今年のバレンタインは大騒動編
満月まで後数日くらいの月に照らされた紅い洋館がどこか不気味であるのは、そこが吸血鬼の少女が支配する妖怪達の住まう館だからである。
〈紅魔館〉という名のその屋敷で唯一の人間にしてメイド長の職に”吸血鬼のメイド”の十六夜咲夜は、間もなく日付が二月十四日になろうというこの時刻に厨房にいた。
「……さて、これで良しっと」
使っていた鍋などの調理具を洗い終えた彼女はそう言ってから作業用のテーブルの上にある白い箱を見やった、先程作った”ある物”が入ったその箱を、後はラッピングするだけである。
「さあ、もうひとがんばりですね」
洗った調理器具をすべて拭き終えた後に自分の濡れた手を拭きつつ短い銀色の髪のサイドを編んだ少女は微笑んだ。
その同時刻に〈紅魔館〉の別の場所、豪華な天蓋付きベッドの置かれたある人物の寝室では、部屋の主にしてこの館の主でもある青味がかった銀髪の少女がそのベッドの上にあぐらをかいていた。
「……咲夜の分とパチェの分……フランに美鈴と……」
プレゼント用のラッピングがされた包みを並べながら呟くこの少女こそレミリア・スカーレット、【運命を操る程度の能力】を持ち”紅色のロリターナルデビル”や”永遠に紅く幼いツッコミ”の異名を持つ恐るべき吸血鬼少女である。
「この書き手ぉぉおおおおおおっ!!!! いったいどんだけこのワンパターンなネタやれば気がすむんじゃいぃぃいいいいいいっっっ!!!!!」
勢い良くベッドの上で立ち上がり天に向かって叫ぶレミリアのツッコミは、実際紫の汎用人型決戦兵器の咆哮めいていた。
そんなこんなでお約束もすんだので次は〈紅魔館〉地下の〈大図書館〉である。
「お約束とか言ってんじゃないわぁぁあああああああっ!!!! スッゾオラァァァアアアアアアアアッッッ!!!!!」
ランプの明かりが照らしている薄暗い〈大図書館〉にいる”知識と日陰の少女”パチュリー・ノーレッジはふと親友である少女の声が聞こえたような気がして天井を見上げたが、いくらなんでもこんな地下室にまで声が届くはずがないと思い直した。
「……さてと」
ランプの明かりに照らされた実際どこか不気味に移るパチュリーの紫の瞳が見つめるのは、木製の机の上に置かれた二つのダンボール箱である。
ひとつはレミリア用でもうひとつは小悪魔のツカサ用のプレゼントである、どちらもパチュリーの薄い本から選んだお勧めの逸品であるから、二人ともきっと喜ぶだろうと考えている。
そんな感じで住人たちがすごしている〈紅魔館〉の屋根の上に、一人の金髪の女が立っている事を誰一人として気が付く事はなかった。
翌朝の〈紅魔館〉が慌しかったのはレミリアらがそれぞれに用意していたバレンタインの贈り物がすべて忽然と消えていたからだけではない、残されていた置手紙の内容もある。
『ドーモ、紅魔館のミナ=サン、魔法怪盗ブラック★マリサです』
そんな出だしの手紙に食堂に集合した一同が愕然とした雰囲気になる中、「……魔法怪盗!? 何でっ!!? てか、どうして忍殺語っ!!!?とツッコミは決して疎かに出来ないレミリア=サンだ。
「……パチュリー=サマ、これは……」
「……ええ、サクヤ=サン。 間違いなくダーク・レイム=サンの関係者でしょうねぇ……」
だが、そんなレミリアのツッコミも半ば空気のようなものなってきている昨今では深刻な顔で話しているメイド長と魔女の少女の耳には入っていない。
「やっぱり、そうなんでしょうねぇ……間違ってもこっちのセカイのマリサ=サンという事はないんでしょうね? ツカサ=サン?」
「そう思います、メーリン=サン……彼女はパチュリー=サマの魔道書は盗んでもバレンタインの贈り物を盗みなんてしないでしょう?」
