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初夏の幻想郷の風景編


 〈幻想郷〉の某所にある立派な和風のお屋敷、そこに〈幻想郷〉きっての大妖怪である八雲紫は住んでいる。 その〈八雲邸〉の庭で主人である紫色のドレス姿で白い日傘を差している少女に「すっかり暑くなって……今年もいよいよ本格的に夏になりましたね、紫様」と言うのは彼女の式である八雲藍であった。

 「そうね、藍。 ついこの前はお花見だなんだと騒いでいた気もするのに、季節が巡るのはあっという間ね……」

 言いながらすっかり梅雨の明けた青い空を見上げてから、今度は春とはうってかわり緑色の葉をつけた桜の木を眺めてみて、木の幹にあるものを見つけて何気なく手に取ってみた。

 「それは……セミの抜け殻……?」

 「そうよ、クマゼミね」

 二センチ程度の半透明な茶色のその形状から判断する紫は特別昆虫に詳しいわけではない。 永く生きていれば興味のあるなし、役に立つ立たないに関係なく知識とは増えていくものであり、そんな知識のひとつだ。

 「またこれからうるさくなりますねぇ……」

 ただでさえ暑い中に響くセミの鳴き声を藍はあまり好きではなかった、そんな金髪の九尾の妖孤であっても、夏にセミの声が聞こえなければ何か物足りないような気分にもなるのだろうとも頭の片隅では思う。

 「ふふふふ。 それも仕方ないわね、藍?」

 「……は?」

 「地上に出たセミに与えられた時間はほんの一週間程度よ、その間に子孫を残すための相手と出会おうとするなら必死になるのは当然でしょうね」

 自分の従者をからかうかのように笑いながら言う紫、あるいは虫であっても女をものにするために必死になる男の様を笑っているのだろうか。 彼女の笑い方はそのどちらとも、あるいはまったく別の意味を持つようにも見えた。

 「命を繋いでいく、それは大変な事よ……例え小さな虫であったとしてもね。 でもね、だからこそ命は輝く、輝かせる……」

 手の中の茶色い抜け殻を見つめながら言い、そしてふと上を見上げて先には木の幹にとまった一匹のクマゼミがいた。



 吸血鬼の少女を主にもつ〈紅魔館〉の唯一の人間にしてメイド長の十六夜咲夜が〈人里〉での買い物の帰りに大妖精と遊ぶ氷の妖精チルノを見かけたのは、もうすぐ〈紅魔館〉という湖の畔を飛行中の事である。

 「すっかり暑くなってきたというのに相変わらず元気な事ですね……」

 感心しているとも呆れているともとれる呟きである。

 見た目にも涼しげな水色の髪と同じ色の服を着たあの小柄な少女より上位の存在である雪女のレティ・ホワイトロックは夏の暑さを嫌うのかこの時期に姿を見た事はもちろん、目撃情報も聞いた事のない咲夜。

 その彼女より下位の存在である妖精チルノは夏だろうが平気でいるように見えるという事実は、考えてみれば不思議なものにも思える。

 「あるいは、上位存在であるからこそ……なのでしょうか……?」

 職務にはまったく関係なくどうでもいい事であっても、一度気にしてしまうと気になってしまうのは咲夜がメイド・ロボットとかではなくて生身のニンゲンだからである。

 「ああ。 もしかしてあれでしょうかね? まるきゅ~は夏バテをしない……とかなのかしら?」

 ふと頭に浮かんだ事を当人らには聞こえないくらいの小声で呟いたはずだったのだが、次の瞬間に……。

 「まるきゅ~って言うなぁぁぁあああああああああああああああああああっ!!!!!」

 ……といきなり響いた叫び声にぎょっとなった十六夜咲夜が気がつけば、〈紅魔館〉の紅い建物のすぐ近くまで来ていた。 

 その屋敷の主人であるレミリア・スカーレットはクーラーの効いた自室で椅子に腰掛けて音楽を堪能していた、サイドテーブルに置かれた小さなCDラジカセから流れてくる最近のJポップは別に彼女の好みではない。 では何故流れているのかといえば、その音楽がCDやカセットテープによるものではなくラジオによるものだからである。

 「……今日は静かで良い日ねぇ」

 ゆったりと椅子にも垂れながら誰にともなく呟く様はまるで優雅なお嬢様という風である、一瞬だけレミリアの幼顔がムッとしたものに変わったがすぐにそれも消え、さながら育ちの良いお嬢様というような優雅な仕草で紅茶カップを手に取り中の琥珀色の液体を口にした。

