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バイト戦士、その名は妹紅編


 〈人里〉には一軒の変わったラーメン屋がある、”万里のピラミッド”という名の奇怪な名前のその店はもちろん東方本編ゲームの方には存在すらしない。 その入り口の暖簾をすでに日も落ちて暗くなった時間に潜ったのは鈴仙・優曇華院・イナバと因幡てゐの二人だった。

 一見すると人間の少女であるが、頭部から生えている兎の耳が二人が人間ではなく妖怪である事を示している。 とは言っても別に人間に危害を加えるような妖怪ではなく、彼女らの上司である八意永琳の薬や医療技術には里の者も助けれているし、更にその主人の蓬莱山輝夜はあのカグヤ姫なのである。 故に必要以上に警戒されて怖がられるという事もない。

 結局のところ、〈幻想郷〉では人間と妖怪は良くも悪くも隣人と呼べる存在であるのは認めるしかないのだろう。

 「こんばんわ……」

 長身の鈴仙が先に店に入り思わず動きを止めてしまったのは「あ、いらっしゃいま……」と出迎えたのが中華風の服にエジプトの黄金仮面という奇怪ないでたちの店主ではなく、長い白髪に赤白のリボンを付けた藤原妹紅だったからである。

 「……え!?」

 鈴仙よりも小柄なてゐも予想外の事にきょとんとなってしまうのだった。



 〈永遠亭〉……〈迷いの竹林〉の中に建つ和風の屋敷である、この屋敷の主人である輝夜の何十畳あるのだろうという部屋は家具なども一切なく、その殺風景さが余計に部屋を広く見せていた。

 「……妹紅があのラーメン屋でバイトねぇ」

 その自室で読書をしていた輝夜は、従者である永琳から兎の少女達が〈人里〉でそんな事があったという話を聞き、その様子を想像してみて、何かにあわないわねと思った。

 「まあ、これまでも数々のバイトをこなしてきているらしいですけど」

 上下で対称な赤と青の衣装を纏った永琳はお盆に載せて持って来たお茶と団子を主人である綺麗な黒髪の少女の傍に置くと畳の上に正座をしたのは、輝夜がもう少し話を聞きたいというように本を閉じたからであった。

 「妹紅ってばそんなにお金が必要状況なの?」

 もちろん生きていくためにお金が必要でそれを手に入れるために働かねばならないのは分かる、だがそんなにあくせくとバイトをしなくても彼女がお金に困った事はないはずである。

 「お金のため……というよりは上白沢慧音の勧めでやっているという感じでしょうか」

 「……慧音? ああ、寺子屋の上白沢慧音ね。 よく妹紅の傍にいる」

 妹紅と会うと大抵は殺し合いに突入してしまうためにきちんと話もした事もないが、穏やかで優しいがおせっかいそうというのが輝夜の印象だった。

 「はい、その慧音が少しでも里の人間と彼女の接点を持たせようと勧めたそうですね」

 不死となり永遠にその容姿が変わることのない存在となってしまった妹紅は人間にとっては自分達とは違う異質な存在でしかなかった、例え自分達と変わらぬ姿をし同じ物の考え方をし同じ心を有していても彼女は彼らにとってはニンゲンではなかったのである。 

 そんな風に差別された少女が心を閉ざして人目を避けるような暮らしを余儀なくされるのは当然の成り行きであると永琳が思うのは、それが人間であると理解しているからである。 愚かと思うことも軽蔑もしない、事実を事実と認識していというだけの事である。

 「彼女もよくもあのじゃじゃ馬の面倒をみれるものねぇ……」

 どうでもよさげに呟く輝夜は妹紅と慧音がどうやって出会い今に到るのかを実は知らないと気が付き、気の遠くなるほどの時間を殺しあってきたのに妙なものだと思えた。 自分の関心が藤原妹紅の存在という一点に集中していたのであろうが、彼女の好きなものや嫌いな物や人間関係にまったく関心を持っていなかったのは、やはりどこかおかしなものと感じる。

 「……そう言えば……私はどうして妹紅を殺したいんだっけ……?」

 無意識にそんな事を呟いていた自分に驚く輝夜だった。



 

 「ありがとうございました!」

 〈万里のピラミッド〉の店内では最後のお客が出て行くを見送った妹紅が「ふぅ……」と小さく息を吐いた。 その彼女の背後から「うむ、今日もご苦労ったな妹紅君!」と労うのは店長のファ・ラ王である。

 人からはツタンラーメン王などとも呼ばれていると自称する彼は中華風の衣装にエジプトの黄金マスクを被っているという奇怪なスタイルであったが、数日間を一緒に仕事をしていればだいぶ慣れたものであった。 もっとも、そんな自分にそれもどうなんだろうと多少は疑問を感じないでもない妹紅でもあるが。

 「しかし、君は本当に良く働くな? 感心だ」

 「そうなのかな?」

 親友である慧音に半ば強引にさせられているようなものではあっても、やる以上は中途半端はしたくないというだけの事であるのは、これまでのバイトも変わらない。 そしてそれは妹紅にとっては当たり前の事であるから果たして感心される程の事なのだろうかと思う。

