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夏の夜の恐怖? 命蓮寺の肝試し大会編

今回は人里の子供達が本物の妖怪相手に肝試しをする話


 昼間は激しい暑さの夏であっても、夕方になり日も傾いてくれば少しは過ごしやすくもなってくるものだ、ましてやそこが墓地であれば独特の不気味さもあり余計に気温が下がっているようもの感じられよう。

 「うふふふふふふふ……早く日が暮れないかなぁ~~♪」

 そんな墓地で楽しげな様子なのは、水色と赤のオッドアイとまっ赤な下をたらした不気味?な傘を手に抱えた妖怪の少女――多々良島のレッドキ……もとい、多々良小傘だ。

 「今時、多々良島の怪獣なんて知ってる子なんているんですかね~?……ま♪ 別にどうでもいいですけどね~~♪」

 上機嫌な小傘は書き手アホの言う事などどうでもいいやという様子だ。

 どうして彼女がこんなに機嫌がいいのかと言うと、これからこの〈命蓮寺〉の墓地で子供達の肝試し大会があるのである、それも聖白蓮公認のイベントなので何の気兼ねもなく思いっきり人を脅かして良いのである。

 もちろん子供達に危害を加えてはいけないが小傘にはもとより誰かを傷つけるような発想はない、それが多々良小傘という化け傘妖怪なのである。



 「…………という事で、君達はこの様に二人一組でお墓の置くまで行き、このお札を証拠として持って帰ってきてもらいます」

 墓地の入り口で二十人ほどの子供達にルールを説明しているのは寅丸星、金と黒の混ざった短い髪の上に花を思わせる髪飾りを乗っけている彼女は毘沙門天の弟子であり、この〈命蓮寺〉において聖に接ぐ立場の僧侶である。

 その寅丸がこの肝試しの監督役を任されているのは、聖がそれだけ子供達の安全に気を配っているという事である。 〈外界〉と違い本物の妖怪が当たり前に存在する〈幻想郷〉にあっては肝試しは単なる遊びとして扱えるものではない。

 「……それでも実行する聖白蓮か、何を考えてるのやら……」

 引率役を任された上白沢慧音は子供達の後ろに立ち寅丸の話を聞きながら小さく呟く、もちろん事前の説明はちゃんとあり、それは妖怪と人間の共存を目指す活動の一環だというのは事実だろうとは慧音も思う。

 「途中にいる脅かし役の妖怪達はもちろん君達を脅かしはしますが、決して危害を加える……怪我をさせようとかはしません。 なので君たちも絶対に妖怪達を殴ったり蹴ったりしてはいけませんよ?」

 子供達の「は~い!」という元気な返事に満足しながらも、寅丸は怯えた子供が思わず手を出してしまう可能性はあるだろうとは考えている、その場合は妖怪の方が素直に退散するように言ってあるので大丈夫だろう。

 とにかくこの肝試し大会では子供達を怖がらせる事はしても決して彼らの心を傷つけるような事をしてはいけないという微妙なさじ加減が要求されている、妖怪に脅かされる事を恐怖体験ではなく夏の日のちょっとした思い出として語れるようなものにしなければ意味がないのだ。

 だから小傘達の脅かし加減だけではなく、間違っても危険な妖怪が紛れ込む事はないように細心の注意を払っていた。 これほどの手間をかけてまでも肝試し大会を開こうと提案したのは聖ではなく化け狸の二ッ岩マミゾウなのだ、それだけに何か裏があるのではと疑っているが聖が承認した以上は従うしかなく、やる以上は手抜きなどはしないのは生真面目な性格の寅丸らしいと言えた。

「……説明は以上です。 え~~では、まだ暗くなるまで時間があるので君達には先に夕ごはんを済ませてもらいます、すでに本堂の方に用意してあるので移動をしてください」

 〈人里〉から〈命蓮寺〉まで歩いてきてお腹はぺこぺこだったのだろう、子供達は嬉しそう声を上げてから案内をするためにでてきたナズーリンについて行く。

 ナズーリンは鼠の妖怪ではあるが、寅丸星の部下という事で怖がられる事はない。 もっとも彼女も実は脅かし役の妖怪の一人であるので内心では本番ではこの子供達を思い切り怖がらせて悲鳴をあげさせてやろうと企んでいた。

