ゲンソウキョーにニンジャ?ナンデ?編
〈幻想郷〉の某所にある〈黒博麗神社〉、そこの主であり巫女である暗黒脇巫女のダーク・レイムは縁側で空を見上げていた。
「だからぁぁぁああああああっ脇巫女言うなって何度言わせるかこの書き手がぁぁぁあああああああああっっっ!!!!!!」
白と黒の脇巫女装束である以外は博麗霊夢とまったく瓜二つなのは、彼女が別の世界――平行世界の霊夢だからである。
「……まあ、いいわ。 それよりも、今回の任務はあなたに行ってもらうわよ?」
ダーク・レイムの背後にある部屋は襖が全開になっていて、畳の敷かれたその部屋に人影があった、室内が暗いため姿は良く見えないが「承知!」と答える声からすれば男だろう事が分かる。
「いい返事ね。じゃあ、行きなさい!」
「ハイ、ヨロコンデ~!」
男の姿と共にその気配が消えたのを確認したダーク・レイムは、ニヤリ★と邪悪な笑いを浮かべながら夕食のおかずは何にしようかしらと考え出した。
〈命蓮寺〉の墓地に墓参りに来たであろう親子連れを、墓石の影から青と赤の対照的なオッドアイで見つめるのは”愉快な化け傘”こと多々良小傘だ。
「うふふふふふふ☆ ネギが鴨を背負ってやってきたわねぇ~♪」
人間達に聞こえないような小声で、しかし嬉しそうに間違った例えを使う小傘の頭には今が昼過ぎで太陽も真上に近い時刻であるという事も忘れていた。 逸る気持ちを抑えながらも親子が近づいてくるのを待つ、墓石の影からいきなり跳び出して驚かそうという魂胆である。
「……もう少し……もうちょい…………」
その時、プスッっという音と共に小傘の尻に何かが突き刺さった、そして一瞬の沈黙の後に憐れな化け傘少女の悲鳴が墓地に響き渡った。
「アイエェェエエエエエエエッ!!!?」
間近に〈紅魔館〉のそびえたつ大きな湖の湖面スレスレを「やっほ~~い~♪」と楽しそうな声を上げながら高速で飛行するのはチルノ、氷の妖精である事を示すかのような半透明な結晶の様な羽根を持つ彼女を「チルノちゃん待ってよ~~」と追いかけるのは親友である大妖精だ。
「きゃはははは~待たないよ~~~☆」
その大妖精をからかうかのように笑いながら急上昇してみせるチルノだったが、次の瞬間に尻に何かが突き刺さり痛みに目を見開いた。 そして、「アイエェェエエエエエエッ!!!?」という叫び声を上げて墜落して逝く……。
「チルノちゃん~~~~!?」
湖面に落下したチルノが上げた水飛沫を前に大妖精は驚きの声を上げたのだった。
多々良小傘やチルノが何者かに襲われたらしいとレミリア・スカーレットが知ったのは、朝食前に何気なく目を通した《文々丸新聞》であった。 しばらくしてキャスターで朝食を運んできたメイド長の十六夜咲夜にその事を話してみると、「〈命蓮寺〉はともかく湖はすぐ傍じゃないですか……物騒ですわねぇ……」と心配そうな表情になる。
本編はともかく、幻想曲物語では宇宙人やら暗黒脇巫女やらの襲撃を受けた事のある〈紅魔館〉であるから、当然と言える。 もちろん、何者であれ〈紅魔館〉を、レミリア・スカーレットに仇名す者は自身だけではなく〈紅魔館〉の全戦力を持って叩き潰すのが咲夜ではあるが。
「とにかく、美鈴にも注意するように言っておきなさい咲夜」
「畏まりました、お嬢様」
主人の朝食であるパンやスープを並べながら答える銀髪のメイド長。
「それで、《文々新聞》には何と書かれているのですか?」
「ん?……ああ、何でも二人ともお尻に《スリケン》を刺されたと書いてあるわね」
「……《スリケン》? 《手裏剣》じゃなくてですか……?」
自分の従者が怪訝な顔になるのに「だって、そう書いてあるんだもの」とレミリア。 彼女も忍者の武器である《手裏剣》は知っているが、忍者に特に興味があるわけでもなかったので《スリケン》とは《手裏剣》の亜種か何かだと簡単に考えていたのである。
だが、咲夜の反応を見るとどうも違うらしい。
どうあれ、また妙な事になりそうだとウンザリする反面で、少しは退屈が紛れるかも知れないと期待もする〈紅魔館〉の”永遠に幼く紅いツッコミ”であった。
「だからぁぁぁああああっヒトを変な二ツ名で呼ぶなっつてんでしょうがぁっこの書き手ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!」
今日も今日とて誰に言ってるのやらというレミリアの叫び声が響くのに、案外今日も平穏な一日になるのかしらと咲夜は思った…………が!
