悲しみのフランドール・スカーレット編
月明かりに照らされた〈紅魔館〉の色は不気味な紅色だと感じるのは、今の時刻が午前二時、草木も眠るウシミツ・アワーだからであろうか。
そんな〈紅魔館〉の地下で暮らす”悪魔の妹”ことフランドール・スカーレットがこんな深夜に起きているのは、彼女が吸血鬼だからというのも確かにあるがそれだけではない、最近ハマっている擬人化した艦船少女を育成するゲームに熱中していれば、こんな時間にもなったのである。
「…………うにゃにゃ……」
イスに座りデスクトップのパソコンの画面を見据えるルビーめいた紅い瞳を充血で更に赤くし目が半開きなのは、数日間もまともに睡眠を取っていなければ吸血鬼とて限界もこようというものだ。
だから、フランドールがマウスをクリックしカチッという小さな音を出したのは必ずしも彼女の意思ではなかったが、コンピュータに慈悲はなかった。 「……はっ?」と気が付いた時にはすでに手遅れであった、それを夢ではなく現実のものと認識した瞬間に眠気のすべてが吹き飛んだ、それほどの衝撃だった。
「……ちょ! 嘘……ナンデ!? アイェェエエエエエエエエエエッ!!!!?」
金髪の少女のこの世が終わりを告げたかのような悲痛な悲鳴が、深夜の紅い洋館に響き渡った。
「……いったいフランはどうしたのよ?」
主人であるレミリア・スカーレットの問いに対して背後に控える”吸血鬼のメイド”の十六夜咲夜は、「……さぁ? 私にも解りません、お嬢様……」と答えるしかない。
東方のゲーム本編とは違うゲーム・オタで引き篭もりのフランドールが朝食の席にいるのはかなり珍しい事だったが、彼女は自分の席に着いた後は茫然自失といった表情で咲夜の用意したトーストとハム・エッグに手を付けようともしなかった。
元より思考が理解不能な妹であったが、流石にこの状況下であれば心配にならない程に薄情な姉では、レミリアはなかった。
ちらりと親友である”知識と日陰の少女”であるパチュリー・ノーレッジへと視線を向ければ、紫の髪の魔女は手に持っていたティーカップを置くと首を無言で横に振ったので、この子も事情は知らないのねと解った。
「いったい、どうしたのよフラン?」
仕方なく本人に聞いてみると、「……お姉さま」と目元に涙を滲ませて自分に向けてきたその表情は、実際親しい者でも亡くした時のものだと思えた。
「”長門”が……”長門=サン”がぁ…………」
「……長門……サン……?」
命ある生き物であっても単なる物のように何の躊躇いもなく破壊するはずのフランドールがおよそするとは思えない悲しみに満ちた顔である、いかにこれが二次創作であってもその事も不可解だったが、そもそも長門って誰?なレミリアは、またも咲夜を見た。
しかし、今度も首を横に振る銀髪で青い瞳の人間の少女である。
だが、パチュリーは何か思い当たることがあったようで「……あなた、まさか……やらかしたの? 大破進撃を……?」と問うその表情は、わりと深刻そうなものだ。
それに対してフランドールがコクンと小さく頷くと、顔に手を当ててあちゃ~となったパチュリーの、そんなやり取りはレミリアにはさっぱり解らない。
なので、「何なのよ、いったい?」という言葉は少し苛立ったものだ。
「……フランの”長門”が轟沈したのよ、レミィ」
口調こそ淡々としたものだったが、その表情にはフランドールに対するいたわりが見えた。
「……はぁ?……長門と書いてヨメ……ナンデ?」
ますます解らなくなり素っ頓狂な声を出した主人の後ろで「……ああ、そういうわけですか」と納得した声を出したのは咲夜。
「おそらくは、妹様のおやりになっているゲームの話だと思われます、お嬢様」
「は?……ゲーム?」
「はい、オタク……いえ、ゲームやアニメに深く熱中している方々はお気に入り
キャラクターを”嫁”と称すると聞いた事がありますので……」
そう説明する咲夜が苦笑を浮かべたのは、東方のキャラである自分達も無関係な他人事ではないからだ、あっちのセカイでは実際どれくらいのニンゲンが自分たちの事を”嫁”扱いしているのだろうという想像は、正直いい気はしないものであるからだった。
そんな従者の内心は知らないレミリアは、しばし呆然とした表情をした後に「何じゃそりゃぁぁあああああああああああああっっっ!!!!?」と大声を食堂に響かせた。
「たかだかゲームのキャラが死んだくらいでそんなにアヴァイヤッ!!!?」
