幻想郷の新しい一年の始まり編
クリスマスから大晦日ときて元旦のお話、特に意味があるわけではないのですが別の二次を書いてたころからの恒例になってます。
「皆さん、新年あけましておめでとうございます」
午前九時半、朝食と呼ぶには少し遅い時間の〈紅魔館〉の食堂で主人の後ろの控えるメイド長の十六夜咲夜が唐突に新年の挨拶をしたのに、レミリア・スカーレットは「……ちょ……いきなりどうしたのよ咲夜?」と聞いた。
「うふふふふ、去年の締めは咲夜でしたので新年の始まりも咲夜……ということですわ、お嬢様」
「意味分からんわっ!!!!」
そんな年が明けても変わらないやり取りに同席していたパチュリー・ノーレッジは、今年もこのメイドと主人のコンビは健在ねと思いながら、おせち料理の出汁まき卵を箸で摘むと口に放り込んだ。
白いテーブルクロスの敷かれた食事用のテーブルはレミリアとパチュリーの二人には明らかに大きすぎだ、その上に置かれた重箱に詰められているおせち料理やおわんに入った雑煮は洋式のこの部屋の雰囲気にはアンバランスではあるが、今更気にしてもしょうがないと誰も何も言わない……言ったら負けという風潮さえあるのが今の〈紅魔館〉でさえあった。
レミリアの妹のフランドール・スカーレットがいないのは昨日もネットの仲間と徹夜でゲームだっためにまだベッドで眠っているからである。 そんな妹のだらしない生活態度をレミリアは何度か注意した事はあったが、「お姉様、吸血鬼が夜に活動して朝眠って何が悪いのよ!」とドヤ顔で返されれば、ゲームの部分はともかく他はその通りなのでそれ以上は何も言えなかった。
何はともあれ、今年も〈紅魔館〉の一年は始まったのである……。
〈妖怪の山〉の山頂にある〈守矢神社〉は初詣の参拝客で賑わっていた、その参拝客に甘酒を振舞っているのは神社の巫女である東風谷早苗だ。 寒い中にわざわざ山頂にある神社まで足を運んでくれた人達への気遣いである、そうして巫女ががんばっている時にのんびりと雑煮やおせち料理を堪能している八坂神奈子や洩矢諏訪子でない。
「……ふむ、それは少し厄介な事態であるな?」
「そうなんですよ、神奈子様……」
神社の境内を回っては里の人々の話を聞いている。 神であっても、否、神であるからこそ時には同じ視点に立ち人間の声に耳を傾けねば何が視えるものではない。 無論、話を聞いたからと言って神の力でポンと解決など出来るわけでもないが、永く生きてきた神奈子にはその知識や経験を生かして助言くらいは出来るし、悩みとは誰かに聞いてもらう程度でも少しは心が軽くなるものである。
もう一人の神である諏訪子は早苗と同じデザインの巫女装束で折りたたみ式のテーブルを並べただけの急増の売店で破魔矢やおみくじを売っていた、参拝客を少しでも増やすための早苗のアイデアである。
ちょっと試しにと参拝客が来る前に自分でも引いてみたら中吉という何とも微妙な結果で、早苗と諏訪子に苦笑を浮かべられていたものだ。
「ほらほら見て見て~! あっちでおみくじ売ってるよ~~♪」
「……て! ちょ……お姉ちゃん、そんなに慌ててると転ぶよ!」
そうこうしている内に神奈子の目に飛び込んで来たのは神社の鳥居を潜って来たのは元気そうな十歳くらいの姉妹だった。 いるべきはずの親の姿がないのを不審に思ったが、元気が有り余ってそうな少女達――と言うか、姉の方――だけに親を置いて先に来てしまったのだろうと考えた。
「大丈夫~~~……って!? わっ!!?」
妹の心配してたようにろくに足元も見ていなかったのだろう姉が盛大にすっ転んだ、その様はホームベースに豪快にヘッド・スライディングした野球選手のようであり周囲にいた参拝客らも何事かとそっちへと視線を向けていた。
「お、お姉ちゃん……大丈夫?」
「あたたたた……ん? へ~きへ~き~!」
てっきり大声で泣き出すかと思った神奈子だったが、心配そうに駆け寄る妹に対して起き上がった姉は土で汚した顔で照れ笑いを浮かべてさえいた。
「〈幻想郷〉の子供は元気であるな、まったく……」
貸本屋〈鈴奈庵〉も流石に正月に営業はしていない。
両親と共に新年のあいさつ周りを終えてやっと自室で一息吐いた本居鈴奈は、畳の上にごろりと寝そべった。 布団を仕舞う押入れと箪笥、それに机があるだけの狭い部屋にはこの本の虫のような少女の部屋にしては意外にも本棚はないのは、本を読むのはほとんど店番をしている時であるのと部屋で読みたければ店から持ってくれば良いからだった。
「……さてと、今日は何を読んで過ごそうかなぁ……」
年始の挨拶周りの途中でコマやメンコ、広場で凧揚げをして遊んでいた子供達が何人かいたが小鈴には彼らの様な遊びをする発想はなく、飴色の髪を結んだ小さいツインテールを手で触りながら呟いた。 自分のようなものを〈外界〉ではインドア派というらしいというのは店に来る小鈴の憧れるお客――彼女は知らないが正体はマミゾウ――から聞いた事だった。
〈博麗神社〉の巫女である博麗霊夢は杯に入った日本酒を飲み干すと「はぁ~~」と大きく溜息を吐いたのは、神社の境内では結局今年もまた妖怪達の新年の宴会が始まってしまったからである。
「霊夢! そんなとこにいないでお前もこっちへ来て飲めよ~!」
