転生チート者対紅魔のお嬢様 レミリアのバトル編
今回は少し残酷な表現があります
不気味に赤い色をした洋風の屋敷である〈紅魔館〉は人ならざる者達が住まう場所である、その〈紅魔館〉で唯一の人間にしてメイド長の立場にある少女の十六夜咲夜が屋敷の門から出て行こうとするのに、「おや? 買い物ですか、咲夜さん?」と声をかけた赤い髪に中華風に衣装の少女は門番である紅美鈴だ。
「ええ、少し買い足さないといけない調味料があったのよ」
それでまだ朝と呼べる早いこの時間に出掛けるのかと納得する、この時刻では〈人里〉の店がようやく開店しているかいないかくらいなのは、門番をしていては〈人里〉に行く機会は少ない美鈴でも知っていた。
「そうですか、気をつけて行って来てくださいね?」
「ええ。 最近はだんだんと冷えてもきたし、あなたも風邪なんてひかないようにね」
互いにまず心配はないだろうと思いながらも、自然とそんな言葉を出し合う様子は仲の良い友人という風である。 互いに従者という対等な立場であり外見的には年恰好も近いというのもあって、何だかんだと気の合う二人の少女である。
「それじゃあ、行ってくるわね」
そう言ってから地面を蹴るように飛び上がっていく銀髪のメイド長を「いってらっしゃい~」と見送った美鈴がふと背後から聞こえてきた話し声に振り返れば、他愛無い会話で笑い合う妖精メイド三人衆が掃除道具を手にやって来たところだった。
そのありふれた日常の光景に「……今日も平穏な日になりそうですねぇ」と気軽な口調で呟いた。
…………だが、しかし…………。
「ところがぎっちょんっ!! そうはいかせないわよぉっ!!!!」
……と、神社の瓦屋根の上で仁王立ちで腕を組みながら叫び声を上げたのはダーク・レイムだ。
〈幻想郷〉の某所にある〈黒博麗神社〉の主人にして脇巫女である彼女は、簡単に言えば別の世界からやって来た”博麗霊夢”である、元いた世界で何があったのか性格が捻くれまくったあげくにチート級の力を手に入れた彼女の目的は、この〈幻想郷〉の住人達を恐怖と絶望に陥れるという建前の元に行う嫌がらせだ。
「だぁぁああああああっ脇巫女言うなって言ってんでしょうがぁぁああああああああああああああっっっ!!!!!」
いったい誰に向かって言っているのか、白く薄い雲の広がる青空に向かって怒りの咆哮を上げたダーク・レイムであった。
〈人里〉の貸本屋である〈鈴奈庵〉の開店直後のお客が来る事はあまりない、だからこの時間の本居小鈴はカウンターの椅子に座り読書をしている事が多い。 そこへお客がやって来て読書の邪魔はされても嫌な顔をせずに小動物のような人懐っこい笑顔で「いらっしゃいませ~」と歓迎するのは、生来の性格もあろうし商人の家の娘としての心構えもあろう。
ましてや、そのお客が彼女の憧れの人であればなおさらである。
「朝から邪魔するぞい」
来客を知らせる鈴の音と共に店内に入って来たのは茶色い髪の着物姿の女性である、ある一件から小鈴はこの女性に憧れの感情を抱いているが、彼女の正体が人間に化けた狸の妖怪の二つ岩マミゾウであるとは知らない。
「いえいえ~、それで今日はどんなご用件なんですか~?」
飴色の髪を鈴の形をした髪留めでツインテールにした小鈴が上機嫌で尋ねると、マミゾウも笑顔で答えるが、その顔がどこか怪しげなのは人を化かすのを当たり前としている化け狸ゆえなのだろう。
「うむ、ちょっと近くまで来たものでな。 何か面白い本でも入ってないかと思ってな? それに偶にはお主と世間話も悪くないしな」
「あ! そうですか、そうですねぇ……」
何かお勧めの本があったかしらと顎に手を当てながら思案顔になりながら、今日は朝からいい日だなと思う小鈴だった。
ティー・タイムにするでもないのにレミリア・スカーレットがふらりと中庭にやって来たのは気まぐれだった。 そのレミリアの紅い瞳が鋭くなったのは、本来は自分が座るべき白テーブルの席に見知らぬ男が座っていたからである。
