妹紅VS輝夜、花見の席の決闘編
澄んだ青空の下、暖かな日差しの降り注ぐ〈博麗神社〉では鮮やかな桃色に咲き乱れる桜の木の下で妖怪の少女らの宴会が行われていた。 もちろん、妖怪の中に混じり霧雨魔理沙ら人間もこの春の宴を楽しんでいる。
「今年はえらく大人しかったが……ついに観念したのかよ、霊夢?」
トレードマークのひとつであろう黒い尖がり帽子を下に置き、茣蓙の上にあぐらをかいた魔理沙が愉快そうに言うと、隣にムスッとした顔で座りちびちびと酒を飲んでいたこの神社の巫女である博麗霊夢は「そんなのあんたには関係ないでしょう……」と突っぱねた。
確かに結局どうやっても妖怪達の宴会を防げないのなら抵抗するだけ無駄……と言うか、レミリアはその抵抗自体を面白がっている部分もあり彼女を楽しませるというのも余計に面白くない霊夢だ。 だから、魔理沙の言う通り観念したといえばしたと言える。
もっとも、霊夢としては完全に諦めたつもりもなく、何か良い手段でもあれば実行するつもりではいるが。
少しはなれた場所でその人間二人の様子を眺めていたレミリア・スカーレットは「……うふふふ」と微笑を浮かべている、隣に座る十六夜咲夜はその主人のどこか挑戦的な顔に、今回は何もなかったがこのまま大人しく諦める霊夢でもないだろうと思っているのだろうと考える。
「……そういうところは子供っぽいんですから、うちのお嬢様は……」
そんな思いがつい小声とはいえ口に出てしまい慌てて口元を抑える咲夜だったが、「……ん? どうしたの咲夜?」とレミリアが聞いてくるのに、考え事でもしていて聞こえていなかったようだと安堵した。
「何でもありませんよ、お嬢様」
「…………?」
従者のそんな返事に怪訝な顔になるレミリアだった。
八雲紫がで自宅の縁側で庭の桜の木を眺めているのは、別に〈博麗神社〉の騒々しい花見が嫌だからというわけでもなく、単に友人である西行寺幽々子が尋ねてきていたからである。
「……八分咲き……というところかしらね?」
「そうね……」
皿に盛ってあった団子をあっという間に平らげた幽々子が桜の咲く具合を見て言うと、紫もそれに答えながら、そういえば〈冥界〉の桜の西行妖の開花を霊夢達が阻止したのもその程度咲いた頃だったかしらと思い出す。
霊夢達の行動がもう少し遅かったらと思うとゾッとなる紫だ、もしも西行妖が満開になっていれば幽々子の存在は永遠に失われ、こうして呑気に花見酒など交わしてられなかっただろう。
そうだったとは今でもは知る故もなく穏やかな笑顔で隣に座る友人の顔を眺め、そんな紫に「……どうしたの?」と問う幽々子。
「……桜の木の下には死体が埋まっている……とは言ったものね……」
「……?」
その友人の呟きは自分に言ったとも、単なる独り言のようにも思える幽々子だった。
「何でお前がここにいるんだよっ!!!!」
突然〈博麗神社〉の境内に響いた怒声は藤原妹紅のものだ、その妹紅が険しい目つきで睨みつける先にいる少女の名は部下達と共に茣蓙の上で花見を楽しむ蓬莱山輝夜である。
「私がどこで何をしていようと私の勝手よ、違う妹紅?」
「何をっ!?」
わざらしく相手を見下すような言い方が更に妹紅を苛立たせた。 彼女を花見に誘った友人の上白沢慧音は、面倒な事になったなと思いながらも「花見の席だぞ、とにかく落ち着け妹紅」と宥めようとしている。
一方の輝夜の部下である因幡てゐと鈴仙・イナバ・優曇華院の兎のコンビは、また始まったよ……という風に顔を見合わせ、八意永淋は落ち着いた顔で成り行きを見守りながら手に持っていた杯の中身を飲み干した。
「引き篭もりの蓬莱ニートは大人しく〈永遠亭〉に日篭ってりゃいいって言ってんだよ!!!」
「誰がニートよっ!! 私は姫よっ!!!!!」
過去の因縁から顔を合わせばこんな調子の二人であるから他の者達も、また始まったのかと呆れるものや酒の席に面白い見世物が始まったかと思う者などそれぞれである。
「……あの連中もよくやるよ」
意外にも前者だった霧雨魔理沙の呟きに少し驚くのはアリス・マーガトロイド、てっきりもっとやれとけしかけるような言動をするものと思っていたのだ。 必要とあれば戦闘を躊躇しないし戦いをどこか楽しんでいるような彼女であっても軽はずみに他者の喧嘩を煽るほどに軽率な事はしないかと感心する。
