冬が到来してもお嬢様は平常運転だね編
十一月ともなればだいぶ寒さが増して冬になったなと実感してくる、それが〈紅魔館〉の門番という仕事をいていれば尚更である。
「……そのうち雪でも降って来ますかねぇ……」
緑を基調とした中華風の民族衣装姿の紅美鈴は、曇り空を見上げて見てそんな事を思う。 〈幻想郷〉に来る前も来てからも冬になれば雪が降り積もるのを当然とする環境にあった美鈴ではあっても、やはり雪の降る中での仕事は大変であるのに変わりはない。
赤毛の門番の少女がそんな風に思っている頃、〈紅魔館〉の中庭にテラスを掃除していた十六夜咲夜は「……今朝はずいぶんと冷えるわねぇ……」と誰にともなく呟いていた。
昨日までは寒いと言うより涼しいと言えるような気温だったのに、今朝は秋から一気に冬になったという感じである。 未だに緑色の葉を枝に残す庭の広葉樹の木々もすぐその葉を散らして殺風景な景色を晒すのだろう、そうなれば冬の寒さもあって短い銀髪のサイドを編んだこの少女の仕える屋敷の主人の吸血鬼少女らがこの場所でお茶会をする事はしばらくはなくなる。
箒で白いテーブルの周りを掃いていた手を止めて庭を見渡しそんな風に思い冬の到来を感じた、とは言えまだ午後になれば気温も上がってくるかも知れないし主人であるお嬢様が中庭で午後のお茶の時間をしたいと言い出さないとも限らないので掃除に手を抜く事は考えない、そんな従者の鑑と言うべき真面目さを持つのがこの十六夜咲夜というこの紅魔の屋敷で働く唯一の人間にしてメイド長の少女の性格であった。
その彼女が仕えているお嬢様ことレミリア・スカーレットはその幼い外見からは想像も出来ない程の力を持ち、溢れんばかりのカリスマをもってこの〈紅魔館〉の頂点に君臨し”永遠に紅く幼いツッコミ”や”紅色のエターナルツッコミ”や”紅色のロリターナルデビル”の異名を持つ吸血鬼の少女である。
そんなレミリアは、今は一人で廊下を歩きながら小柄な身体を小刻みに震わせて拳を握り締めていた。
「だ~~~~!!!! 後半部分の所為で全然凄そうに聞こえんわいっこのドアホ文士がぁぁぁあああああああああああああああっっっ!!!!!!」
ついには堪りかねたという様子で両の拳を振り上げて叫び声を上げた、その光景を偶然に通りすがって目撃した妖精メイドのフェア・リーメイドはいきなりの事にビクッとしつつも「今日もお嬢様は平常運転ですねぇ……」と穏やかに笑うのであった。
「だんだんと冬らしい寒さになってきましたねぇ……」
〈人里〉にある〈鈴奈庵〉という名の貸本屋、その店の娘である本居小鈴が本棚の整理をしながら店内にいる一人のお客に話しかけた。
「そうじゃな、お主も風邪などひかぬように注意するんじゃぞい」
そのお客である着物姿の茶色の髪の女性は本を物色していた手を止めてそう返した、この〈鈴奈庵〉の常連客であり小鈴の憧れの人である彼女の正体は人間の姿に化けた二つ岩マミゾウ、”捕らぬ狸のディスガイザー”とも呼ばれる狸の妖怪であるのは、飴色の髪を鈴の形の髪留めで小さいツインテールにしているこの少女は知らない事である。
「はい、気をつけます」
人懐っこい笑顔で素直に返事をする小鈴であった。
三時のおやつには少し早い時間、昼とも夕方とも言えないこの時間にレミリアが地下にある〈大図書館〉を訪れたのは読みたい本があったからであるが、膨大な書籍が収められているこの場所で自分で探そうという気はないので親友であるパチュリー・ノーレッジか彼女の従者である小悪魔の姿を捜してみて、机に向かい読書中のパチュリーを発見した。
「何を読んでいるかと思えば……」
紫の髪の友人の少女の背後から何気なく覗き込んでみて、それが《博麗神社例大祭カタログ》だったのにそんな事を言えば、その声に気が付き「……あら、レミィ? どうしたの?」と振り返るパチュリー。
「ちょっと本を探しにね」
「……あら、そう。 ならツカサに探させるわ」
この小説ではツカサと命名された小悪魔ではるが、パチュリーの部下として図書館の管理を仕事としているのに変わりはない。 そんなわけなので呼ばれたツカサはたいした時間もかけずに目的の本を探し出し、来たついでなのでお茶でも飲みながら話でもしていこうかというレミリアの指令で紅茶と茶菓子のポテチを用意してから本来の仕事の続きに戻る。
そんな事を嫌な顔も見せずにテキパキとこなすツカサに、この子も働き者ねと思うレミリアである。
「……それにしても……あなたも本当にまめよねぇ……ついこの前も、紅楼夢だっけ? それに行って来たばっかりじゃないの」
「……そう? 自分達のイベントあれば行く、東方キャラとしては普通だと思うけど?」
「いや……全然普通じゃないから……」
それなりに常識人であるはずの親友ではあるが、こういう常識はずれな思考をする一面があるという事実にヒトとヒトが理解しあうのは難しいものだと痛感しないでもないレミリアである。
