新年あけましておめでとうございます編
大晦日に続き幻想郷のまったりとした元旦風景です。
東方幻想曲物語 新年あけましておめでとうございます編
年が明けた一月一日の〈博麗神社〉は賑やかだったのは伊吹萃香を中心とした妖怪達のドンチャン騒ぎである、その彼女らの宴会を阻止しようとしていた霊夢は現在自室の布団で寝込んでいるのは、もちろん寝坊ではない。
数日前にクリスマス寒波のせいで少し体調を崩し気味だったのを、頑丈な身体もあり気にしていなかった霊夢は昨夜からの正月寒波の中で一晩中突っ立ていれば、風邪をひいて熱を出すのは自業自得である。
「さあ! 飲め飲め~~~!!!」
「新年早々陽気だな萃香」
すでにすっかり出来上がっている萃香のお酌を受けながら、友人である星熊勇儀はそう言って笑う。 今年は博麗の巫女が宴会を妨害しようとしていたと聞いていたが結局はそれもなく、新年から幸先がいいなと勇儀は思う。
「……しかし、博麗の巫女も風邪をひくとはな……」
「体調管理を怠った証拠だ、私も里の子供達には散々言っているがな」
意外だなという顔の藤原妹紅に友人であり人里で寺子屋の先生をしている上白沢慧音が呆れ顔で答えた、どちらかというと人間側と言っていい二人だが宴会に誘われれば参加するのはやぶさかではない。
杯に口をつけながら、それにしても博麗霊夢の扱いがえらくぞんざいだなと思う妹紅。 書き手の趣味なのか知らないが出番の多さで言えば紅魔館組が圧倒的に多いし、少なくとも霊夢や魔理沙よりも優遇されている気がした。
その二人の後ろの方でじゃれあうように宙を舞っているのはチルノと大妖精、それにサニーミルクとルナチャイルドにスターサファイヤの通称三月精と呼ばれる三人組の妖精だ、今日は時間が経てばもっと妖怪や妖精が集まってきて夜中までドンチャン騒ぎになるだろう。
昨日は霊夢が気合入れてたがどんな具合かと様子を見に朝から神社へやって来た霧雨魔理沙はそんな光景を目撃して、「結局はこうなるんだなぁ……」と呟き、自分も参加するかと歩き出した。
太陽の苦手な吸血鬼には初日の出を見に行こうという習慣もあるはずもなく、〈紅魔館〉の主の姉妹とパチュリーはまだベッドの中だが十六夜咲夜はそうもいかない。 いつもどおりに起床し雑煮の準備である。
「おふぁほふぉふぁいふぁふ~~~」
その作業中の厨房にやって来たのは寝ぼけ眼の紅美鈴である、昨日は何やら屍と化していた彼女だが流石に一晩も経てば体力も回復するようだ。 臨時のバイトの大魔王モンバーンのおかげで今年はのんびり出来る美鈴もこんな時間に起きてくるのは長年の習慣だろうと咲夜は心の中で苦笑する。
「おはよう美鈴、昨日は大変だったみたいね?」
コミケとかいうイベントは知らないが、何でもとんでもない数の人間がビックサイトとかいう場所に集まっていたらしく、ただ移動するだけでも大変な作業になるらしい。 しかもパチュリーは死者が出れば夏からイベントが中止になってしまうのを恐れて一切の手荒な真似を禁じて現地のルールを守っていたというのだから驚きである。
「お嬢様達が起きてきたらお雑煮だからあなたは休んでいなさい、せっかくの休みなんでしょう?」
「……そうですねぇ、そうさせてもらいますよ」
ベッドで眠っていたレミリア・スカーレットは妙な気配で目を覚ました、厚いカーテンで薄暗い部屋でまだ寝たりず眠い目をこすりながら半ば無意識に気配の正体を探っているのは戦闘能力の高い吸血鬼ゆえである。
「……あら?」
