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メイドさん達のホワイトデー編

今回は咲夜達がバレンタインのお返しをする話、でもやはり百合成分はなしです。

  


〈紅魔館〉のメイド長である十六夜咲夜にとって手作りクッキーを作る事は造作もない事なのだが、その彼女が広い厨房で一人悩んでいるのはそのクッキーがレミリア・スカーレットへのバレンタインのお返しだからである。

 「……どうしましたメイド長?」

 その咲夜へ声をかけたのは妖精メイドの一人であるフェア・リーメイドだった、テーブルの上に小麦粉といった材料を置いたまま一人椅子に座り難しい顔をしている咲夜を見れば何事かとも思う。

 「……ん? ああ、ちょっとね……」

 妖精メイドに話してどうなるものでもないと思う咲夜だが、このまま一人で考え込んでいてもそれこそどうしようもないと考えてフェアに話してみる事にした。 それは簡単に言うとレミリアへのお返しのクッキーを焼くのはいいが、どんなクッキーを作れば彼女が一番喜んでくれるかという事だった。

 「お嬢様のお喜びにって……”あれ”じゃないんですか……?」

 「ええ……”あれ”を使えばいいのだけれど……」

 フェアの言いたいことは咲夜も真っ先に思いつく事であった、しかしそれを実行するには大きな問題があった。 それは幻想曲物語このしょうせつがR‐15タグを付けていない事であった、特に罪もない一般市民を襲い”あれ”を調達しクッキーの材料にするのはやはり残酷表現になるであろう。

 「成程……って、書き手あのアホが今更そんなの気にするなんて妙じゃないですか?」

 「そうなのよねぇ……書き手あのアホも今まで散々好きに書いてきておいて今更なのよねぇ……」

 何か良からぬ展開ことでも考えていなければいいがと思う咲夜は、それはそれとして結局はどうしたものかと腕を組んで再び考え始めるのだった。



  

 最近はやっと暖かくなってきたなと思いながら博麗霊夢は賽銭箱の中を確認していたが、その結果にがっくりと肩を落として大きく溜息を吐くのは毎度の事である。

 「……まったく、今日はホワイト・デーなんだから誰かお返しのお賽銭でも入れてくれないかしらねぇ……」

 バレンタインに誰かにチョコを渡したわけでもないのにそんな事を言ってみる霊夢は、もう少しでやって来る花見の時期に備えて対策でも練っておこうかと考える。 クリスマスやお正月の時には失敗したが今度こそ妖怪達の宴会を阻止して参拝客おさいせんを増やすのだと。




 自分の式である八雲藍が人里へ出向き子供服を買ってきたと知った時にはどういう風の吹き回しかと八雲紫は思ったものだが、今日が三月十四日のホワイト・デーと気がつき納得する。

 「あなたも律儀って言うか何て言うか……」

 彼女の式である橙がバレンタインの日にチョコを贈ったと知っていた紫は、今はちゃぶ台の上に服の入った包みを置き橙がやって来るのを待っているの彼女に言う。

 「式と言えども貰った物に対してのお礼はせねばなりませんので」

 「……まあ、至極まっとうな意見ねぇ……」

 真顔で答える藍の考えは間違ってはいないが、チョコのお返しに新しい服を贈るというのは少々橙に対し甘すぎるのではないかと紫は顔をしかめた。 もっとも、二人の主人であるとは言えその事をとやかく言う気は彼女にはない。

 それは藍と橙は互いを大事に思い確かな信頼関係で結ばれているという事であり、それはとても大事な事だと紫は考えるからだった。 そう考えて、そういえば自分は藍からチョコを贈られていないし自分も贈らなかったなと思う。

 それを紫は自分と藍の間に信頼関係がないからとは思わない、バレンタインとは女性が好きな異性に対してチョコを贈るものだという固定概念に囚われていた自分と藍の頭が少し硬かったのだろうと考え、来年はこの二人にチョコを贈ってみようかと、そんな気分になっていた。



 〈紅魔館〉の地下にあるパチュリー・ノーレッジの私室のはベッドやクローゼット、それに机などの他に大きな本棚がいくつもあり、そこには分厚い魔道書と薄い本がぎっしりと並べられていた。

 この部屋の主であるパチュリーは先程届いた荷物を解体し数冊の薄い本を机の上に並べて注文どおりのものかを確認していた、それらはすべてレミリアと咲夜のカップリング本であるがあくまで一般向けの本であるのはバレンタインのお返しにとレミリアに贈るためのものだからである。

 「……ふふふふ、レミィが喜んでくれるといいのだけれどね」

 プレゼントは自分が贈られて嬉しいものをという基本に則ったそのパチュリーの心遣いは、残念な事にレミリアには受けいれられないのだが、彼女がそれを知るのはもう少し後の話である。




 「香霖! あたしにもバレンタインのお返しをくれよっ!」 

 〈香霖堂〉にやって来た霧雨魔理沙は幼馴染の店主が座るカウンターの上にクッキーの包みらしきものがあるのが見えたのでそんな事を言ってみたが「……僕は君からチョコを貰った記憶はないが?」とそっけなく返されただけだった。