地面に敷かれた赤い敷物の上で妖怪達と一緒になって酒盛りをしている霧雨魔理沙は上機嫌という声で言ってくる、少しはなれた場所に生えている木の幹に寄りかかっていた霊夢は確かにこうなった以上はしょうがないわねと思い、「やれやれね……」と赤いリボンで結ばれている黒髪を掻きながら魔理沙の元へと歩き出す。
「そうじゃよ霊夢、人間諦めが肝心じゃい」
酒で顔を少し赤くした二ツ岩マミゾウがからかうように言うと隣に座る秦こころがコクンと頷いた、感情のまったく伺えない無表情な彼女では一見するととても宴会を楽しんでいるようには思えないのだが、顔を隠さない様にズラして被っている仮面が”福の神”になっているということは今のこころが宴会を楽しんでいるのが分かる。
自身の顔ではなく被る面によって多彩な感情を表す、それが秦こころという面霊気の少女が”表情豊かなポーカーフェイス”と呼ばれるゆえんである。
「うるさいわね! どうせならお賽銭でも入れていきなさいってのっ!!」
その二人を怒鳴りつけてから魔理沙の隣に腰を下ろす霊夢は不機嫌な顔でその友人の魔法使いの少女に黙って空になっている杯を差し出した、魔理沙は「やれやれだぜ……」と苦笑しながらも置いてあったとっくりを取り彼女の杯に酒を注いであげた。
「まったく……こんなんじゃ今年も先が思いやられるわね……」
「言ったろ? お前はずっと苦労してくんだってさ」
「……ふん!」
つい先日に魔理沙が言っていた通りになっているというのが面白くなく、そっぽを向いて酒を一気に飲む。 霊夢とて妖怪達と酒を酌み交わし騒ぐのが決して嫌いというわけではないが、それも自分に不利益がなければの話である。
宴会の後片付けや妖怪が寄り付く事でのお賽銭の減少は霊夢にとっては非常に頭の痛い問題であり、それがあるから素直に宴会を楽しめないのである。 こいつらには〈博麗神社〉以外の場所で騒ごうという発想はないのだろうかと、怨めしげな顔をしてみせる。
「……霊夢?」
「何でもないわよ……」
視線の先に偶然いたアリス・マーガトロイドが怪訝な顔をした。 〈魔法の森〉に住むこの”七色の人形遣い”は、魔理沙とは犬猿の仲のはずなのだがこうして宴会に同席するのは気にはならないらしい。
まあ、そんなものかも知れない。 こうして酒を酌み交わし皆で騒いでいれば彼女らのいがみ合う理由など些細なものとなるのだろう、むやみやたらと力を振りかざし他者を威嚇するのは馬鹿のする事だが、時には力と技を全力でぶつけ合ってこそ理解出来ることもあるのは幾多の異変解決を戦い抜いてきた霊夢には分かる。
もっとも、その結果がこの宴会なのは不本意ではあるのだが。
「はぁ……」
こんな事じゃ今年もお賽銭アップなんて夢のまた夢ねと、絶望的な気持ちになり霊夢はまたも大きな溜息を吐くのだった。
平和な世界では新年をまったりと過ごしている人間がいる一方で、そんな時にも世界のどこかでは人間は死んでいる。 それが病気であったり事故であるのは半ば仕方ないのだろうが、人が人を殺しているというのは本当に愚かだと、コタツでのんびりとテレビを視ていた八雲紫は思う。
正月元旦の番組はこの一年が良い年であるように願うかのようにどれも明るく前向きなものばかりだが、その合間に流れるニュースにはそんな暗い話題も飛び込んでくる。
それらは〈幻想郷〉に生きる妖怪である紫には文字通りに異世界の事であるが、〈外界〉で平穏にのんびりと正月を楽しんでいる人間達にも変わらないのかも知れない。 テレビの映像はどんなにリアルなものであってもどこか現実感に欠け遠い世界のものと感じてしまうものである、それが平和な日常とかけ離れた非日常の光景であれば尚更だ。
例えば数年前の大震災の映像を最初に見た時に、それを現実のものとすぐに受けいれる事の出来た人間は何人いたのだろう。
「あなた達は今年一年をどうしていくのかしらねぇ?」
独り言のように呟く紫の金色の瞳はここではないどこか別の世界を見据えて問いかけているようにも見えた。 が、それも僅かな間だった、「ふぅ……」と小さく息を吐きテレビに視線を戻す紫はそんな事をした自分に呆れているようだった。
コタツの上のお猪口を掴むと中に注いであった酒を飲み干す、正月に一人酒を飲んでいるのも侘しいものと感じるが、さりとて〈博麗神社〉へと行きたい気分でもなかった。
「〈白玉楼〉の幽々子の所へでも行こうかしら……」
〈冥界〉の管理者である亡霊の親友は今頃はおせち料理を平らげながらまったりと過ごしているのだろう、その一方で彼女に仕える魂魄妖夢は昨晩から大量に仕込んだ料理をすべて平らげられて大慌てで食材の調達や夕食の分の調理に追われているのだろうかと、そんな想像にクスリと笑う。
「そうね、久々にあの子とお正月を飲み明かそうかしらね」
呟くや否や【スキマ】を開いて、生き物の体内の様な真っ赤な空間に無数の目の浮かぶ不気味なそこへ飛び込もうとして、そこで思い出したようにテレビのリモコンを取りスイッチを切った。
「それじゃあね、せいぜい良い一年を過ごしなさいねあなた達。 うふふふふふ……」
意味深な笑いを残して紫は【スキマ】の中へと消え、主のいなくなった部屋には静寂が訪れた…………。




