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春を告げる妖精とお嬢様のツッコミ編


〈博麗神社〉とは博麗のWAKIMIKOである少女の博麗霊夢の住まう神社である、その”楽園の素敵なシャーマン”の霊夢はそんじょそこらの巫女ではなく〈幻想郷〉の秩序を保つべく妖怪退治を生業とするミコ=サンなのだが、いろいろと事情があり彼女の神社へ人間の参拝客が訪れる事はあまりなかった。


 「どやかましいわぁぁぁあああああああああっ!!!!!」 


 箒を使い神社の境内を掃除していた霊夢が唐突に天に向かって怒鳴り声を上げた、その茶色い瞳の睨む先には白い雲の浮かぶ青い空があるだけ……のはずだったが、不意に白い物体が横切った。


 「春なのですよ~~~~~!」


 暖かく穏やかな風に乗って聞こえてくる少女の声に、「……リリーホワイトね……」とその名前を呟くと、霊夢の黒い髪の毛に何かが張り付いた、それを手に取ってみて薄紅色の花びらだと判る。

 それから周囲を見渡してみれば、先程まで三分咲きといったところだった境内の桜の木が一斉に満開に近い花を咲かせていた。


 「……春を告げる妖精のリリーホワイトかぁ……」


 今年もまた〈幻想郷〉に春が来たのかと、そんな事を実感する霊夢であった。




 レミリア・スカーレットの暮らす紅い洋館である〈紅魔館〉では、主人である青みがかった銀髪の吸血鬼少女が中庭のテラスで午後のティータイム中であった。


 「……春ねぇ……」


 お茶会用の白いテーブルの上のティーカップの中の紅茶を見つめながら、誰にともなく呟くと、テーブルと同じ白い椅子に座る彼女の背後に立つメイド服の少女は「……春ですね」と相槌を打った。

 銀髪の髪の毛のサイドを編んだこの青い瞳の少女の名は”吸血鬼のメイド”こと十六夜咲夜、人ならざるものが暮らすこの〈紅魔館〉唯一の人間にしてメイド長の職にある少女である。

 そして彼女の前に座っている見た目は十歳前半程度の少女こそ咲夜の仕える”永遠に紅くロリなツッコミ”のレミリア=サンであった。


 「……どういたしました、お嬢様?」


 主人の顔が僅かに引きつったのを見逃しはしない咲夜が尋ねると「……何でもないわ」とレミリア、この暖かな春の陽気の中でツッコミなどしてやるものかと思っているのである。


 「それよりも咲夜、今年はもうあれ・・は来たのかしら?」

 「…………ああ、あれですか。 いいえ、少なくとも私は見ていませんね」


 すぐには何の事か分からず怪訝な顔をしたが、すぐにその意味を理解して答えた、もっともレミリアも中庭の様子を見れば分かって言った事であるのは、単に話題を逸らすためである。


 「そう。 まぁ、そのうちやって来るでしょう」


 そう言いながら優雅なしぐさでティーカップを手に取り口へと運ぶ、そして一口啜ってから顔をしかめたのは、味に奇妙な違和感を感じたからである。


 「……咲夜、あなた……今日の紅茶に何を入れたのかしら?」


 ギロリと睨むような主人である少女の紅い瞳にも穏やかな笑顔を崩さないで「はい、バイオなスモトリの肉片です、お嬢様」と答える青い瞳のメイド少女だ。


 「……バイオな……スモトリ……?」

 「はい、バイオなスモトリです」


 いったい何を言っているんだ?と言いたげな表情のレミリアと、それ以上の説明はいらないだろうという風に微笑んでいる咲夜の二人、僅かな時間を何ともいえない沈黙が場を支配した。

 当然と言うべきかその沈黙を破ったのは、バイオなスモトリが何であるかを思い出したレミリアのツッコミの怒鳴り声であった。


 「……ってっ!! あんなゲテモノを紅茶に入れんじゃないわぁぁぁあああああああああああっ!!!!!!!!!!」


 そのレミリアの音量は比喩でも誇張でもなく実際突風めいて周囲の庭木等を震わせていた、その直後に「きゃっ!?」と悲鳴を上げたのは、キョトンとした顔の咲夜ではない。


 「……あ……!?」

 「あらあら……」


 レミリアと咲夜が声のした方を見れば、「アイエェェェエエエエエっ!!?」と逃げ去っていく”春を運ぶ妖精”リリーホワイトの姿があった。


 「…………春が……去った……?」

 「お嬢様……やってしまいましたね……」


 してやるものかと思っていてもついツッコミをしてしまった事と、そのツッコミが招いた結果に愕然となる”紅色のロリターナルデビル”であった……。


 「だぁぁああああああっ!!! このアホ文士ぃぃいいいいいっスッゾオラァァァァアアアアアアアアアッ!!!!!」 




   



