今日はまるきゅ~チルノの日編
チルノの日作品ですが、チルノが特に何かをするわけではないです。
「なあなあ! 今日はあたいの日なんだぜ~~!!」
人間にとっては恐ろしい吸血鬼の住む〈紅魔館〉が建つ湖畔もチルノとその親友の大妖精にとっては格好の遊び場である、その遊び場に大妖精がやって来た時、先に来ていたチルノが唐突に嬉しそうに言い放ったのに大妖精は「……ああ、え~と……知ってるよ……」と多少困惑気味に答えた。
「なんだよ~~! ノリが悪いなぁ~~?」
「あ……いや……だってねぇ……」
背中に氷柱の様な三対の翼を持ったこの氷の妖精の少女は親友の妖精が一緒に喜んでくれると思ったのだろう、ムッとした顔になる。 大妖精はそんなチルノには悪いとは思うし、親友の記念日自体は喜ばしい事ではある。
そう、本日九月九日はチルノの日。 しかしながら、その理由というのはチルノ=バカ=⑨という連想であり、それは果たして友人としては素直に喜んで良いのかどうかと判断に迷う。
「あたいの記念日なんだからさぁ~~、もっとこう……喜んでくれよ~~~~!」
だが、当の本人はそんな事など気にもしないという様子ではしゃいでいれば、それも考えすぎなのかな?という事を思わないでもない大妖精である。
妖精は頭が悪いなどと人間は言う。だが、多くの生物がそうであるようにその人間の様な複雑なものの考え方や無駄とも思える大量の知識などなくともこの世界に生きて存在することは出来るのである。
寧ろ、その様なものがあるせいで人間は自分達だけに都合の良いだけの自然界のバランスを崩すような文明を築いたり、愚かとも言える傷つけ合いや殺し合いをしている事実は〈幻想郷〉に生きる大妖精やチルノには思いつきもしない程に他人事である。
その意味では妖精は確かに馬鹿ではあるが、決して愚かではないと言えるのかも知れない。
「ちぇ~~まあ、いいや。 今日は何して遊ぶか~~?」
大妖精の反応には多少釈然としないもののあるチルノだったが、それをいつまでも引きずる事もなくさくっと気持ちを切り替える事を出来るのは物事を深く考えてないからで、それはきっと短所ではなく長所であると大妖精は思うのだった。
〈紅魔館〉の主人であるレミリア・スカーレットが「……これは何?」と問えば、彼女の従者であるメイド長の十六夜咲夜は「はい、カキ氷ですが?」と簡潔に答えた。
「そんな事は見れば分かるわよっ!!」
「……なら聞かないで下さい、お嬢様」
「そうじゃなくてっ! 私はどうして昼食後のデザートがイチゴシロップのカキ氷なのかという事を問うているのぉぉぉおおおおおおおっ!!!!」
思わず椅子から立ち上がり怒鳴るレミリアは、以前にもこんなやり取りがあったような気がしていた。
確かに九月になったとは言えまだ暑さも残る時期ではあるが、それでもアイスクリームならまだしもデザートにイチゴシロップのかかったカキ氷を食したいという気分にはならない。
「あらあらぁ? もしかして別のシロップの方がよろしかったでしょうか?」
「そういう問題でもないのぉぉぉおおおおおおおおおおっ!!!!!」
レミリアは別にイチゴシロップが好きというわけではないとは咲夜も知ってはいる、単に赤い色のシロップという事でのチョイスだったが、どうやらレミリアそれが気に入らないというわけでもないらしいが、なら何が気に入らないのかしらと首を傾げる咲夜。
そんなボケボケメイドにワナワナと身体を震わせながら、「いいから、どうして今日のデザートがカキ氷なのかという理由を言いなさいぃぃぃいいいいいいいいっ!!!」と叫けぶ。
「……ああ、そういう事でしたか!」
あまりの声の大きさに呆気にとられた後に、パンと手を叩き納得したという顔になった銀髪のメイド長は「チルノの日だからです」と答えた。
「…………は?……チルノ……の日……?」
「はい、チルノの日ですお嬢様」
あまりに予想外の言葉につい間抜けな声を出したレミリアは、ひょっとして自分がからかわれているんじゃないかとメイド長の顔を見つめたが、青い瞳をしたこの少女の顔は笑顔こそ浮かべているもののいたって真面目なものであり決して自分をからかっていないと分かる程度の時間を付き合ってきたレミリアである。
「本日九月九日は⑨、つまりは氷の妖精チルノの日なのでデザートにカキ氷を用意してみたのです」
「…………何故に?」
意味があるようでない様な理由にレミリアは紅い瞳を点にして数秒間沈黙した後でそれだけ言った、チルノの日なのは別に構わないがそれでどうして自分がカキ氷を食べなければいけないというのは、どう考えても意味不明でしかない。
「だってお嬢様とチルノは同じ”東方紅魔郷”出身の仲間じゃないですか」
「は~~~~~~っ!?」
それを言ったら咲夜もそう……と言うか、〈紅魔館〉の住人は皆チルノの仲間という事になる。 それを指摘してみると彼女は「まぁ……そうなりますねぇ」と微笑むだけだった、このボケボケメイドにこれ以上は言っても無駄だと悟ったレミリアは目の前にあるガラスの器に入ったカキ氷を見つめながら、大きく溜息を吐いたのだった。
