少女達の未来のビジョン編
「……そういやさ、あなたは結婚とか考えてないの?」
「……は?」
今日も相変わらず平穏な〈紅魔館〉の中庭のテラス、そこでティータイム中のレミリア・スカーレットにそんな事を問われたメイド長の十六夜咲夜は思わず素っ頓狂な声を出していた。
「いきなりですねぇ……お嬢様……」
「まあ……私もいきなりとは思ったのだけれど……」
いつも頭に被っているピンクのナイトキャップを今は白いテーブルの上で弄びながら言う様子は、言った当人も何を言ってるのやら?と思っているようだと咲夜には見える。 いつものお嬢様の気まぐれだろうと思いつつもそれなりに真剣に考えるのはこの銀髪のメイド長の律儀さであり、にこやかな笑みを浮かべて顎に手を当てつついかにも適当に考えている振りという仕草をしてみるのは彼女のお茶目さ故である。
「正直、想像も出来ませんねぇ……」
普通の人間であれば恋に恋する年頃なのかも知れないが、咲夜にはそういう気持ちはまったくない。 それは日々のメイドの仕事に忙殺されていればそんな心の余裕もないのだろうとも思えるし、自分の心は目の前の幼い外見をした吸血鬼の少女に捧げられているなのからなのかも知れないとも思う。
どちらにせよ、異性というものに興味はないのだろうことははっきりとしている。 もっとも、そんな事を主人である少女に話す必要はないだろう。
「そういうお嬢様はどうなのですか? 気になるお相手はいらっしゃるのですか?」
話を逸らすためと少しのお返しという意味を込めて聞き返してみる咲夜である。
「私? 私もいないわねぇ。 そもそも私の、このレミリア・スカーレットの伴侶に相応しい男なんてそうそういるものじゃないわよ」
てっきり少しは慌てふためくものと思った咲夜の予想に反して、まるで答えを用意していたかのように落ち着いて答えた、こんな話を振った時点で咲夜の行動などお見通しだったという事なのだろう。
「……そうですねぇ……と言うか、東方には男の方なんて〈香霖堂〉の森近霖之助か雲山くらいですものねぇ……」
「いや……それ言ったら身も蓋もないでしょうに……」
内容はともかく、このようなボケた事を言い出すのもレミリアの予想の範囲内だ。
「ああ、でも二次創作界隈には結構いますよね? 特に”なろう”とか……」
「あんたねぇ……流石にああゆーのは東方キャラとは言わないでしょうに……てか、それ言ったら前回出てきた、あのヘンテコなニンジャも東方キャラになっちゃうじゃないの」
従者の妙な方向へ言っている話の内容に呆れてジト目で見やりながら、テーブルの上の皿に乗っていたカステラを摘み口に入れる。 パチュリー・ノーレッジがネットの通信販売で見つけたというそのカステラが美味しくて気に入ったレミリアは、後でどこで買ったのかを聞こうと思っていた、ネット通販など怪しげな薄い本を買うのにしか使っていないと思っていた親友の魔法使いだが、こういうまともな使い方もしているのねと少し見直す。
「まあ……そうなんでしょうけど……」
至極全うな意見に苦笑いを浮かべながら、空になっていた主人のティーカップに新たに紅茶を注ぐ咲夜だった。
〈博麗神社〉の縁側で博麗霊夢と〈守矢神社〉の巫女の東風谷早苗が並んで座り団子を茶請けにお茶を飲んでいるのは珍しい光景だ、両者は別に互いを滅ぼしたいと憎みあってるわけではないが、信仰を得るという宗教家としてはライバルではあるのだから。
もっとも、その二人の巫女が並んでいる理由というのはたいしたものでもなく、八坂神奈子がどこからか貰ってきた酒のお裾分けであり、来訪したタイミングがたまたま霊夢が三時のお茶でも飲もうかという時だっただけである。
「……そう言えば、霊夢さんは結婚とか考えてるんですか?」
「……はぁ?……いきなり何を言い出すのよ、あんたは……?」
じきに赤くなるであろう青い空を見上げながら互いの近況などを話していた二人だったが、唐突に緑の髪の少女の言葉に危うく持っていた湯のみを落としそうになる。
