今日は守矢神社でも七夕の宴会編
七月に入り本格的な夏ももうすぐねと、自分が巫女をしている神社の境内から白い雲の流れる青空を見上げつつ思う東風谷早苗だ。 昼食の後片付けも終わり少しのんびりしようと境内に出てみれば、蛙と白蛇の髪飾りのついた緑色の髪を僅かにゆらす程度の風が心地よいと感じる。
「何をしているのだ、早苗よ?」
「あ、神奈子様!」
神社の鳥居を潜りながら早苗に声をかけたのは、この〈守矢神社〉に祀られる神の一人である八坂神奈子である。 全体的に紅い衣装を纏い背中に巨大な注連縄を背負ったこの女性の姿には神らしい威厳が感じ取れる。
「ちょっと外の空気を吸ってのんびりしようかなと、お昼の片付けも終わりましたし……」
「ふむ、成程のぉ」
神を敬う巫女とその神らしい威厳のある言葉使いではあるが、今の二人の間にはそれほどに堅苦しい雰囲気はない。 どちらかと言えば母娘か姉妹の会話のようにやわらかい笑顔の少女らである。
「そう言えば……今年もまた七夕の季節であるな?」
神奈子がそんな事を言ったのはたまたま思い出したからであり、〈幻想郷〉にも一応は七夕という行事をする習慣はあるからだ。 この〈守矢神社〉でも七夕飾りをした笹を飾るのは早苗が幼少の頃から毎年の事である。
「そうですね。 そろそろ笹を用意して、七夕の飾りも買ってこないと……」
言葉の途中で何かを思いついた顔になりパン!と両の手のひらを合わせた巫女の少女のに「……?……どうしたのだ?」と尋ねる神奈子。
「神奈子様! 私、いい事を思いつきましたわ!」
暑くなってきたとは言っても箒に跨り空を飛んでいれば涼しい風が気持ちいいなと思うのは、”普通の魔法使い”こと霧雨魔理沙である。 何気なく眼下を見下ろしてみれば〈人里〉の町並みがミニチュアのセットめいた風に魔理沙の金色の瞳に映った。
「……〈人里〉は今日も平和か、いい事だぜ」
その呟きとは裏腹にどこかつまらなそうな表情であるのは、平穏な時間が続いていれば偶には少し暴れてみたい気分にもなるからだ。 もちろん、だからといって自分から他人に迷惑をかけるような悪事をしようという気はない。
「まあ、もうちょいで七夕だ。 今年もまたレミリアの奴が宴会でもするんだろうしな……」
〈紅魔館〉という洋館に住む吸血鬼の少女である”永遠に幼く紅いツッコミ”のレミリア・スカーレットが何かあると〈博麗神社〉で宴会を開こうとするのは、純粋に自分が楽しむためと自らに仕える従者への労いと、そして神社の巫女である博麗霊夢への嫌がらせだ。
そのせいで友人と呼んで差し支えのないあの紅白の巫女が迷惑を被っているのには多少は気の毒とも思うが、その事を含めてそういう他人の事情はあまり気にはしないでタダで酒と食事が出来て騒ぐ事が出来るなら良しと思うのがこの亜麻色の髪の少女なのだ。
「そ~なのか~~~?」
不意にそんな声が聞こえて周囲を見渡してみて、自分の左側十メートル程のところを黒い塊が浮遊しているを見つけ「……ルーミアか……」とその塊の中にいるであろう妖怪の少女の名前を呟いた、そしてその同時刻の〈紅魔館〉では……。
「だぁぁぁああああああああっ!!!!! この私、レミリア・スカーレットは”永遠に幼く紅い月”だと何回言わせんじゃい!! この文士めぇぇぇええええええええええええええっっっ!!!!!!!」
……という少女の絶叫が屋敷中を震わせたのに、厨房で夕食の支度をしていた短い銀髪をサイドで編んでいるメイド長の十六夜咲夜は、今日もお嬢様の元気でキレのよいツッコミが響いてますねぇ、流石は”紅色のノクターナルツッコミ”です……と穏やかな笑みを浮かべてれば。
「くぉらぁぁぁああああっ!!! 私は”紅色のノクターナルデビル”よ咲夜ぁぁぁあああああああああああああっっっ!!!!!!」
次にそんな声が聞こえてきたのにはギョッと驚いた顔をしていたのは、魔理沙もルーミアも知る由もない事であった。
「そして~七夕な~のだ~~~~♪」
