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今年もまた一年が終わり編

今年もまた大晦日の幻想郷の風景……ただ、それだけの話です。


 十二月三十一日の大晦日、すでに大掃除も終え門のところに門松としめ縄飾りを付けて新年を迎える準備を整えた〈紅魔館〉の主人である吸血鬼の少女のレミリア・スカーレットは自室の椅子に座り寛いでいた。

 「ふぅ……今年も終わりねぇ」

 「はい、お嬢様」

 レミリアの独り言のような呟きに、背後に控えるメイド長の十六夜咲夜は律儀に応える。 〈紅魔館〉で唯一の人間である彼女は結局今年も休暇を取ることもなく仕事に励んでいた、だからレミリアは「どう? 正月くらい休暇を取ってみる?」と言ってみる。

 「いえ、せっかくですが正月もやらなければいけない仕事がたくさんありますので……」

 咲夜が恭しく頭を下げるのはレミリアの気遣いに感謝しているからであり、レミリアが「……はいはい、そうよね」と苦笑するのは彼女の答えを半ば予想していたからである。 この銀髪のメイド長の仕事に対する熱心さにはレミリアでも尊敬に値すると思う事がある。 人それぞれではあろうが人間には短い寿命を精一杯使い密度の濃い時間を過ごそうとする者がいて、それは長い寿命を持ち日々を怠惰に過ごしている妖怪レミリアには憐れにも思えるが、その人間は輝いているようで羨ましくもあると思う。 

 「ふっ……」

 そんな、らしくもない自分の思考を思わず笑い、「どうかしましたか?」と怪訝な顔で聞いてくる咲夜に「何でもないわよ」と言いながら窓の外の青空へと視線を移した。



 〈人里〉にある貸本屋の〈鈴奈庵〉は大晦日も営業してはいたが別に賑わうという事もなく、店番をしている本居小鈴はがらんとした店内のカウンターの椅子に座り読書をしていた。

 今頃は年越し蕎麦で大忙しの蕎麦屋程に大変になってほしいとは思わないが、もう少しは店の売り上げが伸びてほしい小鈴である。

 「……もうお昼かぁ……」

 空腹を感じて時計を見れば十二時を回っていた、今は両親が出かけていれば自分で昼食を作るしかないが、それも面倒で外へと食べに行きたいところだが、店番が店を留守にも出来ないという事実に「やれやれね……」と小さく溜息を吐く。

 仕方ないので店の奥の住居へと向かうために立ち上がると読んでいた本を閉じた。



 〈妖怪の山〉の山頂に建つ〈守矢神社〉の巫女の東風谷早苗は掃除も終えて新年の参拝客を迎える準備を終えた境内で空を見上げていた。 〈外界〉の有名神社のように二年参りをするために深夜から人が来ることもないので、これから朝まではゆっくりした時間がとれるだろう。

 「……来年も信仰を集めるためにがんばらなきゃね」

 決意を口に出して呟くと背後に気配を感じたので振り返ってみれば、そこにいたのは八坂神奈子だった。 この神社に祀られる神である彼女は背に重そうなしめ縄を背負った威厳を漂わせる姿で笑みを浮かべて「流石は我が巫女、感心な事よ」と言った。

 〈守矢神社〉に祀られるもう一人の……と言うか、本来の神である洩矢諏訪子は、今は夕食でもある年越し蕎麦の準備をしている。 基本的に家事も巫女である早苗の仕事であるが、たった一人の少女に何でもかんでも押し付けると言う事を神奈子も諏訪子もしないのは、神とは人間と共にあるものだという考え故である。

 「まあ……とはいえ早苗よ、もう今日くらいはゆっくりするといい。 明日は忙しくなろうしな、どこぞの神社と違ってな?」

 「うふふふふ、そうですね。ありがとうございます神奈子様」

 最後の部分にクスッと笑いながら神奈子の気遣いに感謝した。

 そのどこぞの神社こと〈博麗神社〉の鳥居には”妖怪達入り禁止”と立て看板が置かれていて、その先の境内で巫女である博麗霊夢と彼女の友人である霧雨魔理沙が焚き火当たっていた。  