 「……おや? こんなところで何をしておるのだ?」


 〈魔法の森〉から〈人里〉へ道を歩く道を不意に声をかけられた”判読眼のビブロフィリア”である本居小鈴が振り返ってみれば、そこにいたのは彼女の家である貸本屋の〈鈴奈庵〉の常連客である女性の姿があり「あなたは……!」と声を上げた。

 小鈴が密かに憧れているその女性は、実は”捕らぬ狸のディスガイザー”の二つ岩マミゾウという妖怪であるのは、彼女はまだ知らない事である。


 「こんな所で会うとは、珍しく〈博麗神社〉にでも行っておったのか?」


 妖怪退治を生業とする巫女の神社ではあるが、道中の危険さもあって参拝に行こうとするものもそうはいないが、それを抜きにしても小鈴はまめに参拝をしようとする

程に信心深い娘ではないのをマミゾウは理解していた。


 「あ……いえ、用があったのは〈香霖堂〉です……」

 「ああ、森近霖之助の古道具屋かい。 それはそれで珍しいが……」 


 そうは思っても、ありえない話ではないとも思うのは「そうですか? 実は〈外界〉の珍しい本が入ったと魔理沙さんから聞いたもので……」という事だ。


 「ふむ……まあ、そんなところであろうな」


 自分の予想通りだった事に納得し頷いてから、どうしたものか?と言いたげに少し思案顔になったのは、これからこの少女と〈人里〉へ行こうかと、そんな事を思いついたからである

 彼女自身は実は〈博麗神社〉へと向かうところだったのである、その目的は単に偶には霊夢と飲むのも良いかという気まぐれであった。 

 だから、このまま小鈴と〈人里〉へ行くのも問題はないと言えばないと、そんな発想が浮かぶのは自分がこの人間の娘を気に入っているからだとは自覚してはいる。


 「……ん?」


 そんな事を考えていたときに頭上から声が聞こえたような気がして見上げてみれば、白い服をまとった妖精が通り過ぎて行った。


 「あれって…………」

 「うむ、リリーホワイトであるな」


 驚いた表情の小鈴に答えつつリリーホワイトの飛んでいった方向を見つめて、その先に〈人里〉があると知る。


 「〈人里〉に春を告げに行くのか……」


 春告精とも呼ばれるリリーホワイトだけあって彼女がするのは本当に春の到来を告げて周るだけであっても、それがきっかけとなって春の植物が芽吹くので彼女が春を運んでくるように見えなくもない。

 実際に先程まではつぼみだった筈のタンポポが道の片隅で黄色い花を咲かせているのに気がつけば、マミゾウでもそんな風な錯覚を覚えないでもなかった。


 「……ふっ……」


 不意にマミゾウが笑ったのはそんな事を考えた自分が可笑しかったのか、それとも別の理由なのかは不明であり、その程度の想像も出来ない小鈴に到ってはキョトンとした顔で「どうしました……?」と尋ねるだけである。


 「ふふふふ、何でもないわい。 さて、こうしておっても仕方ないし〈人里〉へ行くとしようかの?」


 名前を暗示するかのように小さな鈴の髪留めを付けた少女にマミゾウが向けた笑みは、穏やかで優しいものだった。




 十六夜咲夜が買い物なので外へ出かけるのはそれほどに珍しい事でもないのに「どうしました、咲夜さん?」と門番である”中華小娘”の紅美鈴が声をかけたのは、買い物は午前中に行って来たはずだからであった。

 何か買い忘れた物でもあったのかもとも思うが、彼女に限ってそんなミスをしたとも美鈴には思えなかった。


 「ええ、お嬢様の命令で”春”を探しにね」

 「……は?」


 冗談めかした言い方のメイド長の言葉に意味は赤髪の門番少女にはすぐに理解出来ずに素っ頓狂な声を出してしまう、役職としては自分が上であってもこの屋敷に仕える者としては先輩となる美鈴のその様子を可笑しそうに笑う。


 「うふふふふふ、リリーホワイトの事よ」


 先程のテラスでの事を説明されると「あーそういう事ですか」と納得する美鈴。

 別にリリーホワイトが来なくては春にならないというわけでもないが、あの妖精が来ないと何となく程度であっても春がきた気がしないという事だろうと思う。

 それは、例えばクリスマスにツリーを飾っていないと何となく物足りないと感じる、ツリーがあろうがなかろうが十二月二十五日になれば毎年クリスマスはやってくるのにだ……そんなものであろう、どんな些細なものであっても、それが当たり前となればその存在は案外大きくなっているものだ。

 そのリリーホワイトが春を告げるのを当たり前とする〈幻想郷〉の感覚をレミリアも持ってきたという事実は、彼女がすっかり〈幻想郷〉の一員となっているという事は、美鈴にとっては喜ばしいことであった。


 「はいはい。 なら、気をつけて行って来てくださいね、咲夜さん」


 だから、嬉しそうな顔で咲夜を見送っていたのであった。

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