「ところがぎっちょんっ! そうはいかないわっ!!!!」
〈黒博麗神社〉の屋根の上に腕を組んで立つダーク・レイムが大声で叫んでいるのを彼女の部下であるエリカが下から見上げながら「……あの方はいったい何をしてますの……?」と唖然とした顔になっているのは、この二人はおろか〈幻想郷〉の誰一人知る事のないのであった。
フェア・リーメイドとラーカ・イラム、そしてチャウ・ネーンの通称妖精メイド三人衆は今日は門の掃除をしている。 妖精メイドの掃除の光景は門番をしていれば見慣れたものではあっても、つい彼女らの他愛無い会話に耳を傾けてしまうのは退屈だからであり平穏ゆえの退屈さはいいことだと門番の紅美鈴は思う。
「……ふぁぁ~~」
まだ寒い日もあるが、だんだんと暖かなってきた陽気もあってつい欠伸などしてしまう赤毛の門番少女は、「こら、しゃんとしなさい」という少女の声にぎょっとなった。
「お……お嬢様っ!!?」
「平和だと気が抜けるのも分からなくもないけど、門番がそんなんでは駄目ですよ?」
意地悪そうな笑い顔のレミリアの隣にいる咲夜は少し呆れ顔という感じである、二人ともやる時はきちんとやる子だとは思っていても注意はしておくべき立場ではあるし、こういう油断が取り返しのつかない失敗を招くのを心配しての事である。
「ど、どこかへお出かけなのですか……お嬢様……?」
「違うわ。 あなたに言う事があったから、ついでに偶には私も様子を見に来ただけよ。 夏のボーナス査定の参考にもなるしねぇ★」
美鈴の額に冷や汗が浮かんでいるのが愉快で無邪気な子供のような――というか実際のところ実年齢はともかく外見的には幼いつるぺったんな子供なのだが――笑いを浮かべて言うレミリア。
「だぁぁあああああっ!!! 女の子の歳を言うかぁぁあああああああっ!!!!……つか、つるぺったんとか言うなぁぁぁああああああっこの書き手がぁぁあああああああああああああっっっ!!!!!」
「……は?」
主人の突然にして意味不明の叫び目が点になる美鈴、妖精メイド三人衆と咲夜はやれやれまたですかという風な顔で苦笑している。 その彼女らの表情が「……はっ!?」と真面目なものに変わったのは、突如として感じた殺気のためである。
「何者ですっ!?」
鋭い目つきで睨む咲夜の十五メートル程先にいたのは赤黒の奇妙な装束を纏った男だ、顔も目元以外をすべて覆われていて、顔の下半分を覆う部分には文字が刻まれていた。
「あらあら、どなたかしら? 私の〈紅魔館〉は物騒なお客は脇巫女と白黒魔法使いの次くらいに歓迎しないけど?」
レミリアも丁寧な言葉遣いながらも威嚇するような視線を向けて問う、男は「ふふふふふ……」と笑ったかと思うと、突如としてパン!と両手を合わせてお辞儀をした。
「ドーモ、はじめまして……ニンジャ・コスプレイヤーです!!」
そう言ってから顔を上げた男のマスクには”忍・装”と刻まれていた……。
このあまりにも奇怪な状況に、いったいどこから突っ込んでいいか分からずに呆然とした顔で呟くしかないレミリア。
「…………へ?……ニンジャ?……コスプレ?……ナンデ?」
「……ねえ、五十歩百歩って五分五分って意味だったっけ?」
「……はぁ?」
執筆用の資料を借りに〈鈴奈庵〉に来ていた”九代目のザヴァン”である牌田阿求は、店主の娘である本居小鈴にそんな事を聞かれて、「どういう事?」と怪訝な顔をした。 「いやさ、この本なんだけど……」
「それって……ああ、そういう事ね」
名前の通りに短いツインテールに鈴の髪飾りを付けた小鈴が見せてきたのは〈外来本〉、つまりは〈外界〉で書かれた本であった。 ニンジャに妻子を殺された男がニンジャの魂を宿し自らもニンジャとなり復讐していくという一見ダークなストーリーのその本は、原作であるアメリカ人の感性なのか翻訳した日本人の妙なのか、ともかく少なくとも日本人からするとどこか間違ってないか?と思わせる部分がコメディ・タッチにも思えるところがある。