レミリアが最後まで言えなかった理由は、フランドールが投げた白い皿がフリスビーめいて飛んできて彼女の顔面にめり込んだからである、そのフランドールの見事な投擲に「……ワザマエね」と感心するパチュリー。
「ふん! お姉様に私の……いえ、全国の提督の気持ちなんて理解出来ないわよっ!! まったく、お姉様にはヒトの心がないんだから! あんた血は何色よっ!?」
怒りと悲しみの表情を浮かべたフランドールが言い放った後で「……ナ、ナンデ……?」と言い残しテーブルにつっぷす様に倒れこんで気絶した”紅色のロリターナルデビル”のレミリア=サンであった……ナムアミダブツ。
「……わ、私は……ロリ……じゃな……ないわ……ぐわぁ……」
否、最後の気力を振り絞ったかのように顔を上げて呻き声ともツッコミとも知れぬ声を出したが、今度こそパタリと倒れそれっきり動かなくなった。
「お、お嬢様っ!?」
「……まぁ、今のはレミィが完全に悪いわね……インガオホーよ?」
実際毒物でも飲まされ殺害された被害者めいてテーブルの上につっぷした親友に、パチュリーは冷たく言った。
〈人里〉にある貸本屋の〈鈴奈庵〉で、「……ねえ阿求、戦艦ってさ……大きな鋼鉄の塊だよね?」と言ったのは、店の娘である”判読眼のビブロフィリア”、本居小鈴だ。
「……はぁ?」
借りていた本を返却に来ていた”九代目のサヴァン”稗田阿求は、友人でもある少女の唐突な質問に怪訝な顔をしたが、いつともの如くというべきか、カウンターの椅子に腰掛けて読んでいた本を見て「ああ、そういうわけか」と理解する。
小鈴が読んでいたのは、擬人化された艦船少女らのゲームのファン・ムックのようなものだったのである、今では自分達東方を凌ぐであろう勢いのあるそのゲームの薄い本を、阿求は夏コミ用に描いてみようかと思っていた。
人気のあるなしなどあっちのセカイの人間の都合と考える彼女には、そのゲームに対する嫉妬の感情はない。
「それはね、小鈴。 もちろんリアルに存在する艦じゃないわよ? 擬人化された艦船……艦娘なのよ?」
「……カンムス?」
「戦艦の艦に娘と書いて艦娘よ」
いつもの事ながら妙な日本語が飛び出したものだと思いながら、そういえばそんな単語がこの本に書いてあったと思い出して、そんな読み方をすると知った。
「……と言うか、興味あるの? 小鈴?」
「ん? 別に。 読んでて何となく気になっただけよ?」
聞いてはみたものの、答えはだいたい予想はしていても、多少は期待はしてしまうものだ。 本好きであるオタ関係の知識もないこともなく偏見も持っていなくても自分ではそっちの世界へ足を突っ込む気はないのがこの飴色の髪の少女だとは分かっていてもだ。
「まー、そうだろうとは思ったわ」
だから、そうぼやいて見せながら思い立ったが吉日であるしこのゲームに関する資料となりそうな書籍を探し始めた阿求であった。
無限に広がるかに思える大海原、その上にヒトが浮いていると想像出来る船乗りはいないだろうが、そこには実際浮いているヒトがいるのである。
長い金髪のいくつかに端を束ねた八雲紫がそんな事が出来るのは、彼女が”境界の妖怪”とも呼ばれる〈幻想郷〉きっての大妖怪で空を飛ぶことなど造作もないからである。
「……だいたい、この真下……か」
誰にともなく呟きながら金色の瞳が見下ろしている海面の、更にそのずっと下には大昔の戦争で沈んだ”武蔵”という名の艦があるはずだった。
テレビのニュースで多少騒がれたから何となくの気まぐれ程度で来てみた彼女の顔は、つまらなさげであり冷めていると言っても良い。
ミリタリー・マニアのように戦艦という人殺しの兵器にロマンを感じる事もない紫にしてみれば、この真下にあるのは単なる古い鉄の塊に過ぎず、もっと言えば綺麗な海に沈んだゴミでしかない。
もちろん、そういったニンゲンの考え方も理解は出来る程度の年月は重ねている紫ではある。
「……いえ、棺桶と言うべきかしらね」
無意識にそんな言葉を口にしていたの気が付いて、そんな自分を少し可笑しく思えた。
どれだけの戦闘力を誇る戦艦も、豪華な客船であっても沈めば乗組員や乗客の棺桶にしかならない、そしてそんな鋼鉄の棺桶はこの広い海にどれだけ沈んでいるのかを、少しだけ知りたいものと思った。
もっとも、その棺桶の数はニンゲンが存在する限り増え続けるのだろうとも思うが、それも紫にはどうでもいい事といえばどうでもいい事だった。
「愚かしい行為で無意味に海の棺桶を増やさぬよう……せいぜい努力しなさいな?」
愉快げな、しかし邪悪にも思える笑みを浮かべながら、そんな戒めめいた言葉を聞いたニンゲンは、当然いなかった。




