フランドールのゲーム・ライフ編
今回は東方とは別のゲーム系のネタを使った話です。
だんだんと寒い季節になってくれば、そろそろ厚着を用意しないとねと思い始める〈紅魔館〉の門番の紅美鈴。 まだ雪が降ってくるには早いように思うが、肌を触る風の冷たさは冬の到来を感じさせるには充分である。
そんな中でも元気にはしゃぎまわるチルノの姿は流石は氷の妖精というべきであり、そのうちにレティ・ホワイトロックも姿を見せるようになるだろう。 いわゆる雪女であるレティは冬の季節以外に姿を見たことがないのは美鈴だけではなく、彼女はいったいどこでどうしているのだろうという事は八雲紫とて知らないのだろう。
「今度あった時にでも聞いてみようかな?」
美鈴には大して関係のない事ではあるが気にしだすと気になるものであり、そんな風に考えて呟いてみる。
門番の少女がそんな事を考えている頃、〈紅魔館〉の主である吸血鬼のレミリア・スカーレットはリビングで親友のパチュリー・ノーレッジと寛いでいた。 彼女らの後ろに控えるメイド長の人間である十六夜咲夜の淹れた紅茶を飲みながら他愛のない会話をしていれば、ずっとこうしていたいと思わないでもないレミリアである。
「さ~く~や~~~!!」
そこへ突然に勢いよくバタンと扉が開く音と共に飛び込んで来たのはレミリアの妹であるフランドール・スカーレットだ、「……フ、フラン?」と驚いた顔の姉とは違う金髪の少女は咲夜の姿を見つけるなり右手に持った携帯ゲームを掲げる。
「咲夜は今暇? 暇よね? 一狩り行こうよ!」
「……妹様……私は暇と言うわけでは……」
フランドールからの誘いに咲夜は少し困惑した顔でチラリと主人を見やる、そのレミリアは「はぁ……」と溜息を吐くと妹に向かい「駄目よ」ときっぱりと言う。
「え~~!? 何でよ、お姉様~~!?」
「咲夜にはまだ仕事が残っているのよフラン、あなたのゲームに付き合ってる暇なんてないのよ」
何をどうしたものなのか引き篭もりのゲーム・オタク化しているのが幻想曲物語のフランドール・スカーレットである、姉であってもレミリアもそれ自体はどうこう言う気もないし、彼女の遊びの相手をするのも〈紅魔館〉に仕えるメイドの仕事の一環であるとは言えなくもないとは分かってはいても、掃除や洗濯や炊事はそれ以上に優先させるべき仕事である。
実際、フランドールに誘われてコンピューター・ゲームに手を出した咲夜だが、決して日々の業務に支障をきたす事はしておらず、だからこそレミリアも咲夜がゲームをするのを容認している部分はある。
「ぶ~~そんなもの妖精メイドにやらせればいいでしょう~?」
「そういう問題じゃないのよフラン、仕事は仕事で遊びは遊び。 そういうケジメはつけるべきものなのよ」
「……そうね。 レミィの言う事は正しいわ、フラン」
黙って成り行きを見ていたパチュリーが親友を援護する事を言った。
「だいたい、今回の4はオンライン・プレイ出来るんでしょう? ネットの友人を誘ってやればいいんじゃないのかしら?」
いわゆる腐女子と呼ばれるカテゴリーに入るパチュリーはフランドールには遠く及ばないまでも嗜む程度にゲームをする事もあるので、あまり興味はなくともこの有名なハンティング・アクションゲームの情報は持っていた。
「そうは言ってもさパチュリー、この時間にインしてるフレンドっていないんだよねぇ……」
「……イン?……フレンド?」
「……ああ。 まあ、それもそうね」
レミリアは妹の言う単語の意味が分からずに首を傾げるが、パチュリーの方は壁掛けの時計をちらりと見やってから頷く。 午前十一時を少し過ぎたこの時間では学生であれ社会人であれ平均的な生活スタイルの者ではゲームを出来るような時間ではない、
それを当然ねと思うのがパチュリーで、学校や仕事なんて行かなきゃいいと考えるのがフランドールである。 勉学に励み成長し日々の糧を得るために働くというのは人間社会を形成している重要な要素であるという事を理解出来ないフランドールにしてみれば、ただでさえ短い人生なのに勿体無いと思うという本編のフランドールはおそらく考えないだろう事をするのが幻想曲物語の彼女だ。