「……さて? 招いた覚えのないお客だけど……どなたかしらね?」
幼いとすら言える容姿の少女の言葉は丁寧ではあっても殺気の篭った声だ、博麗の巫女とも渡り合える力を持ったこの吸血鬼の迫力に並の男であればすくみ上がり「アイェェッ!? レミリア、ナンデ!? アイェェェエエエッ!!?」と”レミリア・リアル・ショック症候群”になってしまうものだが、この男は平然と余裕すらある様子で立ち上がるとにやりと笑ってみせ、両手をパン!と合わせてオジギをした。
「ドーモ、はじめまして、レミリア=サン。 ザ・コーネです」
「ドーモ、ザ・コーネ=サン。 レミリアです…………って! だから何で忍殺ネタかぁぁあああああっ!!!……つか、レミリア・リアル・ショック症候群ってなんじゃぁぁああああああああああっっっ!!!!!」
条件反射で思わずアイサツをしてしまってから大声で叫ぶ、どんな状況であってもツッコミを忘れないレミリアだ、ザ・コーネと名乗った男はそんな様子に愉快そうに笑う。
「この世界のレミリア・スカーレット、話の通りという事か」
「そういう言い方をする……あなた、あの黒い霊夢の手下って事ね?」
それならば易々とこの〈紅魔館〉に侵入していた事にも納得がいく、前々回の話で他の誰に気づかれる事もなく咲夜の前に姿を現したあの女の仕業であれば美鈴の不手際とは言えないだろう。
「そういう事だ、私はダーク・レイムによってこの世界に召喚……いや、転生したというべきか」
「転生……?」
妙な単語に一瞬だけ怪訝な顔をしたレミリアだったが、過去――”紅魔館全滅! 刺客は異世界人だった編”でそんな敵が出てきていたのを思い出す。
「あぁ、つまりはあなたもあれね……どっかで流行っているっていう”転生チート”って奴ね?」
「そういう事だな、私は元の世界で自分がやっていたオンライン・ゲームのキャラに転生したのだよ……」
言われて見れば彼の格好は西洋風の……というよりはゲームオタである彼女の妹のフランドール・スカーレットの好きそうなゲームにも出てきそうな騎士とか戦士風の格好であった。
「だが、ただのゲームキャラではないぞ? 当然レベルはカンスト、装備のレア度も性能も最高級の物、更にスキル構成も非の打ち所もないものだ!」
自慢げに言うザ・コーネだがレミリアは「ふ~ん? そうなの?」と冷めた顔である、そして話はここまでよというように格闘戦の構えをとった。 ザ・コーネも背中に背負った長剣を抜く、《エクスカリバー》という名のゲーム内においては最強武器であるがレミリアが知るゆえもない。
「いくぞっ!!!!」
先に仕掛けたのはザ・コーネだった、剣を振り上げて力強く踏み込んだその動きを青みがかった銀髪の吸血鬼少女は鼻で笑った。 余裕を持って相手との間合いを計り地を蹴って飛び上がると、「何それ、チャンバラごっこ?」という言葉と共に後頭部に蹴りを見舞った。
「ぐっ!?……早いっ!!?」
「あなたが遅いだけよっ!」
額辺りから後頭部までを覆った金属製の兜の硬さに多少驚くも、このまま好き放題に連続攻撃をしようと思えば出来た彼女が、よろめいたザ・コーネの頭を踏み台にして跳び上がり一旦距離を取ったのは、それでは少しつまらないと思ったからだ。
もう少しは攻撃のチャンスを与えてやろうというつもりである。
「さぁ、遠慮なく攻撃してごらんなさい? このレミリア・スカーレットが遊んであげるわ!」
「こ、こいつ……馬鹿にするなよっ!!」
怒りの形相を浮かべて再びレミリアに斬り掛かるザ・コーネの《エクスカリバー》は空しく空を斬った、バックステップで斬撃を回避したレミリアは愉快そうな顔で「どうしたの、私はここよ?」と余裕綽々だ。
