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今日は何の日? 妖夢の日編

今回は妖夢の日を祝って宴会をするお話、と言っても宴会シーンはほとんどないですが。


 七月ももう終わりというある日の夜に〈八雲邸〉に急な来客者があった、それが親友の西行寺幽々子だと聞けば快く迎え入れる八雲紫ではあるが、来訪の理由は流石に見当が付かない。

 自らの式である八雲藍に緑茶と茶菓子を用意する様に命じてから幽々子の待つ客間へと向かう、夕餉を済ませてからそう時間も経っていないにもかかわらず藍がその命令に疑問を持たないのは、主人の幽々子という亡霊の友人の事を彼女も少なからず理解出来るくらいには接してきているからだ。

 「…………成程ね、話は分かったわ幽々子」

 話自体は十分も掛からなかった、自身も夕食は済ませてきたという幽々子が普通の客人に出すよりやや多い量の饅頭をその間に平らげた事に対しては、紫は今更気にする事はしないが、もしも幽々子型巨人がいたとしたら人類はあっという間に食い尽くされるんだろうなと、そんなどうでもいい事をちょっとだけ思った。

 「どう紫、どうにかなりそうかしら?」

 「どうにかしようと思えばどうにかできなくもないけど……」

 幽々子の相談とは彼女の従者である魂魄妖夢の事だった、その内容は幽々子らしい……と言うよりは幻想曲物語このカケラらしいものであると言えた。 湯飲みの中に半分程残った緑茶を見つめながら、どうしたものかしらねと思案顔をする紫だった。



 「あぢ~~~~~」

 畳みの上でだらしなく仰向けに寝そべりながら扇風機の風に当たっていた博麗霊夢は、我が家にもエアコンがほしいと本気で思うが、そんな予算がないのが〈博麗神社〉の経済状況という現実に打ちひしがれるのは今年だけでも十回目くらいだろうか。

 更にこんな状況で寝転がっているだけでも空腹感を覚えるのが余計に面倒だった、こんな日は冷たい素麺でも食べたいのだが、その素麺を茹でるためには熱い思いをしなればいけないというのは嫌な霊夢である。

 「……誰かメイドとか私の晩御飯を作ってくんないかしら……」

 ぼやいてみて十六夜咲夜の顔が頭に浮かんだ霊夢は、次には今頃レミリア・スカーレットはエアコンの効いた涼しい部屋で快適に昼食でもとっているのだろうという想像をして腹が立った更に次の瞬間に、不意に背中に感じていた畳の感覚が消えた。

 「……????……てっ!? ちょっ……!!?」

 突然の事に何の対処も出来ない霊夢の身体は、畳の表面に開いた不気味な目の浮かぶ空間の中へと消えていった。

 その直前に霊夢が言っていたようにレミリア・スカーレットとその親友のパチュリー・ノーレッジはエアコンの効いた快適なリビングで咲夜の作ったカキ氷を食べていた、ガラスの器に盛られたカキ氷にかかる赤い液体は血でなく普通のイチゴシロップである。

 「……そう言えばレミィ。 あなた、紫からの依頼を受けたって本当?」

 「ん? ええ、本当よパチェ。 そう言えば準備はどうなの咲夜?」

 二人の座るソファーの後ろに立つ咲夜は「手配はすでに……後は当日を待つだけです」と答える、その彼女もレミリアが今回の依頼を承知した事は多少意外だとは思ったものであるが、あの博麗の巫女への嫌がらせになる事ならば引き受けてもおかしくはないのだろうとも思いつく。

 レミリアは霊夢の事を憎んでいたり嫌っているというわけではないが、立場上は敵対関係と言えるしちょっかいも出したくなるのだろう。 そんな主人の子供っぽくも思える一面を咲夜は可愛いと思っているのを本人レミリアは知らない。

 強大な力を持ちながらも子供っぽい一面があるというのがレミリアに関しては威厳を損なわせるというような事はなく、寧ろ使えるべき主人としての魅力として昇華させているように働いているのがレミリア・スカーレットなのだと咲夜は考える。

 咲夜達〈紅魔館〉のメイドに限らない、この〈幻想郷〉に存在するすべての従者達はそれぞれに主人に対して魅力を感じているからこそ仕え、彼女らのために懸命に働いているのだろう。