予想される相手が相手だけに美鈴の不手際だと責めることは誰もしないが、門番を任されている身としては責任を感じないではいられない”中華小娘”である。
この紅い屋敷の主要メンバーでバレンタインには誰にも贈り物をする気もなかったので唯一まったく被害のなかった”悪魔の妹”ことフランドール・スカーレットがここにいるのは、単に朝食を摂りに来てこの騒動に出くわしたというだけの事だ。
「どっちかなんてこいつにインタビューすれば分かるでしょう? そんなのいいから早くゴハン作ってよね、サクヤ=サン!」
だから、彼女にとっては実際どうでもいい事なのである。
「てかっ! 鬱陶しいから忍殺語はやめんかぁぁああああああっおのれらぁぁああああああああああああっ!!」
五百年も生きているとは見えない実際幼い少女のような身体を、ワナワナと震わせていたレミリア=サンが堪りかねたという様子で目を吊り上げシャウトしたのに、全員の驚きの視線が彼女に集中した。
「おのれもじゃぁっ!!!! この書き手ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!」
更には天井に向かって怒鳴り声を上げるレミリアの姿に、咲夜達は全員で顔を見合わせた後で「「「「「はぁ~~」」」」」と揃って小さく息を吐いた。
「……まぁ、いいわ。 それで? 手紙には他に何が書いてあるの?」
「……はい、パチュリー様。 それがですね……」
何事もなかったかのように話を再開する親友や従者達に、最初からそうしなさいよと思うレミリアは、ひょっとしたらみんなして自分をからかって遊んでいたのでは?という考えが浮かんだ。
しかし、それを声に出さなかったのは、もしも肯定されたら嫌だと思ったからである。
〈命蓮寺〉のトップに立つ僧侶である”封印された大魔法使い”こと聖白蓮が寺にある墓地へとやって来たのは、親しい者達へ日頃お世話になっている感謝のチョコを配っていたからであり、この場所には”愉快な化け傘”の多々良小傘がいると思ったからである。
その聖が「……これは……ナンデ?」と目を点にしてしまったのは、巨大なタンコブを水色の髪の頭に作り気絶している小傘の傍に”毘沙門天の弟子”の寅丸星が寄り添っていたからであった。
「聖……」
犯人と疑われてもおかしくはない状況ではあったがやましい事がないのにうろたえる寅丸ではなく、聖もまたそんな彼女を疑う事はしない。
「星、これはいったいどうしたのですか?」
「いえ、私も良くは……ただ、それらしい声と音を聞いただけですので……」
「……声と音?」
彼女の説明によると偶々墓地を通りかかった時に「うらめしや~~~!!」と小傘が誰かを驚かす声が聞こえ、直後に「どわぁぁああああっ!!!?」という女の子の声に続きピコッ♪と音と小さな爆発音が響き、最後は「アイェェエエエッ!!?」という化け傘少女の悲鳴だったという。
「…………はぁ?」
最初以外の状況が聖にはまったく頭に浮かんでこなかったが、小傘が誰かを脅かそうとして返り討ちに会ったのだろうとだけは分かる。
「まあ……インガオホーと言えばインガオホーなのでしょうけど……」
それにしてもここまでされるいわれはないだろうにと、気の毒そうな表情で白目を剥いている小傘を見つめる聖であった。
日暮れも近い〈幻想郷〉の某所に小悪魔のツカサが一人でいるのは、ブラック・マリサからの手紙に彼女が一人で来なければ盗んだ物をすべて廃棄してしまうとあったからだ。
無論、ツカサ一人で行かせる事を悩まないレミリア達ではなかったが、他にどうしようもないと行く事を彼女自身で決めたのだ。
