紅魔の館のある週末の出来事編
幻想郷の某所にある〈八雲邸〉、その主人である妖怪の八雲紫は風呂上りに熱った身体で縁側に座り、月夜を見上げていた。 夕涼みというには少々涼しすぎる季節であったが、何気なくそうしたい気分だったのである。
「……そうか、今日は月食の日だったわね」
ふと気がつけば真ん丸い満月だったはずの月がわずかに欠けているの見て呟く、何日か前のニュースか何かで今日が皆既月食の起こる日だったと言っていた気がした。
しかし、それもこの金髪の先端を房にしている〈幻想郷〉きっての大妖怪に大して関心を持たせるような現象でもない。
「……少し、寒くなってきたわね……」
身体を小さく震わせた後に呟いた紫の金色の瞳がもう一度夜空を見上げれば、ちょうどリンゴを一口齧った程度の欠けた月、そしてその次の瞬間には、誰も居ない縁側を徐々に欠けていく月が見下ろしていた…………。
〈幻想郷〉でも見られた皆既月食は紫のように大して関心のない者もいればちょっとした見世物気分で見上げていた者もいたのは、〈外界〉と同じだっただろう。 そして前者であった〈紅魔館〉の吸血鬼、”永遠に赤い幼き月”であったレミリア・スカーレットは特に何をしたでもなく翌朝を迎える。
「……って! 誰が”永遠に赤い幼き月”かぁぁぁあああああっ!!!!! 私は”永遠に赤い幼きツッコミ”……って、しまったぁぁあああああああっ!!!!?」
無駄にだだっ広い食堂の無駄にでかいテーブルで朝食中だったレミリアは唐突に叫びながら立ち上がり、その後に両手で頭を抱え込んでから「は、謀ったわね、シャ〇!!!!」と更に声を上げた。
毎度の事ではああるが、そんな主人の奇行に「……お、お嬢様……?」とキョトンとなるのは、食後の紅茶を準備してたメイド長の十六夜咲夜である。
「……と、言いますか、シャ〇とはどなたでしょう?」
「……な、何でもないわよ咲夜。 気にしなくていいわ」
取り繕うように言ってから再び椅子に座る、フェイントとは言えこんな使い古された手段に引っかかった自分が腹立たしいが、背後に控える青い目のメイド少女に八つ当たりはしない。
「……それにしてもさぁ、ここんとこ何にもないわね?」
「そうですか? 昨夜とか月食があったではありませんか」
「ん? あなたは見物してたの?」
レミリアの問いに白い紅茶カップをテーブルの上に置いた咲夜は頷く、彼女も天体現象にとりたてて興味のある方ではないが、ニンゲンの身であれば生きているうちにそう何度も見られるものでもないので、メイドの仕事をこなしつつ見物していた。
それを聞いたレミリアは「ふ~ん……」とつまらなそうに相槌を打ってから紅茶を一口啜り、どうやら今朝はこのボケボケメイドが変なものを混ぜてない事に安堵した。
「それに、妹様は本日新作の狩りゲームが届くとはしゃいでおられましたし、パチュリー様も確か明日、”東方紅楼夢”とかいうイベントに行くと準備をしていましたよ、お嬢様」
言われてみればそんな話を聞いていたような気もした、それはつまりは何もないのが自分だけのようで、何となく仲間はずれにされているような気分で面白くないと思うレミリアだった。
相変わらずゲーム雑誌やゲームソフトの散らかった妹様ことフランドール・スカーレットの部屋では、部屋の主である金髪の少女がはしゃいだ様子でデスクトップのパソコンの画面に向かっていた。
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フラン:さてと~、もうそろそろ届く頃かしらね~♪
フジキド:こちらはすでに購入済だ、フラン=サンの準備が出来次第、一狩り行こ う
フジキド:ニンジャもモンスター殺すべし!