質素な木製のテーブルと椅子、そしてコップや茶葉や軽く摘める程度のお菓子が入った戸棚のあるその部屋は〈紅魔館〉の妖精メイド用の休憩室で、その休憩室ではフェア・リーメイドとラーカ・イラムにチャウ・ネーンの妖精メイド三人衆がコンソメ味のポテチを摘みながら談笑をしていた。
「……そう言えば今日ってチルノの日なんだっけ?」
「そうだよ、フェア」
彼女らはチルノと友人というわけではないが、同じ妖精としては良くも悪くも気にはなる事柄ではある。
「記念日があるいうんはほんまに羨ましいわ。 あたしらにも記念日とか作ってくれへんやろか?」
「そ、それは流石に無理だと思うよチャウ……」
同じ妖精であっても所詮自分達は本編ではザコキャラに過ぎない存在なのである、ボスキャラのチルノや”東方三月精”で主役を担当していたサニー・ミルク達に比べれば格が違い過ぎると言っていいだろう。
「分かってるってフェア。 冗談や、じょーだん」
そう言い笑いながらカップに入ったミルク・ティーを口に含むチャウは、しかし別に”妖精メイドの日”とかが本当にあってもいいんやけどなと思っている。 今も多くのヒトにより少しづつ広がりを見せている東方プロジェクトの世界の行く末は例え原作者であっても予測して予測しきれるものではないだろう。
だから、いつか妖精メイド中心の作品が世に生まれて彼女らにスポットが当たる日が絶対にこないとは誰も言い切れないはずである、そんな日がくればいいなと少し期待してみるチャウ・ネーンであった。
「そーなのかー…………あきゃっ!?」
黒い闇を纏いふわふわと飛行していたルーミアは、だから自分が〈紅魔館〉の外壁すれすれを飛んでいたとは気がつかないで、とうとう激突して墜落した。 闇を司るルーミアであっても、闇を纏っていれば文字通りに一寸先は闇状態であり周囲の景色を見ることは出来ない。
「…………あの子はいったい何がしたいんでしょう……?」
その様子を目撃した〈紅魔館〉の門番である紅美鈴は、何もそこまで無理して昼間に空を飛ばなくてもいいだろうにと呆れ顔で肩を竦めた。
ゆったりとした時間の流れる〈博麗神社〉では、その巫女である博麗霊夢と友人の霧雨魔理沙がちゃぶ台を挟んでまったりとお茶の時間を過ごしていた。 多少暑さは残っていても、夏も終われば扇風機を回して無駄な電気代を使おうという霊夢ではなく、適度に襖を開けておけば涼しい風が入ってくるのはありがたい事だと思っている。
「……なあ霊夢、今日ってマルキューの日らしいぜ?」
「……ああ、そうみたいね」
ふと思い出して言ってはみたものの、大して関心もない魔理沙に霊夢もやはりどうでもいいわと言いたげな顔で応えながら茶請けの煎餅を齧る。
そうして、今日も今日とて事件も起きることなく、まったりとした午後の時間の過ぎていく〈博麗神社〉であった。
「マルキューって書いてチルノって読むなぁ~~~~~!!!!」
「……ど、どうしたのチルノちゃん!?」
突然にチルノが大声を上げたのに驚きビクッと身体を震わせる大妖精。 少し遊び疲れた二人は湖の畔に腰掛けて休憩していた、もっとも空はすっかり赤く染まりじきに帰らねばならないだろう。
二人だけでかくれんぼや鬼ごっこといった遊びをしたり、時にはチルノのいたずらに付き合わされて迷惑を被る事もある大妖精だが、そんな毎日は楽しいものである。 妖精とて退屈な日常を過ごしたいとは思うものではない。
「なあ、明日は〈博麗神社〉へ遊びに行かないか?」
「〈博麗神社〉……?……どうしてなの?」
妖精と博麗の巫女は別に敵対関係にあるわけでもないが、悪さをしでかすとなれば当然のごとく霊夢に懲らしめられる。 宴会でもあれば行こうというのは分かるが、気軽に遊び場に出来るものではない。
ましてやチルノは妖精の中でも並外れた力を持つ上に霊夢とは”東方紅魔郷”から因縁もあり、彼女に目を付けられていると言っても良い。
「何かさ~、霊夢があたいの悪口を言ってるような気がするんだよ。 だかさ、ちょっと仕返ししてやろうってさ~♪」
正確に言えば悪口を言っていたのは魔理沙なのだが、場所が〈博麗神社〉であったので的外れとも言い切れないチルノの勘である。
「……気がするって……チルノちゃん……」
何を企んでいるのか愉快そうに笑うチルノ、こういう顔のチルノは本気でやるつもりなのだと大妖精には分かる。 おそらくは彼女の脳内では霊夢へのいたずらを成功させしてやったりという自分を想像しているのだろうが、大妖精にはあの紅白の賽銭巫女にコテンパンにされる親友の図しか思い描けなかった。
だから、「それはやめようよ~!」と説得しようとはしてみるが、「大丈夫だって! 何ていったって、あたいはさいきょ~だからな!」と自信たっぷりに胸を張ってみせた。
「はぁ~……」
半ば無駄だろうとは分かってはいたが、呆れて溜息を吐く大妖精。 正直に言って彼女の巻き添えは食いたくないのだが、チルノがコテンパンにされると分かっていて放っても置けない自分のお人好しさを怨めしく思った。
「さってと~♪ んじゃ、あたいは帰るな? また明日な~~♪」
そんな親友の気など想像もしないチルノは言いながら立ち上がり、ふわりと浮かび上がった。 そして、「じゃ~な~~」と手を振り飛び去っていくのを呆れた顔で見送りながらも、「まぁ……チルノちゃんらしいかな……」と微笑を浮かべながら呟く大妖精であった。