 魔理沙は「ケチな奴だな~」と不満げに頬を膨らませるが、森近霖之助にしてみればバレンタインのチョコを貰ったお得意様へのお返しにと用意したクッキーをこの幼馴染みの魔法使いの少女に渡す理由はない、だからすぐに読んでいた小説に視線を戻す。

 「まったく……そんなんだから香霖は女の子にもてないんだぜ?」

 「……僕は別に女の子にもてたいとは思っていないよ」

 それがもてない男の強がりではないのは眼鏡越しに見える彼の瞳が小説の文字を読むことに集中しているのを見れば分かる、実際のところ霖之助が恋愛事に興味がある素振りを幼馴染みである魔理沙もみた事がないのだ。

 「……ごめんください」

 不意に入り口の扉が開く音がして女性の声が聞こえた、それが〈紅魔館〉のメイド長の十六夜咲夜のものだというのは魔理沙も霖之助もすぐに分かる。 だから魔理沙は「お前がこんなところに来るなんて珍しいな?」と言う。

 「ちょっとした野暮用ですよ、ところで……」

 咲夜は魔理沙には関心がないとでも言うようにその脇を通り過ぎて霖之助の座るカウンターへと進む、そんな態度にむっとしないでもないがその程度で癇癪を爆発させることは流石に魔理沙もしない。

 「実はお嬢様に食べていただくクッキーに使う食材を探しているのですが、何か良い物はないでしょうかね?」

 「……食材だって……?」

 咲夜からの思いもしなかった注文に霖之助はいぶかしげな顔で彼女を見返したがその表情はいたって真面目なものであり冗談を言ってからかおうという風でもないようだった。 しかし、〈香霖堂〉はあくまで道具屋であり、そこに食材を買いに来るという理由までは分からなかった。

 魔理沙の方に顔を向けてみるが彼女もわけが分からないという風に首を横に振る、そんな様子に咲夜は自分の説明不足に気が付いた。

 「お嬢様に喜んでいただくには”あれ”を使ったものを作るのが一番なのですが、幻想曲物語このしょうせつでそれをするには少々問題がありますので、なので外界にあるものでいい代用品がないかと思いましてね」

 「……ふむ?」

 その説明で二人とも事情は理解出来た。 〈幻想郷〉に無い物は外界に求めればよく、その外界のものを探すには〈香霖堂〉程適任な場所は〈幻想郷〉にはないだろう、何しろ霖之助は〈幻想郷〉のものであろうとなかろうと何でも拾ってきては店に陳列しているのだ。

 「どうかしら?」

 「……そうだねぇ……」

 霖之助は顎に手を当てて考え込む、彼も商品のすべてを記憶しているわけではないが食材など長期の保存が出来ないものを店に商品として置いてはいないはずだ。 

 「……ん? 待てよ……」

 ふとある事を思い出した霖之助は「ちょっと待っていてくれよ」と言い店の奥へと消えた、そして数分経ってから重そうな一斗缶を持って戻って来た。 咲夜が「それは?」と尋ねると一斗缶を床に置き小さく息を吐いた霖之助が説明を始める。

 「これは外界の人達が超音波吸血怪獣を倒す作戦に使った人工の血液だよ、医療には使えないが怪獣の好む匂いや味は出せるって代物なんだ」

 「吸血? 超音波肉食怪獣じゃないのか香霖?」

 「人間をまるごと食らうって意味では大差ないかも知れないが……そっちは平成シリーズの怪獣だ、旧作のはあくまで血を摂取するのが目的なんだよ魔理沙」

 果たして今時の若い者に理解出来るのか?的な内容の二人の会話は咲夜にもまったく理解出来なかった、おそらくは幻想曲物語こことも東方シリーズ本編ともまったく違う世界カケラから流れ着いた代物なのだろうとは分かるが。 そして怪獣の味覚というのは不明だが、人間の血の匂いや味を出せると言うのならまさに咲夜の求めていた食材である。

 いきなりあの一斗缶全部は必要はないだろうが、クッキー作りに使う分だけをサンプルとしてもって帰る価値はあると考える。

 「その人工血液、少し小分けにして売って貰えるかしら?」




 多々良小傘が〈紅魔館〉の門の前に見知らぬ老人が立っているを目撃したのは咲夜達が出かけてからしばらくしてからの事だった、いつもであれば紅美鈴がいるはずの場所にそんな人物がいるのを不思議に思うが、彼女を倒した侵入者という風にも見えない。

 「……!!?」

 その老人が小傘の方をギロリと睨んできたので彼女はビクッと小さく身体を震わせた、殺気ではないがその身体から放たれるすさまじい威圧感だけで全身から汗が噴出し体温が下がるような思いである。

 「……え~~と~~~その~~~……ごめんなさ~~~い~~~~!!!!」

 何かをしたわけでもないが思わず謝りながら慌てて小傘は飛び去っていった。 

 髪も服も水色で染められた中で左目の赤と抱えた紫の傘が目を引くその妖怪の少女が逃げるように飛び去るのを老人――大魔王モンバーンは不思議そうに見送っていた、彼にしてみれば〈紅魔館〉に近づいてきた小傘を少々観察していたに過ぎないのだ。