「……そうかしら? あなたも一度行ってみれば分かるわよ、レミィ?」
「遠慮しとくわ……」
分かったらヒトとして終わりなんじゃないかという気がしたが言葉には出さないのは、パチュリーの趣味や人格を馬鹿にするような事はしたくないからである。 自分には理解出来ないことではあるし、いささか個性豊かすぎるとはいえ、咲夜ら従者達も含めて〈紅魔館〉に住まう者のすべてを受けいれる程度の器のあるつもりである。
「……残念ねぇ……まぁ、いいけど……」
小さく溜息を吐いてから紅茶を一口啜るパチュリー、強制する気はないが親友とは是非とも同じ趣味を共有したとは思っている。
まぁ……あせらずゆっくりとこのオタク世界の素晴らしさを伝えて理解して貰えばよいと心の中で呟く、ヒトならざる者である自分達にはニンゲンなどより遥かに長い時間があり、そしてニンゲンがニンゲンである限りオタク文化が滅び去る事などありえないと確信しているのがこの小説のパチュリー・ノーレッジだった。
冬になれば寒くなるだけではない、日が落ち暗くなっていくのも早くなるのは〈幻想郷〉でも同じだ。 夏よりもずっと早い時刻に夜の闇に包まれた〈八雲邸〉では、その主人である八雲紫は自室でパソコンを操作していた。
「何をしていらっしゃるのですか、紫様?」
その紫に声をかけたのは夕食の支度が出来たと知らせに来た八雲藍である、長い金髪に九本の尻尾を生やしたのが特徴な藍は紫の式神であり家事は彼女の仕事である。
「ちょっとね。 それより、これを見て御覧なさい、ちょっと面白いわよ?」
デスクトップの画面を指差しながら言う主人に怪訝な顔をしつつも言われたとおりにしてみる、そこに映っていたのは”小説家になろう”というネット小説投稿サイトであり、”紅魔のお嬢様とメイドさん物語”というどこぞのアホ文士の東方二次小説であった。
であれば、小説の内容を面白いと言ったとは絶対に思わない九尾の狐だ、ましてや小説の登場人物である自分達がその小説をパソコンで視ている事にツッコミをするなどという事に夕食前の貴重なエネルギーを使う気はない。
「……あら?」
それでも主人の言う事であるのでざっと目を通して見てある事に気がつく。
「……レミリア・スカーレットは”紅色のエターナルツッコミ”でしたっけ? 確か”紅色のノクターナルツッコミ”では?」
誤字脱字などあげればキリのないレベルの低い小説であるが、それでもまたしてもやらかしたかと思った藍に「うふふふふ、正解よ」と笑いながら肯定した。
「やれやれ……ですねぇ……まぁ、あの書き手に何を期待するものでもないですが……」
「最近は知識も増えてきたとは言っても、所詮は新参者のにわかという事よね」
この言葉には呆れはあっても書き手を馬鹿にしたようなものは含まれていないと藍は感じた、別に些細な事ではあったがその理由を知りたいと思う。 そんな従者の心の内を知ってか知らずか更に続ける紫。
「でもね、何でもそうだけど最初は誰でも新参者でありにわかよ藍。 それに大事なのは東方世界を知り尽くしている事ではない、いかに東方の世界を楽しんでいるかということよ」
ゲームをするもよし、二次創作の世界を創造するもよし、ファンであるニンゲン達はそれぞれにこの世界を楽しむ事こそ大事であると紫は言った。 そこにファンである時間や知識量は意味はない、例え動画投稿サイトの音楽などから入った者だとしても東方の世界を好きであり、東方の世界を楽しめるならそれでいいと、少なくともこの世界の八雲紫は考えていた。
「もちろん世界を知っていればいるほど楽しめるには違いないでしょうけどね?」
「……それはそうですね」
漠然とではあるが主人の言いたい事を理解はしたと思う、それでもどこか怪しいげな笑いを浮かべる主人であるから、その金色の瞳の奥に何か別の意図を隠していると思えないでもなかった、永い時間を一緒にいればいる程に余計に理解するのが難しくなるのが八雲紫という存在なのだ。
「さて、そろそろ夕食にしましょうか? いい加減にお腹も空いてきたわ」
今度は子供の様な無邪気な笑顔で言ってみせる紫に「はい、承知しました」と恭しく返事をする藍であった……。
…………ちなみに余談ではあるが…………
こちらはこちらで主人に夕食の時間を知らせに来た〈紅魔館〉のメイド長の十六夜咲夜がレミリアの部屋の前に来た時に……。
「だぁぁあああああああああっ私は”紅色のノクターナルデビル”!!!! ”ノクターナルツッコミ”自体間違ってるんだってばよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!」
……という、文字通り屋敷を振るわせるレミリアの謎のツッコミの絶叫に一瞬だけ驚いたものの、「うふふふ……今日もお嬢様は楽しそうで、何よりですわ」とやんちゃな妹でも見るかのように微笑ましい笑顔で呟いたのであったとさ。
後半の二ツ名ネタはこの話を書いてる時に最初に本当に素で間違えてたので、ネタにしてみたのです