 少なくとも、十六夜咲夜はそう思っている。




 〈冥界〉にある〈白玉楼〉の庭で「はぁっ!!」と気合の声と共に《桜観剣》を振るうのは魂魄妖夢、普通の人間にはとても振れないと思える長い刀を上段の構えから何度も何度も振り下ろす動作を繰り返すこの銀のボブカットの少女にまとわりつく巨大な白い人魂が鬱陶しそうに見えるが、それは半人半霊の彼女の文字通り半身であるので妖夢が鍛錬の邪魔に感じる事はない。

 「……ふぅっ……」

 少し休憩をしようと剣を振るう手を止めて大きく息を吐く。

 本来であればとっくに夕食の準備をしていなければいけないこの時間も、主人である幽々子が朝早くから「今日はちょっと出掛けて来るわね、お昼も晩もごはんは用意しなくていいわよ」と言われれば暇になってしまうのである。 そこでこれ幸いにとのんびりしようという発想もなく剣の鍛錬に時間を使おうとするのが真面目で真っ直ぐな性格の妖夢らしいと言えた。

 「そろそろこの庭も手入れしないと……」

 気にしなければ気にならないという程度ではあるがそう感じた妖夢、庭師という肩書きを持ってはいても自身は剣士という自覚の方が強く、そして西行寺幽々子の身の回りの世話に追われていればどうしてもそちらは後回しになっていく。

 ヒトが一人で出来る事には限界があると分かっていても、与えられた役割をすべてこなせないのは自分が半人前の未熟者だからという考えが頭を過ぎる事もある。

 「……あらあら、がんばっているわね妖夢?」

 「……えっ!? ゆ、幽々子様っ!?」

 穏やかな笑顔で現れた紫の着物を着た女性は間違いなく妖夢の主人である西行寺幽々子だ、あまりにも予想外の事態に思わず「……ど、どうして幽々子様が……?」と尋ねてしまった。

 「どうしてって……〈白玉楼ここ〉は私の家よ? 私がここにいるのが妖夢にはおかしいのかしら?」

 「い、いえ……そういう事ではなく……今日は夕餉もいらないとおっしゃっていたので、てっきりお帰りは夜遅くになるものとばかり……」

 明らかに戸惑っている様子の妖夢に少し面白そうという風に幽々子の笑顔が変わるのは、きっとこういう反応になるというのは予想していたからである。 この程度で心を乱すというのは剣客としては未熟で情けないという事なのかも知れないが、自分に仕えてくれる者としてこのくらいからかい甲斐がある方が退屈しないでいいと思う。

 「……え~と……そ、そうだ。 す、すぐに夕餉の支度を致しますので……」

 ようやく自分がするべき事を思いついた妖夢はあわてて《桜観剣》を背中の鞘に仕舞い駆け出そうとするのを「お待ちなさいな妖夢」と幽々子に引き止められば、あやうくバランスを崩して転びそうになるのを堪えて振り返る。

 そんな彼女をもうちょっとからかってみたいという悪戯心を抑えて幽々子は〈白玉楼〉に戻って来た目的を果たそうと妖夢に言う。

 「夕餉はいいから支度をしなさい妖夢、〈博麗神社〉へ行くわよ?」


 

 日も暮れた〈博麗神社〉を照らすのは半月の月明かりとこのために設置された提灯のみであるが、妖怪の宴を始めようというのであれば相応しいだろう。 いくつか用意さている丸テーブルの上に様々な洋風の料理が置かれているのを見れば、これがレミリア・スカーレット主催の立食パーティーなのは分かる妖夢ではるが、その目的が皆目検討がつかない。

 「幽々子様、これはいったい何の宴会なのですか?」

 隣に立っている自分をここに連れてきた主人にそう尋ねてみたが、彼女がいたずらっぽい笑みを浮かべて見つめているのを妖夢は「さあ、何でしょう? 当ててみなさい」とでも言う風に思えたのでもう一度考え込んだ。 

 しかし、今日という日が何か特別な日だったとはどうしても思い当たらない。 

 明日であれば旧暦の七夕ではあるが、七夕の宴会はすでにやっているはずである。 いくらこの書き手アホとは言っても同じネタで年に二回もやる事はないだろう、かといって何かの記念日だったりという大義名分なしに宴会をしようというほど妖怪もお祭り好きではない。