自室のテレビがついてるのに気がついたレミリアは不審に思い首をかしげる、昨日は自室のテレビを触りもしなかったのだから消し忘れという事はありえないし、主人の部屋に勝手に入りテレビをつける者などこの〈紅魔館〉にいるはずもない。
「……変ねぇ……まあ、とにかくリモコンっと……」
リモコンを取り赤い電源ボタンを押すが反応がない、あれ?ともう一回試してみたが結果は同じだった。 電池が切れているのかとも思ったが、リモコンの電池は数日前に変えたばかりのはずである。
考えても仕方ないので本体のスイッチを操作しようとベッドを降りたレミリアは、テレビの画面に映っているものを見てぎょっとなった、そこにはどこかの古井戸が映っていていたのである。
「……ちょっ……冗談でしょうっ!?」
めでたい正月の朝からこんな古井戸が映るような番組が放送されているという冗談はない、ましてやその井戸から不気味な白い手がにゅっと生えてくるなどあるはずもない。
「ひ、ひぃぃぃいいいいいいっ!!!?」
井戸から這い上がってきたのは白いワンピースを着た女性で、長い前髪で顔どころか鎖骨の辺りまで隠れてる。 その女性をレミリアは知っていた、確か一瞬間ほど前にテレビで見たホラー映画だった。
完全に井戸から出た女性はふらりした足取りで画面に向かって歩いてくる、レミリアは恐怖に顔を歪ませて「……まさか、まさか……!!?」と数歩後さずり背中が壁に当たる。 それと同時に液晶の画面から白い手が二本飛び出し、すぐに顔も現れた。
「いやぁぁぁぁああああっ!!!……ちょっと! 咲夜! 美鈴! パチュ!! フラン~~~~!!!!」
助けを求めて名前を呼ぶが広い〈紅魔館〉では声が届くはずもない、博麗の巫女とも激しい戦闘を繰り広げたレミリアなのだが何故かこの時には敵を倒そうという意思より恐怖が遥かに勝り戦意を失っていた。
「……うぅ……」
女性は不気味な唸り声を発しながらゆっくりとレミリアに近づいて来る、そして一メートル程まで接近し足を止めた時には今にも失神しそうな青ざめた顔で身体を震わせているレミリアの前で、肩から提げていた黒い鞄を開くと四角い白い紙の束を差し出した。
「…………へ?」
「レミリア・スカーレットさんですよね? 年賀状です……」
ビデオテープに宿った呪いの化身のような女性のあまりにも唐突で予想外の言葉にレミリアの目が驚きに見開かれた。
「橙! 橙はいる!」
八雲邸の居間で八雲藍が大声で呼ぶと、彼女の式である橙が駆け込むような勢いで飛び込んで来て「藍様、あけましておめでとうございます~♪」と言うその表情は、待ってましたとばかりの笑顔で二本ある尻尾を嬉しそうに振っていた。 その橙を藍は「……やれやれ」と呆れ顔で見つめてから懐から封筒のようなものを取り出す。
「はい、私と紫様から。 今年のお年玉です」
「わ~~~い~~~~~♪」
受け取ったポチ袋を掲げて嬉しそうにはしゃぐ橙に藍は「いつも言ってますが大事に使うんですよ?」と言うと、「は~~い☆」と答える橙の顔は特別に豪華なエサを貰ってはしゃぐ子猫のそれであった。
初詣の参拝客で賑わう〈守矢神社〉の境内を満足げな顔で見回りながら霊夢さんの〈博麗神社〉も今頃は賑わっているのかなと考える東風谷早苗は、その〈博麗神社〉の巫女が風邪をひいて寝込んでいるとは想像も出来ない。
「……?」
何気なく絵馬を飾ってある所へ来た早苗はそこに奇妙な物を見つけた、それは絵馬には違いないのだが問題はそこにデフォルメ化された自分が描かれてるのだ。
どうにも気になり手にとってみた早苗は、そこに書かれていた願い事?に唖然となった。
「…………”東風谷早苗は俺の嫁”……?……何なんですか、これ……????」
