少女達の秋、幻想郷の秋編
今回は幻想郷の秋を過ごす少女達の秋の日の一コマです。
秋の〈妖怪の山〉は赤や黄色に染まり美しい姿を見せるが、読んで字のごとく妖怪の住まう山なので観光に来ようという人間はいない。 そんな〈妖怪の山〉の山頂にある〈守矢神社〉の境内では巫女である東風谷早苗が落ち葉を集めて焚き火をしている。
「~~~~♪」
夏も終わったとはいえ、赤く揺らめく炎の側にいればまだ熱いと感じる気温ではあるが、早苗が鼻歌を歌いながらどこか楽しそうなのはこの焚き火の中にさつま芋が入っているからである。
「もうそろそろいいんじゃない早苗?」
「諏訪子よ、そう焦るでないぞ」
「神奈子の言う通り! ちゃんと中まで火を通さないとふっくらとした焼き芋はできないんだよ?」
待ちきれないという様子の洩矢諏訪子をたしなめるのは八坂神奈子ともう一人、秋穣子という神である。 黄色い上着の上にオレンジのエプロンを付けた金髪ボブのこの少女は秋の恵みを司る八百万の神であり、それを示すかのように帽子には紫の葡萄方の飾りが付いている。
彼女はこの〈守矢神社〉に祀られる神ではないのだが、神社での焚き火を使って大好物の焼き芋を作ろうとさつま芋持参でやって来ることもある。 そんなわけなので神奈子も諏訪子もそれなりに彼女を歓迎しているのは、神と言えども食欲の秋には勝てないという事なのだろう。
「そうですね。 もう少し我慢して下さいね、諏訪子様」
「ぶ~~! 早苗まで!」
この場の全員に言われて頬を膨らませて抗議してはみせるその姿には神らしい威厳はなく、寧ろ可愛くさえ見えるのは諏訪子の幼い外見ゆえであろう。 しかし、その彼女は神奈子よりも年上なのである、そして生きてきた長さに相応しい精神年齢の高さがあるを神奈子は知っている。
「それにしても、穣子様はこんなに良いお芋をどこから手に入れてるんですか?」
自らが使える神ではない穣子ではあっても早苗は敬意を払いながら聞いてくる巫女の少女に感心し、どこぞの脇巫女も少しはこの子を見習えばいいのにと思いながら、「それはね、秘密だよ?」と答える秋の神様だった。
〈幻想郷〉にいるもう一人の秋の神、秋静葉は紅葉を司る存在である。 その静葉は〈妖怪の山〉を美しく飾る紅葉の木の内の一本にもたれ掛り、視界を赤で埋め尽くすかような木々を眺めていた。
「……やはり、秋と言えばこの美しい紅葉の景色よね」
日本の四季が見せる光景はどれも美しいものだが、その中でも秋は格別だと静葉は思っている。 命を輝かせるかのような緑の色、それが散りゆく寸前に見せる鮮やかな赤は命の残り香のように儚いようにも、命の最後の輝きのように激しくも思える。
しかし、そう思うのもヒトの心しだいなのだろうととも静葉は考える。 例えば〈外界〉であくせくとした時間を生き心に余裕を持たない人間にとっては、ただ単に植物が葉をつけ散っていくという何度も繰り返されてきた一年のサイクル程度にしか思うしかなく、そこに美しさを感じる事はしないのだろう。
そういった心に余裕をなくし大事なものを失っていく、それは〈幻想郷〉では当分はありえない事であろうが、〈外界〉にはそんな人間達もいるのだろうという想像に、静葉は彼らを哀れに思うのだった。
〈鈴奈庵〉、人里にある小さな貸本屋に〈博麗神社〉の巫女である博麗霊夢がやって来たのは買い物のついでの事である。 それも本を借りに来たという理由でもなく、この店の店主の娘である本居小鈴が収集している《妖魔本》の様子を確かめに来たというところだった。
「霊夢さんも、もっといろいろと本を読んでみればいいのに。 面白いですよ?」
「……私だって本くらい読んでるわよ」
店内から感じられる妖気が前回に来た時と変化がない事から異常はないようだと判断する霊夢、もっとも一般人の住む家に《妖魔本》が大量に保管されている事自体が異常と言っても良いのであるが。
だから、霊夢としては危険度の高いものだけでも処分したいのが本音なのだが、それらの本の所有権が小鈴にある以上はどうにも出来ないのである。 どうにかしようとすれば霊夢自身が本を買い取るか、もしくは力で強引に奪うか盗むしかないのだが、前者をするようなお金は〈博麗神社〉には当然なく、後者の手段も神社の評判を落としてお賽銭に響く危険を思えば実行出来る霊夢ではなかった。
「へぇ~。 どんな本を読んでいるんですか?」
「どんなって……」
霊夢がよく読むといえば妖怪関係の資料がほとんどだ、決して勤勉とは言えないこの黒髪の巫女だがそれが戦うべき妖怪の事ともなれば積極的に知識を増やそうともする。 知識もなしに彼女らに勝てると思うほどに自惚れはしない。