「そろそろ、指定された時間のはずですが……」
オレンジ色に染まり始めた空を見て呟いた時だった、「……ふふ、良く来たな」という背後からの声に振り返ったツカサは、目を見開き硬直した。 そこのブラック・マリサと奇人正邪がいるだろうとは思ったが、一緒に何十人もの戦闘員風の男達を連れているとは流石に思っていなかった。
「だからぁぁあああっ! ”奇人”じゃなくて”鬼人”じゃぁぁあああああああああああああっっっ!!!!!」
天に向かい唐突に叫ぶ正邪を愉快そうに見ているブラック・マリサの容姿は当然と言うか霧雨魔理沙と同じであるが、白黒の衣装ではなく黒一色のゴシックな服を纏っていた。
そしてその背後には全身を黒いタイツのような服で覆い覆面を被った怪しげな集団が、彼女の命令を待っているかのように整列している。
「ちょ! そんな……」
誰が見ても絶体絶命な状況に顔が青ざめるツカサに、ブラック・マリサはにやりと笑いながらパンと手を合わせた。
「ドーモ、はじめまして……ツカサ=サン。 ブラック・マリサです」
「……はっ!?……ド、ドーモ、ブラック・マリサ=サン。 小悪魔のツカサです……」
そんな精神状態であってもきっちりとオジギをしてアイサツを返すのは、主人であるパチュリーの教育の賜物だった。
「ふ、安心しろよ。 いくらなんでもこれでお前と戦おうとは思ってないぜ?」
「……え?」
「こいつらはただのギャラリー、そして今回のあたしはただのジャッジだ」
その言葉が合図だったかのように戦闘員風の男達が一斉に駆け出しツカサと正邪をぐるりと取り囲んだのに、ツカサは彼女の言葉の意味を理解する。
「つまり、リトバス式決闘法で勝負しようと言うのですね? ブラック・マリサ=サンっ!」
「ふふ、そういうこった。 ツカサ=サン!」
リトバス方式の決闘とは、互いに自前の武器や能力を使わずにギャラリーが投げ入れた武器を無造作に取ってそれのみで戦うというものである。 八雲紫曰く”このセカイの〈幻想郷〉に伝わる決闘法であるとの事だが、それが真実なのかは稗田阿求でも分からないらしい。
いずれにせよ、これであればツカサでも十分に勝てる可能性はある……と言いたいが、相手が正邪ならばどっちかというと武器しだいでツカサが負ける可能性が上がったというべきかも知れない。
「だぁぁかましぃぃぃいいいいっ!! スッゾオラァァァアアアアアアッ!!!」
またしても天に向かい吠える黒髪に赤白メッシュの少女に、流石に鬱陶しそうな顔で「そんなのどうでもいいから、勝負始めるぞ」とブラック・マリサ。
そしてその彼女がすっと右腕を上げると戦闘員らが一斉に武器を投げ入れる、それらの武器を目を瞑って無造作に掴む正邪とツカサだ。
「これだっ!!」
「これですっ!」
武器を掴むや否や目を開きそれが何か正邪は勝ち誇ったように笑うと手にした武器をツカサに見せ付けた。
「くっくっくっくっ! この勝負、あたしの勝ちだ! この義理ちょ〇っこであんたを地獄の底に……行かせられるかぁぁあああああああっ!!!!!」
しかし、すぐに愕然となって絶叫する。
そんな正邪の事をツカサは見ていなかった、それは彼女が手にした武器は何と女の子だったのである。
年齢は十歳くらいで天辺にアホ毛が生えた長い銀髪のその女の子は、自分が手を繋いでいるツカサをキョトンとした蒼い瞳で見つめていた、流石に予想外の事に戸惑ってしまう。
「……え~と、あなたは……誰?」
ツカサの質問に女の子が答えるよりも早く、「あーーー!! あんたはっ!!?」と正邪が声を上げた。
「ちょ!……ど、どうゆう事なのよっ!!?