意味が分からず頭の上に大きなクエスチョン・マークを浮かべながら、他にも霊夢や魔理沙の絵の絵馬もあるのに気がついてますます唖然となるのだった。
朝のレミリアに起こった出来事の顛末を、食堂で雑煮を食べながら聞いたパチュリーは思わず「……くすくす」と笑いだしたものだった。
「……レミィ程の吸血鬼が情けないわねぇ?」
「し、仕方ないじゃない! 本当に怖かったんだからっ!!」
ムッとなったレミリアがむきになって言い返すのを、後ろに控えて見ている咲夜の口元が可笑しそうに笑っているのにパチュリーは気がつく。
「……ふふふふ。 それにしても噂には聞いてたけどサダコが郵便配達のバイトねぇ」
テレビさえあればどこにでも現れる彼女の能力を生かした見事な転職と言えよう、一時は外界を恐怖に落としたサダコも〈幻想郷〉ではずいぶんと丸くなったものだと思う。
「……そういうもんなのかしら……?……まあいいわ。 咲夜、後で年賀状を仕分けしておいて頂戴」
「畏まりました、お嬢様」
いつもの事だがレミリアのところには外界どころか東方シリーズの世界ですらない場所から、レミリア・ファンを名乗る男達の年賀状と言うよりファン・レターと言うべき物が何をどうしたものか届くのである。
彼女はそんなものに興味はないので、まず咲夜にそれらを処分させてから本当に自分宛の年賀状に目を通す事にしていた。
ちなみにそれはレミリアに限った話ではなく、咲夜やパチュリーや美鈴宛てなものをある。
「……そういえばフランは?」
朝食にも姿を見せない妹の事を咲夜に聞くが、答えは大体分かっていた。
「はい、妹様は昨晩はファンタシー何とかと言うネット・ゲームのチーム・メンバーと徹夜で遊んで――もちろんオンラインで――いたという事で……」
「……はいはい」
まったくもって予想に違わない答えであった、おそらく今日はもう起きてはこないだろう、困った妹である。
オンラインで顔も知らぬ友人を作るのもいいが〈幻想郷〉でも友人を作らないと将来困るだろうにと思い、偶には姉としてガツンと言おうかと考えるレミリア。
今年こそフランドールに脱引き篭もりをさせてみせようと誓ってみたレミリアは、ふと自分が案外シスコンではないかと思いつき苦笑をした。 パチュリーと咲夜はその突然の苦笑の意味が分からずに不思議そうな顔をした。
こんな風にして、また〈紅魔館〉の一年が始まるのだった……。
暗闇の中を息を切らしながら必死の形相で駆けるのは博麗霊夢、彼女は自分の視線の先にある”それ”に向かって叫んだ。
「待ってっ!! 行かないでお賽銭~~~~~~~~!!!!!」
白い羽を生やした直径三十センチはある巨大な硬貨が霊夢から逃げるように飛び去っていくのを全速力で追いかけるが身体重く、何故か空を飛ぶこともできないでいた霊夢はもう一度大声で叫んだ。
「お賽銭~~~~~~~~~!!!!!!!!」
部屋に入るなり突然の絶叫に驚いた慧音はビクッと身体を震わせて布団の中でうなされている霊夢を見た、霊夢は何かを掴もうとしているかのように天井へと手を伸ばしている。
「……今、お賽銭と言ったか? いったいどんな夢を見ているんだ霊夢は……?」
宴会の合間に霊夢の様子を見に来てみればいきなり意味不明の寝言であるから、慧音は呆れ顔で大きく溜息を吐いた。
汗びっしょりで苦しそうな声を出してはいるが、今ので看病をしていこうかという気も失せていた。 夢の中でまでお賽銭を気に出来るなら多分大丈夫だろう、そう考え一応は霊夢を起こさぬように気を使いながらそっと襖を開いて静かに部屋を後にする慧音は、今年もこの強欲な賽銭巫女は変わらないだろうなと思うのだった……。




