表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

道草二世

作者: 矢車 大八


 こがね色に衣がえをしたイチョウの葉が,ヒラーリヒラヒラ、なかよく追いかけっこをしています。

レースのカーテンがゆれた窓から、ひとひらのイチョウがまいこみ,白いベッドの上に止まりました。

「アーア、いいなあ」

「何が」

「イチョウの葉っぱだよ。自由だもん」

「そうねえ、フワーリヒラリッてね」

「ぼくは、ベッドに寝たっきり。つまんないよ」

「亮ちゃん,もうすぐ元気になるわよ。あと少し,がんばって」

「だけど」

お母さんの手がヒョイとのびて、おでこにさわります。

「また熱がでてきたみたい。少し寝て」

「ハーイ」

亮介は,お母さんに言われたとおり,ベッドに横になりました。背中がジワッと汗ばんでいるのは、

やっぱり熱があるのでしょう。さしこむ夕陽が,ねむ気をさそいます。

 亮介は三年生。原因不明の高熱が一週間も続き,用心のために,三日前から入院していたのです。

「ねちゃったの」

お母さんが足音をしのばせ,ベッドにちょこんといすわったイチョウをつまみ上げると,

窓からポイッと投げました。

「道草しちゃだめよ」

フワーリフワリ、また風まかせの空中散歩を始めたイチョウを見つめるお母さんの顔は,

何かを思い出しているみたいです。


 背中のランドセルが,カタカタ鳴っています。

「健ちゃん,神社で遊んでいこうよ」

追いかけてきた亮介が,健一のかたをポンとたたきました。

「どうしようかなあ,また先生に。この前だって」

実は,健一と亮介はクラス一の道草じょうしゅう犯。つい二三日前にも,先生の大目玉を食った

ばかりなのです。

「いいからいいから。分かりゃしないよ。ちょっとだけだから」

「そうだよな。ちょっとならいいよな」

二人には、先生のお小言なんか,かえるの面に小便,へのかっぱ。人気のない神社には,

クラスのだれも知らないひみつきちが作ってあったのです。

「さあ,たんけんに出発だ」

ランドセルをきちに投げこむと,さっそく行動開始です。うっそうとした木々が四方をかこむ静まりかえった

境内は,ゾクッと心がふるえる不思議な世界です。こわれたせいせん箱をのぞいたり、ようかいいったん木綿

みたいにたれ下がったのぼりに飛びついたり,クモの巣のはった本殿の床下にもぐりこんだり、

ワクワクする遊びには事欠きません。のどがかわけば,水とり場の水を,ひしゃくでグイッといっぱい。

「つかれたあ」

「ああ、おもしろい」

ほんのちょっとのつもりが、気がつけば辺りはすっかり暗くなり,夕焼け空には小さく光る一番星が。

「いけねえ」

「帰ろう,母ちゃんにおこられる」

「また明日も遊ぼうな」

「おう」

ランドセルをカタカタ鳴らし,二人は犬ころみたいに境内を飛び出しました。

「こらあ,亮介。また道草してきたね。今,何時だと思っているの」

とっくに五時を過ぎ,おそるおそる明かりのともったげんかんを開けたとたん,お母さんの

もうれつかんしゃく玉がはれつしました。

「かんにん、かんにん。もうしないから」


 ポットをかかえたお母さんが,病室にもどってきました。ね息を立てている亮介が,ニヤニヤ笑っています。

「まあ,ゆめでも見ているのかしら・・・。きっとあれね」

お母さんもつられて笑ってしまいます。

 亮介のあだ名は,道草小僧一号。もちろん二号は健一です。二年生の時,

「きそくを守らないお前たちは、道草小僧だ」

って先生におこられてから、二人のふめいよなあだなになってしまったのです。それだって、

しょんぼりしたのはその時だけ。次の日にはすっかりわすれて。また道草虫がゴソゴソあばれだすしまつです。

このごろでは,お母さんも半分あきらめています。でも,お母さんだって何発もかんしゃく玉を

はっしゃしておこってはみても,本当の心の中は,

(私の子だからしょうがない)

って思っていたのです。どうしてかって。それは自分も子どもの時母親に

「このまよい猫」

ってしかられて、ほうきでおしりをたたかれたくらい、大の道草好きだったのですから。もちろんこのことは、

亮介にはぜったいないしょです。

「私の道草二世君。早く元気になって,また道草しておいで」

お母さんは,うっすら赤いほっぺたを、指でツンツンとつついて言いました。

 窓の外で,イチョウがフワーリフワフワと気ままな空の旅をしています。そして,ワハハキャキャキャ、

かわいい子どもの笑い声も聞こえる気がします。


「お母さん,行ってきまあす」

「行ってらっしゃい。今日こそ道草しないで帰ってきてよ」

「ハーイ」

一週間がすぎ,退院をした亮介が,てっぽう玉みたいにげんかんを飛び出していきました。秋の風に

ピリッと冷たい空気のまじるさわやかな朝でした。今日も,ぜっこうの道草日和です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