 「……ん? 記念日……?」

 その時ふとある事に思い至り、「はっ!?」と幽々子の顔を見つめると彼女は分かったみたいね?という様に微笑み返してきた。 そしてそれを肯定するかの様に別の女性の子声がした。

 「そうよ。 今日八月六日は”妖夢の日”、つまりあなたの記念日なのよ魂魄妖夢」

 紫色のドレスを纏った八雲紫がそう言ってクスリと笑うと、「あ~~私が言おうと思ってたのに~~!」と声を上げた。

 東方プロジェクトに限らず名の知れた作品にはあるであろうキャラクターの記念日、語呂あわせだったりそのキャラに縁のある日だったりと理由は様々であるが、ともかく今日はそんな記念日のひとつなのである。

 「幻想曲物語これが始まって最初の記念日の話が妖夢あなたというのはちょっと気に入らないけど、私もそこまで子供じゃないわ。 素直にお祝いしてあげるわよ」

 威張るような口調で言うのはレミリア、その傍らにはいつものように咲夜が立ち少しはなれたところでパチュリー・ノーレッジは提灯の明かりの下で薄い本を読みながら宴会の開始を待っている。

 姿の見えないフランドール・スカーレットはおそらくは部屋に引き篭もってゲーム中なのだろうとは妖夢でなくても簡単に分かる事だ。

 「何でもいいからさっさと始めようぜ! あたしはもう腹ペコだよ~!」

 「……あなたは少しは空気を読む事を覚えなさい、魔理沙……」

 「何だよアリス! 勝手に食い始めないだけ空気を読んでるさ!」

 明らかに料理と酒だけが目当てという事を隠そうともしない魔理沙に呆れ顔のアリス・マーガトロイド。 もっとも単に宴会だけが目当てなのは魔理沙だけないだろうが、それを妖夢も不愉快には思わないで、寧ろ彼女ららしいと心の中で苦笑する。

 「そうねぇ……私もお腹ペコペコなのよねぇ~~?」

 「はいはい、分かったわよ幽々子……今日の主役も来たのだし宴を始めましょう」

 準備の間も散々つまみ食いをしていた友人に呆れながらパンパンと手を叩く紫は、どうしてこの子はこんなに食べて太らないのだろうと改めて思う。 食べた分の栄養がいったいどこに行くのだろうと考えながら無意識に幽々子の豊満な胸に視線がいくと、次は隣の妖夢の胸をじっと見つめる。

 「……?」

 「……紫様……?」

 揃って頭上に大きなクエスチョン・マークでも浮かべていそうな二人の不思議そうな顔がそっくりだなと思いながら、「はぁ……」と溜息を吐く八雲紫だった。




 クーラーの効いた部屋でゲーム三昧をしていてもやはりお腹は減るものであり、かといって部屋から出るのも面倒な気分のフランドール・スカーレットは内線電話を使い夕食を持って来るよう命じた。

 『はいな! 少々お待ちなはって下さいな妹様』

 受話器から粋のいい関西弁が聞こえたのでチャウ・ネーンと分かる、ということは今日は妖精メイド三人衆は留守番だと思うのは、フランドールの中ではあの三人はいつも一緒にいるというイメージがあるからである。

 「……あたしも妖夢の日のパーティーに行けば良かったかなぁ~……」

 今日は面倒だからとちゃんとセットもしていないのでボサボサ状態の金髪の頭を掻きながら呟いてはみたが、やはり外に出るのを面倒くさいと思うのに、夏バテなのかしらねと疑うフランドールだった。



 満月がだいぶ高く上った時刻になっても妖怪達の宴は続いているが、すでに用意された料理も酒もほとんどが無くなっていれば、後は親しいもの同士で談笑したり〈紅魔館〉の妖精メイドが食器などの片付けに動き回っているかするくらいである。

 「……はぁ、それでは毎日の食費も大変でしょうね?」 

 「そうなんですよ、咲夜さん。 幽々子様ももう少し間食を控えて頂きたいものです……」

 〈博麗神社〉の鳥居へと続く長い階段の途中に腰掛けて話をしているのは十六夜咲夜と魂魄妖夢の二人だ、アルコールで多少赤く染まった顔をしてはいるが特別酔っ払っているという風でもない。 互いにこの様な宴会あっても主人の世話をしなければいけないという立場もあって酔う程には飲まないというのが習慣になっているのだ。

