五月の大事なイベント?編
元より引き篭もりな妹のフランドール・スカーレットであったが、ここ数日まったく姿を見ていなければ、姉であり彼女ら姉妹の住まう〈紅魔館〉の主人でもある”永遠に紅く幼いツッコミ”のレミリア・スカーレット=サンは不審にも思う。
「だからツッコミじゃなく月だっつてんだろぉぉおおおおおっ!!! このドクサレがぁぁぁああああああああああああああっっっ!!!!!」
「……お、お嬢様?」
主人である吸血鬼少女が唐突に上級ヤクザ・スラングを使った怒鳴り声を上げたのに、〈紅魔館〉で唯一の人間にしてメイド長である十六夜咲夜が驚いたのはあくまで不意の大音量のためであり、今となってはすっかり日常の一コマとなっているレミリアの奇行でない。
その銀髪の従者の表情に気が付き「……はっ!?」としまったという顔をしたレミリアは、咳払いをしてから「……で? どうなのよ?」と改めて聞く。
「……え~~と……何がでしたっけ?」
「ここ数日フランの姿を見てないけどあの子は何してんのって事よっ!!」
咲夜はパンと手を合わせて「あーあーあーそうでしたわね」と言いながら、レミリアの口ぶりからして病気になっているのを心配しているのではなく、何かよからぬ事を考えているのではと心配しているのだろうとは分かった。
「妹様でしたら、単にイベント海域に出撃中ですのでご心配はありませんわ」
「…………ゲームの?」
「はい、ゲームですわ」
爽やかな笑顔で答える咲夜にそれ以上は聞く気も起きなかったレミリアは、「はぁ~~~……」と盛大に呆れた溜息を吐いた。
ちなみに、この同時刻の地下にあるフランドールの部屋では、部屋の主である金髪の吸血鬼少女が「アイェェエエエエッ!!? ”大和”がワンパン大破っ!? 資源が! 資源がぁ~~~!! アイェェェエエエエエッ!!?」と実際悲痛な叫び声を上げていたのは、知る由もなかった。
〈外界〉ではゴールデン・ウィークである事は〈人里〉にある貸本屋の〈鈴奈庵〉のは何の関係もないので、今日も今日とて通常営業中である。
様々な種類の本が棚に並ぶその店内には、やはり今日も今日とて店番中の”判読眼のビブロフィリア”こと本居小鈴がいて、やって来た来客は店の常連客にして彼女の友人である”稗田阿求であったが、この日は少し様子が違った。
それは”九代目のサヴァン”である彼女に続き暖簾を潜って数人の男が入って来たからであり、一瞬驚いた小鈴は、しかしすぐに「ああ、そうか」と納得した声を出した。
「いらっしゃい、阿求。 この人達は荷物持ち?」
「そうよ、小鈴。 例の物を受け取りに来たわ」
「はいはい、あそこよ?」
少し呆れたような表情で小鈴が指差した場所にはいくつかのダンボール箱が積まれていた。
貸本屋であるが製本も行うのがこの〈鈴奈庵〉で、阿求は今月に行われる”例大祭”の薄い本の印刷を依頼していたのは、年に何度かある事である。
「分かったわ。 サワタリ=サン、すぐに例の場所へ運んでちょうだい」
紫のセミロングにで着物姿の少女の言葉にサワタリと呼ばれた実際昔の足軽めいた格好の男は「ヨロコンデ~」と返事をし、仲間と共に中身のぎっしり詰まったダンボール箱を店の外へと運び出し始めた。
おそらくは阿求の屋敷へと運ぶのだろうが、その距離を考えると大変だなぁ……と若干の同情を覚えた小鈴は、ここまでくると妖怪に関する書物と薄い本と、どっちが本業の執筆活動なんだかねぇ……とそんな事にも呆れながら、男たちを見送る友人の少女の顔をちらりと見やった。
「……ん? どうしたの、小鈴?」
「何でもないわよ、阿求……」
サワタリ=サンらが荷物を運び出したのを見届けた後に怪訝そうな顔で自分に聞いてきたのに、小鈴は肩を竦めてみせた。
