紅魔館全滅! 刺客は異世界人だった!!編
⑨……もとい氷の妖精チルノを倒し更に紅魔館にも攻め入る謎の男と戦い? そして霊夢の前に現れる謎の黒衣の巫女が現れるお話。
今回は敵役として原作キャラベースと普通のオリキャラが出ています。
紅魔館全滅! 刺客は異世界人だった!!編
〈幻想郷〉の某所で氷の妖精チルノは不気味なフードの人物と対峙していた、「ふふふふふ……」と笑い声から察すれば男であろう事はチルノでも分かるがそれだけである。
「誰だか知らないけど、このあたいに喧嘩を売った時点でお前は負けているのさ! なんたってあたいは最強なんだからな~~!!」
妖精であるチルノは人間の幼女程度の身長しかなく、そのチルノが自分の倍以上の背丈の人間に自信たっぷりの言ってみせるのは、あながちはったりというわけでもない。 彼女は妖精の中でも桁外れな力を持ち、並みの人間では太刀打ち出来ない力はある。
「……ふふふ、元気のいい娘だな? 名前は?」
「よ~~く覚えておけよ! あたいはチルノって言うんだ!!」
氷のような形の羽根を持つ妖精は言いながら宙返りをして見せたことに大した意味はない。
「……そうか、でも残念だな……ふふふふふふ」
「な、何だよ?」
チルノの顔に警戒の色が浮かぶのは、その笑い声があまりにも不気味だったからである。 フードで顔を隠し表情がうかがい知れないだけになおさらそう思う。
「……チルノはここで……散るのだ……」
その瞬間に静寂が訪れて一陣の冷たい風がヒュ~吹き抜けた、十六夜咲夜がいるでもないのに時が止まったかのような錯覚さえ覚え、チルノは身体の芯から凍りつくかのように冷えるのを感じた。
「……え!?」
氷の妖精にありえるはずの無いその感覚は、しかし決して錯覚ではなかった、チルノの身体を冷たい透明の塊が包んでいく。 その塊をチルノは良く知っていた、今までに何十匹というカエルをその冷たい塊に包んできた。 そう、彼女は凍りつかせる側のはずなのだ、その自分がどうして凍りつかさせる側になっているのか……いくら考えてもまったく理解出来ない。
「……うう……お、お前は…………」
それが最後だった、信じられないという風に目を見開いた表情のまま完全に凍りに包まれたチルノの小さな身体は地面に落下して転がる。
「ふふふふふ、我の名はシルヴァ……シルヴァ・ブルーメよ……」
寒い日にはこたつで蜜柑に限るなと、そんな年よりくさい事を思う博麗霊夢は一応は巫女服ではいるものの神社の仕事をしようという気はなかった。
異変が起きないのも退屈だが、のんびりする暇もないのも大問題だと考えながら霊夢は蜜柑の皮を剥き始めた。
「……そんな……そんな事が……」
〈紅魔館〉の門番である紅美鈴は、己が守るべき門の前ですでに胸の辺りまで凍りついていた。 気合で氷を砕こうとしても、そんなアニメか漫画みたいなことが美鈴に出来るはずもない。
「……くっくっくっく、無駄よ我の力から逃れることは出来ん」
「くっ……このような奇妙な能力を使う敵なら……絶対に通すわけには行きませんっ!!」
現れるなりいきなり襲い掛かってきたこのフードの男が穏便な目的で〈紅魔館〉に来たはずがない、レミリアが負けるとは思いたくはないが、この敵の得体の知れない能力に不覚をとらないとも限らない。 だから、美鈴はこの敵を絶対に食い止めなくてはならない。
「…………っ!!?」
だが、その彼女の思いも空しく氷は口元まで包み込んできて声を出すことも出来なくなる、そして十数秒後には全身が包まれて物言わぬオブジェと成り果ててしまった。
「……所詮は紅美鈴か、レミリア・スカーレットにフランドール……それにパチュリー・ノーレッジはこうも簡単にはいかないだろうがな」
そう呟くシルヴァ・ブルーメは、しかし自分が負けるとは微塵も考えていなかった。
人里で買い物を済ませた〈紅魔館〉のメイド長の十六夜咲夜は特に急ぐ事もなく職場でもあり自宅でもある屋敷へと飛行していた、冬空を飛ぶのはまだ寒い日が続くが、〈紅魔館〉に帰れば暖かいストーブが待っていると思えばそれでも我慢できないものでもない。
「……?」
その時後方からやって来る人間の気配に気がつき、それが箒に乗った白黒の魔法使いの霧雨魔理沙と分かると「……やれやれ」と苦笑した。