「何だよ、やろうってかっ!!?」
「先に突っかかってきたのはあなたの方じゃないのよっ!!」
今にも取っ組み合いを始めそうな妹紅と輝夜に「いい加減にしなさい!!」と大声を出したのは霊夢だった、二人を威圧するかのように両手を腰に当てながらするどい目つきで睨みつけている。
「あんたらが喧嘩をするのは勝手だけどね、〈博麗神社〉でやろうっていうんなら二人とも叩き出すわよ?」
霊夢は交互に睨みつけながら言れて「……う?」とたじろぐ不死の少女達、そしてちらりと視線を交し合うと「……わかった」「わかったわよ」と言った。
霊夢はその妹紅と輝夜の表情が納得していないという風であるのにどうしたものかと考える、酒の席で多少の揉め事は仕方ないところはあっても、互いに死なないとはいえ宴会中に殺し合いは困る。
「それならば、この場はここのルールで決着をつけてはどうでしょう?」
ここにきて、それまで黙って成り行きを見ていた永琳が口を開いた……。
美鈴の不在時に〈紅魔館〉の門番をしているのは毎度おなじみの大魔王モンバーンである、その彼と話しをしているのは門の前の掃除を終えた妖精メイド三人衆だ。
「確かに〈紅魔館〉を留守には出来ないけど……」
「そうねぇ……〈博麗神社〉のお花見、行きたいよねぇ……」
フェア・リーメイドとラーカ・イラムの愚痴に「まー、しゃーないもんはしゃーないで」とチャウ・ネーン。
「ふむ、従者の勤めとはいえ辛いところだな」
モンバーンがそんな彼女らの愚痴に同情したように言う、妖精とてロボットでないのだから時には花見の様なイベントでぱーっと遊んでみたいと思うのが当然だ。 もっとも、レミリアもそれは分かってはいるのだろうとはモンバーンも思っている、実際シフトの空き非番となったメイドは花見の雑用係の名目で連れて行ってはいるのだから。
「ま、来年はうちらが非番になる事を祈ってようや~」
神社の境内の中央あたりに数メートルの間隔を置いて対峙する妹紅と輝夜、その周囲を宴会に来た妖怪達が取り囲んでいる。
「それでは今回の勝負のジャッジは私、八意永琳が勤めさせていただきます……ご心配なく、私もやる以上は輝夜様贔屓などせずに公平なジャッジをしますよ?」
両者の間に立つ永琳の宣言の後半は、疑い深げな視線で自分を見据えていた妹紅に向けて言ったものである。 輝夜も「当然ね、永琳はそんなずるい事はしないわよ」と言えば妹紅もしぶしぶという顔で分かったという風に頷く。
今回は観客である霊夢は「やれやれ……」と溜息を吐き、隣に立つ魔理沙は「まー、こうなるよなぁ~」と愉快そうに笑う。
「勝負の方法はいわゆるリトバス方式の決闘。 互いに自前の武器や能力は禁止で、これから観客が投げ入れる武器を無造作に取ったもののみで戦って頂きます」
永琳の説明に輝夜と妹紅は頷く。
「それでは皆さん、武器を投げ入れて下さい!」
酔いもありテンションの高くなった妖怪少女らが待ってましたとばかりに武器を投げ入れていき、対決の当事者の少女らは目を瞑りながらも「これだ!」「これよ!」とそれらの中のひとつをしっかりキャッチしてみせた。
「……《金属バット》かっ!」
「私は《フライパン》ねっ!」
互いに自分の武器を確認し声に出す、どちらも本来は武器ではないが攻撃力は十分あるものだ。 双方武器を構えつつジャッジの言葉を待つ。
「では、勝負開始っ!!」
永琳の開始宣下と同時に二人の不死の少女らは地を蹴って飛び出し、次の瞬間に《金属バット》と《フライパン》のぶつかった金属音が響いた。 妹紅の振り下ろした《金属バット》を輝夜が《フライパン》の底で受け止めたのだ。
「……やるな!」
「当然よっ!」
間髪居れずに二撃目を打ち込もうとするが、今度は輝夜の方が早かった。 《フライパン》の側面で妹紅の脇腹目掛けた横薙ぎを間一髪というタイミングで受け止めた。
「大人しくやられなさいよ、妹紅!」
「冗談!」
そこからは互いにがむしゃらに武器を振り合う、それぞれに攻撃と防御を繰り返し神社の境内に響かせるテンポのよい金属音は心地よい音楽めいているとギャラリーに感じさせた。
「だいたい、あなたはしつこ過ぎるのよ! 大昔の事をいつまでも!!」
「大昔とか関係あるか! 父上の無念、今日こそ晴らしやるよ!!」