更に何度も攻撃を繰り返しても《エクスカリバー》の刃は少女の身体を捉えるどころか服に傷をつける事すらかなわない。 それも当然だ、レミリアは”東方紅魔郷”を含めて五百年は生きてきた中で幾度も命がけの実戦を戦ってきた。
対するザ・コーネは実戦どころか剣を振るった事すらない、学生時代から、学校を卒業し社会人と呼ばれるようになってもまともに仕事にも就かずに部屋に引き篭もりゲームばかりというニート生活である、転生し高スペックの肉体を与えられたとしてもその才能を生かす知識も経験もない。
「馬鹿な……僕は……僕はどんなボスだって瞬殺してきたんだぞっ!!! なのにどうしてさっ!!!?」
「どうせゲームの中の話なんでしょう? 弱っちいニンゲンのボウヤ!!」
十数度目の斬撃を回避しつつ反撃にでる、軽快にひょいっとジャンプするとむき出しの顔面に蹴りを見舞った、情けない声で悲鳴を上げながら地面に倒れるザ・コーネの顔は涙を流し無様に鼻血を垂らしていた。 数値だけがすべてのゲームでなく現実であればいかに堅牢な防具であっても、生身を晒している部分にはそれも何も意味を成さない。
それは腹部も同じであった、動き安さ重視としてのデザインだった鎧だったのだろう、少し厚めの布に覆われているのみであったそこのレミリアの残酷な紅い瞳が向けられる。
「こういう時は……そうそう、ハイクを詠めだっけ? クスクスクス……」
「……ひっ!?……ちょ……ま……」
命乞いなど聞く気もない、無邪気な残酷さを感じさせる嗤いを浮かべた幼い容姿の少女の右腕は、その先端の鋭い爪をもって無慈悲に憐れな獲物の腹部を貫いた……。
「ぐぎゃぁぁあああああああっ!!!!?」
断末魔の叫びと共に真っ赤な鮮血が舞い、少女のピンク色の服と白い肌に鮮やかな紅い模様を創り出した、その事と肉や内臓を貫いた感触に愉悦を感じていたの僅かな間で、はっ!?となり素早く腕を引き抜いたのはすでに物言わぬ屍となった男の身体が発光し始めたからだ。
そして、一飛びでレミリアが数メートルの距離を取った直後に爆発四散したのであった…………。
自宅の縁側に座り、のんびりとお茶を飲んでいたダーク・レイムはザ・コーネが死んだのを感知してもたいして気にも留めなかった、やはり高スペックの身体を与えたとしてもどこかのサイトのネット小説のようにニートの男が無双など出きようはずもなかったわねと思っただけであった。
「……まあ、次はもう少しまともなニンゲンを使うとするか……」
流石にそうしないとつまらないしねと考えながら、中身を飲み干した湯飲みをお盆の上に戻した。
「……お嬢様……いったい何があったのですか……?」
買い物を終えて〈紅魔館〉へと戻った咲夜が廊下で主人である少女の姿を見つけた時の第一声がそれだった。 肌や服の到るところに紅い模様があり右腕の袖などそこだけ紅い染料で染め上げたかのようである、無論それが何であるかを分からない咲夜ではないが。
「まぁ……ちょっとね、それより急いで着替えを用意して頂戴」
「……はい、承知しました……が、お嬢様」
返事をしてもすぐに行動に出ることはせずにメイド長の青い瞳が多少咎めるような視線を吸血鬼の少女に向けた。
「はしゃぐのも結構ですが、少しは洗濯をする私の身にもなって頂きたいのですが……」
咲夜の言い様は、公園かどこかで遊んで泥だらけになって帰って来た子供に呆れかえった保護者のそれであり、「そうね。 でも大丈夫よ、あなたは優秀な私のメイドなんですもの、このくらいの方が洗濯のしがいがあるでしょう?」と返したレミリアも親に迷惑をかけるのを反省をしないわんぱくな子供の様である。
「……やれやれですわね……まぁ、その言い方がお嬢様らしいですか……」
「ん?……どういう意味かしら?」
苦笑しつつ呆れた顔で自分を見つめる咲夜が何か良からぬ事を思っていそうだと感じたレミリアが問うと、今度は「うふふふふふ」と優しげだが意味深な笑い方をしてみせ言う。
「それは、お嬢様であっても秘密ですわ」