 「…………」

 やはりまるで良家のお嬢様とでもいうかのような優雅な仕草でカップをコースターの上に戻すレミリアの手元が僅かに震えていた。

 「…………」

 僅かに引きつった顔をしたものの「無視無視……」と自分に言い聞かせるように小さく呟く、この〈紅魔館〉の頂点に立ち”永遠に幼く紅いツッコミ”や”紅色のエターナルツッコミ”の二ツ名を持つ誇り高き吸血鬼として、そう何度も何度もあの書き手アホの相手などしてやるものかというところであろう。

 「だぁぁああああああああああっ!!!! ヒトが黙ってると思って好き勝手言うんじゃないわぁぁぁああああああっっっ!!!!!! つか、同じネタを何度も何度も繰り返してんなこの無能文士ぃぃぃいいいいいいいいいいいいいっ!!!!!!!!」

 怒りに目を吊り上げ勢い良く立ち上がってから「はっ!?」となり、、「し、しまったぁぁああああああっ!!!?」と頭を抱えるレミリアであった。




 夏用の着物を着た者達が目立つようになってきた〈人里〉の貸本屋の〈鈴奈庵〉では今日も今日とて店番をしている本居小鈴である。窓もなく薄暗い店内は暑いが小鈴にとっては、まだ我慢できるというところだ。

 「ふ~~~暑い暑い……」

 そんな言葉と共に紫色の風呂敷包みを抱えた稗田阿求が入って来たのは、新たに入荷した数冊の《外来本》を本棚に陳列していた時だ。 

 「ん? ああ、いらっしゃい阿求。 今日は本の返却?」

 「そうよ。 それと新しい本でも入ってないかな思ってね」

 カウンターの机の上に置いた風呂敷包みを開きながら阿求が言う本とは執筆作業に使う資料用の書物の事だ。 その中身である返却された本を確認する前に小鈴が一旦店の奥の住居に引っ込んだのは、お客であり友人でもある少女のために冷たい水でもと思ったからであり、阿求は阿求でお客用に用意してある椅子で寛ごうとするのもこの店ではよくある光景である。

 「……そうだねぇ、あんたが読みたそうな妖怪の本はなかったと思うけど……あっち系のもね」

 「そうなの? 残念ねぇ……」

冷水の入ったコップを渡しながら小鈴の言うあっち系とはいわゆるオタク系の本の事である、本業である妖怪や異変の記録の書物を書きながらも趣味の薄い本作成をしているこの紫の髪の少女は少しは期待していたのかがっかりとした顔なりながら、友人から貰った水で暑い中を歩いてきて乾いた喉を潤した。

 「今年も夏がきたわね……」

 どこから聞こえてくるセミの合唱と呼ぶにはまだ少ないかなと思える鳴き声を聞きながら呟く”九代目のサヴァン”だった。 



 時間は夜の九時を少し回り昼間にはうるさくなり始めたセミの声も今は聞こえなくなった時刻、〈紅魔館〉の地下にある〈大図書館〉に主であるパチュリー・ノーレッジの姿がないのは、彼女が自室でパソコンに向かっていたからである。

 「……ぼちぼちと夏コミ新刊の情報も上がってきたわねぇ……ふふふふふふ」

 悪の魔女のような不気味な笑いを浮かべながらツカサ――この小説での小悪魔の名前である――の淹れた紅茶を啜る、初夏の暑さも冷房の良く効いたこの部屋に居れば関係なく、むしろ少しは熱い物でも飲みたくなるという気温である。

 「やはり、今年もその夏コミに行かれるのですか、パチュリー様?」

 そのツカサが部屋が言うのに「……当然ね」と返すパチュリー、その当然には自分と門番の紅美鈴も買出し要因ファンネルとして同行するのも含まれているのだろうとは、主人であるこの紫の髪の魔法使いの少女に言葉にして確認するまでもないのは、使い魔として過ごしてきた時間の長さ故である。

 だから、「ですよねぇ……」と苦笑するツカサ。

 最初の頃はコミケに付き合わされてはその度に美鈴と生きる屍状態になっていたものだが今ではすっかり慣れてきたものだ、それでもひどく疲れるイベントであるには変わりなく、出来れば遠慮したいというのがツカサと美鈴の本音である。

 〈外界〉は不況だと聞いた事があるが、あそこに行くととてもそうとは思えない盛況振りであると思う。

 「うふふふふ……今年も楽しみねぇ~~」

 そんな従者の思いを知る気もないパチュリーは今度はCD関連の製品をチェックし始め、何やら東方キャラが漫才をするらしい映像ソフトのサンプル画像の視聴を始めた。

 主人の後ろから何気なくその映像を覗き込んでみて、少し面白そうだなーこれと思い、パチュリーが購入したら見せてもらおうかなと考える。

 そんな、平穏な時間の過ぎる〈紅魔館〉は夜の暗闇の中で満月の光に照らされてその紅い色が不気味に浮かぶ初夏の夜空を「そ~なのか~~~~?」と黒服で金髪の少女妖怪ルーミアが通り過ぎたのであった……。  

  

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