 そんな彼女らがこんな場所にいるのは、特に理由も無く単なる成り行きである。

 「私のお嬢様は逆に小食過ぎるのが心配ですわ、あんな調子では大きく成長できませんよねぇ……主に胸とか……」

 ”永遠に幼く紅い月”の二ツ名を持つレミリアではあるが、従者としては是非とも立派な淑女に成長した彼女を見てみたいという咲夜であった。 もっとも、自分の命がある間にそんな日がくるとも思えないのではあるが。

 そんな主人に対する愚痴ともとれる事を話しているからであろう小声ではあるが、二人の表情には不満の様なものは見えず、寧ろ互いに主人を自慢しているかのようですらある。

 妖怪であっても完璧な存在などいない、だからこそ従者が必要とされるのであり、多少の欠点もその方がお世話のしがいがあると歓迎する部分であると二人は思っている。 もっとも面と向かって口にしたら拗ねてへそを曲げるだけであろう事は分かっているので妖夢も咲夜も一生言葉にする事はないだろう。

 「……ところで咲夜さん、”強さ”って何だと思いますか?」

 「強さ? また妙な事を聞きますね?」

 確かに妙な事を聞いたのだろうと妖夢も思う、強さとは力であり技であり己と己が守るべき者に仇名す敵を叩き伏せる力……それは分かっていても彼女はいまだに自分がその域に達する事が出来ていない事に悩んでいた。 咲夜とこうして話をしていて、この〈紅魔館〉のメイド長に自分には無い何かが妖夢はある気がしてそんな事を聞いてみたのだ。

 その理由を聞いた咲夜は「……そう言われてもねぇ」と少し困惑顔になる、咲夜の考える強さも妖夢の考えるそれと大体同じであり、彼女にあって自分に無いものというのは思い浮かばない。

 元々は吸血鬼を倒すために身に付けた力は、今はその吸血鬼の少女を守るために使っている。 その理由は衣食住と安定した収入に惹かれてというのは幻想曲物語このカケラであるが、今となっては些細な事である。

 酒の席というのもあり適当にはぐらかそうかと思って、しかし、自分を見つめる妖夢の瞳が真剣なものだと気がついてしまえば咲夜にはそうも出来なくなった。 

 「そうですねぇ……確かに力や技も大事ですが、一番大事なのはおそらく心の強さでしょう」

 しばし目を伏せて考えてみてそう言う。

 「心の……力……?」

 「ええ、意思、想い、信念……形は様々でしょうけど。 ともかく、そういったものですね」

 咲夜で言えばレミリアへの忠誠心、もっともその一言で済ませられるほど簡単なものでもない。 レミリア当人だけではなく彼女の大事にするものをすべて守る、パチュリーやフランドールはもちろんの事、紅美鈴や妖精メイドに自分自身すらそのすべてに含まれている。

 それは〈紅魔館〉とはレミリア・スカーレットという存在を中心にしたひとつの小さな世界であり、その世界を構成するものはすべてレミリアの大事な物だと考えるからである。 そして〈紅魔館〉という小世界は咲夜にとってもかけがえのない居場所となっている、だからこそいざとなればすべての力と技を出し切り戦えるのだろうと話す。

 「強き心が力と技を引き出す……ですか……」

 「私はそう考えますよ妖夢」

 その咲夜の考えは妖夢には納得できるものであったが、それならば自分にだって〈白玉楼〉と幽々子を守るという使命感があるはずであり、それは咲夜のそれと比べて劣るとは思えない。 ならばやはり自分には足りないものがあるのだろうかと聞いてみる。

 「……その答えは自分で見つけるしかないでしょう」

 簡潔な咲夜の答えは半ば予想していた、だから「……そうですよね」と素直に納得してみせる。

 その真っ直ぐな素直さは妖夢の良いところだと思う、他者の助言を求めるのは大事な事であるが答えまで求めるようではその者は決して成長は出来ないだろう。 答えを求めて悩み苦しんだ時間こそがヒトを成長させるのであり、そうして得た力こそは真に己の力であるのだから。