体格で勝る妹紅だがこの勝負では蹴り技のような格闘も禁止されているし、剣術の心得のない彼女では《金属バット》を勢い任せに打ち込むような単調な攻撃しか出来ないが、
それを差し引いても彼女と渡り合う輝夜の動きはたいしたものである。
「ニートのクセによく動ける!」
「私をそんじょそこらの”蓬莱山輝夜”と一緒にしないでくれる!」
《金属バット》の打ち込みをバックステップで回避する。
「私は! 幻想曲物語の私はゲームオタの引き篭もりじゃないのよっ!!!!」
「なん……だと……!?」
驚きの表情を浮かべながらも輝夜の一撃を受け止める妹紅。
「……つーか、今まで知らなかったの……?」
「まあ、お嬢様。 輝夜さんは今回初登場ですからねぇ……」
「それ言ったら身も蓋もないんですけど、咲夜さん……」
呆れ顔で言ったレミリアのツッコミに律儀?に反応する従者の二人、その間にも妹紅らは攻防を続けている。
「まあいいさ! どうしたってお前を倒す事に変わりはない、蓬莱山輝夜っ!!!!」
「あなたなんかに倒されたりはしないわよ! 藤原妹紅っ!!!!」
叫ぶ二人のシルエットが交差すると、今度は軽快な金属音ではなくバコンという鈍い音がした。 双方共に数歩進んだ位置で動きを止めるとしばしそのまま硬直していた、そして二人同時にパタリと倒れこんでしまった……。
「「うきゅ~~~☆」」
そんな声を漏らす妹紅と輝夜の頭には巨大なタンコブ、これはどうみても両者共に戦闘不能状態だ。 「お師匠様、この場合はどうなるんです?」という鈴仙の問いに永琳は少し考えた後に右手を挙げて宣言する。
「両者戦闘続行とみなして、この勝負は引き分け……ドローとします!!」
だいぶ日も傾いてきた時刻にもなれば酒や料理も尽きてきた事もあり、ほとんど妖怪建ちは帰路についていたが、慧音と永琳が残っているのは妹紅と輝夜が目を覚ますのを待っているからである。 《フライパン》や《金属バット》とはいえ互いに相手を撲殺するくらいの気持ちで放った一撃のダメージは案外大きく、《博麗神社》の一室を借りて二人を寝かしいるのだ。
二人して桜の木にもたれ掛りながら他愛のない会話で時間を潰していた、鈴仙とてゐは夕食の支度などの〈永遠亭〉の雑用があるので先に帰していた。
「……しかし、妹紅も妹紅だが、あなたのお姫様もずいぶんとやんちゃなものだな?」
「今日の勝負の事? そうね、ずいぶんと楽しそうでしたよ」
建前上は殺し合いではないリトバス方式の決闘だがあの二人はおそらく殺し合いのつもりで戦ったのだろうとは慧音も永琳も分かっている。 それを踏まえて死なないとはいえ無茶もほどほどにしてほしいと思うのが慧音であり、妹紅は本当に楽しそうに戯れると思うのが永琳だった。
互いに保護者的な立場であってもこうも違いが出るのは、永琳の方は輝夜らの過去を知っていて不死というものの重みをよく知る故なのかも知れない。
「楽しそう……か、私にはあなたの感覚はよく分からないな」
「それはきっと、あなたがまだ若いからかもね慧音。 それに妹紅の事をきちんと理解出来てもないせいかしら……」
その〈永遠亭〉の薬師の言いように少しムッとなる慧音、前半はともかく後半は否定したいところだ。 だから、無言で抗議めいた視線をぶつけてみる。
そんな寺子屋の教師の態度に永琳はやはりまだまだ若いわねと心の中で苦笑する、他者のすべてを理解しているという程に傲慢ではないだろうが、それでも一番の理解者だと自負しているのだろう。
「ヒトがヒトを理解するのは本当に難しい……そういうものよ?」
風で舞う桜の花びら眺めながら言う永琳の横顔を見やり、それが真摯なものだと分かる。 自分など比較も出来ない程に永く生きてきたこの女性がこれまで何を見てきて、今は何を思っているのかは慧音には想像出来るものではない。
外見的には大差なくともそんな事に生きてきた時間の差を思い知り、先程の彼女の言葉もあながちデタラメでもないかと考える。 確かに、自分で思っていた程には妹紅の事を理解出来ていないのかも知れない、でも……。
「確かに難しいのかもな。 だが、ならば理解出来るように努力するまでだ……私はこれからも彼女の親友でありたいからな?」
「……そうね、それでいいのよ……きっと」
優しく微笑みながら言いってから、いつの間にか暗くなりまだ僅かに欠けている月の昇っていた空を見上げた永琳だった。