 「うむ、私もここに来るまでに何人かのバイトを雇った事もあるがな、君はなかなかに骨のある方だぞ?」

 「そりゃ……どうも」

 一応は褒められている事に感謝しつつも、こんな店で、しかも〈幻想郷〉の外なのにバイトする物好きがいたんだなと驚く。 確かに外見がちょっと問題ありというだけで店主の性格や料理人としての実力には何も問題はないのだが。

 実際のところ噂を聞いてやって来た初見のお客は店主の姿にひいたり食事中もどこか緊張している様子だが、何度か足を運べば慣れもし、妖怪というイメージによる偏見も消えてしまっているようだった。

 それは、ファ・ラ王が料理というものを介して積極的にお客と交流を持とうとしている事が大きな要因ではないかと思う、暇があれば厨房から出てきてお客にあれこれと語ったりしている姿はこの店では日常の光景なのだ。

 どうしてそんな事をするのかと聞いたら「料理とはただ空腹を満たし栄養を摂取するだけのものではないのだよ、妹紅君!」とだけ言った、その意味は自分で考えてみろという事なのだろう。

 何にしてもこの妖怪の元で仕事バイトをするのは嫌ではないなと、そんな風に考える妹紅だった。



 今日も今日とて暇人をしているのは〈紅魔館〉の主人であるレミリア・スカーレットだ、自室の椅子に座りメイド長の十六夜咲夜の淹れた紅茶を片手にのんびりとテレビを眺めている。

 「…………何と言うか……何この、紅魔館組は半ばレギュラーと化してるからレミリアと咲夜だけでも出しとこか的なのは……」

 「まあ……出番がないよりは良いかと……」

 呆れ顔の主人に背後に控える咲夜も苦笑交じりに答える。

 中身を飲み干したカップをサイドテーブルの上に置きながら「はぁ~……」と溜息を吐いた紅色のノクターナルツッコミのレミリアは、やはり今日も今日でキレのあるツッコミを響かせる優雅な一日を送るのであった。

 「だぁぁぁああああああああっ!!!! ツッコミのどこが優雅くあぁぁああああああああああっ!!!!!……つか、紅色のノクターナルツッコミでもないわいぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!!!!!!!!!!」

 さっそくツッコミの叫びが響くその部屋の窓の外を「そ~なのか~~?」と通り過ぎたのは、やはりと言うか黒い闇に包まれたルーミアであった。




純和風な〈永遠亭〉の庭園も当然であるが和風である、その庭園で半月の月を見上げている輝夜は「こんな所でどうされましたか?」という背後からの女性の声に振り返り「……永琳」とその名を口にした。

 大昔に蓬莱人となって月の都を追放され、その後自らの意思で地上に残る事を決めたこの少女が未だに月の世界に未練があるとは永琳も思わないが、さりとて今は彼女が物思いにふけっている理由にも心当たりはない。

 「ねえ、永琳。 私も妹紅や他の人間達みたいに働くべきなのかな?」

 輝夜がそう問いかける永琳は月明かりに照らされた三つ編みにした長い銀髪が神秘的な美しさを醸しだしていた、それは彼女の存在の大きさを主人であり教え子でもある少女に再認識させてるようにも思える。

 輝夜は毎日をグータラと遊んで過ごしてはいない、確かに遊びもするが勉強もし鍛錬もするが、それは”させてもらっている”のである。 この〈永遠亭〉を維持するために働くのはこの永琳であり鈴仙ら兎達で輝夜自身は何もしていないし、姫などと言っても彼女らの上に立つ存在として特別な何かがあるわけでもない、要するに養われているだけのお飾りも同然なのである。

 それは自分が”子供”である事を意味している、それに対して妹紅は日々の糧を自らの自らの手で稼ぎ他者の為になる仕事もしている。 それはあの生意気な少女が自分とは違い”大人”であるという事を意味しているのだ。

 「……そう、ですね……」

 輝夜が口の出す事のないそんな想いも何となく察する事が出来る程度には長い時間を従者として、また教育係として傍で過ごしてきた永琳である、主人の少女にそんな事を思わせるのが妹紅に対する意地であり、子供である自分が大人である彼女において行かれているのが面白くもないしどこか寂しさも感じているのだろうと想像出来た。

 「ですが……輝夜様はその為にまだまだ勉強をなさる必要があるかと存じます」

 「……?……私は十分勉強はしているつもりだけど……?」

 不満げな顔をするのはこれまでに努力をしてきたとの自負があるからだろう、それは永琳も分かっているし彼女の学んだ知識も十分に身についているも思う。 だが、この場合の勉強とはそういう事ではない。

 ヒトの社会というものは書物では決して学べない事がいくつもあり、それは人生を歩む過程で生活の中で実地で学んで身に付けて行くしかない。 だから、生きてきた時間がどれだけ永かろうがニンゲンの社会に出ていくようになって間もない輝夜ではまだまだ不安の方が大きいだろう。

 「十分かどうかはいずれ分かりましょう……ですから今はまだ、今までどおりにお過ごし下さい」

 簡単に答えを教える気はない永琳が輝夜に穏やかな笑みを浮かべてみせ、相変わらず答えをはぐらかす従者の言いようにキョトンとなる長い黒髪の姫を見守るかのように半月の月明かりが照らしていた……。




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