「まあ、いきなりでしょうけど……でも、霊夢さんだっていつかは結婚してお母さんになるんでしょう? 〈博麗神社〉の跡取りのお母さんに」
霊夢は「本当に妙な事を言うわね……」と呆気に取られたが、跡取りという部分にこの生真面目な早苗らしい言いようとも思う。 人の身であれば後百年はもたずに滅びるのは決まっている事であり、互いの神社を受け継ぐ後継者を作るというのはそれまでにやっておかねばならぬ事なのである。
それは霊夢も分かっている事ではあるが、彼女はそんなものはまだまだ未来の話だろうと考えていた。 いつ死ぬとも分からない妖怪との戦いを生業としていても、自分が死ぬ事は考えないのはこの紅白の巫女の自信の表れなのだろう。
無論、早苗も別に自分がいつ死ぬとも知れないとか後ろ向きな事は考えてはいない。
「……そうね。 まあ、その時がきたら考えるわよ」
少し考えて霊夢が言うのに「霊夢さんらしいですね、うふふ……」と笑う早苗、己の使命を自覚はしながらも、それに囚われるでも押しつぶされるでもなく好きなように生きるこの黒髪の巫女の性格は早苗には真似出来ないものであり、少し羨ましくも思う。
微笑みながら早苗が見上げた空、その先の下にある〈守矢神社〉の境内では祀られる神
である八坂神奈子と洩矢諏訪子が話をしているのは、早苗の知るところではない。
「……早苗のお婿さん?」
「うむ。 昨日、あやつとそんな話をしたのよ諏訪子」
とは言っても別に真剣な感じでもなかった、偶々テレビで何かの職種が後継者問題が深刻だという話題をやっていて、そういえば……という程度ではあった。
「そうだねぇ……あの子にはまだまだという話ではある気はするけど……」
早苗の先祖でもある諏訪子はそう答える。 目玉のような飾りがついた帽子を被った可愛らしい女の子という風貌の諏訪子に対して神奈子は背に円形のしめ縄飾りを背負った以下にも神らしい尊大な感じをもつ女性だ。
「そう呑気に言えるものでもないぞ、あやつには絶対に東風谷の血と意思を継ぐ後継者を生み育て上げてもらわねばならん……」
最後まで言えなかったのは、諏訪子の咎めるような鋭い目を見てしまったからだ。 その意味を理解出来ない神奈子ではない、「言い方が悪かったな」と穏やかな笑いを浮かべてみせる。
「私とてあやつを巫女というドウグだとは思っておらぬよ。 だが、我ら神が神としての役目をせねばらなぬように早苗にも早苗の勤めというものがあろう、その覚悟もなしに〈幻想郷〉まで来れようはずもない」
「それは……分かってるけどさ……」
神でもあり母親でもある諏訪子には早苗個人の幸せをすべて無視して巫女としての生き方を強要するのに抵抗があるのだろう、それを甘さとは神奈子も思う気はない。
「宿命……というのも変であるがな、どんなヒトとて選択肢が無尽蔵にあるわけでもあるまい。 それに生涯の伴侶を選ぶのは結局は早苗自身の意思よ、我らが強要するものでもないわ」
無論、相手次第では反対もするだろう。 それでも最終的には早苗の意思を尊重したいと神奈子は思っていた、巫女とは言えたかだか百年にも満たないニンゲンの少女の人生が
神の物であるというようなのは傲慢である。
一度しかない人生はそのニンゲンの物であるのだから。
「じゃあ、神奈子も早苗には幸せになってほしいとは思ってるんだね?」
「ん? 当然であろう? 我らに仕え尽くしてくれる巫女である、幸せな人生を生きるのが当然の権利というものである、神とはニンゲンの信仰には報いねばならんのだからな」
あの少女がこの世を去る時に守矢の巫女であって幸福な人生だったと笑って逝けるように、神奈子と諏訪子に仕えた事を誇りに思える人生であってほしいと、そんな事を願ってみる神奈子だった。
マエリベリー・ハーンことメリーは、友人との待ち合わせ場所に向かう途中でふとショーウインドに飾られていた純白のウェディング・ドレスに目が留まった。 大人となった女性が特別な日に身に纏うその衣装にメリーも憧れを抱いていないわけではないが、さりとて自分には縁遠い物だという思いもあったりする。
