夏の終わりの幻想郷編
今回は夏も終わり頃の一日の風景です
「……夏も終わりか……」
秋も近くなり、昼と言うには早く、かと言って朝と呼ぶには遅い時間帯とはいえ空を飛べば肌に当たる風もずいぶんと心地よくなってきたと、白と黒の二色の衣服を身に纏い箒に跨って飛びながら霧雨魔理沙は思った。 結局異変らしい騒動も起きず平穏な夏だったというのは半ば分かっていた事ではあるが、それは魔理沙にしてみれば少々つまらない事である。
”東方輝針城”も発売され本編の自分は霊夢らと異変解決に奔走しているのだと思えば、とても羨ましい限りである。 一次創作と二次創作の違いと言ってしまえばそれまでではあるが、それでももっとバトル主体の物語にするという事も出来よう、それをしようとしない書き手の無能さが怨めしい。
「……って、考えてもどうなるもんでもないか」
呆れた顔で溜息を吐きながら、ストレス発散にチルノでもからかいに行こうかと決める魔理沙さった。
〈紅魔館〉の厨房ではメイド長の十六夜咲夜が素麺を茹でていた、買い置きしてあった素麺が残っているのを見つけたので使い切ってしまおうというのが理由だが、昼食の献立を考えるのが面倒だったというのもなきにしもあらずである。
「今年の夏ももう終わりですねぇ、メイド長」
完成した麺ツユを鍋からペットボトルに移し冷蔵庫に入れ終わったフェア・リーメイドが言うと咲夜は「そうね、だんだんと涼しくなってきているわね」と答えると、コンロの火を止めた。
「……と言うか、メイド長って結局今年もお休みをとってませんよね?」
「せやな、ほんま働き者でんな~~」
ラーカ・イラムがふと思い出した様に言うとチャウ・ネーンが感心した顔で相槌を打つ。 〈外界〉で言うところの夏休みや盆休みというものとは縁のないのが〈幻想郷〉ではあるが、それでもフェアら妖精メイド達は交代で数日の休暇は取ったものである。
そんな中にあって咲夜だけはこの夏も休みなしで仕事に励んだのだから大したものだと三人衆が思うのも当然である、彼女の代わりが他にいないという事を差し引いてもそれは単なる忠義という言葉だけでは片付くものではない気がする。
「そう大したものでもないですよ、あのお嬢様のお世話をしていればいつの間にか時間も経っている……そういうものですわ」
しかし、咲夜は何でもない事のように笑って言う。 その顔はまるで手のかかる妹の面倒をみるのを楽しんでいるかのような姉のそれだとフェアには思えた、レミリア・スカーレットと十六夜咲夜の二人が〈幻想郷〉に来る以前にどのようにして出会い、どのように過ごしていたかを〈幻想郷〉出身のフェアが知る術はない。
だが、単に主人とメイドという関係ではないと、少なくとも幻想曲物語ではそうなのだろうと思えるフェア・リーメイドだった。
地下にあるパチュリー・ノーレッジの私室はおよそ女の子の部屋とは言い難いものである、質素なベッドとクローゼット、そして何冊かの魔道書と薄い本が乱雑に置かれた机には他にデスクトップのパソコンが一台ある。
少々旧式の部類に入るそのパソコンも、フランドール・スカーレットのようにゲームをするでもなく情報収集や通販のためにネットを利用する程度であれば不自由はない。 そのパソコンのモニターを見据えているパチュリーに紅茶を淹れて持って来た小悪魔が「いったい何を見ているのですかパチュリー様?」と尋ねた。
「……ん? ああ、これよ」
「え~~と……”小説家になろう”……って、ここですか……」
モニターに映っているのは、とある……と言うかこの”東方幻想曲物語”も投稿されている小説投稿サイトであった。 それを小悪魔が多少意外だと思うのは、こういう場所にパチュリーの好むものがあるのだろうかという理由であり、”なろう”に投稿されている小説の登場キャラがその投稿サイトを閲覧するという奇怪を今更気にはしない。