昼間は全体を包んでいる闇が消え少女の姿を曝け出している闇の妖怪ルーミアがそんな声を上げながら飛ぶ空は日が西へ沈んであたりは夜の闇に包まれ始めていた、もう二、三日で新月になるであろう月の明かりが地上を照らす事はない代わりに無数の星達が競い合うかのように瞬いていた。
その満点の星空の下にある〈守矢神社〉に集まっているのは〈妖怪の山〉に住む河童と天狗達だ、もちろん山に住むすべての者が集まっているわけでないが、数十人規模で彼女らが〈守矢神社〉に集うことはそうはない。
重箱の詰まった料理や陶器の酒瓶を囲みながら茣蓙の上に座る彼女らの視線の先に立つ早苗が宴会の開始の挨拶を終えれば、思い思いに料理や酒に手を付け始めた。
「……しかし、〈守矢神社〉で山の妖怪を集めて七夕の宴会とは……妙な事をするものですね」
白髪の白狼天狗の犬走椛がそう言って杯に注がれた日本酒を飲み干すと、並んで座っていた河童の河城にとりは「そうだね。 でもまあ、偶にはこういうのもいいんじゃないの?」と笑う。
人間に敵対的でない河童や天狗とはいえ、七夕という風習は知っていても別に行事自体をしようとはしない。 だから、どちらかと言えば日ごろお世話になっている山の方々にお礼の意味も込めてという早苗の誘いの言葉に乗った者達が集まったと言ってよいだろう。
「まあ……そうなんですけど……」
将棋仲間でもあるにとりの言葉に、確かに理由が何であれ宴会は宴会として楽しめば良いかと思う椛である。 新しく杯に注いだこの酒も、神社の神と巫女の三人で手作りしたという料理の味も上々で寧ろ楽しまなければ彼女らに悪いと言えるのかも知れない。
また別の席では新聞記者でもある鴉天狗の射命丸文と姫海堂ほたての二人が陽気に酒を酌み交わしあっている、互いに独自の新聞を発行する者としてライバル同士ではあっても酒の席でいがみ合う事はしない。
「……って!!!! あたしははたて!!! 姫海堂はたてだって言ってるでしょうがぁぁぁあああああああああああっっっ!!!!!!!」
突然に勢い良く立ち上がり大声で叫ぶ黒髪でツインテールの天狗少女の奇行に「あやや……どうしたのよ、ほたて?」と驚いた顔の文。
「あんたも言うくぁぁぁあああああああっ!!!!!!」
怒りで目を吊り上げたはたての叫びが提灯の明かりに照らされる神社の境内に響くのだった。
〈博麗神社〉の上空の空も満点の星空なのは同じ〈幻想郷〉であり時刻が同じだからである、そして種族が違えど妖怪達の宴会が行われているのも同じだ。
「……へぇ~、〈守矢神社〉でも七夕の宴会ねぇ……」
集まった妖怪の少女達が咲夜らメイドの用意したテーブルを囲み、思い思いに酒や料理や雑談を楽しんでいるのを椅子に座り眺めていたレミリア・スカーレットが傍らに控える咲夜の話にそう返しながら、それで今日は河童や天狗の姿がないのかと納得していた。
「まあ、向こうもどちらかというと七夕を理由にした飲み会のようですので、近場である〈守矢神社〉へ行っただけでしょうけど」
「ふ~ん……別にいいんだけどね」
独り言のように言いながらちらりと視線を動かすと、どこかやけ気味な様子で日本酒を煽っている”楽園の素敵な巫女”の博麗霊夢の姿があった。 今回も今回でレミリアに出し抜かれて神社での宴会開催となった霊夢が、酔っているであろう赤い顔で賽銭がどうとか喚きながらの八つ当たりの的にされたアリス・マーガトロイドが迷惑そうにしているのに、少し愉快な気分になり「うふふふふ……」意地の悪そうな笑みを浮かべた。
〈守矢神社〉の鳥居に七夕飾りを付けた人の背丈ほどの竹があるのは、七夕らしい雰囲気を出そうという早苗のアイデアである。 その竹に結び付けられた数十枚はありそうな短冊は、彼女が〈人里〉へ行き願いを書いてもらったものである。
八坂神奈子がその中の一枚を手に取ったのは、少し酔いを覚まそうと神社の入り口まで来た時にふと里の人間達が何を願っているのかが気になったからである。