ナラク:よいぞフジキドよ! とはいえネットの情報ではG級昇格にはウカム=サ ンを討伐せねばならんらしいな
フラン:あ~~~、あいつって面倒なのよね……無駄に体力あるし……
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ゲームソフトが届くまでの暇つぶしに狩友とチャット中のフランドールである、当然ではあるがネットのチャットで本名を名乗る者はいないので彼女の会話相手もハンドル・ネームと呼ばれる仮の名前……のはずである。
何はともあれ、この三十分後にフランドールのソフトのが届いた後に、彼女らはこの日の夜更けまで狩りに興じていたのであった。
「そ~して~十月の十二日な~の~か~~~~」
東の空に太陽が上り始めた頃の〈紅魔館〉の上空を、金髪に赤いリボンを付けた闇の妖怪のルーミアが通り過ぎて、いずこかへと飛び去って行った。
まだ早朝とも言える時間にパチュリー・ノーレッジが〈紅魔館〉の門にやって来るのは珍しい事であるのに門番の紅美鈴が驚かないのは、事前に主人の親友である魔法使いの少女がイベントに出かけるのを知っていたからだ。
「……おはよう、美鈴」
「おはようございます、パチュリー様。 お気を付けていってらっしゃいませ」
知らない者が見れば決して明るいとは言えないパチュリーの表情や口調であるが、この赤毛の門番には彼女がイベントに浮かれているのが分かる。 どこがと言われれば言葉では説明しにくいが、ちょっとした表情の変化や仕草で感覚的に分かるくらいの付き合いはあるのが彼女ら……いや、〈紅魔館〉に暮らす者達だ。
「……だが!そうはいかんぞ、パチュリー・ノーレッジっ!!!!」
不意に響いた男の声は、いつの間にかそこにいた全身をメタリックな銀色に輝かせた男である。
「我が名はデ・オッチー! ダーク・レイムの命により貴様が”東方紅楼夢”へ行くのを阻止するためにやって来た転生チート戦士だ!!!」
驚くというよりウンザリとした顔に美鈴もパチュリーもなったのは、奇怪な外見で何となく想像はついていたからであり、パチュリーがイベントに行くのを阻止という目的のあまりにも小ささ故である。
しかし、彼女らの沈黙の理由を自身の登場による驚きとしか考える事の出来ないデ・オッチーは、嬉々とした態度で更に声を上げる。
「我が転生したのは見ての通り金属人間! だが、ただの金属人間ではないぞ? 並大抵の物理攻撃も魔法も一切受け付けない《オリハルコン》で創られたボディだぁぁぁああああああっ!!!!!!」
勝手に盛り上がっていくデ・オッチーに対して「……はぁ」と小さく溜息を吐くパチュリーの様子は淡々としたものだったが、その紫の瞳には僅かに怒りがあるのを美鈴は見逃さない。
「……悪いけど時間がないのよ、だから今はあんたと遊んであげる気はないわ」
一秒でも惜しいというかのように言葉と同時に魔力を両手に集中させていく。
「ふん! 良く吠える……が、さっき言ったように我の身体には魔法は効かんぞっ!!」
「……並みの魔法なら……でしょう?」
肉弾戦を得意とし魔法に疎い美鈴には分からない事だがパチュリーの右手には氷の魔力、左手には炎の魔力が集まっている。 そしてその二つを彼女は胸の前で両手を合わせることにより相反する二つの力をスパークさせた。
「ちょ……おい! それは……まさかっ!!?」
ここに来てその正体に見当の付いたデ・オッチーの表情が驚愕の変わるが、そんな事はパチュリーにはどうでもいい事だ。
「……ハイクを詠む間もあげないわ、消えなさいっ!」
言葉と共に放たれたのは強大な力を持った光の柱であった、本来であれば東方の世界に存在するはずのない極大消滅呪文を前に呆然となり魔法を回避したりという発想を忘れてしまうのは、やはり戦闘経験皆無な転生者ゆえである。
「ちょ……それは反則だろ……まっ……アイエェェェエエエエエエエエエエエエエエエっ!!!?」
すべてを消滅させてしまう無慈悲な光に呑み込まれたデ・オッチーの存在は一瞬にして〈幻想郷〉から消え去った。
「……まー、良くも悪くもうちのパチュリー様はそんじょそこらの”パチュリー・ノーレッジ”ではないって事でしょうかねぇ~」
まるで道端で出くわした野良意犬を追っ払ったかのような様子で空へと舞い上がり飛び去っていくパチュリーの後姿を見送りながら、そんな風に思う門番の少女であった。
後にこの話を聞いたレミリアは「まぁ……うちの腐女子と書き手の書く何でもありの世界観を甘く見たのがマヌケだったわね」と盛大に呆れた顔で咲夜に語ったという…………。