何しろ、東方キャラが東方プロジェクトのゲームをするというメチャクチャなのがこの小説なのである。
「……そうよ。 このシリーズが始まってそこそこ経つけど評判はどうなのかと思ってね…………まあ、この書き手のだし期待はしてないけど」
「……確かに期待とか出来ないでしょうねぇ……」
主人に同意してから紅茶を机の上に置く小悪魔に「……ああ、ありがとう」と言いながらマウスを操作するパチュリー。 背中だけでなく赤く長い髪の頭にも蝙蝠の様な翼が髪飾りか何かのように付いている悪魔の少女は、興味本位にその画面を覗いて見る。
作品のタイトルとあらすじがずらりとならぶそのページは、どうやら東方系の二次創作を検索したものらしいが、ぱっと見ただけではそれらがいったいどのようなストーリーの作品なのかは小悪魔には分からない。
その中に”東方幻想曲物語”のタイトルを見つけて、どの程度の評価なのだろうかと確認してみた。
「……ふ~~ん。 まあ、こんなものじゃないんですかねパチュリー様?」
「……まあね」
どの程度をもって人気があるのかを小悪魔は知らないが、それでもこれ(・・)の評価は明らかに低いだろうとは分かし、|書き手の力量を考慮すれば当然の結果だろうとも思う。
いっその事、チートだのハーレム物だのにすれば違うんじゃないですかねと冗談半分で言ってみるとパチュリーは「……うふふふ、そうかもね」と笑ってみせる。
もっともそんな簡単な話でもないのではあるが、チートだのハーレムだのにしてみせただけで人気が出るなら誰も苦労はしないという事くらいは分かるパチュリーである。
〈妖怪の山〉の山頂にある〈守矢神社〉の巫女である東風谷早苗は昼食を済ませた後で境内を箒で掃除していた、滅多に人も訪れない神社であるからとサボったりする気はない。
今はまだいいが、秋にもなれば発生する大量の落ち葉で掃除が大変になるのは困りものだが、その落ち葉で焚き火をし焼き芋をするのは少し楽しみだ。 他にも様々な秋の味覚を堪能しようなどと考えるのは、一人の女の子としては至極当然の事だろう。
「まさに食欲の秋……ね」
そんな普通の女の子らしい自分の思考にクスリと可笑しそうに笑う早苗、〈幻想郷〉にやって来た当初に比べれば随分と心にも余裕が出来たものだと思う。 あの頃はとにかく信仰を得ようと躍起になり、その目標だけをみてただ突っ走っていたように思う。
それは結果的に余裕をなくし視野を狭めていただけで、例え霊夢に勝っていたとしてもどこかで自分はパンクを起こしていただろうと、今なら思う。
「……一雨くるかな?」
ふと空見上げた早苗は西の方の空が暗くなっているのに気が付いて、夕立があるかもそれないと考え、掃除を終わらせたら洗濯物を取り込まなくちゃと思うのだった。
「……やれやれ、降ってきおったか」
〈人里〉の貸本屋〈鈴奈庵〉を出ようとした二ッ岩マミゾウは、暗い空から落ちてくる雨に少し長いしすぎたかと思った。 豪雨と呼ぶには程遠いが人間であれば傘も差さずに出歩く事はしたくないだろう、人間に化けて人間らしい振る舞いを意識している今の状況では「仕方ないですね、お茶のお代わりを持ってきますからもう少しゆっくりしていっていいですよ?」という〈鈴奈庵〉の娘の本居小鈴の誘いを断る事は出来なかった。
仕方ないという風に頭をかきながら、先程まで座り小鈴と話していた椅子にもう一度腰掛けた。 小さいながらも様々な本を取り揃えているこの店なので退屈はしないし、人懐っこい小動物の様なこの少女と話をするのも嫌いではないので別に構わないのではあるが。
「大丈夫ですよ、夕立なんてすぐに止みますから」
「まあ、そうなのじゃろうがな……」
どうぞとテーブルに置かれた湯飲み手に取り一口啜る。
「……ふむ。 そういえば小鈴よ、あの《百鬼夜行絵巻》じゃが気が変わってわしに売る気はないか?」