「……ふむ、”お母さんとお父さんと刻夢といつまでも幸せに生きていられるように 永遠……か」
単純であるが純粋な願いである事とあまり上手いとはいえない字から子供のものであろうと神奈子には分かる、この子供だけではなく家族や恋人や友人などと幸福でありたいのは大半の人間がそうであろう。
しかし、幸せの基準とは人それぞれであり、時には自分が幸せになるためには他者の幸せを踏みにじらなければならいという現実は、この短冊を書いたこの子はまだ想像も出来ないだろう。 すべての者が平等に幸せな世界などありえない事は神であっても……いや、神という存在だからこそ良く理解している。
「神奈子様……?」
「……早苗か」
背後からの少女の声に振り返れば、そこにあったのは予想通りにこの自分に仕える巫女の姿、客人の天狗や河童と一緒になり少々酒を飲みすぎたのか顔がずいぶんと赤い。
それも当然だと思う、この〈守矢神社〉では〈博麗神社〉のように妖怪が集まって宴会をする事はまずない。 それゆえに今日は多少は羽目を外しても責められない、だから「今宵はなかなかに楽しんでおったようだな、何よりだ」と笑う。
「はい、皆さんとずいぶんと話し込んで、ついつい飲みすぎてしまいまして……」
少し気恥ずかしそうに答える早苗、そんなところにこの少女の生真面目さが見てとれる。
「ふふふふ、酒を飲めば天狗や河童も陽気になろうというものかの」
「そうですね、もっとも〈幻想郷〉の妖怪はみんなはお酒を飲むと陽気になるような気もしますけど」
何度か参加した事のある〈博麗神社〉での宴会を思い出してクスッと笑う早苗、巫女である霊夢は迷惑しているようだが、そういう環境を作り出している彼女の魅力のようなものは羨ましいと思っている守矢の巫女である。
もっとも、そのせいで人間の参拝客が訪れなくなっては困るなとも思うのは、本編の方と違って幻想曲物語ではそれなりに人間の参拝客があるという二次創作ならではの理由である。
「美味い酒を飲めば陽気になるのは人間も妖怪も関係ないって事ね」
本編の方とは多少違い日常でも神らしい威厳を出そうと勤めている神奈子ではあるが、この時は酒の所為かついフランクな言葉使いに戻ってしまった。
「神様もでしょう? 神奈子様?」
その事に気づいたのか気がついていないのか、からかうようないたずらっぽい笑顔の早苗の突っ込みに不意を突かれたように「む?」と唸る神奈子、だがすぐに神らしい不敵な顔に戻り口元に愉快そうな笑みを浮かべる。
「ふふふふ、まったくお主の言うとおりであるな。 結局は神も人間も妖怪も酒が好きという事よな、はっはっはっはっ!」
酒の所為とも生来の性格であるともとれる神奈子の陽気な笑いが、夜が更けていっそう輝きを増してきたように思える星空の下で響き渡ったのであった……。
〈博麗神社〉での宴会も夜も更けてなお盛り上がっているのは 参加者の大半が妖怪である宴らしい、その喧騒の中で酒を飲みすぎて泥酸い状態で顔を真っ赤にしたまるきゅ~……もとい、氷の妖精チルノが神社の灯篭や木を凍らせれる悪戯をしていれば、神社の脇巫女である博麗霊夢の「そんな妖精、修正してあげるわぁぁぁあああああああっ!!!! つか! 脇巫女言うなぁぁぁあああああああああああああああああああっ!!!!!」という怒声と共に鉄拳が見舞われるのは至極当然の展開であった。
「ぎょぇぇえええええっ!!? これが……若さかぁぁぁあああああああああああああああっ!!!!?」
数々の異変で鍛え上げられた霊夢の強烈なアッパーを受けたチルノはお約束の言葉を含んだ悲鳴と共に上空へと跳んで逝き、「チルノちゃ~~~~ん~~~~~~!!!!」と叫ぶ大妖精の視界の中でキラリ☆と夜空に輝く星の仲間入りを果たした。
「酒は飲んでも呑まれるな~~の~か~~~☆」
神社の屋根の上をふらふらと飛んでいた金髪に赤いリボンを付けた闇の妖精ルーミアは、その光景を目にして誰にともなくそう言ったのであった……。