「……今日はまたどんなご用件でしょうね? 白黒の魔法使いさん?」
スピードを落として魔理沙に併走すると多少嫌味っぽく言ってみる、この場所を飛んでいるなら目的地が〈紅魔館〉であるのは間違いなく、異変を起こさない限り魔理沙は敵というわけでもないがあえて招待したいお客様でもない。
「おいおい……あたしだって別にパチュリーの魔道書をぬす……じゃなくて、借りに行くばっかじゃないぜ?」
「さて、どうでしょうかね?……?……」
その時にふと名前を呼ばれた気がして前方へと視線を戻すと、黒い羽根を持った小柄な少女が大慌てという様子で飛んで来るのが見えた。
「……小悪魔……?」
「……さ、咲夜さん!! 大変なんです!! 〈紅魔館〉が……〈紅魔館〉がっ!!!!」
小悪魔がそう叫びながら咲夜に体当たりするかの勢いで飛び込んでくるのをしっかりと受け止めながら、「いったい、どうしたのですか?」と聞く。
「……あ……はい、〈紅魔館〉にいきなり襲撃者が現れて……パチュリー様達が……その、負けてしまいましたっ!!!」
「……!!!?」
「おいおい……パチュリーが負けただってっ!!?」
咲夜の目が驚愕に開かれ、魔理沙も信じられないという風に声を上げた。
「……お嬢様や妹様達はっ!!?」
「……分かりませんが、おそらく……私はこの事を咲夜さんに知らせなさいというパチュリー様のおかげで逃れられましたが……」
小悪魔は顔も声も泣き出しそうであったが、それを気遣う余裕は咲夜にもなかった。 まだ、最悪の事態になったとは限らないが、だからと言って安心出来るわけでもない。
それでも冷静にならなければ何とか出来るものも何とか出来なくなる、まずは小悪魔から詳しい事情を聞くのが先決だと判断し実行する。 小悪魔も咲夜と合流できて安心し落ち着いたらしく、ゆっくりと状況を話し出す。
それによると襲撃者は奇妙な能力で〈紅魔館〉の住人達を氷漬けにしていったらしい、それだけであれば単に冷気を操る類の能力と判断していいのだが問題はパチュリーですら抵抗も出来ずに氷漬けになったという点である。 彼女程の魔法使いであれば魔法による防御は鉄壁であるはずなのだから。
「……それなんですが、その……これは私の推測なのですが……」
「何です? 言ってごらんなさい」
咲夜に促されても小悪魔はまだ迷っていたが、すぐに意を決したのか口を開く。
「敵の能力はおそらく……【オヤジギャグで凍りつかせる程度の能力】……ではないかと……」
「「…………はぁ?……」」
あまりにも予想外の言葉に咲夜と魔理沙は思わず変な声を出してしまった、更に小悪魔が説明するには、彼女には聞き取れなかったが襲撃者が何かを呟きパチュリーが「……何よ、そのつまらないギャグは?」と言った直後に彼女が凍り始めたのだと言う。
この状況で小悪魔がつまらない嘘や冗談を言うと思う咲夜ではない。
「……なるほど、それは奇怪な……」
「オヤジギャグとか何の冗談だよ……って言いたいが……」
どんな能力があっても不思議はないのが〈幻想郷〉ではあるが、それでも奇怪な能力であると魔理沙も思った。 同時にオヤジギャグ云々はともかく恐ろしい能力であるとも分かる、パチュリーですら抵抗も出来なかったのだから。
「……とにかくお嬢様達を救出に行かなければいけませんね」
そう咲夜が言い出すのは魔理沙には分かっていたし彼女に協力するのもやぶさかではない、だが無策で突っ込むのはいくらなんでも危険すぎる。
「助けにってどうするんだよ? 何か作戦でもあるのかよ咲夜?」
魔理沙の問いに〈紅魔館〉のメイド長は小さく頷くが、そこに自信めいたものはあまりないように思えた。 これは分の悪い賭けになるかなと感じつつも話を聞いてみるしかないとは思う、だから魔理沙は言った。
「話してくれ、どうしようって言うんだ?」
ポトリと皮をむきかけた蜜柑が床に落ちて転がった、霊夢がその蜜柑を拾うこともせずに固まっているのは、こたつの上に突然に現れた少女のせいである。
「はじめまして……と言うのもおかしいわね?」
「……あんた……」
邪悪な笑みでこたつに入っている霊夢を見下ろすその顔はもまた霊夢だった、違うのは身に着けている巫女装束が黒い事と、彼女の発する霊気が恐ろしく邪悪で強大だという事だ。