「……霊夢さんらしいと言えば霊夢さんらしい気がしますけど」
それを聞いた小鈴は苦笑してそう言う。 〈人里〉で博麗の巫女を知らない人間はいないが彼女の私生活を知るものはほとんどいない、それは多少なりとも交流のある小鈴にしても同じ事である。
それは〈博麗神社〉が〈人里〉から離れた場所に存在するからというのもあるが、博麗霊夢という少女は人間であれ妖怪であれ元より他者に対しての関心は薄い。 そんな性癖だから他者に自分を知ってほしいとも他者の事を深く知りたいとも思わない、それは霧雨魔理沙であっても同じで、確かにいろいろと縁があって友人と呼んでも差し支えのない程度の付き合いはあっても、それだけでしかないとも言える。
いずれにせよ、博麗の巫女は強く頼もしい妖怪退治の専門家というのが小鈴も含めて〈人里〉の一般的な認識というところである。
「ん~~? じゃあ、妖怪の資料以外では霊夢さんはどんなものに興味あるんですか?」
「どんなのに興味ある……って言ってもねぇ……」
霊夢も人並み程度には本は読むほうだと思ってはいるが、その中で何に興味があるのかと問われても思いつかない。 神社に元からあったり、〈人里〉の店でなんとなく暇つぶし程度に面白そうと思ったものを気まぐれで購入しているだけなのだ。
返答に困っていると小鈴が「じゃあ、恋愛小説とか読んでます?」などと聞いてきたので「はぁ?」ととなり、口をつけようとした湯飲みを落としそうになった。
「恋愛小説……?」
「はい。 恋愛小説ですよ、読んだ事ないんですか?」
「…………そういうのは読んだ事はないわね、面白いの?」
本来は恋愛に興味津々であるというのが霊夢の年頃なのであろうが、彼女の場合はその手の事にまったくと言っていいほどに関心がなかった。 その理由は先に言ったように他者に対しての関心のなさゆえなのもあるし、妖怪退治以上に彼女の興味を引くような男に出会ったことがないからである。
そんな霊夢だから、作り物の恋愛話になど興味のカケラもあろうはずもない。
「ものにもよりますが結構面白いですよ?」
霊夢が興味を持ったと思ったのだろう、少し嬉しそうな声でそう言いながら自分が座っているカウンターの上の数冊の本を指差す、明らかに〈幻想郷〉にはない表紙が描かれたそれらが《外来本》であり、恋愛小説なのだろうと分かる。
しかし、霊夢は別段そのようなものに関心はなかった。 物語の中の恋愛をくだらないとまでは言わないにしても、恋愛中心の話を面白いとは思えない。
なので「まあ、私は別に興味ないわ」とそっけなく言うと、「あーそうなんですか……」と残念そうな顔をする小鈴。 ジャンルを問わずに様々な本を読むのがこの貸本屋の娘なのだが、最近は少し恋愛小説をよく読むのはこの前多く外から流れてきたからである。
以前に「小鈴ちゃんは彼氏とかいないの?」と言う男性客に「私は《妖魔本》が恋人ですから」と真顔で言って呆れさせたものだ、その客は小鈴が《妖魔本》と書いて本と読んだ事には気がつかなかったが。
ともかく、そんな本居小鈴であるから自身で恋愛をしようという気はまったくないが、こうして物語として楽しむ分には良いものだと思っていた。
〈冥界〉にある和風の屋敷である〈白玉楼〉には〈冥界〉を管理している西行寺幽々子が従者である少女と二人で暮らしている。 その従者である魂魄妖夢は、今はちゃぶ台に向かい「う~~」と難しい顔をして唸っている。
「……毎年の事だけど、やはり今月は食費が……」
家計簿と睨めっこしながら腕を組む頭を悩ませているのは〈白玉楼〉の食費の事だった、元より大食間な幽々子はこの時期になると更に食事の量が増えるのは食欲の秋だからというべきだろう。
もちろん〈白玉楼〉の財政には十分にゆとりはあるが、だからと言って無駄使いをして良いとは考えないのは生真面目な妖夢らしいと言え、にそういう事なので従者として家計を管理するこの少女剣士は頭を悩ますのである。
「よ~む~~! 晩御飯まだ~~~!?」
そんな自分の従者の悩みなど知らないかのような幽々子の呑気な声が聞こえ、やれやれという顔で大きく溜息を吐く妖夢だった。
昼間でも不気味な雰囲気をかもしだしている深紅の洋館〈紅魔館〉であるが、夜の闇の中でほとんど満月に近い月明かりに照らされて浮かぶ姿は人ならざる妖が住まうに相応しい恐ろしさを感じさせている。
その〈紅魔館〉のテラスに屋敷の主であるレミリア・スカーレットはいた。 ピンクの衣装を身に纏い背中に黒い翼を生やした少女は、紅茶の入ったティーカップの載った白い丸テーブルにつき背後に銀髪のメイドを控えさている。