〈人里〉での少女二人のそのやり取りは知るはずもないが、”例大祭”とは無縁でないもう一人の少女が〈紅魔館〉の地下にある〈大図書館〉にいるパチュリー・ノーレッジだ。
素人にはおそらく文字すら読む事も出来ないであろう分厚い魔道書から、決してお子様が読んではいけないであろう薄い本まで揃った図書館で、「……うふふふふふ」と実際悪の魔女めいた薄ら笑いを浮かべている。
「それって、”例大祭”のカタログですよね? パチュリー様……」
椅子に座り本を眺めていた彼女に声をかけたのはこの小説ではツカサの名を持つ小悪魔あった、パチュリーの直接の従者であるツカサは淹れてきた紅茶の入ったカップを机の上に置く。
「……そうよ、こういうのは何となく眺めているのもいいものよ?」
「そういうものですか?」
「……そういうものよ」
名の通りに悪魔である事を象徴するかのように背中と赤い髪を生やした頭部に黒い蝙蝠めいた羽根を生やした少女にすれば、単なる商品のリストがのってるだけだろうに……オタクの感覚は解からないわと思うが言葉にして口には出す事はしない。
だが、まるでその内心を見透かしたかのように「……あなたもオタクになれば解るわよ?」と言われれば、ギョッとと顔をひきつらせた。
「あ……あはははは……私は、ちょっと……遠慮しておきます……はい……」
曖昧な笑いを浮かべて僅かに後さずった小悪魔に「……あら、そう?」と冷たい視線を向けながら紅茶カップを手に取ったパチュリーであった。
「ドーモ、妹紅=サン……輝夜です」
昼でも薄暗い〈迷いの竹林〉で、そうアイサツし顔を上げた蓬莱山輝夜は、どういうわけかその口元を”紅・殺”という文字の刻まれたメンポで覆っていた。
「ドーモ、輝夜=サン。 妹紅です」
アイサツを返した妹紅も宿敵の姫同様にメンポを付けていたが、こちらは”輝・殺”である。
「……妹紅!」
「……輝夜!」
両者同時にジュー・ジツの構えを取る、しばしの間にらみ合う二人の瞳にあるのは、紛れもなく本気の殺気であるのは、戦闘経験のない一般人でも感じ取れるだろう。
「「死すべし! 慈悲はないっ!!!!」」
少女らの声が重なったのと、その両者の距離がワン・インチまで縮まったのは、この小説の読み手でニンジャ動体視力を持たぬ者には同時に視えたであろう。
ましてや、実際ニンジャめいた速さで繰り出されている拳や蹴りの応酬は、視る事すらかなわないかも知れない、そんな戦いを輝夜と妹紅は繰り広げていた。
「……またやってるんですかぁ……」
その呆れきった呟きは、ニンジャ動体視力はなくとも月の兎動体視力でかろうじて二人の動きを捉えることの出来た、夏の新作の”東方紺珠伝”で自機化の決まった鈴仙・優曇華院・イナバのものだった。
”地上のムーン・ラビット”とも呼ばれる彼女がこの場所を通りかかったのは、〈人里〉へ薬を売りに行くその途中であり、今更二人のじゃれ合いを……もとい、殺し合いを止めるでも観戦しようと思わない。
ましてや、どこぞのツッコミ大好き吸血鬼のように月の兎動体視力って何よ?とツッコミをする気もないのが彼女だ。
「……まぁ、怪我だけはしないでくださいよねぇ……」
実際ニンジャめいた……否、すっかりニンジャ化した少女らにそんな無理な事を言ってから、巻き込まれないうちにさっさと退散していく鈴仙であった。
湖の傍に経つ〈紅魔館〉は人ならざる者達が住む洋館である。
紅く塗られた不気味なその屋敷を振るわせんばかりに「どこぞのツッコミ大好き吸血鬼って誰のことじゃぁぁあああああああああああっっっ!!!!?」という少女の怒鳴り声が響き渡った、そんな五月のある日であったとさ…………。