「小鈴、それは五十歩百歩じゃなくて”ゴジッポヒャッポ”よ」
「……は? ドユコト……????」
「似て非なるもの……そう思いなさいな、インガオホーよ」
阿求の奇妙奇天烈過ぎな日本語が理解出来ない小鈴は、ただ唖然と目を転にしているしかなかった。
「ドーモ、ニンジャ・コスプレイヤー=サン。 メーリンです」
「ドーモ、ニンジャ・コスプレイヤー=サン。 サクヤです」
いつもの事ではあるが、みょうちくりんな敵の出現に愕然となっていたレミリアは、従者二人が敵の真似をしたのに「アイサツを返したっ!?」と更に愕然となる。 明らか殺気を放つこの男が敵であるの間違いなく、おそらくこれから命がけで戦おうという相手に名乗り合いはまだしも、のんきにアイサツをしあっているというのはレミリアには異常な光景だ……が、咲夜と美鈴の二人は……。
「お嬢様、ニンジャにとってイクサの前のアイサツは決しておろそかに出来ないものと聞きます」
「そうですよお嬢様。 さあ、お嬢様もきちんとアイサツをしないと……」
……と、当然の事のように言ってのけた。
「……いや、そんな事を言われてもさぁ……」
困惑するレミリア、その時に「ザッケンナコラーーー!!!」という怒声が響いた。 いつのまにか三人衆しかいなかったはずの妖精メイドの数が増えて十数人になっていたのだ。 それはいいのだが、彼女らはニンジャ・コスプレイヤーに対し凄みを利かせた目つきで「スッゾーオラーー!!!」などと叫んでいる。
「ちょ……あなた達……」
「「「「「「ザッケンナコラーー!!! スッゾオラーーーー!!!!!」」」」」」
レミリアが何か言う前に彼女らは一斉に跳び出して行く……が、「……うちのメイドって、こんなにガラが悪かったっけ?」と呆然としている間に妖精メイドは全員倒されて「アイエェェエエエエッ!!?」と悲鳴を上げていた、まさにシュンサツである。
「……てか、アイェェエエエエエって何……?」
「ふん! 所詮は数に任せて突撃するしかない妖精め! 一片のカラテの足しにもならんっ!!!!」
徒手空拳のニンジャ・コスプレイヤーに敗れ戦闘不能になった妖精メイド達を見下ろしながら吐き捨てるように言う、「……あーニンジャが使うのってカラテだったけか?」というレミリアの呟きは彼には聞こえていない。
「さて、次は誰か?」
「……では、私が行きましょう。 ニンジャ・コスプレイヤー=サン!」
《銀のナイフ》を構えていた咲夜が前に進み出る、対するニンジャ・コスプレイヤー「〈コーマカン〉のメイド長のイザヨイ・サクヤ=サンか、面白い!!」と懐から十字型の投擲武器である《スリケン》を取り出し構える。
このいつも以上にシッチャカメッチャカな展開にポカンと口を半開きにし紅い目を点にするしかない主人をよそに咲夜は険しい表情で敵を見据えて攻撃のタイミングを窺っていた。
「……メイド……」
ニンジャ・コスプレイヤーが先に口を開いた。
「……ニンジャ……」
咲夜も低い声で言う。
「「……殺すべしっ!!!!!」」
重なった互いの声が合図だったかのように電光石火の如く放たれた《銀のナイフ》と《スリケン》が金属音を立ててぶつかり合った、無論それだけでは終わる事はなく双方共に次々と武器を投擲しぶつけ合う。
「はぁっ!!!!」
「むっ!?」
咲夜の姿が突如として消え左方向から《銀のナイフ》が飛んできたのにも対応してみせるニンジャ・コスプレイヤー、飛んできたすべてのナイフを《スリケン》をぶつけて弾き自身は一旦後ろへ飛んで距離を取る。
「面妖な……そうか! これが【時間を操る程度の能力】、〈ゲンソウキョー〉の住人が使えるというジツか!!」
「その言い方……やはり、あなたはダーク・レイム=サンの差し金ですか!」
