ある冬の日の風景編
昨夜のうちに〈幻想郷〉に降った大雪は湖畔に建つ紅い洋館を白く染め上げたと言っても良いほどに積もっていた。
「……一晩でずいぶんと積もったわねぇ……」
この紅い屋敷の主人であるレミリア・スカーレットは自室の窓から外の景色を眺めつつ呟いた、先ほど目を覚ました彼女は天蓋付きのベッドから出ようとしてその寒さに思わず再びベッドの布団にもぐりこんでしまったものだ。
今はスイッチを入れた暖房も効き始め、ようやく着替えを終えたところだ。
〈幻想郷〉でも雪など珍しいものではないのですぐに飽きたという顔で壁掛けの時計へを見やって、そろそろ咲夜が朝食の準備が出来たと呼びに来る頃かしらねと考えた。
ちょうど同じ頃の〈紅魔館〉の門の前では分厚いコートを着込んだ紅美鈴が「……ふ~~、今朝は一段と寒いですね……」とぶるぶると身体を震わせていた。 門の前はすでに妖精メイド達により雪かきがされているのでいつ来客がやって来ても問題ない状態ではあるが、元より来客など少ない〈紅魔館〉なのに、こんな雪の積もった寒い日に来るような者はいないだろうなと美鈴は思う。
そんな日でも門番をしなければいけない自分を不幸だとは思わないが、それでも暖かい室内で仕事をしている咲夜や妖精メイドを羨ましいなくらいは思う美鈴である。
ともあれ、今日もまた〈紅魔館〉にも朝のゆったりとした時間が流れていく。
人間や大抵の妖怪には震えるような冬の寒さも、レティ・ホワイトロックにはとても心地よい空気である。 雪女の一種とも言われるレティではあるが人間達の伝承にあったりするような雪山で人を凍らせるような悪さをするような事もなく、ただ単にこの冬の寒さを満喫するべく〈幻想郷〉を巡っているうちに大きな湖の畔へとやって来た。
「すっかり凍っているわねぇ……」
湖の表面はすっかり厚そうな氷で覆われていて、その気になればアイス・スケートやワカサギ釣りでも出来そうな感じである。 もっとも、恐ろしい吸血鬼が住む屋敷の側でスケートをして遊ぶような物好きもいないだろうし、流石にワカサギもこの湖には棲息してはいないだろうが。
「……いえ、いる事はいるわね。 人間じゃないけど、ふふふ……」
この辺りを遊び場にしているおバカな氷の妖精の顔を思い出してクスリと笑う。 自分の事を「さいきょ~」と自負する彼女は妖精としては確かにとびぬけた力を持つが所詮は妖精とレティからすれば格下の存在であるが、そのバカさ故であろう元気の良さは嫌いではない。
そのおバカな妖精の姿が今日は見えないのは、どこか別の場所に遊びに行っているのだろう。
何気なく膝をかがめて凍りついた湖面をそっと手で触れてみると、心地よいひんやりとした感触がレティの手に伝わってくる。 この氷の下に棲む魚達は、今は氷の下の水の冷たさに必死に堪えながら氷が溶けるのを……いや、春になり水が温かくなるのを待ちわびているのだろう。
魚達だけではない、〈幻想郷〉に住まう多くの者は寒い冬が終わり暖かな春を待ち望む。 そんな彼らから見ればレティ・ホワイトロックは異質な存在なのだろうが、彼女にしてみれば冬の寒さが心地よく春の暖かさが苦手なのは生まれ持った感覚であり、自分を決して歪んだ存在だと思う事はない。
春と共にあり妖精のリリー・ホワイトや、秋を司る神である秋姉妹らと同様に冬と共にあるのがレティ・ホワイトロックという存在だけというだけの話で、自分もまた大自然の一部であると考える。
「自然の力には誰も逆らえない……それでもなお、それを無理に歪めようとするならば大きな報いを受けるだろう……」
言ってから、ふと変な事を呟いたなと苦笑するレティだった。
「バカって言うなぁぁぁあああああああああああっ!!!!!!」
レティの予想通り、今日は〈魔法の森〉で大妖精とかくれんぼをしていたチルノが突如として大声を上げた。
「……え~と……チルノちゃん見~つけた?」
少し困ったような声に後ろを振り返れば、そこには苦笑を浮かべている親友の顔があった。
「…………あ……!?」
「……そういえば紫様って冬眠するんじゃありませんでしたっけ?」
自宅の今でのんびりとテレビを視ながら、そういえばもうじき節分ねなどと考えていた八雲紫は、自分の式である八雲藍の声に顔をそちらへと向けた。 金髪のショートボブの頭に二本の尖がりがある奇妙な帽子を被った式の少女は、主人の昼食のチャーハンを盛った皿を手に抱えている。
「……いきなりって言うか……今更な事を聞くわね藍……」
藍の持つチャーハンの匂いに空腹を思い出しながら言う紫に「はぁ……まあ、私も今更とも思うのですが、何となく気になりまして」と返しながらちゃぶ台の上に皿とレンゲを置くと紫の向かいに座ったのは、主人の答えを聞きたいという意思表示である。
そんな藍にやれやれという風に小さく溜息を吐く。
「まあ、実も蓋もない言い方をしちゃうと単なる”原作設定無視”なんだけれどね」
「あら、意図してだったのですか。 書き手が最初に知らずにやらかしたのではなく?」
原作、二次創作を含めれば膨大な設定のある東方シリーズであるから、当時東方をちょっと齧った程度の書き手が冬眠設定を見落としたまま冬の話を書いてしまったと藍が思うのは当然である。
「流石にそれはね。 ま、とにかくそういう事よ」
そう思われても仕方ないわねと苦笑を浮かべる。
東方において八雲紫を重要と考えた書き手は、物語と現実の時間がリンクしているという”幻想曲物語”の構成で一定期間を紫が登場できないのは上手くないと考えたらしい。 強い力を持ちつつ霊夢同様に基本的に中立的立場、そして〈幻想郷〉と〈外界〉の両者を傍観者として見つめえる紫はシリアスを書く上で大事な存在なのである。
無論、それも書き手の考える”ひとつの解釈”に過ぎないのではあるが。
「なるほど……」
藍は頷く、式という立場でゆえの贔屓を抜きに考えても紫の存在は大きなものなのは事実であるのだから。
「……そ~……な……か……」
「……ん?」
〈博麗神社〉の巫女である博麗霊夢が境内の雪かきをしている時に、ふとどこからか小さく消え入りそうなそんな声が聞こえた気がしたが、周囲を見渡しても誰もいないので「……気のせいね」と雪かきを再開した。
その霊夢が、何がどうなってなのか雪の下に埋もれていた闇の妖怪少女であるルーミアを発見するのはもう少し後の事だった……。




