幻想郷の女の子のバレンタイン編
二月十四日、今日も今日とて平穏な朝が〈紅魔館〉に訪れていたが、その紅い洋館の主人であるレミリア・スカーレットは住人達には内緒で別の場所にいた。
「……物は?」
「ああ、ちゃんとここに用意してあるよ」
様々な物が雑多に置かれている古道具屋の〈香霖堂〉、その店主である森近霖之助が津カウンターの下から取り出したものは銀色のジェラルミンケースだった。 ずいぶんと大仰な物に入れてるわねと思いながらも、注文通りの物さえ手に入れば良しと突っ込まないでおくレミリアである。
そして、霖之助が確認してくれとばかりに蓋を開くと、そこには金属で出来た筒状の物体がいくつも入っていたのに「……は?」となる。
「……ん?……て、ああ!」
そのレミリアの様子に気がついた霖之助が自分でもケースの中身を覗いてみてから声を上げる。
「ごめん! 間違えたよ、これは別の人物の注文の品だった」
そう言ってから慌ててジェラルミンのケースを引っ込めたが、レミリアはそれが昨日テレビの映画放送で視た古い怪獣映画の中で出てきたものに似ているなと気がついてしまっていた。
「……ねえ、それってさ……まさか《抗核エネルギー・バ〇テリア》で、取引相手はバイオ・メ〇ャーとか言わないわよね……?」
まさかねぇ……と思いつつもそんな事を聞いてみると、霖之助はキラリと眼鏡を光らせて「うふふふふ……」と曖昧な笑みを浮かべたのだった。
狸の妖怪である二ッ岩マミゾウがいきなりの事に驚き、思わず「……はぁ?」と間抜けな声を出してしまったのは、〈人里〉にある貸本屋の〈鈴奈庵〉に人間に化けて訪れた時であった。
「……小鈴よ、これはいったい……?」
店の娘である本居小鈴が「どうぞ受け取って下さい」と差し出してきた小さな包みを見つめながらずり落ちかけた眼鏡を直す。 小鈴はマミゾウが驚くのは予想していたのだろう、してやったりというような笑顔をマミゾウに向けて言う。
「今日は外の世界でいうバレンタインなんですよ。 という事で日ごろの感謝を込めてチョコレートを用意しました~」
「ああ、成程のぉ……って、それは少し違わんか小鈴よ!?」
バレンタインでも確かに恋人以外にチョコを贈る習慣はあるし、恋人以外でも日ごろの感謝を込めて義理チョコを贈るのもおかしくはない、自分で言うのも何だがマミゾウは何だかんだで小鈴に世話を焼き店の常連にもなっているので感謝のプレゼントをされるのもありえないわけではないだろう。
それでも、小鈴くらいの年頃の娘であれば何よりも好きな異性に贈るのが普通であろうと思う、それを言ってみるとこの少女は人懐っこい微笑みを崩すことなく、至極当たり前の事のように「あ、私は好きな男の子とかいないんですよ」と言った。
「…………」
めずらしく呆気にとられた顔になったマミゾウだったが、やれやれと大きく溜息を吐いてから手を伸ばして白いエプロンを付けている店番の少女の手にある包みを受け取る。
「そういうなら受け取っておこう……が、お主も年頃の娘なのだから彼氏の一人でも作ってみたらどうか?」
おせっかいとは思いつつもそんな忠告をしてみるのは、元より人間に敵対的ではない妖怪のマミゾウが多少なりとも小鈴を気に入っていたからである。 その事をこの少女は知る由もないが、それでも気を遣ってるのは分かったのだろう。
「そうですねぇ……いい人が見つかればそれも悪くないかもですね」
こやつの言う”いい人”とはまず間違いなく《妖魔本》の趣味を理解してくれる男なんだろうなとは聞くまでもない。 マミゾウは苦笑しつつ「いい人のぉ……」と相槌を打ちながら、ホワイトデーはどうしたものやらと考えていた。
人でごった返す〈外界〉のとある大型の洋菓子店で八雲紫は売り場に並べられたチョコレートを物色していた、もちろん目立たぬように〈外界〉で一般的な女性が着る服に着替えている。
「こうして改めて見るとチョコにもいろいろあるものなのねぇ……」
バレンタイン当日だけあって店内に設けられた専用のコーナーに並ぶ商品の多さに、さしもの紫も多少困惑気味だった。 言うまでもないが彼女はもちろん自分で食べるために買いに来たのではなく、式である藍と橙にバレンタインの贈り物を買うためにここにいるのである。
プレゼントというものは単に高価な物を買えばいいという考えは紫にはなく、また主人と従者という関係上で示しがつかないというのもあり、どの程度の物が落としどころなのか判断しかねている。
