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少女達の真夏の過ごし方編


 真夏の炎天下の中で一人の老人が〈紅魔館〉の門の前に佇んでいる、長い髭を生やした彼は一見すればすぐにでも熱中症で倒れてしまいそうではあるが、鋭い眼光で周囲を警戒しすさまじい威圧感を放っている。

 「……そうか、今日はコミケとかの日だったか」

 本来の門番である紅美鈴の代理として時々立っている事のあるバイトの門番、大魔王モンバーンの姿を遠目に見ながら箒に跨って飛んでいる霧雨魔理沙は呟く。 今日も今日でパチュリー・ノーレッジの魔道書をパク……もとい、借りに来た彼女であったが、それも今日は無理だなと諦める事にしたのは、もちろん当人パチュリーが留守だからというわけではない。

 あの老人は隙がなさ過ぎて、幾多の異変を潜り抜けてきた魔理沙を持ってしても侵入出来る自信がなかった

 「まあ、しゃーないか……っ!?」

 ウェーブの掛かった亜麻色の髪の毛を掻きながらのそのぼやきが聞こえたとは思えないが、モンバーンがこちらを鋭い眼光で睨んできたのにドキリとなった魔理沙だった。

 レミリア・スカーレットが〈紅魔館〉の主人であっても外でそんな事が起こっているとは知る由もない、クーラーの良く効いた自室で椅子に座り寛ぎながらテレビを観賞していた。

 「しかし、あの子……パチェもコミケだっけ? 毎回毎回良く行くわよねぇ……」

 傍らに控えるメイド長の十六夜咲夜に言ったとも単なる独り言ともとれるレミリアのぼやき。 午前中の朝とも昼とも言い難い時間にこの幼い容姿の吸血鬼少女の好む番組はやっていないが、何となくの気まぐれで徳川八代目将軍が主人公の時代劇を眺めていた。

 「まあ、パチュリー様のご趣味の事ですし……それに毎回大勢のニンゲンが集って大盛況なお祭りだと聞きますし……」

 「まあねぇ……あの”紅魔館の引き篭もり一号”のパチェが行くくらいなんだしねぇ」 

 自身では興味のない事でも少しは調べたのだろう咲夜。 ちなみに二号は妹様ことフランドール・スカーレットである、ゲーム本編や大半の二次創作では”幽閉された設定”の彼女だが幻想曲物語これでは何がどうなっているのか引き篭もりゲームオタな吸血鬼少女になっているのであるのがレミリアの数多い悩みのひとつである。

 もっとも、あっちはあっちでの苦労もあるのだろうと想像するのも簡単な事で、結局は妹に手を焼く姉というのはどの世界カケラでも変わらないのだろうとは思うが。

 「……あはははは……あ、そういえばお嬢様」

 呆れ顔の主人に苦笑を返す咲夜がある事を思い出してパン!と手を叩いたのに、「……ん? まさか、また何か妙な物を紅茶に入れてたのかしら?」と疑惑の視線を向けるレミリア。

 「違いますわ、残念ながら・・・・・今回はネタがなかったので」

 「残念ながらっ!!?」

 否定しつつも意味深な笑顔を浮かべている咲夜、〈紅魔館〉で唯一の人間のメイド少女の淹れる紅茶はお気に入りなのだが、何が混じっているか分からずにいつも口をつける度にドキドキするものなのである。 スリルは決して嫌いではないが、勘弁してほしいものだ。

 「……だったら何なの?」

 要するにネタがあったら今回もやったのねと先程中身を飲み干して空になったサイドテーブルの上のカップをちらりと見やってから大きく溜息を吐きつつ促す。

 「はい、お出かけの際にパチュリー様から伝言で”おみやげ期待しててね、レミィ☆”との事でした」

 「はぁ?……おみやげ……?」

 「はい。 おみやげですね、お嬢様」

 メイド長がさわかな笑顔で口にした単語にキョトンとなる青みがかった銀髪のお嬢様はおみやげって何?おみやげって何?と心の中で数回繰り返してから、それがおそらくはあの子の好きな薄い本の類だろうと気がつき「はっ!!?」となると、すでに予想はついていたのだろう咲夜が笑顔を崩さないまま肯定するかの様に頷いて見せた。

 「……って!! んなものいらんわぁぁぁあああああああいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!!!!!」