〈紅魔館〉の玄関ホールに飛び込んだ咲夜と魔理沙、そして小悪魔は愕然となった。 そこには氷漬けにされたレミリア達がオブジェのように飾られていたからである。
「お嬢様に妹様……パチュリー様……それで妖精メイド達にチルノまで……こんな……」
僅かに振るえる声の咲夜の後ろにある氷漬けの美鈴が”あの~私は……?”とでも言いたげな目になっているのには咲夜はもちろん魔理沙も小悪魔も気がつかない。
「……悪趣味な事をしやがるぜ……」
「……悪趣味とは言うじゃないか、霧雨魔理沙?」
突如として響いた男の声に三人がぎょっとなる、いつの間にか彼女らの正面に白いローブの人物が立っていた、距離は五メートル程である。 魔理沙と咲夜はどうしてここまで敵の接近を許してしまったのかと疑う。
「あなたがお嬢様達を……?」
「そうだ十六夜咲夜、我の名はシルヴァ・ブルーメだ」
フードに隠れた表情が余裕綽々というのは声の調子から分かる、「……こっちの事は調査済みってか」と言いながら《ミニ八卦路》を取り出し構える魔理沙。
「まあ、調査済みと言うか……我も東方ファンなのでな?」
「……え? ど、どういう事なの?」
聞き返す小悪魔にシルヴァはニタリと口元を歪めた。
「良いだろう、教えてやる。 我の本当の名は天星知井人、この幻想曲物語とは別の世界に生きていたしがない中年男だったのだ」
そう名乗った男は、自分が元の世界でダンプに跳ねられて死亡した後に死後の世界らしき場所で暗黒巫女と名乗る少女により力を与えられシルヴァ・ブルーメとして転生させてもらったのだと言った。
その条件としてこの〈幻想郷〉の住人達を恐怖と絶望に落としいれてもらうというものらしい。
「なるほど、あなたは転生チート者……という事ですか」
「「転生チート……?」」
「某所で流行っているのですよ、不慮の事故でとかある日突然に異世界の住人として生まれ変わり、その際にチート能力を授かるというのがね」
要するにこの書き手も流行に乗るという安易な行為に走ったということだろうと咲夜は呆れる。
「よく分からないが……こいつは異世界人って事かよ……」
咲夜は頷く、とりあえずはそう言う認識で問題ないだろう。
「私は霊夢……いえ、暗黒の巫女ダーク・レイムと言うべきかしらね?」
「……ダーク・レイムですってっ!?」
霊夢は素早く立ち上がると同時に後ろへ飛び間合いを取ると身構えて臨戦態勢をとる、この辺りの切り替えの速さがこれまで経験してきた実戦の数を窺わせる。
「私の目的はすべての〈幻想郷〉を恐怖と絶望で包む事、その手始めがこの幻想曲物語なのよ」
ダーク・レイム、彼女はいろいろあってやさぐれてしまい暗黒の力に手を染めた博麗霊夢の可能性のひとつである存在であった、その力は神の領域にも匹敵し平行世界を渡るまでになったのである。
つまり彼女は神にもっとも近い巫女、暗黒脇巫女ダーク・レイムなのである。
「だぁぁぁああああああっ!!! 脇巫女言うなぁぁあああっこのアホ文士めぇぇぇえええええええええっっっ!!!!!」
「……????」
ダーク・レイムの唐突で意味不明な叫びに霊夢はキョトンとなった。
「……さて、おしゃべりはここまでだ。 お前達にも氷のオブジェとなってもらおう」
シルヴァが言うと咲夜は素早く左右の魔理沙と小悪魔に視線を走らせれば、二人も小さく頷く。 その動作に僅かに怪訝な顔をしたシルヴァだったが、無駄な足掻きをとしか思わなかった。
すでに小悪魔によって自分の能力が知られ、咲夜達が対抗手段を用意してきてある事など想像すら出来なかった。
「「「そういうチートはちーと良くないっ!!!!」」」
シルヴァが何かを言う前に少女三人は大声で叫んだ、そして数秒間の沈黙が場を支配した。 その沈黙を破ったのはシルヴァ・ブルーメの驚きの声だった。
「…………な!?……何だとっ!!!?」
「まあ、いいわ」
ダーク・レイムは咳払いをしてからそう言うと、その身体が宙に浮かび上がった。
「今日のところは挨拶程度よ、シルヴァ・ブルーメもそろそろ負ける頃だろうしね」
レミリア・スカーレットらまで倒せたのは期待以上とは言えたが、これ以上の期待をする気はなかった。 元いた世界でまともに仕事の出来ないニートの男が〈幻想郷〉で力を与えられたとて何が出来るものでもない、最終的には厳しい現実というものを突きつけられるだけだ。