 「うっさいわっ!! 見てなさいよ、今回こそきっと初詣の参拝客おさいせんががっぽがっぽなんだからぁ~~~!!!!」

 「……ちょ……いきなりどうしたんだよ霊夢!?」

 突然に両手を振り上げて大声を上げた霊夢に驚く魔理沙は、もう参拝客と書いてお賽銭と読む事にいちいち突っ込む事はしない。

 「……何でもないわ、魔理沙」

 前回の事で流石に懲りた霊夢は今回は風邪をひくような無理はしないつもりだが家に篭もりコタツで蜜柑を食べながらのんびりとテレビを視ていようとも思っていない、今はこうして焚き火で身体を温めながら、夜も定期的に外へ出て見回りをし新年の宴会にやってくる妖怪の侵入を阻止するつもりである。

 「……お前もいい加減に諦めろよなぁ~、やって来た連中を力ずくで追い返せないって時点で相当に分が悪いって気がついてるのかよ?」

 「そんな事くらい分かってるわよ! だからって簡単に諦めるのも癪じゃない!」

 この〈博麗神社〉では妖怪は人間を襲えないという取り決めがあり、それは〈幻想郷〉に住む妖怪にとってはおいそれと破れるものではない……が、それは決して妖怪が神社に入ってはいけないというわけでもなく、ましてや取り決めを破らない限りは霊夢からの手出しも出来ないのである。

 そんな場所であるので〈博麗神社〉は妖怪達の格好の宴会場になってしまっているのだが、博麗霊夢という少女の魅力と言うか人徳のようなものも原因の一端にある。 霊夢は妖怪だとか人間だとかで接し方が変わる事はない、それは博愛だとか慈愛だとかそういう事ではなく他者への関心に薄さゆえであり、簡単に言えばどっちでもいいのである。

 しかし、どういうわけかそんな要素が妖怪達に好かれる原因になってしまっているのであるから不思議なものだと魔理沙は思う。

 レミリア・スカーレットにしても霊夢憎しで嫌がらせをしているわけでもないだろし、魔理沙自身もこの巫女のそういう部分は嫌いではない。

 「霊夢、お前は来年も……いや、この先ず~~~と苦労すんだろうぜ?」

 「……はぁ?」

 顔をしかめる霊夢に「……いや、何でもない。 気にするな」と言ってから、少しズレてきた黒い尖がり帽子を被り直す魔理沙だった。

 



 「そ~なのか~~~?」

 大晦日の寒い冬空の下を飛ぶ金髪に赤いリボンを付けた妖怪の少女、ルーミアは自らの周囲に纏う闇の中で、誰にともなく言った……。

 

 暗い石造りの部屋を何本もの蝋燭の明かりが照らすその中央には直径二メートル程の魔方陣があり、その上にウェーブのかかかった長い金髪で白と黒の服を着た少女が手足を広げた状態で寝かされていた。

 「……うふふふふふ、流石のあなたもその【拘束の魔法陣】の呪縛には勝てないようねぇ……魔理沙ぁ~♪」

 そんな少女――魔理沙をいやらしい笑いを浮かべて見下ろしているのはパチュリー・ノーレッジ、魔理沙は身の危険を感じて必死に身体を動かそうとするが上体を起こすどころか声すら発することが出来なかった。

 「……そんなに怖がらなくてもいいわよ? 何もあなたを殺そうとかじゃないから……ただ、今まであなたが持っていった魔道書のレンタル料を徴収したいだけなの……そう、あなたの身体でねぇ~……ふふふふ……」

 「……っ!!?」

 自分がこれから何をされるのか気がついた魔理沙の顔が恐怖に引きつり何事かをと叫ぼうとしているがやはり声が出ずに口をパクパクと動くだけだった、そんな様子がまた可笑しくてパチュリーはますます愉快な気分になる……。

 「……しっかし、パチュリーも本当にそういうのが好きよねぇ~」

 〈紅魔館〉の地下にある薄暗い〈大図書館〉の主である七曜の魔法使いパチュリー・ノーレッジはフランドール・スカーレットの声に椅子に座り冬コミで調達してきた薄い本せんりひんを読んでいた顔を上げた。 珍しく〈大図書館〉へやって来たフランドールが行儀悪く机の上に座り足をバタバタさせるのに若干咎めるような目を向けながらも、「……ええ、そうよ。 あなたも読んでみるフラン、面白いわよ」と自らの前の机の上に山と詰まれた薄い本を指差した。

 「う~~ん……別にいいわ。 どーせ女の子があ~んな事やこ~んな事をされている場面が描いてあるだけなんでしょう? そんなのつまんないわよ」

 「……まあ、間違ってはいないけど……つまらなくはないわよ?」

 腐女子とゲーム・オタクの違いというわけでもないだろうが彼女は興味もない様子だ、姉のレミリアといいどうしてこうも自分の趣味に理解がないのだろうかと嘆きたくもなるパチュリーであった。