 「……ふむ? まあ、いいか」

 過ぎた事をいつまでも気にしていても仕方ないと仕事に集中する事にした。 彼が今日ここにいるのは朝方にいきなり美鈴に少しだけ門番を代わってほしいと呼ばれたからである、その理由が主のレミリアにバレンタインのお返しの買い物をしたいからと言われれば同じ門番としては断り辛く、特別に無料で引き受けたのである。

 だからといって手抜きはしないのが大魔王モンバーンという妖怪?だ。

 そのモンバーンがこうしている間に美鈴は小悪魔を連れて人里にある洋菓子屋を巡っていた、小悪魔はレミリアからチョコを貰ったわけではないのだが美鈴にどんなクッキーを買えばいいか一緒に探してほしいと頼まれて付き合っているのである。

 「う~~ん……やっぱりこういう詰め合わせみたいなものがいいんでしょうかねぇ?」

 「そうですねぇ……お嬢様は案外小食だし、こういういろんな種類を少しづつ食べれる方がお喜びになるかもですね」

 人里では割と大きな店になるのでクッキーだけでも結構な数が置いてあった、それらを物色しながら相談しあっていると何となく自分でも食べたくなってきてしまうのが美味しそうなお菓子の魔力であるが、二人ともそんな誘惑をぐっと堪えながやがてひときわ豪華なクッキーの詰め合わせの缶に決めた。

 美鈴の給料からすれば安いといえるものではないが、レミリアに贈るものである以上は妥協はしたくないと彼女は考えている。

 「じゃあ、これを買って帰りましょうか?」

 「あ! ちょっと待ってください」

 カウンターに向かおうとする小悪魔にそう言って美鈴は別のクッキーを選び始めた、どうしたんですかとでも言いたげな顔の小悪魔に美鈴は「モンバーンさんへのお礼ですよ」と説明する。 予算的にそう大したものは買えないにしても、自分の頼みを引き受けてくれた相手への義理を欠くということをしたい美鈴ではなかった。




 「……おや? それはどうしたのだ早苗?」

 〈守矢神社〉の境内で巫女である東風谷早苗を見かけたこの神社に祭られている神である八坂神奈子は、この緑の長い髪の少女が手にいくつもの小さな包みを持っているのに気がつき尋ねた。

 「あ、神奈子様。 これは子供達から人里に行った際に貰ったバレンタインのお返しです」

 そう言われて、一ヶ月前に早苗が子供達に小さなバレンタインのチョコを贈っていて、今日三月十四日はそのお返しをするホワイト・デーという日だと言うのを思い出した。

 彼女の事だから見返り期待しての事でもないだろうが、それでもお返しを貰った事を嬉しく思っているのはその顔を見れば分かる。 早苗は用事で人里へ行った際に子供達にせがまれてはかくれんぼや鬼ごっこといった遊びをしていた、そういう行為を神奈子も諏訪子も咎めないのは里の子供達との交流も信仰を得るための大事な手段と思っている事もあるし、一人で巫女としてがんばっている早苗にもそういう息抜きの時間は必要だろうと思っているからだ。

 「もう少ししたらお茶の時間ですので諏訪子様もお呼びして三人で頂きましょう?」

 「ん? いいのか? それはお主が貰った物なのだろう?」

 「はい、もちろんですよ神奈子様」

 一人で食べようと思えば十分に食べきれる量ではったが早苗にはそれでも独り占めにしようという気はなかった、その理由に彼女らが自らが信仰する神であるというのももちろんあるが、それ以上にこういうものは皆で食べたほうが美味しく、その方がきっと子供達も喜んでくれるだろうという思いからである。

 「そうか、ならありがたく頂くとしよう」




  満月にもうすぐという月が空に昇っているのが窓から見える時刻、自室のソファーで寛いでいたレミリア・スカーレットはテーブルの上に置かれたクッキーの包みと缶を見ながら「やれやれね……」と小さく呟く。 一時間ほど前に部屋に戻って来たらバレンタインのお返しである事を書いた手紙と共に置いてあったものだが、自分達の主人をびっくりさせてやろうとでも考えていたのだろう二人の悪戯心に思わず苦笑したものだった。

 「……それはいいのだけれど……」

 今度は本棚の方に視線を移すレミリア、そこにはパチュリーから贈られた怪しげな薄い本が仕舞われていた。 読む気もないどころか、はっきり言って捨ててしまいたいとも思うのだが親友からの贈り物だけにそれも悪いと思ってしまい出来ないのである。

 世間では彼女パチェのような存在を腐女子というらしいとは最近になり知ったのだが、だからと言ってパチュリーが親友である事には変わりなく、彼女との付き合い方を変える気はないレミリア。

 「……って言うか、そのうちちゃんとした東方ファンに殺されるわよ書き手あのアホ……」

 何気なく言ってはみたが別にレミリアにはどうでもいい事だった、そんな事よりも明日は格別な紅茶を用意させて咲夜と美鈴からの贈り物を味わおうと考えるのだった。

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