 真夏の炎天下の紅い屋敷にお嬢様の絶叫が響き渡る、それを聞いた妖精メイドらの住人達は今日も平和な日ですねーと思いながら仕事に精をだすのだった。 

 



 太陽が真上から照らす昼下がりに〈迷いの竹林〉で飽きもせずに殺し合いの真っ最中な二人の少女は言うまでもなく藤原妹紅と蓬莱山輝夜である。

 「今日という今日という今日こそはお前を殺してやるよ、輝夜っ!!」

 妹紅が〈香霖堂〉で購入した《覇〇剣》を勢い良く振り下ろすのを、「そっちこそ!! 今日という今日という今日こそあの世の父親の元へ送ってあげますわ妹紅っ!!!!」と叫び返し自宅の物置で見つけた《魔〇剣》の黒い刀身で受け止める輝夜。

 「何をぉっ!! お前こそあの世に逝って父上にドゲザしてこいよっ!!!」

 力ずくで押し切る気のなかった妹紅は一旦剣を引くと間髪入れずに斬撃を繰り出す。

 「冗談っ! そんなの全力で断るわっ!!!!」

 輝夜も受身に回っているつもりもない、勢い良く《魔〇剣》を振れば《覇〇剣》とぶつかり激しい金属音を薄暗い竹林に響かせた。 両者がそんな風にで金属音と叫び声を繰り返すのを見守っていた八意永琳が「……流石にそろそろかしらね?」と小さく呟くのは彼女らには聞こえてはいない。 

 「ちっ! これじゃ埒が明かないかっ!?」

 「まったく、埒が明かないわっ!!」

 まるで示し合わせたかのようなタイミングで双方後ろへと跳び間合いを取った、そして互いに武器を構えなおした。

 「遊びは終わりだ! 全力でいくっ!!」

 「もう手加減しませんわっ!!!!」

 全身から流れ出る汗で髪の毛や衣服を湿らせながら、やはり示し合わせたかのように同時に声を上げる二人に小声で「……相変わらず仲の良い事で……」とは永琳。 もちろん聞こえてはいないが、もしも聞こえていたら「「仲なんて良くないっ!!!!」」と声をハモらせていただろうとはチルノでも予想できただろう。

 「「はぁぁぁああああああっ!!!!」」

 気合を込めた雄叫びと同時に妹紅と輝夜の手の剣の刀身が砕け、代わりに白と黒の光が刃を形成した。 その光に照らされた両者の表情には激しい疲労の色が見える。

 そして、次の一撃で完全に勝負を決めるべく踏み込もうとした、まさにその瞬間に「「うっ……!?」」という呻き声を発して両者は糸の切れた人形めいて倒れてしまう。

 「……ふぅ……熱中症と脱水症状ですね。 この暑さであれだけ動けば自業自得、インガオホーですよ」

 常人ならば確実に死に到るであろうが蓬莱人となった彼女らが死ぬ事はない。 それでも相応の苦しみはあるので放置しておくことも永琳はしない、すぐに二人の処置をすべく歩み寄っていった。 

 その上空を、黒い塊が「夏は水分をこまめに取らなきゃダメな~のだ~~~」と通り過ぎて行ったのは永琳には実際どうでもいい事であった。




 〈人里〉の貸本屋である〈鈴奈庵〉の前では、店の娘である本居小鈴が「……もう夕方なのに暑いわねぇ……」と言いながら桶に入った水を柄杓で撒く”打ち水”をしていた。

 文明の利器であるクーラーには及ばないが、何もしないよりは幾分かは暑さもやわらいだ気にもなるものである。 地面に水を撒く事で気化熱を利用した涼を得るというのは本に書いてあった事だが、具体的にどういう理屈で熱が奪われるかとかいう事は分からないし知ろうという気もない飴色の髪の少女である。




 「い、いやぁぁぁああああああっ!!!」

 絹を割くような小鈴の悲鳴が〈鈴奈庵〉に響いた、何十本もの不気味な触手が彼女の小柄な身体に巻き付き、宙へと持ち上げていた。 その触手は床に落ち開かれた一冊の本から生えており、更にその中心には赤褐色の肌をした小さなニンゲンの上半身がある。