「…………まぁー、まずは彼氏を作るとこからだものねぇ……」
そんな言葉が思わず口をついて出る、大学で仲の良い男子もいないわけでもないが、それもあくまで学友の範疇での話である。 自分の持つ特殊な目や今や親友となった少女とのサークル活動もあって恋というもの自体をする日も来ないのではないのかとも思うのである。
もっとも、そのサークル――秘封倶楽部の活動を控えてでも彼氏が欲しいかといえばそうでもない、これから会いに行くその親友の宇佐美蓮子と過ごす時間はメリーにとって楽しく大切な時間である。 その蓮子と過ごす時間も後何年なのか、あるいは何だかんだと一生続くような腐れ縁となるのかはメリーにも分かるものではない。
「ま。 未来なんてまだどうなるか決まってるわけでもないしね」
五年後、十年後の自分がどうなっているかなどとはその時に考えればいい、今は今で今の生活を楽しめばいいのだろうという結論に到ったメリーはそう言いつつ再び歩き出す。
だから、ショーウインドのガラスに映っていた自分がそこに残されていたのには気がつかなかった、そしてそのガラスに映った"メリー”はその表情を悪魔のような不気味な笑い顔に変えた……その顔はメリーのようにもまったく別の誰かのようにも見える……。
『ウフフフ……ザンネンネ、ミライハ、モウ、キマッテイルノヨ?』
ふと気がついた八雲紫の視界には良く見知った天井だった、僅かな時間をおいて自室の畳の上で横になっているうちに眠ってしまっていたのだろうと分かる。 ゆっくりと上体を起こしながら、「……妙な夢を見た気がするわね」と小さく呟く。
襖の障子越しの光が赤く染まっているのに、もう夕方かと思いながら立ち上がる。
「……ん? 藍はいないのね……」
屋敷内に従者である狐の妖気が感じられない、急用でも出来て出かけてるのだろう。 彼女の事だから夕食の支度は済んでいるのだろうし時間までには戻って来るとは思うが。
八雲藍、自らの創り出した式神とこの〈八雲邸〉で暮らすのを当然としてもうどのくらいになるか……現在のこの生き方、〈幻想郷〉の創世に関わった大妖怪の八雲紫としての生には何の不満もない。
それでも、そうではない自分がいるとしたら……”八雲紫”ではありえなかった自分はどんな風に生きていたのだろうかという想像をしてみて、それも無意味な事かと自嘲気味な笑いを浮かべる。
こことは違う可能性の世界、平行世界が無数にあったとしてもヒト一人が知覚出来るのはひとつに過ぎないのは、紫ほどの力を持っていても例外ではないのだから。
「今の私は……八雲紫、それ以上でもそれ以下でもない……という事ね……」
過去は変えられないし未来がどうなるかなど知る術はない、ただ現在を懸命に生きて自らの思い描く未来へのビジョンへを目指すしかないのは、人間だろうとどれほどの力を持った妖怪でも変わることはないのだ。
二ッ岩マミゾウが日もじきに暮れようという時刻にふらりと散歩をするのに、〈命蓮寺〉の墓地を選ぶのは妖怪らしい気まぐれと言えるのかも知れない。 そのマミゾウが「あ~~満たされる~~♪」という声にそっちへと行ってみると案の定、良く見知った唐傘お化けの少女が幸せ絶頂という風な顔で立ち尽くしている。
おそらくは墓参り来た人間を驚かすのに成功したのだろう、それは小傘にしてみればとても嬉しい事であってもマミゾウからみれば他愛のない事である。 だから、その程度で幸せに浸れるという事に、小傘の幸せとは何ともお手軽な物よと思う。
「まぁ……何を持って幸せとするかはヒトそれぞれではあるがな」
その意味では、小さな事で幸せを感じる事が出来るという事は決して悪い事でもない。
この愉快な化け傘は、きっと十年先も百年先の未来もこんな事に幸せを感じつつ生きていくのだろうと考えながら、いまだ余韻に浸ってる少女の邪魔をしないようにそっとその場を立ち去るのだった。