「ま、とにかく今日は一人でゲームしてなさいフラン」
「ぶ~~~! 分かったわよ、お姉様……」
魔法の森の入り口にある古道具屋の〈香霖堂〉には今日も今日とて霧雨魔理沙が何を買うでもなく居座り、それをカウンターの椅子に座り本を読んでいる彼女の幼馴染みの兄貴分であり店主の森近霖之助は時折、迷惑そうな視線を送っているのはこの店ではありふれた光景である。
「なあなあ香霖、これってフランの持ってるやつだろう?」
「……ん? ああ、そうだよ魔理沙」
様々な物が雑多に置かれた店内で魔理沙の見つけたの凶暴そうな怪物と戦う鎧を纏った男のイラストの描かれた四角いケースだ、ハンターとなりモンスターを狩って行くそのゲームは〈外界〉では人気のある物だと霖之助は知っていた。
「ふ~ん。 これってそんなに面白いものなのかねぇ?」
兄貴分の青年からそんな事を聞いた魔理沙はそう言って首を傾げる、そんな様子に「ん? 興味があるのかい?」と聞いてみる霖之助。
「興味があるって言うか、あいつがああもご執心な物ってどういうのだろうって思ってさ」
「ふむ……なら、少しやってみるかい?」
「……はぁ?」
思ってもいなかった提案に驚く魔理沙に霖之助はカウンターの引き出しの中から取り出した青い携帯ゲーム機を見せた。 先日入手したそのゲーム機はボタンのひとつが壊れていたのを〈妖怪の山〉に住む河童の河城にとりに修理を依頼していて、魔理沙がやって来る前に受け取っていたものである。
もちろん売り物にするつもりなので魔理沙にプレゼントなどという事は言わないし、彼女が気に入って買い取ると言い出すのなど期待もしない。 やってみたいと言うならこの少女に修理して貰ったゲーム機がきちんと動くかどうか確認させようという魂胆ではあるが、兄貴分としての親切心もまったくないでもなかった。
いろいろと迷惑は被っていてもこの妹分の事は何だかんだと気にかけてしまうし、こうして話しているのも別に嫌ではない。 腐れ縁とは厄介なものだと偶に思う事がある霖之助である。
「それって貸してくれるって事か?」
「もちろん、今日一日だけだよ魔理沙?」
そして、それだけにきっちり釘を刺すのを忘れる事もしない。 もしもこのゲームを気に入ってしまえば「あたしが死んだら返すぜ」とお決まりの言葉が飛び出すのは分かりきっている事だ。
そんな霖之助に「ちぇ~、しっかりしてんなぁ~」と苦笑をする魔理沙は、こういうところは自分の兄貴分らしいと思い感心もする。 幼馴染みであっても頼りない男と付き合っていくのはごめんである。
「まあ、せっかくだしな。 ちょっとやっていくよ香霖」
「……〈外界〉のコンピューター・ゲームって怖いものなんですねぇ……」
「……は? なんじゃいいきなり……?」
貸本屋〈鈴奈庵〉の娘である本居小鈴の突然の呟きに、店内の本を物色していたマミゾウが聞き返す。 人間に化けて何度もこの〈鈴奈庵〉を訪れている内にすっかり常連になった言ってもいいマミゾウはカウンターの椅子に座り本を読んでいた飴色の髪の少女にずいぶんと信頼されるようになっていたが、自分が本当は妖怪であると明かす気はない。
他者を騙しているという行為は人間であれば多少は良心が痛むところなのであろうが、人を化かすのを当然としている狸の妖怪である彼女にはそう言う事はない。 寧ろ、人間と妖怪の関係性を考えればそれが最良であるとさえ思う。
「……これですよ」
「……?」
小鈴は手に持った本をマミゾウに見せてくる、短剣を構えた盗賊風の男が描かれた表紙のその本をマミゾウはカウンターに近づいて受け取ると開いてみた。 「ほう? 〈外界〉の小説か?」と言うとこくりと頷く小鈴。
「ふむ……ちょっと読ませてもらうぞ」
「はい、どうぞ」
マミゾウがざっと目を通してみるとどうやらバーチャル・リアリティ・ゲームを題材にした小説だった、最新型のコンピューターを使ったダンジョン攻略型のゲームに参加したプレイヤーの一人である主人公がいわゆるデスゲームに巻き込まれていくというストーリーである。