問いかけながら時間を止めて自らが放った《銀のナイフ》を回収し敵の背後に回りこんでからてから再び時を動かす、間髪入れずに投げた《銀のナイフ》を「そういう事だ!」と答えながらすべて回避するのに、ニンジャ身体能力のすごさを実感した。
「まったく、それなら〈博麗神社〉へ行けばいいものを……いい迷惑ですわね」
咲夜が懸命に間合いを取ろうとするのは身体能力でも格闘技術でもニンジャ・コスプレイヤーには遠く及ばないと分かっているからだ。
「ふん、安心しろ! 〈コーマカン〉を落とした後は〈ハクレイジンジャ〉だっ!!」 一方で《スリケン》を放ちつつも得意のカラテで咲夜を仕留めるべく距離を詰めようとするニンジャ・コスプレイヤーだが、【時間を操る程度の能力】を駆使して動き回る咲夜であるので、それも容易ではなかった。
二人の攻防はまさにゴジッポヒャッポだ。 だが、永遠に続くかとも思えたその戦いに突如として終わりが訪れた、ニンジャ・コスプレイヤーの《スリケン》が尽きたのである。
「む……ぐおっ!!?」
ニンジャ・コスプレイヤーの腹部に数本の《銀のナイフ》が突き刺さり呻き声を上げ僅かではあるが動きを鈍らせる、このチャンスを見逃す咲夜ではない。
「〈紅魔館〉がメイド長、十六夜咲夜の七奥義の其の一!」
過剰な程の能力の連続使用に疲弊していた彼女だが、残った力を振り絞って時間を止めるとニンジャ・コスプレイヤーに接敵した、その距離はほぼゼロ距離。
「慈悲はありませんっ!! 必殺の【オットセイ殺し】!!!」
咲夜の放ったのは股間への、つまりニンジャ・コスプレイヤーの急所への渾身の蹴りだ、それはバキッ!という鈍い音ではなく何故かキ~~ンという金属音にも似た音を響かせた。
「グギャイエェェエエエエエエエエエエエッッッ!!!!!!?」
レミリアの「……あの子ってばいつの間にあんな残酷な技を……?」という呟きを打ち消す悲鳴が響くが、咲夜のまだ攻撃は終わらない。
「ハイクを詠みなさい、ニンジャ・コスプレイヤー=サンっ!!」
言葉と同時に咲夜の周囲に無数のナイフが浮かぶ、それらはまるで一本一本が浮遊の能力を有した生き物であるかのように切っ先をニンジャ・コスプレイヤーに向けていた。
「逝きなさい! 【殺人ドール】っ!!!!」
その死の宣告を合図に《銀のナイフ》が股間を両手で押さえて悶絶し満足に回避も出来ないニンジャ・コスプレイヤーを目掛けて飛び掛る、そのさまは小型の肉食動物の群れめいていた。
「ぐ……ぐぎゃぁぁあああああああああっ!!!!」
全身に《銀のナイフ》を突き刺されたニンジャ・コスプレイヤーが絶叫し、直後に彼の身体が発光し始めた。 そして反射的に後ろへと咲夜が跳んだのとほぼ同時にサ・ヨ・ナ・ラと爆発四散したのであった。
「ナムアミダブツ……ですわね?」
爆発が収まり敵の身体が消え去った場所をメイドらしい温和な笑みで見つめつつ言う咲夜と、「流石は咲夜さん♪ キンボシ・オオキイですよ~~♪」と喜ぶ美鈴、そしていつも以上のトンデモ展開と従者達のノリについていけずに呆然と立ち尽くすレミリア・スカーレット=サンであった……。
博麗霊夢が〈紅魔館〉でのメイドとニンジャの戦いの事を知ったのは、その翌日に《文々丸新聞》を読んでのことだった。 居間でお茶と煎餅を齧りながら「……あいつも本当に妙な事ばかりするわねぇ……」とどうでもよさげに呟く。
一応はある意味では自分の事ではあるのだろうが、ダーク・レイムがいったい何をしたいのかを霊夢は理解出来ないし、しようとも思っていなかった。 ただ、〈博麗神社〉にちょっかいを出してこないのにほっとする反面で、それはそれで少しつまらないとも思うだけである。
もしも、いずれ直接対決する時が来たとして勝てるのだろうかという不安が頭を過ぎったのを、バカらしいと打ち消す。 その時はその時でなるようにしかならないだろうと考えながら湯飲みの中の緑茶を啜る巫女のいる、そんな昼下がりの〈博麗神社〉だった。




