泉2
二階の女子トイレの個室。洋式の便器の蓋の上に座る私は、鈴花からのメール返信を待ち続けた。私は、携帯の蓋を何度もパカパカ開いては受信ボックスを確認した。
しかし、私の期待とは裏腹に、鈴花からのメールは一向に来なかった。
授業終了のチャイムが鳴った。私はトイレから出て、教室に戻った。これで授業をサボったのは今日で五回目だ。
教室に戻ると、真崎さん達が上田さんの周りをぐるっと囲み、チョークの粉で真っ白に汚れた黒板消しを投げ続けた。上田さんの紺色の制服はチョークの粉で真っ白になっていた。
私は真崎さんに気付かれないように、こっそりと自分の席に戻ろうとした。しかし、真崎さんはそんな小さなことも見逃さなかった。
真崎さんは私の肩を掴み、私の耳元でこう言った。
『ねぇ、流川もやろうよ。』
全身から冷や汗がどっと出た。
思いも知らない事態に私はどう対応したらいいかわからなかった。そんな私のことはそっちのけで、真崎さんは私の腕を引っ張り、上田さんの前まで連れていく。上田さんは捨てられた子犬のように怯え、今にも泣きそうな目で私を見る。
『上田さん、汚れちゃったから綺麗にしてあげて。』
真崎さんは取り巻き達に目配せをすると、取り巻きの一人がどこからか水の入ったバケツを持ってきた。真崎さんの指示で、取り巻きは持っていたバケツを私に渡した。
やれと言われていることはわかった。この水を上田さんにかけろということだった。
『どうしたの?早くやりなよ、流川。』
真崎さんは私の背中を小突く。
『そんなことしちゃいけない。いじめなんて卑怯なことしちゃだめ!』
『やらないと自分もいじめられるんだよ。それでもいいの?』
今、私の頭の中では二つの思考が戦っていた。一つは、いじめをしてはいけない心。もう一つは、刃向かえば自分もいじめられてしまうという心。どちらも選べなかった。
私はふと、上田さんの顔を見た。いじめられていた頃の鈴花とだぶって見える。
私は怖くなった。もしかしたら、明日からのいじめのターゲットは私に・・・・。
そんなの嫌だ!!
『うわあああああ』
私はバケツを思い切り降り下ろすと、中に入っていた水は上田さんに命中した。上田さんは全身びしょ濡れで、髪や顎から雫が垂れ落ちる。その中に涙も混じっていた。
真崎さんは私の肩に肘を置く。
『流川。あんたもけっこうやるね。』
私ははっと我にかえった。私の手からバケツが落ちた。
私・・・今・・・何をしたの・・・?
私も・・・いじめをしてしまった・・・。
私は急に涙が溢れてきて、ものすごい勢いで教室を飛び出した。教室から聞こえてくる真崎さん達の笑い声に、私は耳をふさいだ。
再びトイレに駆け込んだ私はトイレットペーパーをガラガラと勢い引っ張り出し、溢れ出る涙と鼻水を拭き取った。そして、自分のしたことに深く傷つき、その場で崩れ落ちる。
私はなんてことをしてしまったたんだ。自分も真崎さんのように卑怯なことをしてしまうなんて・・・。
私は次の授業開始のチャイムが鳴っているのにも気づかず、泣き崩れていた。
授業サボり、これで六回目・・・。