お嬢様の新しい年の始まり編
〈幻想郷〉に初日の出が上った朝、その太陽の光もあまり届かず薄暗い〈迷いの竹林〉で数メートルの間隔を置き対峙する二人の少女がいた、赤いモンペ姿の白髪の人物と長い黒髪に豪華な着物を身に纏ったその二人は、互いを威嚇するかのようににらみ合っていたが、不意にどちらからともなく両手を合わせてオジギをした。
「ドーモ、明けましておめでとうございます、カグヤ=サン」
「ドーモ、明けましておめでとうございます、モコウ=サン……」
新年のアイサツを終え再び顔を挙げた少女らは、無言のまま真剣な表情で戦闘態勢をとる。
「輝夜……」
「妹紅……」
憎しみを込めた声で相手の名を口にし、一呼吸の間をおいて両者同時に地を蹴った……。
「「殺すべしっっっ!!!!」」
二人とも徒手空拳ではあるが、その動きは実際ニンジャめいていた。 ニンジャ動体視力を持たない常人にはとても目で負いきれぬスピードで竹林の中を動き回りパンチやキックを繰り出して攻撃していく。
その戦いを呆れた顔で観戦しているのは、ニンジャ動体視力はないが常人とは呼べない存在の上白沢慧音と八意永琳である、それぞれに妹紅と輝夜の保護者的な立場の女性は戦いを止めるでも加勢するでもなかった。
「まったく……正月の元旦くらいのんびりとすれば良いものを……」
塔の天辺の様な変わった帽子を被った慧音がわざとらしく大袈裟な溜息を吐いてみせると、青と赤の二色で構成されたどこか看護師の制服にも似た服の永琳も「まぁ……そうね」と同意した。 基本的には二人の殺し合いには肯定的な月の都出身の薬師であるが、新年早々からお雑煮もおせち料理も食べる事もなく、まず殺し合いを始めようというのは流石にどうかと思う。
「……まぁ、流石に後でお説教でしょうか……」
主人である姫とその宿敵の二人の事に限れば殺し合い=じゃれあいという認識の永琳が誰にともなく小さく呟くのに、確かに妹紅にもきっちり言っておかないとなと思う慧音であった。
元旦の〈博麗神社〉は賑わっていたが、それは神社の巫女の少女の希望とは大きく違っていた。 何故なら神社に集まっているのは初詣の参拝客ではなく、〈紅魔館〉のレミリア・スカーレット主催の宴会に参加しようという妖怪達が大半だったからである。
鮮やかな赤い敷物や重箱入れられ和風の料理の数々は、日本の正月らしい雰囲気を出そうという〈紅魔館〉のメイド長の意向だ。
「ドーモ、ミナ=サン。 明けましておめでとうございます」
「いきなり誰に言ってるのっ!!?……てか、忍殺ネタはいい加減にせんかぁぁぁああああああああっっっ!!!!!」
そのメイド長の十六夜咲夜が唐突にここには居ないニンゲン達に新年のアイサツをすれば、主人である吸血鬼少女の切れ味の鋭いツッコミが新年から炸裂する。
そんな光景に「……あの二人は今年もいいボケとツッコミのコンビになりそうね」とボソッと呟くのは、同じ敷物の上に座り日本酒の入った杯を手にしたパチュリー・ノーレッジ。
いっその事、コンビを結成して今年のTHA MANZAIにでも出場してみたらいいんじゃないかしらと思ったりもしていると、「そこっ! ボケとツッコミとか言わないっ!!!!」という親友の怒鳴り声にギョッとなったものである。
「ちくしょ~~~来年こそは~~~~!!!!!」
そのパチュリーがふと見れば宴会場の片隅で博麗霊夢がやけ気味に叫んでいた、すでに相当飲んでいるのか顔が真っ赤である。 そんな霊夢に絡まれて迷惑そうな霧雨魔理沙であるが、それはパチュリーには関係のない話である。
そんなこんなで、まだお昼にもだいぶ時間があるのだがすっかり盛り上がっていた宴会に「楽しい楽しい新年会もそこまでだっ!!!!」という男の叫び声が響いた……が、宴会を楽しんでいた妖怪少女達のほとんどはそんな声など聞こえなかったというように飲め歌えやの騒ぎを続けていて、残りの僅かな者も声の主のいる神社の瓦屋根の方を一瞥しただけで特に気にもしなかった。
「……ってっ! おい、こらっ!!!!! ダーク・レイム様に召喚された、この転生チート戦士のジーン・ギスカーンを無視すんなっ!!!!!」
抗議の声を上げた男の風貌を一言で言うならタキシードを来た羊人間であった。
ちなみに、先程ほとんどの少女達はこいつの存在を無視したと言ったが、この宴会の主催である〈紅魔館〉の面々は別である、本音では無視もしたいが立場的に出来ないのだ。
「そろそろまた来るんじゃないかと思ってましたけど……やっぱり来ましたねぇ……」
バイトの門番である大魔王モンバーンのおかげでこの宴会に参加できている紅美琳がまったく危機感のない口調で言うと、この小説ではツカサの名を持つ小悪魔も「みたいですねぇ……」と頷いてから重箱の中の出しまき卵をお箸で摘んで口に運ぶ。