「へ?……あー、あれは……その~~」
小鈴が手に入れたその《妖魔本》は以前に〈人里〉の食器などを付喪神にし狐火か鬼火かという噂になり霧雨魔理沙や博麗霊夢も動くという事態になった事があり、その時に彼女らに先んじて原因である《百鬼夜行絵巻》の存在に気が付いたマミゾウが買い取ろうとしたのである。
もっとも結果的には霊夢に釘を刺された小鈴が売るのを拒否したため、今もこの〈鈴奈庵〉に保管されているというわけである。
「ふふ、よいよい。 わしも別に無理を言ってまでほしいとは思わぬよ」
小鈴が困った顔でうろたえるので気にするなと言う風に笑うと、ほっとした顔になる小鈴。 お客の要望には応えたいが博麗の巫女との約束を違えるわけにもいかないのというところだったのであろう。
このような人間の店にあっても意味はないどころか、下手をするとどんな騒動を巻き起こすか分かったものではないというのが《百鬼夜行絵巻》という代物であるが、それで苦労するのはあの巫女であり魔法使いであるし自分には関係のない事だとマミゾウは気楽なものだ。
「……ん? やんだか」
いつの間にか雨音が消えて店の入り口の暖簾の隙間からオレンジ色の光が漏れていた。
いきなりの夕立もあっという間に止んだオレンジの空の下で、八雲紫は自宅の庭に出てみてツクツクボウシの声に耳を傾けていた。 その鳴き声もそのうちに聞こえなくなり秋の虫たちの声に変わっていくのだろうと思いながら、その彼女の背後に立つ八雲藍に「……今年の夏も、もう終わりね」と呟くように言う。
「そうですね、終わってみれば早いものです」
九尾の狐である藍にはふさふさの毛で覆われた九本の尻尾が生えていて、それは暑い夏には鬱陶しいものだったから、暑い夏が終わり涼しい季節っがくるのは少し嬉しい事であった。
「そうね。 夏に限らず季節なんて終わってしまえばあっという間ね」
言いながら何気なく足元を見下ろした紫は、そこにアブラゼミの死体が転がっているのに気が付く。 セミの命は短いなどとも言われるが、成虫でいる間こそ一週間程度であっても何年も土の中で過ごす事を思えば実は昆虫の中でも長生きな部類だろう。
その数年という時間も、やはり終わってみればあっという間なのだろうかセミが感じているのかとは流石に分からない紫。
そんな風に思っていると家のなから女の子の笑い声が聞こえて、そういえば橙が来ていたのだと思い出す。
「橙はいったいに何を笑っているのかしら?」
「ああ……日曜の夕方にやっている長寿お笑い番組です。 あの子はずいぶん気に入っていてマヨイガでも毎週視ているらしいです」
少し呆れた顔で言う藍、自らの式とは言え趣味の事にあれこれとは言う気はないしお笑い番組も視るのも良いが、どうせならもっとためになる番組を見て紫のために働けるような式に成長してほしいというのが彼女の希望だ。
「ああ。 あの番組ね、私も偶に視てはいるけど」
家の中に戻って久々に視てみようかとも思ったが今はもう少し涼んでいたい気分だったのは、肌に当たる雨上がりの風がそよ風があまりにも心地良いからだ、だからであろうか、ふとある事を思いつく。
「藍、悪いけど〈香霖堂〉へ買い物に行って来て頂戴」
「……買い物ですか……?」
主人のいきなりの依頼に怪訝な顔になる藍、こんな時間に、しかも〈香霖堂〉へ夕飯の食材を買いに行けというわけではないだろう。 だが、ならば何を買いに行けというのか検討がつかない。
「そう、〈香霖堂〉へ行って花火を買って来てほしいのよ」
三日ほど前に〈香霖堂〉へ行った際に〈外界〉の家庭で使う花火が売っていたのを見た、この時期になれば売れているとも思えないので、おそらくまだ残っているだろう。
「偶には三人で花火っていうのも悪くないでしょう、藍?」
あまりにも意外だったのだろう、主人の言葉に呆気にとられている藍に紫は微笑みながら言ったのだった……。