 ナズーリンを先頭に本堂へと入っていく子供達の後姿を見送りながら何事もなく無事に終わればいいがなと思っていると、「慧音さん、あなたの分も用意してありますから子供達と夕餉に行っていいですよ」と寅丸に声をかけられて自分の空腹を思い出す慧音だった。



 「……〈命蓮寺〉で肝試し大会だと?」

 〈守矢神社〉に祀られる神の八坂神奈子は巫女である東風谷早苗からそんな話を聞かされて思わず素麺を掴もうとした箸を止めてしまった。 

 守矢諏訪子も入れた三人でちゃぶ台を囲み大皿に盛った素麺を分け合っての食事風景は日本のどこの家庭にも見られるような光景であり、彼女らが神二人とその巫女だと知らなければ母と姉妹の食事風景にも見えるだろう。

 「はい、神奈子様。 今日、里へ買い物に行った時にそんな話を聞きました」

 「へ~~、肝試しねぇ~~?」

 目玉の様な飾りの付いた奇妙な帽子を被った諏訪子は面白そうな様子だが、神奈子は渋い顔になったので早苗は「どうしたのですか?」と尋ねてみる。

 「うむ……〈幻想郷〉の墓場で肝試しなどと少々危険だとは思わぬか?」

 そう言われて早苗はその事に思い至る、〈外界〉で生活してきた早苗には墓場で肝試しは子供の頃に一度や二度はやるだろうという当たり前のイベントであったから〈幻想郷〉でやる事の危険性を失念していた。

 「そう言われれば……確かに……」

 「であろう早苗? 〈命蓮寺〉の聖白蓮め、何を企んでいるやら……」

 〈幻想郷〉にやって来てから急速に信仰を集めて勢力を伸ばす〈命蓮寺〉は信仰を求めて〈幻想郷〉に来た神奈子にとっては面白い存在ではなかった、それだけが理由でもないのだが神奈子は聖白蓮の一見すると人の良さそうな笑顔の裏に良からぬ企みがあるのではないかと疑っている。

 「大丈夫でしょう? 聖もその辺は分かってるだろうし、〈命蓮寺〉の敷地内でやるなら妖怪だって簡単には手出しはしないでしょう?」

 薄くなっためんつゆに新しいのを注ぎ足した諏訪子が気楽な調子で言うのに早苗は「あ! そうですよね」と安堵し、神奈子はムッとした顔で幼い容姿をした神の少女を睨んだ。

 「お主は呑気に構えすぎだ諏訪子よ、そんな調子だから〈命蓮寺〉にばかり信仰が集まってしまうのだと思わぬのか?」

 自分より長身の神奈子の威圧するような口調を気にした様子もなく諏訪子は「神奈子は焦りすぎだよ」と返す、彼女とて信仰を集める事の重要性は理解してはいるが人間の心の問題である以上は強引に集めようとしても逆効果であると考えている。

 信仰を集めようとすれば、〈外界〉に存在するヒトの心の弱みに付け込むオカルト教団の真似事をすればどうとにでもなるだろう。 だが、諏訪子はもちろん神奈子もそんな卑怯で歪んだ手段で手に入れた汚らわしい信仰などほしくはない。

 彼女らが望むのは古き良き時代の神とヒトの共存関係なのだから。

 


 肝試しといえば男女ペアになるのが相場であるが、それは年頃の若者達の話であり十を数えるか数えないかの子供達には当てはまらない、ましてや慧音の引率している子達の男女比率は同じではない。

 「さて、どんなお化けが出てくるのかな~?」

 「ちょ……そんなに早く歩かないでよお姉ちゃん……」

 提灯を片手に楽しそうに言う永遠とわの後ろをおっかなびっくりという表情でついて行く刻夢きざむの姉妹は墓場を進んでいく、安全だとは頭で分かっていても暗闇というものは小さな子供にはひどく怖いものであるので、刻夢の反応は至極普通であって姉の永遠のピクニックでもしているかの様な態度は例外と言っていいだろう。