「あんたは……!!?」
「また会いましょう、この世界の博麗霊夢!!」
その言葉を最後に暗黒脇巫女ダーク・レイムの姿は消え去った……。
「だから脇巫女言うなぁぁぁああああああああっ!!!!!」
……否、最後にもう一度だけ叫びが響き渡った。
そしてダーク・レイムの言ったとおり〈紅魔館〉での騒動にも決着が付こうとしていた。
シルヴァ・ブルーメの身体が徐々に氷に包まれていく、その彼の表情はいったい何が起こっているのか理解出来ないというものだった。
「成功……したのか咲夜?」
「ええ。 やはり、敵の前にこちらが行動すれば【オヤジギャグで凍りつかせる程度の能力】は奴に跳ね返る」
予想通りの結果に、【時を操る程度の能力】どころか《銀のナイフ》を使うまでの敵でもなかったかと思う。 万が一を想定し魔理沙にも来てもらう事もなかったかも知れない。
「な!? 貴様ら我の能力を……!!?」
咲夜の言葉に驚愕の表情になるシルヴァ。
「そうです! 私が教えましたよっ!!!!」
「小悪魔だとっ!?」
その彼の反応からシルヴァは小悪魔が逃げ出していた事すら気がついていなかったのだろう、あるいは大したこと出来ないだろうとたかをくくり気にもしていなかったか。 いずれにせよ自分の思い込みだけで都合よく楽観的に考えるしか出来ないからこういう詰めの甘い事をしてしまうのだろうと思う咲夜。
「お前の能力は厄介だと思うぜ、だがな、種が割れればどうにかだって出来るもんだって覚えておきなっ!」
魔理沙が言うようにレミリア達がやられたのは能力を知らなかった故の不覚でしかない、こんな不意を突く事でしか使えない能力でよくもあそこまで有頂天になっていたものである、何にしてもこの男に後悔も反省も無意味だと咲夜は分かっている。
「そんな……この我が……何故だぁぁぁぁあああああああああああああっっっ!!!!!?」
魔理沙の言葉が聞こえていたのかいないのか、シルヴァはその絶叫を最後に完全に冷たい氷の置物になり永遠に沈黙する事になった……。
まったく酷い目にあったものねと思いつつレミリア・スカーレットは咲夜の用意した紅茶を飲み干した、暖房の良く効いた〈紅魔館〉のリビングには、彼女の他にパチュリー・ノーレッジと魔理沙もソファに座ってる。
「……敵の能力を知らなかったとは言え、不覚だったわ」
「まあ、仕方ねえさパチュリー。 そういやフランドールはどうしたんだ?」
「あの子なら氷から助け出されるや否や、緊急クエの時間がどうとかこうとか言って自分の部屋に駆け込んでいったわよ……まったく……」
呆れ顔で溜息を吐くレミリアを眺めながら、ここのフランは相変わらずかと思いながら茶請けのクッキーを手にとって口に入れる魔理沙。 常人からすればどこか狂っているゲームオタ、そのせいで修行不足で己の能力をいまだにもてあまし気味に未熟者のフランドール・スカーレット。
「……って、そういやあいつはどうするんだ?」
「あいつ……ああ、シルヴァ・ブルーメね。 それならもう処分済みよ?」
「いっ!!?」
意味深な笑いを浮かべるレミリアの言葉に魔理沙は反射的に自分の飲んでいた紅茶やクッキーを見やると、今度は「クスクス」と可笑しそうに笑う〈紅魔館〉の主の少女。
「心配しなくても人間のお客にそういう物を出したりはしないわよぉ?」
「あ……あはははは……そ、そうだよなぁ……」
顔を引きつらせて苦笑いをしながらも、手に持っていたクッキーを皿に戻す魔理沙。 あの男がどうなったのかは聞かないほうが精神衛生上好ましいのだろうと本能に近いところで理解していた。
久々にこの赤い屋敷が人ならざる者達の住処だと思い出した気がする、基本的にドタバタ劇メインな幻想曲物語でもそういう黒い部分はあるという事だろう。
「…………」
その魔理沙の様子を眺めながら愉快な気分になりながらも、パチュリーは何かが引っかかっていた。 おそらくこの騒動はこれで解決し明日からはまたいつもの日常が〈幻想郷〉に戻るのは間違いないとは思う。
だが、それで本当にすべてが終わったわけではないのかも知れないと漠然と思うパチュリーだった。