤毛の少女の顔を思い浮かべたのであった。   

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