 その姉の方の浮かれっぷりに多少困惑しながらも、墓石の影に隠れて二人の女の子が近づいて来るのを待つ小傘は、特に不気味な仮装やメイクをしていはおらず普段の格好のままである。

 せっかくなので少しは怖いメイクでもしたらと封獣ぬえに薦められはしたのだが、それは素では自分の容姿が怖くないと言われているようで嫌だったので、「私はこのままで人間を脅かしてみせるんだもん!」と意地を張ってみせ、「……まったく、あんたは……」とぬえを呆れさせたものだった。

 「もう少し……もう少し……え~~~い、うらめしや……て、あきゃぁ~~~~!?」

 タイミングを見計らい跳び出した小傘は、しかし気張り過ぎたのか勢い余って足を滑らせて仰向けに転倒してしまった。

 「……わっ!?」

 「ひゃっ!?」

 突然の事に驚きの声を出す永遠と小さく悲鳴を上げ思わず姉の後ろへ隠れて抱きつく刻夢。

 そんな妹をしょうがない子だな~と思いながらも振りほどく事はせずに提灯の明かりでいきなり現れた”それ”を照らしてみて、水色の髪と特徴的なオッドアイにそれが小傘だと分かる。

 「おりょ~? 小傘じゃん~~♪」

 「……え?……こ、小傘……?」

 姉の言葉に恐る恐るという風に見てみると、そこにいたのは確かに尻餅をついた格好の多々良小傘だった。 当然だが二人とも小傘の知り合いというわけではないが、〈人里〉の子供達の間では彼女は愉快な妖怪として有名であり姉妹も過去に一回だけ驚かされた――驚きはしなかったが――経験があった。

 「……あ~~え~~と……その~~……」

 少しは驚いた様だが明らかに失敗したという状況で、小さい女の子二人に唖然とした顔で見つめられて小傘はうろたえてしまう、失敗した以上はこの二人組はもうどうしようもないので次のペアを驚かせばいいのではあるがこのまま退散するのは非常に情けないような気がするのだ。

 その時にふと小傘の脳裏に以前にテレビで視たあるシーンが思い浮かび、ひらめいたという表情になると突然立ち上がって姉妹を指差しながら今度は不敵な笑い顔を作る。

 「うっふっふっふっふっ! 今日のところはこれで見逃してあげましょう。 しかし! 次に会った時があなた達の最後ですよぉ~~~!!」

 「「…………はぁ!?」」

 唐突で意味不明な化け傘少女の叫びに永遠と刻夢の姉妹はきょとんとした顔で頭の上に大きなクエスチョン・マークを浮かべた、その反応に失敗したかなと少し思った小傘だが今更後には引けない。

 「それでは!また会いましょう~~~~~!」

 くるりと反転し墓場の奥へと消えていく小傘を二人は唖然とした顔で見送るしかなかった。

 「やれやれ……小傘も何をしておるのやら……」

 その小傘らのいた場所から少し離れた墓石の影に身を隠している赤い着物を着た口裂け女のマミゾウが呆れた声で呟く。 マミゾウがこの肝試し大会を提案したのはちょっとした気まぐれだったのだが、ヒトと妖怪双方に益のあるイベントと言ってみせると聖も案外乗り気になってくれて今日の開催となったので自らもお化けに”化けて”の参加していたのである。

 「まあ良いか……くっくっくっ、ヒトの子らよ、わしは小傘程甘くはないぞ? せいぜい怖がってもらおうかいのぉ?」

 幽霊のように手をダランと下げて避けた口で不気味な笑いを作り、さあ、来るが良いとでもいう風なマミゾウだった。

  


 そう言えば今日は〈命蓮寺〉で肝試しなんてやっていたわねと、メイド長の十六夜咲夜から聞いた話をレミリア・スカーレットが思い出したのは、リビングでパチュリー・ノーレッジと一緒にスイカをシャリシャリと食していた時だった。