 仕える主人は違えど同じ従者としては妖夢を応援したいという気にもなるのは少し酔っているのかも知れないと思う咲夜、あるいは苦労する主人を持つ者同士の親近感なのかも知れない。 どちらにせよ、咲夜には不快な事ではなかった。

 お互いに大事なものを守るために強くなりましょうねという想いは言葉に出すのは躊躇われるが、そんな想いをこめてしばし妖夢の青緑色の瞳を見つめた咲夜だった。 

 


 「……クチュンっ」

 「あら……夏風邪でもひいたの幽々子?」

 傍らに立つ友人が突然に可愛らしい声でクシャミをしたのに紫がそんな事を言うと、「……う~~ん? そんな事はないと思うんだけど……あ! 誰か私の噂をしてるのかしらね?」とのんびりした笑顔で返した。

 そう言われて見て、そう言えば妖夢と咲夜の姿がさっきから見えない事に気がついた紫は、ああ、そう言うことね……と思いくすりと笑い「ひょっとしたら妖夢かもよ?」と言った。

 「あら、そうなのかしらね?……まあ、それはいい事だわ」

 ムッとした様子もなく穏やかな笑顔のままで言うのを紫は以外だと思ったが、それで幽々子が唐突に”妖夢の日”を祝おうなどと言い出した理由を何となく理解した。

 あの半霊の少女の真面目で一直線なところは長所と言っていいが、それゆえに愚痴や悩みを一人で抱え込んでしまうところがある。 〈冥界〉にいれば愚痴を言い合ったり悩みを相談できる相手もいないだろう、ましてや仕えるべき主にそんな弱気は見せられないという想いもあるはずだ。

 しかし、そういう事は妖夢にいい結果をもたらすとは紫にも思えず、幽々子もそれを心配しているのだろう。 だから、こうして彼女を主役として宴会を開いてみればそんな機会もあるだろうと考えたに違いない。

 「さて、どうかしらねぇ?」

 そんな自分の考えを見透かしたような幽々子の声に一瞬ぎょっとなるが、それも当然ねと思う。 何も考えて無さそうなのほほんとした笑顔の裏では物事の本質を見極め、判断を下して必要とあらば行動をする事が出来るのが彼女なのであると紫は知っている。

 その時に「ぶぇ~~~くしょんっ!!」と盛大なクシャミが響く。

 「……あら、夏風邪でもひいたのレミィ?」

 「……むぅ~? そんな事はないと思うけど……」

 吸血鬼なりに体調管理はしているはずのレミリアだ、その親友にパチュリーは意味深な黒い笑顔を作って言う。

 「……ねえ、夏風邪は馬鹿がひくって知ってたぁ?」

 「…………はぁ!?」

 つい素っ頓狂な声を出してしまったレミリアは、次の瞬間に親友の言った事の意味に気がつき、その小柄な身体をワナワナと震わせる。

 「パァァァチェェェェェっっっ!!!!!!!」

 ほとんど真上まで上った月が見下ろす〈博麗神社〉に、”永遠に幼く紅い月”の異名を持つ少女の怒声が響き渡ったのだった。



 「……う……う~~ん……?」

 目を覚ました霊夢の耳にチュンチュンという鳥の鳴き声が聞こえた、肌に感じる更に夏にしてはやや涼しく思える事から朝になったのだと分かる。 おそらくはあのまま朝まで眠ってしまったのだろうと、ぼうっとする頭でそう考える。

 あの暑さの中でよくもぐっすりと眠れたものと思う、それとも知らず知らずのうちに疲れが堪っていたのかも知れない。

 「……よっと」

 上体を起こして室内を見渡してみれば少し開いた襖から朝日が差し込み、小さなモーター音をたてて扇風機が首を振っている、間違いなく〈博麗神社〉の自分の部屋であるのに少しほっとするのは何か変な夢を視てたような気がしたからである。

 そして意識がはっきりとしてくるにつれて下着まで汗でベトベトになった服が気持ち悪いというのに気がつき、水風呂でいいから浴びてこようと決める。

 立ち上がり部屋を出て行く霊夢は、この数分後に宴会の後のちらかり放題の神社の境内を目のあたりにして絶叫す事になるとは、まだ知る由もない事である……。 

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