終始、主人公の一人称で書かれていて、すべてが、共に戦った仲間すら作られた虚像という可能性のある仮想現実世界という世界での怖さが上手く描かれているなというのが感想だった。
「小鈴よ、流石にこれは作り話じゃぞ? いくら〈外界〉でもこんなゲームはないわい」
「……それは、そうでしょうけど……」
もちろん小鈴も本の物語自体は作り物とは分かっているだろうが、このコンピューターゲームやデスゲームみたいなものは実在すると思っているのだろう。 なまじ《外来本》に多く触れていているため〈外界〉とは科学文明の進んだ世界というイメージを持ってしまっているのだ。
百聞は一見にしかずと言うが、所詮は見聞きした程度の情報で物事の真偽を判断するのは難しい。 それは書物であっても同じで、どんなものであってもそこに書かれている事
が真実であるという保障はない。
しかし、ヒトは時折それを忘れて激しい思い込みで動いてしまう。 嘘の書かれた《妖魔本》のせいで能面気の妖怪の秦こころの能楽を悪意あるものだと勘違いしてしまったのもその例であろう。
紙に書かれた書物であろうが電子世界の掲示板やチャットであろうとも同じで、普段は何気なく得ている”情報”というものはそういう怖さや危険をはらんでいるものだとヒトは理解すべきである。
「安心せいゲームはゲーム、所詮は遊びじゃ。 そんなもので人死にがでるはずもなかろう?」
「そういうものですかぁ」
「そういうものなのじゃよ、小鈴よ」
あるいは将来的にはそんなゲームも出来るかもしれないが、それも〈外界〉の人間達の文明がそこまでいく前に彼らが滅ぶ事もなければの話である。 現在のレベルのものでさえ扱いかねている部分はあるのに今以上の技術など人間達の手に負えるのであろうかのと考え、それもどうでもいいかと思い直す。
人間社会の行く末などたかだか一妖怪である自分が考えても仕方ない、〈外界〉が滅んだ時に〈幻想郷〉にどんな影響があるのかは分からないが、それもその時はその時である。
今はまだこの〈幻想郷〉での生活をのんびり楽しんでいようとマミゾウは思っていた。
狼と竜を足して二で割ったような緑色の巨体の突進を”フラン”は地面を転がり回避し、すぐに”フラン”の後方へと駆け抜けていったそのモンスターへと視点移動へするのはもはや意識せずともしているフランドールである。
モンスターは急停止しながら反転すると動きを止めてバチバチと放電現象のような光を放ち始めるのを黙って見ている手はない、ダッシュでモンスターの正面まで移動し背中の《大剣》の【溜め攻撃】を頭に叩き込んだ。 悲鳴を上げて大きくのけぞったモンスターの角が砕けたエフェクトが見えたフランドールは「よっしゃ~~角破壊~~~♪」と喜びの声を上げた。
自分の部屋の天蓋付きのベッドの上にあぐらをかいて携帯ゲームの小さな液晶画面に向かっている姿は仮にもスカーレット家の令嬢というにはいささかはしたない行為なのかも知れないが、そんな事を気にするフランドールではない。
「……十分針かぁ、まあまあね……お! よっしゃ~~玉が出たわ~~♪」
クリア後の報酬として得られた素材の中にレア素材があったのを喜ぶ、今のところ使うものではないのだがレア物が出るというのは嬉しいのがゲーマーであろう。
「……っと、もうこんな時間ね。 そろそろ誰か来てないかしら?」
壁掛けの時計が二十時半を指してるのを見たフランドールはベッドから降りると自分の机へと向かいデスクトップのパソコンの液晶モニターの電源を入れる、省エネなどという事は考えない彼女なので本体の電源は基本的に付けっぱなしなのだ。
手馴れたマウス操作でとあるチャット場へと移動させる、そこは”ミラクルの魔女”というハンドル・ネームのヒトが管理しているハンターのためのチャット場である。 このゲームでは”ベルン”というキャラクター名でプレイしてる彼女はフランドールとも付き合いの長いフレンド……いや、狩友であった。
「お! やってるやってる~」