 「……まあ、どうでもいいんだけどね」

 唐突な親友の呟きにパチュリーが怪訝な顔をしたので、「ああ、〈命蓮寺〉の肝試しの事よ」と言ったので納得するパチュリー。

 「……人間も幽霊だの妖怪だのを怖がるくせに自分からそういう所に行こうとするのって……良く分からないわね」

 誰だって怖い思いはしたくないだろうに自分から怖い思いをしに出向くという行為は、この七曜の魔法使いの少女には理解しかねる部分がある。 理解出来るとすれば「そういうのって度胸試しとかそんなのでしょう?」というレミリアの適当そうな発言くらいか。 そんな事を考えてみるものの、やはりパチュリーも面倒だからとスイカの種をとることもせずに食べ続けている親友同様にどうでもいい事であると思っている。

 「……それにしてもレミィ、あなたスイカの種はちゃんと噛み砕いているの?」

 「…………ふぉへ?」

 「……ちゃんと噛み砕かないと、明日の朝にはあなたのお腹の中でスイカの芽が出るわよぉ?」

 意味深な笑い顔で言ったパチュリーの言葉に、レミリアは「……え!?」と固まった。

 


 すべての子供達が戻って来た〈命蓮寺〉の境内では、楽しかったねとか怖かったねなどと感想を語り合っている、その彼らが手に持っている小さな袋には聖が用意した今日がんばったご褒美の飴玉が入っている。  その子供達が大きな怪我もなく全員揃っているのを慧音は確認し何とか無事に終わったかと安堵していた。

 驚かされた拍子に転んで多少の擦り傷程度は何人かいたが、それは子供達の自己責任の範囲内であるし、何よりそうやって怪我をして強くなっていくのが子供というものである。

 〈外界〉ではそんな簡単な事すら理解出来ないモンスター・ペアレントと呼ばれる親達が些細な事で教育者に文句を言って困らせているという話を聞いた事があるが、何とも愚かな大人達であると呆れかえると同時に、そんな親に育てられている子供を哀れに思う。

 大事にするのと甘やかす事の区別がつかず歪んだ愛情を持っているのか、あるいは子供を教育するのはすべて教育者の仕事と自らの責任をすべて放棄している故の身勝手さなのかは〈幻想郷〉に生きる慧音には分からない。

 幸いにも〈幻想郷〉にはそんな愚かしい大人はまだいないのだから。

 「……?……慧音先生どしたの?」

 そんな考えが顔にでていたのだろう、声をかけてきた永遠に「何でもないよ」と答えるとその隣に彼女の妹の刻夢もいたのに気が付く。

 努力家でしっかり者の妹とは対象的に大雑把で考えなしに行動したがるこの姉は良く宿題を忘れ慧音の頭突きを食らっているのだが、まったく懲りた様子がないのは慧音も困ったものだと思っていた。

 その反面で、底抜けに明るくとても真っ直ぐで素直な性格は慧音も好感を持てる。

 「……と、はいはい、みんな集合っ! そろそろ里へ帰るぞ!」

 流石にいい時間だろうと判断し集合をかける、これから夜道を歩き〈人里〉へと戻るのだが寅丸星も付き添ってくれるらしいので危険はまずないだろう。

 子供達の点呼をとりながら彼らの表情を見ていくと、全員が楽しかったという様なものだと気が付き、偶にはこういう事も悪くはないかもと思う上白沢慧音だった。 




 「あ~~満たされた~~~☆」

 人っ子一人いなくなった真っ暗な墓地で小傘はとても幸せそうな顔で地面にペタンと女子座りをしている。 最初の女の子ペアこそ失敗したものの、やはり夜の墓地という心理効果の補正もあったのだろう、物陰からいきなり跳び出すという古典的な方法でも何人もの子供を驚かすのに成功していた彼女は、さながら満干全席を平らげたような満足感を味わっていた。

 「……ふむ、小傘もやれば出来るではないか」

 ふらりと散歩していてそんな小傘を見かけたマミゾウは、そんな事をつぶやくとドロンと煙に包まれて姿を消した……。



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