「落ち着け、正邪! 単に通りすがっただけだろう? 別に通りすがり魔女を武器にしてはいけないというルールはないぜ?」
「何をどうしたらこいつが通りすがるんですかぁぁあああああああっ!!!!」
正邪とブラック・マリサのそんな会話の意味がさっぱり分からずに呆然となってしまうのに「……あーーどーゆーこと?」と銀髪の女の子が聞いてはくるが、それはツカサが知りたい事であった。
「……ともかく埒も明かないしとっとと勝負を開始するぞ?……と、その前に補足だ。 この決闘では基本的には自分の武器等は禁止だが、武器として投げ入れられたお前は別に何でも自由に使っていいぞ」
ブラック・マリサに言われた女の子はしばらく考え込んだが、やがて閃いたという風な顔でパンと手を合わせた。
「何だか分かんないけどよーするに、あのヘンテコな子をあたしがぶっとばせばいいのね~~♪」
「ヘンテコ言うなっ!」
物事を深くは考えない性格なのかぱっと見で状況判断するとそれ以上は迷いもせずに前へ進みでた、そんなやる気十分の女の子にブラック・マリサは満足そうに頷くと「じゃー勝負開始だぜ!」と右腕を掲げて宣言した。
「おっし~~♪ 《エターナル・ピコハン》~~~♪」
女の子の左腕のブレスレットが光輝き彼女の身長ほどの巨大なピコハンへと形を変えた、そしてそれを両手で握り締めるとタッタッタと駆け出す。 その様子を本来の決闘者であるツカサはぽかーんとした表情で見ているだけだ。
女の子の疾走するスピードは実際速くはなかったが、それでも混乱状態にあり反応が大きく遅れた正邪との距離はあっという間に縮まり、今やワン・インチ距離だ。
そして躊躇することなく《エターナル・ピコハン》を振り上げながら大地を蹴って跳んだ。
「あたしはエターナ~、時間泥棒の魔女のエターナちゃんよ~~~♪ 【エターナ・インパクト】いっけ~~~~~~!!!!!」
「どひぃぃいいいいっ!!!! せ、宣伝乙ぅぅぅうううううううううううううううっ!!!?」
直後にピコッ♪という音がし、続いてボン!という爆発音、そして最後には正邪=サンの「アイェェェエエエエエエエッ!!!?」という断末魔の悲鳴だった……。
日付が変わるまで後一時間程、どうにか全員に用意したチョコを配り終えたレミリアはようやく落ち着いたわねと思いながら自室の一人椅子に座り寛いでいた。
「まったく、とんだバレンタインだったわねぇ……」
自分で何かをしたわけでもないが、ブラック・マリサなる人物も現れてこれからの事を思うと異様に疲れたように感じる。
「まぁ……」
小さく息を吐きながら視線を自分の天蓋付のベッドの上に置いてある親友や従者達からの贈り物へと移し、「……今回はこれで良しとしとこうかしらね」と笑うレミリアであった。
某所にある〈黒博麗神社〉の客間では、この神社の巫女と友人の魔法使いがちゃぶ台を挟んで向かい合っていた。
「……しかし、マリサ。 あんたもこっちに来るとはねぇ……」
湯飲みの緑茶を一口啜ったダーク・レイムが言う。
「まーな、あっちにいても退屈なだけだしなぁ……」
そんな風に答えながら茶請けの煎餅を手に取るブラック・マリサ、彼女もダーク・レイム同様にゲーム本編ともこの小説とも違うセカイからやって来た存在だ。
「ふ~~ん。 じゃあ、あんたもしばらくこの小説に居る気なのマリサ?」
「ああ、そのつもりだぜ、レイム」
ダーク・レイムはたいして関心がなさそうにそれだけ言った、別に歓迎する気もないが迷惑になるでもないので居たければ勝手にすればいいという事なのだ。
ちなみに、同時刻の〈黒博麗神社〉の地下にある〈煉獄の間(仮)〉では、二メートルはある巨大なブロック状のチョコレートが置かれていて、そこから滝のように涙を流している鬼人正邪の頭が生えていた。
「ううう……八百九十……」
天井から滴り落ちてきた水滴が頭に当たる、彼女はこれを一万まで数えるまでずっとこのままなのが、今回の任務失敗のオシオキであったとさ。
……ちなみに、これを正邪ちゃんや南斗双〇拳の使い手の兄弟以外でやると大変危険なので決して真似をしてはいけない……。
「だぁぁあああああっ!!! あたしでも危険だっつうのぉぉおおおおおおおっ!!!! てか、今時の若いもんがこのネタ知ってるaくぁぁあああああああああああああああっ!!!!!!!」