ちなみに”悪魔の妹”ことフランドール・スカーレットはゲーム仲間との新年のチャット会があってこの場にはいない。
「未年だから羊男……安易にも程があると思うけど……」
呆れたような面倒そうな表情で言ってから、ちらりと咲夜へと視線を向けるレミリアに、”吸血鬼のメイド”の少女は承知しておりますという風に頷いてみせる。
そして一歩前に進み出て青と白のメイド服のスカートの中へ手を突っ込むと、金属製の長い物体を取り出した。 それは無骨なデザインの銃器だった、かなりの重量がありそうなそれを華奢な身体つきの咲夜が両手で抱えている光景はどこか非現実的なものにも見える。
「……てか、スカートの中からライフルっ!? ナンデっ!!?……つーか、どうやって仕舞ってあったのよっ!!? 誰かがどう考えてもおかしいでしょうがぁぁぁああああああああああああああっっっ!!!!!!」
驚愕の表情でお嬢様のツッコミが炸裂している横で「……対戦車ライフルの《貫く者》……また、懐かしすぎる……と言うか、今時の”なろう”で知っているニンゲンがいるのかしらってネタねぇ……」とパチュリーの説明的な呟き。
この展開にはジーン・ギスカーンも驚きに目を見開いていた、銃器にはさほど詳しくないジーンでも咲夜の抱えているライフルはニンゲンが一人でで運用出来る大きさと重量ではないとは分かる。
「お……おい……」
いつもの事といえばいつもの事なのだが、一応は常人であった転生チート者の彼には異常すぎる展開に抗議をしようとしたが、上手く言葉が出てこないらしいジーンに狙いを躊躇なく定める。
「慈悲はないっ!!!!」
冷酷な声と同時に《貫く者》の引き金が引かれて元旦の〈博麗神社〉に轟音が響く……そして、一瞬の静寂の後に眉間を鋼の弾丸で貫かれたジーン・ギスカーンが苦痛の呻き声を発した、その直後……。
「……こ、こんなに易々と……やられる……のか……!?」
自身の身に起こった事が信じられないという表情な羊男が、糸の切れたマリオネットめいて崩れ落ちるのを確認にんする事もせずに《貫く者》を降ろしながら大きく息を吐く咲夜。
「ふぅ~……ナムアミダブツ、任務完了ですわ」
その彼女の背後では妖怪の少女達が面白い余興でも見ていたかのように「おお~!」と声を上げ拍手をしている中、紅い目を点にしたレミリアただ一人だけは口をあんぐりと開けた唖然としたお間抜けな顔になっていたのであった。
貸本屋の〈鈴奈庵〉の娘である本居小鈴が今日は店番をしていないのは、単に元旦から店が営業していないからという話である。 だからといって、ダラダラと寝正月を過ごしているわけでもなく、自室の机に向かい友人である稗田阿求から借りたライトノベルなる本を読んでいた。
彼女によると、外の世界で二本の作品がアニメ化されている小説家がとあるレーベルの小説コンテストに応募した作品らしい、自称勇者の代理人である少女と人を襲うこともない紅茶好きの心優しいドラゴンの物語を、小鈴は中々にいい話だと思った。
「う~ん……この作者の他の本も読んでみようかなぁ……」
少なからず興味を持った”判読眼のビブロフィリア”の少女は、かけていた眼鏡を外しながら呟くと、店の方に置いてある《外来本》にないか探そうと座布団から立ち上がった。
日もだいぶ傾き気温も下がってきても〈博麗神社〉の宴会は続いていて、宴会に参加している妖怪達には咲夜の手によるジンギスカンが振舞われていた。 ただし、妖怪限定という事で霊夢や魔理沙には配られていない。
「なぁ、咲夜?」
どこか腑に落ちないという様子ながら、それはそれとして他の料理を堪能していた魔理沙は偶々通りかかった〈紅魔館〉で唯一のニンゲンのメイドさんに声をかけた。
「ん? 何でしょうか?」
「ジンギスカンって羊肉の料理だよな? まさか……」
嫌な予感がしているというより十中八九そうだろうと”極めて普通のマジシャン”が確信しているのは、先に倒されたジーン・ギスカーンがいつものパターンと違い爆発四散しなかったという事と妖怪限定の料理という事を踏まえての事である。
「さて……それはどうでしょうかねぇ?……うふふふふ★」
銀髪のサイドを編んだ青い瞳のメイド少女が意味ありげな黒い笑いを浮かべるのに、これ以上何も聞く気にもなれずに大きく溜息を吐いた。 その直後に「おいし~の~だ~~♪」と聞こえてきた嬉しそうな声は”常闇の妖怪”ことルーミアのものだった。
何やら疑惑の料理も登場したが、そんなこんなで妖怪達の新年会は夜更けまで続き、次の日には酒の飲みすぎで昼過ぎまで爆睡していた”楽園の素敵なシャーマン”はひどい二日酔い状態でこの宴会の片付けをするはめになる。
そんなわけでこの年も〈博麗神社〉への初詣の参拝客はゼロであったとさ。