 月が昇り綺麗な冬の星空が輝く下にある〈八雲邸〉では大掃除やおせち料理の支度などの新年の準備は終わり、八雲紫は居間のコタツに入りのんびりとテレビを視ながら残り僅かとなった今年を過ごしていた。

 大掃除の手伝いをしに来ていた橙は、今は下半身をコタツの下に潜り込ませて畳の上に横になり「す~す~」と静かな寝息を立てて眠っていた。 紅白の歌合戦も終盤となった時間であれば子供が起きているには遅い時間なのだろうが、生みの親であり直接の主人である八雲藍と一緒にがんばって広い〈八雲邸〉を掃除すれば疲れもでたのだろう。

 「……橙は眠ってしまいましたか」

 その時、襖を開けて入って来た藍が手に持つお盆の上には湯飲みが三つのっていた。 夕食の片付けと明日の朝食である雑煮の下準備を終えてようやく一息つける時間がとれた九尾の狐の妖怪は、式である猫娘を起こさないようにそっと襖を閉めるとお盆をコタツの上に置き自らもコタツに入った。

 「まあ、今日は疲れたのでしょう……そっとしておいてあげましょう」

 「はい、紫様」

 人間の子供であれば風邪をひくのを心配するところであろうが、まがりなりにも妖怪である橙が風邪をひく事はあるまい。 

 「しかし……今年も〈外界〉ではいろいろあったようですねぇ……」

 紫に緑茶の入った湯飲みを渡しながらそう言う藍、日ごろから適度にニュースをチェックしてはいるが年末ともなれば今年一年を振り返るような番組も放送されているので、そんな事も思う。

 「ふふふ、ヒトが生きている世界に本当に何事もなく平和な時なんてないわよ。 様々な問題を抱えて、それが原因で事件や争いを起こして……それがヒトが生きるという事なのよ藍……」

 「それが〈幻想郷〉であっても……ですか?」

 「そうね……〈幻想郷〉に生きるヒト――人間だって妖怪だって多かれ少なかれ悩みや問題を抱えて生きているわ。 私だって例外ではないのよ藍……」

 どこか遠くを見るような目をして言ってから藍の淹れてきたお茶を一口飲む、その紫がどんな悩みを抱えているのだろうかと思っても藍にはまったく想像出来ないし、おそらくは紫が自分に話してくれる事もないので一生知る事はないだろう。

 それは自らの式にそんな弱みは見せられない主としての矜持なのだろうと理解する一方で、紫にとって藍は悩みを口に出来るほどの存在になれていないのではという考えも浮かび僅かな寂しさを覚えた。

 不意にゴ~~ンという音が響き思考が中断されて意識が現実に引き戻された。

 「……鐘の音……?」

 「除夜の鐘よ藍、もっともこれはテレビだけどね?」

 いつの間にか紅白の歌合戦は終わっていてゆく年くる年が始まっていた、テレビの画面には夜の暗闇の中で住職らしき男が寺の鐘を突くところが映っていた。 それはこれで本当に一年の終わるのを実感させられる光景であり、そんな時間を紫と自分と橙と三人で過ごしている事に小さな幸福感を感じる藍である。

 その時にふと思い出したようにはっとなった藍はコタツの上の籠に入れてあった蜜柑を手に取り皮を剥こうとしていた紫に尋ねた。

 「そういえば紫様、今年は赤と白……どっちが勝ったのですか?」

 「……ん?……あら、あなた視てなかったのね? 今年はね……」












  「……今年も後僅か、皆さんにとってこの一年はどんな年であったのでしょうか?」






 壁に取り付けられたランプの明かりが照らす薄暗い〈紅魔館〉の廊下を歩いていた十六夜咲夜が急に妙な事を口走ったので、隣を歩いていた妖精メイドのフェア・リーメイドは「いきなりどうしたんですか、メイド長?」と怪訝な顔になった。

 「ふふふふ、大した事ではないですよフェア。 ちょっと読み手の方に……ね?」

 「……はぁ……?」

 わけが分からないという顔のフェアに「あなたにもその内に分かるようになるわよ、うふふふ」と笑いかけてから数歩前に進み出た咲夜はまるで主人レミリアに対してするかのような丁寧な会釈をしながら言った。

 「それでは皆さん、良いお年を……」 

 


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