 「くっくっくっくっ……良くぞ我の封印を解いた、礼を言うぞニンゲンの娘よ」

 そう言って下卑た笑いを浮かべる男が普通の人間であるはずはない、《妖魔本》コレクターの小鈴が新たに入手した《妖魔本》に封印されていた邪悪な妖怪である。

 「ちょ……な、何をする気なのよっ……きゃっ!!?」

 妖怪を睨み付けた彼女の頬に触手の先端がそっと当てられた、ヌメヌメとした触手の気持ちの悪い感触に少女の顔は恐怖に歪み、そんな捕食されようとしている小動物めいた姿に妖怪は更に愉快そうな顔になる。

 「ぐふふふふ、安心せよ娘。 我とて恩人のお主を殺しはせぬよ、それどころかたっぷりと可愛がり気持ちよくさせてやろう……」

 「……ひっ!?」

 妖怪の言葉の意味が分からない小鈴ではない、これから自分がどんな目に会うかを想像できてしまいいっそう恐怖で顔を歪め「やめて……やめてぇっ!!!!」と叫んだ…………という所まで読んだレミリアは唐突にパタンと本を閉じた。

 「…………いや……こんなもの私にどーしろと……?」

 この誰がどう見ても十八歳未満はお断りの薄い本は、宣言どおりにパチュリーの買ってきたおみやげである。 これを含む十数冊のおみやげを、一応は親友からの贈り物であるので目を通すだけは通してみようと自室の天蓋つきベッドに腰掛けて読んでいたのである。

 他の本は普通に一般向けの東方系の本のようだが、これ一冊だけがこんなものなのはあの腐女子パチェがうっかり混ぜてしまったのか、もしくは何らかの意図を持って紛れ込ませた確信犯なのかはレミリアにも分からない。 

 「まったく……あの子もこんなもの読んで何が面白いんだか……」

 小さく溜息を吐いた呆れ顔でふと窓の外見てみれば太陽が西へ沈み暗くなった空に変わりに東から上ってきた満月が見えたのに、夕食が済んだらこの月夜の下を散歩しようかしらなどと思った。




 大きな音を響かせて夜空を照らす花火を砂浜で見上げる老若男女の中に〈幻想郷〉きっての大妖怪である八雲紫はいた。 もちろん、この花火大会を見るためにわざわざ〈外界〉へ足を運んだというわけでなく、別の用事で来たついでの事である。

 暗闇の夜空に光の花の咲いた後に僅かに送れて音が聞こえるのは光と音の速度の違いだが、紫も含めて気にする者はいないだろう。

 「まあ、偶にはこういうのも悪くはないものね」

 そんな呟きも次々と上がる花火の音に消され周囲には聞こえない、聞こえたとしてもみな花火に夢中で気にする者もいないだろう。 家族だったり友人だったり、あるいは恋人同士であろうそんな人間達は楽しいそうに笑い、興奮気味に声を上げたりしている中で一人冷めた顔の紫は異質な存在なのだろうという自覚はあった。

 そんな彼女の表情がギョッとしたのは、「ほらほらメリー! こっちこっち!」という声のためだ、花火の音や雑多な人間達の声の中でどうしてその声が聞き取れたかを不思議に思う余裕は紫にはなかった。

 「そんなに慌てないでよ……というか、蓮子が遅刻なんてしなければこんなに急ぐ事はなかったんだよ!?」

 「だから! それは私が遅刻したんじゃなくてメリーの時計が進んでたんだってば!」

 「実際に電車に乗り遅れているのに何を言うのよっ!!」

 懐かしさを感じるそんなやり取りだが紫の記憶にはない会話である、記憶の奥底で忘れ去られもう思い出せもしないのか、あるいはあの彼女ら・・・・・この自分・・・・は存在する世界カケラが違うのか……いずれにせよ、もう帰ろうと決めた。

 「……もうちょっと見物してもいたかったけど……」

 残念そうなその小さな声は直後に沸いた歓声にかき消された、夜空に咲いた特大のスターマインがワンテンポ送れてこの場の空気も振るわせるほどの爆音を響かせたのは、友人に文句を言うのに夢中になっていたマエリベリー・ハーンには不意打ちだった。

 「……きゃっ……!?」

 思わずビクッと身体を震わせて小さく悲鳴を上げてしまった、友人である宇佐見蓮子がそんな様子に「あははは、メリーは臆病だなー」と笑うのにムッとした顔になる。

 その仲の良さげな少女二人の光景に気が付き微笑ましげに見つめる者もいれば、花火や自分の連れとの会話に夢中で気がつかぬ者、気がついていても気にも留めない者などそれぞれな人間達の群衆の中には、もう八雲紫の姿はなかった。

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