紅魔館非常事態勢編
緑から黄色や赤へと色を変えつつある〈妖怪の山〉にある〈守矢神社〉では、神社の巫女である東風谷早苗と射命丸文が焚火の前で話をしていた。
「……はぁ……〈紅魔館〉ですか?」
そう言って怪訝な顔をする早苗の足元に竹箒が転がっているのは、境内の掃除をしていて集めた落ち葉で焚火をしているからだ。 出来ればついでに焼き芋でもしたかったのだが、運悪くサツマイモを切らしていた。
「そう! 昨日取材にいったらさ、何かいつもよりもガードが堅いっていうかピリピリしたアトモスフィア漂ってるっていうかさ!」
文の取材行為が迷惑がられるのはいつもの事だが、それにしても普通ではなかったと感じたのだ。
「……つまりは〈紅魔館〉で何か”異変”でもあったと?」
「その可能性が高いわね、あるいは”異変”を起こすつもりかもよ?」
黒いセミロングの鴉天狗の少女は、そう確信しているという表情で言ってみせる。
もしそうであれば早苗にも放ってはおけない事態である、話からするにまだ証拠は掴んでいないのだろうが、彼女のブンヤ・直観力は馬鹿にも出来ない。
「……分かりました。 私の方でも調べておきましょう」
おそらくはこう言わせる事が目的に自分に話をしたのだろうと思う。 体よく利用されているようで面白くもないが、 無視も出来ない事であれば代わりにこっちも彼女の情報を利用するだけである。
文はそんな早苗の心の内を肯定するかのように「ええ、よろしくね~」と愛想よく笑ったのは、早苗には商談成立ですねと言っているように見えていた。
トーホ・マッポを名乗る男の襲来から数日が経ったが、今のところこれといった出来事は〈紅魔館〉にはまだなかった。
「……とはいえ、油断しちゃだめでしょうねぇ……」
〈紅魔館〉に仕える妖精メイドの一人であるフェア・リーメイドが門の前を掃除中に同僚であるラーカ・イラムとチャウ・ネーンに言った。
「そうだろうねぇ……」
「せやな、今回の奴はちょっちヤバそうな予感がするわ」
〈紅魔館〉の妖精メイド三人衆である少女らは普段の通りに箒で掃き掃除をしていても、普段に比べれるとその表情は少し不安そうであった。
それは三人の様子を腕を組んで眺めている”中華華人”の紅美鈴の様子からも分かる。 普段であればどこかのんきそうな表情で時に欠伸なんかもしている彼女なのだが、今は険しい目つきで油断なく周囲を警戒していた。
いきなり二階のテラスに現れる事が出来る奴であればいくら正面の入り口を警戒していても無駄ではないかと思わないではない美鈴ではあるが、だからと言って門番の仕事を放棄していい事にはならない。
その頃、この紅い館の主人である”永遠に紅く幼いマナイタ”ことレミリア・スカーレットは、厨房でフリルの付いた白いエプロンを身に着けた姿でジャガイモの皮むきをしていた。
「何でじゃぁぁああああっ!!!?……つか、マナイタ・ネタはもういい加減にせいやぁぁああああああっ!!!!」
手に持った皮むき器を振り回しながら、実際いつものように唐突に意味不明な大声を上げる主人の少女を、”吸血鬼のメイド”である十六夜咲夜は今更特に気にした様子もなく自身もジャガイモの皮をナイフで向き続ける。
二人が使っている作業用のテーブル上にあるボールの中には皮むきを終えたジャガイモがあるが、その三分の一は咲夜の手によるものである。
ちなみにどうしてこういう状況になっているのかというと、いつトーホ・マッポの襲撃があるか分からない状況において、咲夜がレミリアの警護として常に傍にいるというのはベストな判断である。
しかし、メイド長である彼女がメイドの仕事を疎かにするとそれはそれで〈紅魔館〉のピンチである。 そうなると必然的にレミリアの方が咲夜の行動に合わせねばならず、その場合は”立ってる者はオジョー=サマでも使え”の論理に則りこうい状況になるのであった。
「……仕方ないっちゃ仕方ないけどさぁ……」
やはり納得いかないレミリア=サンであった。
地下にある〈大図書館〉の主である”知識と日陰の少女”のパチュリー・ノーレッジもこの事態において一人でいる事は流石にせず、従者である小悪魔と常に一緒にいるようにしていた。
「……油断してもいけないけど、今からそんなに緊張していても仕方ないわよ?」
椅子に腰かけて薄い本を読んでいたパチュリーが顔を上げて言った、 この小説ではツカサの名を持つ小悪魔の少女は、主人の傍に立ちつつ常に真剣な面持ちで周囲を観察していた。
いつ来るかも分からない相手にずっとこんな調子では身が持たないだろうと思う。
「……えっ!?……あ、はい……」
返事は素直にしたもののすぐにまた周りを見渡しているのに、やれやれとため息を吐く。 トーホ・マッポという得体の知れない輩に怯えるのも仕方はないが、もう少しはどっしりと構えてもらいたいものである。
「……とはいえ、実際にどういう手でくるのか……」
このくだらない二次小説を消し去るのが目的という事だが、この小説の登場人物を一人一人ちまちま殺していくというものではないだろう。
そして、外のセカイからの干渉のような自分達がまったく手の打ちようもないような事もないと判断するのは、それが出来るならとっくにしているからである。
「隕石でも落として〈幻想郷〉に核の冬をもたらすとか……?」
「……どこの赤い彗星よ……まぁ、可能性としてないわけでもないとは思うけれども……」
とはいえ、それならそれでやはりとっくにやっているであろうという気がした。
同じ地下に部屋を持つフランドール・スカーレットは、先日新調したばかりのニューパソコンでいつものごとくゲームの真っ最中だったが、もちろん彼女も一人で部屋にいるわけではない。
「……おっしゃ~~浦波ゲット~~~♪」
最近実装された駆逐艦の娘がドロップしたのに喜びの声を上げるフランドールの背後に立っているのは、何と咲夜であった。
ボブカットの銀髪のサイドで編んだ髪型も、身に着けているメイド服も彼女のそれであるが、フランドールの後姿を見つめる青い瞳は実際人工的な輝きをしており表情もどこか仮面のような無表情さであった。
しかし、それも当然である。 何故なら彼女の名は” MX=93 νサクヤ”という、平たく言うとメカ・サクヤなのだ。 いざという時に備えて咲夜が基礎設計をしカッパハイム・エレクトロニクスに開発させていた機体だが、この非常事態に納期を十日繰り上げてロール・アウトさせたのである。
「もう終わらせるつもりだからって、いつか使おうと考えてたネタをとりあえず使っとことかやめいぃぃぃいいいいいっっっ!!!!!」
ジャガイモの皮むきを終えて一息付いていたレミリア=サンがこんなツッコミをしていたのは、もちろんフランドールは知らない事であった。