”ベルン”と”ベアト”の二人がログインしているのを見たフランドールは、『《落とし穴》使うわ』『樽爆だな?』などの会話の内容からすでに狩り中だと判断する。 携帯ゲーム機でもチャットは出来るのだが、ゲーム機の小さな画面を使ったタッチパネルでの入力はお世辞にも使い勝手のいいものではなく、フランドールの仲間内ではこのチャット場を使いゲームをするのが通常となっていた。
もちろん携帯ゲーム機片手、それもモンスターと戦闘しながらキーボード・チャットなど素人には困難な芸当であるが、それを某自由の名前を持つ白い人型ロボットのパイロットもかくやという速度でタイピングをしてみせるのが彼女らである。
「……ん~? もうちょい掛かるかな?」
このゲームにクエスト途中で乱入できるような機能はないので一狩り終わったタイミングで参加しようと思い、それを待つ間に内線電話を使って軽く腹に入れるものでも妖精メイドに持って来させようと受話器を取るフランドールだった。
じきに閉店時間に〈人里〉の外にある〈香霖堂〉に赴く人間の客はいない、現在店内にいるのは主である森近霖之助と幻想郷きっての大妖怪である八雲紫の二人だけだった。
「……ふ~ん。 結局、霧雨魔理沙はそのゲームは気に入らなかったのね?」
「……みたいだね」
紫が昼間の経緯を聞いたのは他愛のない世間話での事だった。 夜の店内に男女が二人というシチュエーションにも関わらず色気のカケラもないのは、紫が妖怪だからというわけではなく霖之助がその手の事にたいして関心のない朴念仁だからであり、様々な物が雑多に置かれた物置とでも表現するのが相応しい店内ではムードも何もあったものではないからである。
「魔理沙も別につまらないとまでは言ってなかったけどね。 まあ、時間を使ってまでやるような事もない……というところか」
紫にお茶を出してもてなそうという気もない彼は椅子に座りながらカウンターの上にあるゲーム機に視線を向ける。
それは魔理沙らしい言いようだと霖之助は思う、ゲームなのしていいたところで彼女が得るものは何もなく、ならば魔術の練習でもしていた方が有益という事なのだろう。 それに〈外界〉では異形の怪物との戦闘は非日常であっても、モンスターを妖怪に置き換えれば戦闘は半ば日常なのが魔理沙なのである、要するに幻想ではなく本物でどつき合いをしている方が面白いというのもあるのだろう。
その事を口に出して言ってみると「うふふふふ、そんなところでしょうね」と笑う紫、愉快そうな笑いに何か秘めていそうで怪しげに見えてしまう程度には彼女との付き合いも長い霖之助。
「私もゲームには興味はないけど……まあ、暇つぶしにはなるかもくらいには思っているわね」
「暇つぶしねぇ……」
「ゲームなんて所詮は遊び、娯楽でしょう? まあ、そうじゃない人間もいるみたいだけどね?」
コンピューター・ゲームに限らない、囲碁や将棋のような盤上のゲームであっても大衆からしてみれば娯楽でしかない。 もちろんあくせくと働く人間達にとっては娯楽は大事である、ただ生きるための糧を得るためだけに働き子孫を残し死んで逝くためだけに生きる人生など人間にはつまらないものであろう、例えヒト以外の生き物ってはそれが当然の事であってもだ。
しかし、中にはその娯楽を単なる趣味の域を超えて極めようとする者もいる。 囲碁や将棋でいうところのプロ棋士がそれであり、コンピューター・ゲームでいえば廃人と呼ばれる者達である。
社会的な地位や評価は雲泥の差がある両者だが、何かひとつのものを極めようという姿勢においては本質は同じものだろうと紫は思っている。 そして霧雨魔理沙もそんな人間の一人であり、短い人間の生涯の中で魔術の腕を高めようと日々を過ごしているのだろう、何であれ目指すものがありそこへ向かって突っ走るヒトを彼女は嫌いではない。
思えば古い親友もそうだった、貪欲な好奇心からなのだろう彼女の行動には偶に振り回されたものである。
「まあ、そんなものだろうね」
そんな紫の思考を知る事もない店主の青年はそっけなく言ってから何気なく窓の外を見るが、そこにはただの暗闇があるだけである。 その暗闇の向こうの〈霧雨魔法店〉にいるのだろう妹分の少女は今は何をしているのだろうか?と、ふと思う霖之助だった。




