砕け散った百点満点、あるいは氷壁の向こうの泣き顔
三宅さんは、失敗を許さない人です。
誰よりも自分を律し、誰よりも努力を重ね、常に「完璧な自分」を演じ続けてきました。
でも、この世界は理不尽です。
どれだけ正しいプロセスを踏んでも、どれだけ心臓を削って準備をしても、どうしようもない理由で「零点」を突きつけられることがあります。
神様はニヤニヤしながら僕に言いました。
「ほら、彼女の心が壊れそうだ。今すぐ僕の力で、その失敗を『なかったこと』にしてあげようか? 歴史を書き換えれば、彼女はまた完璧な自分に戻れるよ」
目の前で、震える肩を隠そうともせず立ち尽くす三宅さん。
僕は、差し出された神様の指を、三度拒絶しました。
「書き換えるんじゃない。彼女がこの絶望を乗り越えるための『言葉』を、僕が僕の頭でひねり出すんだ」
それは、三宅が何ヶ月も前から準備していた、全国規模のピアノコンクール予選の日だった。
結果は、まさかの「失格」。
原因は彼女のミスではない。演奏中にピアノの弦が切れるという、天文学的な確率の不運だった。主催者側は「不慮の事故」として処理したが、完璧主義の彼女にとって、それは「準備不足」と同じ意味を持っていた。
放課後の誰もいない音楽室。
三宅はピアノの前に座っていたが、その指は鍵盤に触れることさえできずにいた。
「三宅さん」
僕が声をかけると、彼女は肩を跳ねさせた。振り返ったその顔には、いつもの氷のような冷徹さは微塵もなかった。
「……見ないで。今の私は、完璧じゃないわ。あんな……あんな無様な終わり方をして、私はもう、三宅でなんていられないわよ」
彼女の声は震えていた。
神様なら、一瞬でピアノの弦を修復し、彼女に金賞を与えただろう。でも、それでは彼女が味わったこの「痛み」さえも消えてしまう。
「三宅さん。百点満点の三宅さんは確かにすごかったけど、僕は今の、ボロボロになった君のほうが、ずっと『人間』に見えるよ」
「……慰めなんて、いらないわ。私は、正解しか欲しくないの」
「正解なんて、最初からどこにもないんだ。弦が切れたのは君のせいじゃない。でも、その絶望をどう受け止めるかは、君にしか決められない。……三宅さん、思い出して。あの合唱コンクールの時、君は絆創膏だらけの手で、僕たちのために弾いてくれた。あの音は、楽譜通りの正解以上に、僕たちの心に響いたんだよ」
僕は一歩近づき、彼女の震える手の上に、自分の手を重ねた。魔法のチョコのような強制的な熱じゃない。ただの、体温だ。
「完璧じゃない三宅さんも、僕は好きだよ。……だから、一緒に考えよう。ここからどうやって、この『零点』の続きを書いていくか」
三宅の目から、大粒の涙が溢れ出した。氷壁が完全に崩れ去り、中から剥き出しの「心」が顔を出した瞬間だった。
「……バカね。……本当に、バカなんだから」
泣きじゃくる彼女の背後で、神様がつまらなそうに溜息をつく。
でも、僕には聞こえた。彼女が小さく、でも確かに僕の手を握り返した、その「意志」の音を。
三宅さんの挫折。それは神様にとっては「修正すべきバグ」でしたが、主人公にとっては「彼女がさらに深く成長するためのプロセス」でした。
失敗を消し去ることは簡単です。でも、失敗した自分を抱きしめて立ち上がるのは、とても難しい。
主人公は、彼女を「完璧な人形」としてではなく、「一人の不器用な人間」として愛することを選んだのです。
皆さんは、自分の「失敗」を誰かに肯定してもらったことがありますか?
三宅さんの「泣き顔」を見てしまった主人公。
二人の絆は、もうクラスメイトという枠を大きく超え始めました。
第6章では、ついに神様が「最後の賭け」に出るかもしれません。
「もし三宅さんを守りたいなら、君の『考える力』を差し出せ」と迫られたら……。どうしますか?