それは〈幻想郷〉きっての大妖怪とはいえ……いや、だからこそ従者である者に贈り物をしようという発想をした事がほとんどないからである。 こんな事ならこっちへ来る前に霖之助にでも相談すれば良かったかと後悔する。
紫が〈外界〉でそんな風に頭を悩ませている頃の〈八雲邸〉では、留守番をしている八雲藍と橙の二人でチョコ作りの真っ最中だった。
今日は午後まで戻らないわと言って出かけていった主人の外出の目的を藍は教えてもらってはいないが、どうやって紫に秘密でチョコを作るか困っていたところだったので助かったというのが正直なところだ。
「そうそう、そうやってゆっくりとかき混ぜるのですよ?」
「はい、藍様~♪」
無邪気な笑顔で返事をする橙の気持ちを表現するかのように二本の尻尾が揺れている、紫にプレゼントをするということもだが、創造主である藍と一緒に台所でこうしてチョコ作りをしているのが楽しいのだ。
主人と式神という間柄なのは紛れもない事実ではあるが、今こうして二人で仲の良さげに調理する風景は母子とも姉妹とも見えた。
「藍様、紫様はきっとびっくりしますよねぇ?」
「ん? そうね、うふふふふ……」
チョコを渡したときの紫の顔を想像して楽しそうに笑い合う二人だった。
自室のソファーで寛ぎながら「まったく、天下のレミリア・スカーレットが何をしているのかしらね」とテーブルの上に置かれたいくつものチョコの包みを見て、自分自身に呆れているかにような笑い顔で呟くレミリア。
去年の失敗を繰り返さないように今年は〈香霖堂〉の森近霖之助に事前に手配を頼んでいたこのチョコは、親友のパチュリー・ノーレッジやメイド長の十六夜咲夜らの文だけでなく妖精メイド達の分まである。 もちろん霊夢らには絶対にこの事は話さぬよう口止めもしてあった。
「……さてと、誰から渡しに行こうかしら」
レミリアがそんな事を考えている頃、〈紅魔館〉の地下にある〈大図書館〉のパチュリーと小悪魔のツカサが包みを抱えてレミリアの所へ行こうとしていた。
「それにしてもパチュリー様の包み、ちょっと大きくないですか?」
チョコにしては大きな包みに疑問を持ったツカサが聞いてみると「……うふふふふ、チョコレートを贈るだけがバレンタインではないのよ」と意味深な笑みを浮かべながら答えた。
「……はぁ……?」
意味が分からずに首を傾げるツカサは、パチュリーがチョコの代わりにバレンタイン・ネタの薄い本を贈ろうとしているとは想像出来なかった。
「あなたはもうお嬢様に”例の物”は渡したの美鈴?」
「いいえ、まだですよ咲夜さん」
〈紅魔館〉の門では、買い物から帰った咲夜と門番である紅美鈴がそんな会話をしていた、今年は二人でレミリアに渡すチョコを用意していたのであるが、二人して仕事があれば、どうにも渡しに行くタイミングを見つけられないでいたのだ。
そして妖精メイドを除けば〈紅魔館〉で唯一、誰にもチョコを贈ろうという発想がないのがフランドール・スカーレットである。 彼女は今日も今日とて地下の自室に引き篭もりオンライン・ゲームの真っ最中だ。
フラン:あーそういや今日ってバレンタインだったけ?
ゲイル:そうだよ、フランさんは誰かにチョコを贈ったりしたの?
フラン:ぜ~んぜん☆
リリス:私は、お父さんとかサークルの仲間に義理チョコくらいかなぁ……
ゲイル;俺も、くれるような相手とかいないしなぁ(苦笑)
パソコンの画面に映るチャットのログである、フレンドの”ゲイル”と”リリス”とゲームを楽しんだ後にまったりと会話をしているのだ。 〈幻想郷〉はともかく電子世界での友人の数はちょっとしたものなのがこの世界のフランドールである。
フラン:ってかさ、みんなしてお菓子業界の陰謀に踊らされすぎよね~~w
リリス:あはははw 言えてるね~w
そんなこんなで、ボッチのようでボッチじゃないバレンタインを過ごすフランドールであったとさ。
「……そうか、今日はバレンタインか……」
「ええ、今日はバレンタインね……」
空も赤く染まってきた時刻の〈博麗神社〉、その居間でちゃぶ台を挟んで座布団の上に座っているのは神社の巫女である博麗霊夢とその友人の霧雨魔理沙だ。 二人はテレビで流れているニュースでそんな話題が取り上げられていたのに「まあ、関係ないけどね」とでも言いたげに二人揃って湯飲みの中の緑茶をズズズズ~と啜った。
その〈博麗神社〉上空を黒い塊こと闇の妖怪ルーミアが「そ~~なの~か~~?」飛行していたのであった……。