彼女の、ランプの光の中で不気味に際立つ紅い瞳でしばし月を見上げていた後でおもむろにティーカップを手に取るとゆっくりと口元へと運ぶ仕草は優雅で、高貴なお嬢様と呼ぶに相応しい光景であった。
そして微笑を浮かべながら紅茶を口に含み……。
「……ぶはっ!!?」
顔をしかめたすぐ後に、口に入れたばかりの赤茶の液体を盛大に吐き出した。
「ちょっ……お嬢様!?」
「なんじゃこりゃぁぁぁああああっ!? ちょっと、咲夜っ!! あんた今日は紅茶に何を入れたのよっ!!?」
いきなりの事に驚くメイド長の十六夜咲夜を振り返り怒鳴りつけるレミリア。 この人間のメイドが紅茶に変なものを混ぜるのは偶にあることではあるが、それにしてもこれは普通ではない、苦味や渋みというものが不協和音を奏でているとでも形容すべきか、ともかくとても飲み物と言っていいものではなかった。
「……ああ、それですか。 ケロ〇アです、お嬢様」
「けろけろ……ケロ〇ア……?」
ちょっと珍しいハーブでも入れたかのような何でもないという風な口調で言う咲夜、レミリアは最初は彼女の口にした単語の意味が分からず呆気にとられていたが、不意にあるものが思い浮かび愕然とした顔になり「来たのは誰だっ!!!?」と意味不明な叫び声を上げた。
「ちょ……お嬢様! そんな事を言うと歳がばれますよ!?」
「じゃかましいわっ! つか、私の年齢なんてウィ〇とか見ればどうせバレバレなのよっ!!!! てか、初代の光の巨人の! しかも、んなマイナーな植物人間なんて今時誰も知らないわよっ!!!!」
黒い羽根をピーンと真っ直ぐに立てて大声でメイドに突っ込みを入れる姿は、数分前までの優雅なお嬢様という姿はどこへやらという感じである。
「どぅあれのせいかぁぁぁあああああっこのアホ文士がぁぁぁああああああああああああっっっ!!!!!!」
自分達を見下ろす月の更に先にいる誰かに向けて方向を上げる主人の姿に、カリスマブレイクという言葉を思い出しクスリと笑う咲夜を「何か不穏当な事を考えてない!?」と睨むレミリア。
「いえ、何も考えていませんよ?」
威厳のあるお嬢様も良いが、こういうはしゃいでいるレミリアも可愛くて良いなと咲夜は思っているが、それを当人に言う事はないだろう。
「……まあ、いいわ。 それより咲夜、どうしてケロ〇アなんてものを入れたのか理由を言いなさい」
咳払いをしてからテーブルと同じ白い色の椅子に座りなおしてから問うレミリアは、少々喉の渇きを覚えていたものの流石に残った紅茶で潤す気にはなれない。
「はい、それですけど……」
今日のの午前中に〈香霖堂〉に行った際に店主である森近霖之助から珍しいものが入荷したという話を聞き興味が沸いたので見せてもらった、ある世界で人類に取って代わり地球を支配しようとしたがその世界の防衛チームと光の巨人に撃退されたというその植物人間の幼体は、燃料として燃やすにはうってつけらしい。
更にその植物人間は人間も襲いエネルギーとする吸血植物だと彼から聞いた咲夜は、ならばこれを混ぜれば血の味のするお嬢様の喜びそうな紅茶が淹れられるのではないかと考えて購入したのである。
「……で、自分で味見はしたの?」
百パーセント答えは分かっているが聞いてみる。
「いえ、してませんよ。 やはり誰よりも先にお嬢様に飲んで頂きたいですから」
「何か変なものを使った時はまず自分で試しなさいっていつもいつも言ってるでしょうがっこのアホメイドぉぉぉおおおおおおおっ!!!!」
予想通りの回答ではあっても椅子から立ち上がって大声で叫んでしまうのは、もはや条件反射というべきか、この世界の突っ込みの達人であるゆえんだと言えばいいのか。
「どぅあからぁぁぁああああああっ! 突っ込みの達人と書いてレミリアとか読むなつってんでしょうがぁぁぁあああっこのアホ文士がぁぁぁあああああああああああっっっ!!!!!」
涼しげな秋の虫の鳴き声が静かに響き渡る秋の夜、レミリア・スカーレットの怒鳴り声が響く〈紅魔館〉であった。
秋になったとはいえ一風呂浴びた後に縁側で夜風に当たるのはまだ気持ちがいいと、まだ湿っている自分の金髪を触りながら思う八雲紫である。
「……いい月夜ね」
中秋の名月には少し早いが、それでも十分に綺麗な月夜である。
この分ではもう数日は天気が良い日が続きそうで、今年は式である八雲藍と橙と三人で月見が出来るだろう。 偶には友人である西行寺幽々子と彼女の従者である魂魄妖夢も呼んで少し賑やかな宴会を開いてもいいかも知れないと考える。
「その場合はいったいどれだけのお団子がいるのかしらね……」
大食いの友人と、その彼女の食べるであろう大量の月見団子を用意するために四苦八苦するであろう藍の姿を想像した紫は、愉快そうにクスリと笑みを浮かべるのだった……。




